13 特訓
「――いいチームですねぇ……わかりましたぁ、ちょうど試してみたい新素材もありますので、やってみますぅ!!」
「おぉ! やってくれるかい!? 本当にありがとう!!」
「でも、久藤部長……時間はかかりますよ? そうですねぇ……だいたい二週間くらいはかかると思いますぅ」
「二週間!? そんなに!? 大会まで時間がないというのに……いや、しかし……背に腹はかえられない……よしわかった、二週間待つとしよう」
「それと、もう一つ条件があるのですぅ。久藤DAISYA製作工業で研究しているDLSを搭載したいので久藤部長の強力も不可欠なのです」
「DLSを!? 旧型のDLSならすぐにでも用意できるが……しかし、最新式のDLSはまだ試作段階で、実戦では一度も……」
「ぶっつけ本番でも何でも、それくらいの事をやってのけないと本大会での勝利はありえないのです……選択肢なんかないのですよぅ?」
「……わかった、こちらも二週間以内にDLSを調整して、実用化にまでこじつける」
「約束ですよ? よろしくお願いいたします」
「了解だ。約束しよう……という訳で、聞いての通り僕と天ヶ崎くんの二人は今後二週間は身動きが取れない……本来なら、僕が付っきりで訓練をしてやりたいところなのだが……本当にすまないが、六車くんと轟くんはふたりでトラッカーとローダーとしてペアを組んで訓練に励んでもらいたい」
「――え!? 俺等ふたりだけでですか!?」
「そうだ……こっちはこっちで急ピッチで仕上げなければならないモノがあるからね……練習用の台車は同じタイプの旧型ハンドトラックを用意しておく、どうにかそれで操台技術と感覚をつかんで欲しい」
「いや、でも………………」
「不安な気持ちはよくわかる……しかし、六車くんはローダーとしては一流だ、彼女の言う事をよく聞いて、大会までにセンスを磨いておいてくれ」
「あたしなんかがパートナーじゃあ不安かも知れないけど、精一杯がんばります! 轟さんの潜在能力にあたしたちは賭けているんです…………不満もあるかもしれませんが、どうか……どうか、よろしくお願いします………………」
「あ、いや……そんな、かしこまって言われると……こちらこそ、よろしくお願いします」
「うむ、息を合わせて仲良くやってくれ……それと、練習は主にダウンヒル、下り坂メインの練習をしておくように」
「――!? いえ、でも、久藤部長? 初心者は登りが簡単なんじゃ………………」
「六車くんの言う通りだがね……しかし、大会のコースを下見したところ、アップダウンの激しい難コースでな、スピードの乗る下りでどうしても事故が起こりやすい……それを考えると体力勝負というよりも操台技術の方が重要だ」
「そうなんですか……基礎からみっちりやりたいところなんですが、そういう事情があるなら仕方がありません」
「それに、轟くんは長年訓練を積んで来た訳でもないから体力面も怪しい……前半のヒルクライムとダウンヒルの手本をまず僕が見せてから、後半にバトンタッチが理想だろう」
「そう言われると、それしかないような気がしてきますね……わかりました、前半は久藤部長と理亜のペアで、そして後半はあたしと轟さんで行きます!!」
「うむ、六車くんのローダー技術と轟くんのトラッカーとしてのセンスに期待しているよ」
「そうと決まれば轟さん、さっそくミーティングをはじめて、それから訓練用車両が手に入り次第すぐに練習を開始しましょう」
「訓練車両なら明日の午後までに備品室に配備しておくから、自由に使ってくれたまえ」
「轟さん、聞きました? と言う事で明日の午後からトレーニング開始です!」
「わかった。では教官、明日の午後から、よろしくお願いいたしす」
「はい! 頑張って鍛えてあげますね!!」
そしてこの日以来、各々の目的が明確になった事により、生活は一変する。いままでのヌルい日常はもう許されないようだ――。
久藤さんはDLSの調整、天ヶ崎さんは旧型車両のカスタマイズに日夜、勤しんでいるようで、まったくと言ってもいいほど二人とは連絡がとれなくなった。便りがないのはいい便り、などというが、ふたり共ほとんど音信不通状態という事は、それだけ各自の果たすべき責務に没頭しているのだろう。かくいう俺も、みんなの足を引っ張る事だけは絶対に避けたかった。だからこそ俺は生まれて初めて、周囲がみえなくなるほど盲目的にひとつの事に没頭した……なにしろたったの二週間しか、俺に時間は残されていないのだ。二週間で俺は変わらなければならない……この状況で甘えなど、決して許されはしないのだ――――――。
「――さて、今日から早速練習開始といきたいところなんですが……その前にまずは基礎訓練からですね」
「まだ初心者だからな……そりゃあ、そうなるんだろうけど……でも基礎訓練って何するの?」
「とりあえずは校庭を何週かまわってもらってですね、それに慣れてきたところでスラロームですかね……それから…………」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 今、なんて言った!? 校庭をまわる!? 放課後とはいえまだまだ生徒は残っているんだぜ!?」
「仕方ないじゃないですか、こうなったらもう周囲の視線を気にしている場合じゃないですよ」
「いやいやいや、事情を知っている人ならまだしも、意味もなく台車を転がしている俺たちを一般生徒が見たらどう思うよ!?」
「そりゃあ……奇人変人にしか見えないでしょうけど………………」
「………………マジでここでやるのかよ?」
「幸か不幸かわかりませんが、この学園の校庭は基礎練習にはもってこいなんですよね……、何故かアップダウンにスラロームのコース、軽い障害物のコースもあれば極端に狭い一本道まであるんです」
「もうそれってさぁ、表向きには知らされていないだけで、輪界の人間達の為に造られたことがありありじゃね?」
「まぁ……そういう事なんでしょうけど………………」
「仕方がないな……時間もないし、贅沢はいってられないか………………」
――周囲の視線もはばからず、俺たちは久藤さんが用意してくれた訓練用の台車をひたすら転がす。荷物を積んで台車を転がしているのならば、自然な行動に見えなくもないのだろうが、荷物の代わりに六車さんを乗せ、やれコントロールがなっていないだの、やれ押しが弱いだの、引きが甘いだのと罵声の如く様々な指導の言葉を浴びせられている光景は周囲からするとさぞ異様だろう。しかし、慣れというか、人間の順応性というものは中々に優れたモノで、そんな異様な光景も三日もすれば珍しくもなくなり、練習当初こそ聞こえていた嘲笑やヒソヒソ声、それに哀れみの視線や好奇の視線も自然となくなっていた――――――。
「――ふぅ、こいつの操台にもだいぶ慣れてきたな」
「まぁ、基礎動作はおおよそ問題なくなってきたと思いますよ」
「そう? ありがとう。しかし、久藤さんが用意してくれたこの訓練用マシンって、いくらなんでも重量あり過ぎないか?」
「なに言ってるんですか!? 訓練用なんですから、これくらいの重量は当たり前です!!」
「とにかく扱いづらいんだよな……俺のスタイルに合っていないんじゃないかな?」
「轟さんは、まだ始めたばっかりじゃないですか!? スタイルうんぬん以前の問題ですッ! 二世代前とはいえDLSも搭載していますし、そして何より、あたしがローダーとしてウェイトシフトやブレーキングでアシストしてあげているんですよ!? そんな事じゃ先が思いやられます!!」
「そ、そうだよね……日々の訓練疲れでちょっと集中力が切れてたみたいだ……ゴメンゴメン」
「ほんとにもう……しっかりしてくださいよね…………さぁ、今日の練習メニューをさっさと消化しちゃいましょう」
「了解しました、さてと………………」
残りの練習メニューを消化する為、俺は訓練用マシンのグリップを軽く握り、前へ進もうかとウェイトを前へと寄せたその瞬間、どこかで聞いたことがある凛として品のある声と鈴の音が聞こえてきた――――。




