14 合宿Ⅰ
「――御精がでますわね、おふたりさん」
「礼宮院会長………………」
「あらあら、轟さん……なにもそんなに睨まなくてもよろしいんじゃなくて?」
「俺たちの邪魔でもしに来たんですか……」
「人聞きの悪い事をおっしゃらないで……とても悲しくなりますわ……」
「じゃあ、いったい要件はなんなんです?」
「別に大した要件ではございませんが、念の為に一言……、お知らせだけでもしておこうかと思いまして……わたくし、礼宮院鈴音はローダーとして本大会に参戦させていただく事になりましたの」
「――!? なんだって!? 徹底的に潰す気かよ……」
「それは誤解ですわ……、大会が終わった後、もし轟さんさえよろしければ礼宮院グループでトラッカーとして働いていただきたく思いますもの……有能な人材はひとりでも多い方がよろしいですものね」
「わかり易いな……負けたら俺も礼宮院グループの傘下に入れって事だろ?」
「まぁ、解釈は人それぞれですし……そのようにしたければ御自由に………………」
「あなたなんかにあたし達は負けません! 子供の頃からローダーとして培ってきたこの思いは……そう簡単には屈しませんッ!!」
「あら六車さん、奇遇ですわね……わたくしも幼少の頃からローダーとして英才教育を受けてまいりましたのよ……どちらが優れたローダーか、今大会でハッキリしますわね」
「……絶対に……絶対に負けないッ!!」
「………………そう……では、楽しみにしておりますわ。ごきげんよう」
嫌味に感じられるほど、丁寧過ぎるくらいに丁寧な口調で別れの挨拶を言い残し、そそくさと礼宮院会長は姿を消してしまった。しかし、その丁寧な口振りとは裏腹に、胸の内に秘めた、静かなる熱意を彼女からは感じられた――。
「んもぅ、嫌味な人……宣戦布告のつもりですかね? 性格が悪いにもほどがありますよ!」
「気の所為かな……なんか話していて、独特のもの悲しさというか……憂いというか……そういったモノを礼宮院会長から感じられたんだけど………………」
「そんなの気のせいですよ……軽く嫌がらせに来ただけに決まっています」
「でも、本当に嫌がらせをするつもりなら、とっくにされていてもおかしくないんじゃ……」
「そんな事は知りません! もぅあったまキタ! 絶対に負けられませんッ! 猛特訓です、武者修行です、という訳で合宿をしますッ!!」
「――はぃ!?」
「合宿ですよ、合宿!! はからずも週明けの月曜日は振替休日で休みですから、明日の金曜の夜から週明けの火曜まで合宿です!!」
「そんな、急に言われても……」
「時間がないんですよ、これ以上チンタラやってはいられませんッ! 今日の夜にでも早速、久藤部長と理亜にも連絡して日程を合わせます!!」
「いやいやいやいや、あの二人は無理だって……激務の真っ最中のハズだし、ここ数日は連絡も取れない状況だったじゃないかよ」
「事が事ですので、今回はこちらを優先してもらいます! 重要&緊急の案件という事で連絡をすれば、あの二人も動いてくれるハズです!!」
「おいおい……マジかよ………………」
「マジもマジ、大真面目ですッ! という訳で、さっさと今日のメニューを消化しちゃってください! 休んでる場合じゃないですよ!!」
「……はい………………」
もはや彼女にとって基礎訓練などは只のやっつけ作業でしかなく、頭の中は完全に先の事を見据えて動き出しているようだった。残りのメニューを消化した俺は、すぐに帰宅させられ、待機命令が下された……そしてこの夜は、六車さんからの連絡を待つばかりだった。女同士っていうのは何故にこうも火が付きやすいのか理解に苦しむ。男同士よりもどちらが奇麗かとか、どちらが可愛いかとか、比べたがる習性にあるのは確実だ。しかもそれが、長年に渡り培ってきたモノならば尚の事……そういう事なのだろう――――――。
――ベッドに横たわり俺は、今日の訓練の内容と六車さんのアドバイスを反芻し、イメージトレーニングをおこなっている最中だった。メールの受信音とは違い、聞きなれないケータイの着信音がけたたましく鳴り響き、俺を急かす。メールのやり取り以外では、ほとんど使わないケータイの着信に少し違和感を覚えながらも、俺は通話を試みる。
「――? もしもし?」
「あ、轟さんですか? あたしです、六車です」
「ん……その後、どうなった?」
「はい、ふたりとも問題ないそうです」
「マジかよ……忙しいのか暇なのかわからん人たちだな………………」
「忙しいに決まっているじゃないですか!? これに人生を懸けているから参加してくれるんですよ!? わかってます!?」
「わかってるよ……皆が本気なのは重々承知してるさ」
「それならいいんですけど……という訳で、明日からよろしくお願いしますね」
「――了解。さっそく両親に上手いこと事情を話して、すぐに準備するよ」
「はい、お願いします。集合場所と時間は後でメールしておきますから、確認して、ちゃんと遅れないで来てくださいね」
「はいはい、わかりましたよ……ちゃんと行くから、心配するな」
「じゃあ、そういう事でお願いします。では、明日に……おやすみなさい」
そういって彼女は電話を切った。そして、その数分後すぐにメールが届く――。なんでも合宿は天ヶ崎技研の敷地内でやるらしい……久藤さんといい、天ヶ崎さんといい、どういう訳か俺の周囲にはセレブリティが多いように思える。この事実を鑑みるだけで、台車を制する者が世界を制する……なんてことが少しは本当に思えてくるから不思議だ。やはり輪界という世界は景気のいい業界のなのだろう。自身の内側で、勝手に納得のいく結論付けをして、俺は明日の準備に取りかかった……そして、なるべくデカい登山用のバッグを用意し、必要な物をひたすら詰め込む。
無心で作業をしているつもりだったが、ひと仕事を終え、ベッドに入ってから数時間して初めて俺は、意味の分からない興奮状態である事に気付く。遠足に行く訳でもないのだが、何故か明日からの合宿に対してやたらと前向きな姿勢の自分自身に驚いていた……横になりながらイメージトレーニングを繰り返し、何度も何度も反復継続して操台のいろはを思い描いているうちに、いつの間にか俺は意識を失い、夢の世界にいたようだった。しかし、ハッと気が付いてみればスズメのさえずりとゴミ収集車の音、それに机の傍に置いてある登山用のバッグが俺に現実世界を認識させる……それは、合宿の始まりが目前であることを意味していた――――。
「――!? もう朝か……行かなきゃ………………」
一瞬ですっ飛んで行った時間を振り返る暇もなく、俺はバタバタと支度をし、朝食もとらず、家族に書置きを残して家を出た。朝食は移動の間に売店で買ったお茶とおにぎり、それとパンで済ませ、どうにか空腹を誤魔化す。思いのほか天ヶ崎技研の施設は遠方にあるようで、時間内に到着するには早朝から出発せざるを得ない状況の為、いくら前向きな姿勢で合宿に臨むと決めたとはいえ、この状況は若干、恨めしかった。しかし、そんなこんなで、天ヶ崎技研の研究施設の最寄駅に到着すると、メンバー全員が施設の方々と車を用意して待っていてくれて、あたたかく俺を迎え入れてくれる……施設に到着するまで、移動用のワゴン車の中で俺は、なんだか言葉に詰まってしまい、胸に熱く込み上げる何かを抱えたまま、黙って施設への到着を待っていた――――――。




