10 DAISYAの声
「――!? 轟さんに礼宮院会長!? こんなところで何やっているんですかッ!?」
「えッ!? 六車さん!? なんでこんなところにいるんだよ?」
「それはこっちが聞いているんです!? ふたりして何しているんですか!? 礼宮院会長……まさか、轟さんを……ひどい……いくらなんでもひどすぎますよ!! どこまであたしたちを追いつめれば気が済むんですか!?」
「追い詰めるだなんて……人聞きの悪い事をおっしゃらないでくださいます?」
「だって現実にそうじゃないですか!? 徹底してあたしたちの活動を妨害し、尚且つ、最後の可能性まで摘み取ろうとするなんて……あんまりです!!」
「それは誤解ですわ、六車さん……こちらにも事情が……」
「なにが誤解ですか! だいたい礼宮院会長はいつも……」
溜まった鬱憤を吐き出すように言葉を発する六車さんの左肩にポンと手を置き、久藤さんは延々と止みそうにない彼女の言葉を制止する――――。
「もうその辺にしたまえ、六車君……」
「久藤部長……でも………………」
「まだ潰されたわけではない……光輪学園高校の規定上、来期までは活動が許されているハズ……ですよね? 礼宮院会長?」
「えぇ……その通りですわ………………」
「でしたら来期までは勝手にやらせて頂きますよ。これでも伊達に『四輪久藤』のふたつ名を冠している訳ではないですからね」
「活動費も新しい車両もないのに? 一体どうするおつもりで?」
「台車ならここにある、僕たちは……僕たちは、こいつで戦う!!」
「……まぁ、現時点では部長の貴方に活動の全権がありますから、お好きにどうぞとしか言えませんが……いくらなんでも無謀では………………?」
「あんまりナメないでくれたまえよ……僕も六車君も、これでも一応は輪界ではサラブレットなんだ……それなりの結果は出させてもらう!!」
「それなりの結果? 残念ですが夏の公式戦には、礼宮院グループのチームも参戦させて頂きますのよ? その意味が、お解かりになります?」
「なんだと!? と言う事は……礼宮院輌も参戦するという事か!?」
「そうですわ……わたくしの兄が参戦いたしますのよ、お解かり?」
「………………だからと言って、敗北が確定したわけではない……」
「まだ、そのような事を? 久藤部長は今までに兄に勝った事がございましたっけ?」
「………………今度こそ、今度こそは必ず……」
「この状況で? チャレンジ精神だけは素晴らしいですわね……よろしいですわ、もし今度の公式戦で礼宮院のチームに勝つ事が出来たら、部の存続と今後の活動がスムーズにいくように支援を約束いたしましょう」
「ほ、本当か!? その言葉、忘れるなよ!!」
「約束は守りますわよ……勝てたらの話ですけど……ね………………」
「久藤部長……やりましょう………………絶対に……絶対に勝つんです!」
「六車さん……貴女も素直に礼宮院の傘下に入ってくだされば、そんな苦労をしなくても済むものを………………」
「そんな圧力には屈しません! 父の時代も含めて、長い伝統をここで終わらせるわけにはいかないんです……輪界の為にも……みんなの為にも………………」
「人の気も知らないで……そう、本当に残念です……仲良くしたかったのに………………まぁ、仕方がないですわね……、そういう事でしたら早々にこのマシンを片付けてくださいます? 通行の邪魔ですわ」
そういうと礼宮院会長は、古く薄汚れた台車を足蹴にするように乱雑に扱い、脇へ脇へと追いやろうとする――。いくらなんでも人が悪すぎる……詳しい事情は知らないが、今のやり取りを見ている限りでは、どう考えても礼宮院会長が悪者に見えて仕方がなかった。この光景を目の当たりにした六車さんと久藤部長は唖然として言葉を失っていた……ヒステリックな会長の行動に俺も唖然としてしまっていたその時、何処からともなくつい先ほど聞いた幼い少年の声と機械的な音声とが混ざり合ったような声を再び耳にする――――――。
「――ボクハ……マダ、ヤレル………………ヤレルンダ………………」
どこか切なさを含み、絞り出すようなその声を聞いた俺はガラにもなく感化されてしまい、普段なら決してとらないであろう熱い行動をとってしまう――。今までの俺なら絶対に考えられない行動だが、必要とされないモノたちの哀愁を痛切に感じていた俺は、どうしても無下にされた側の視点でものを考えてしまっていた。
「あの……、礼宮院会長……少しやり過ぎでは……? 今の感じですと、どう見てもあなたが悪者に見えて仕方がありませんよ」
「――? え? 轟くん? な、なにをおっしゃいますの!?」
「だってそうでしょう? 新規に台車を十二台も発注しているというのに……それなのに………………礼宮院会長、あなたは……」
「あ、あれには深い訳が………………」
「それに、部の活動が来期までってどういう事なんです? 六車さんたちを追い詰めていってるって……一体なんなんです?」
高圧的に迫る俺に、礼宮院会長は言葉を濁す。そして異常ともいえる程、付き人ふたりの事を気にかけている素振りが見て取れた。彼女の気の強そうな風貌から、俺は怒涛の如く押し寄せる反論を覚悟していたのだが、予想に反して意外にも礼宮院会長は空気の抜けた風船のようにしぼんでいった――。
「……轟くん、貴方もわたくしの味方にはなってくださらないのね……あなたとなら、世界を変えられるかもしれないって思ったのに………………」
「いや、敵とか味方とかそういう話ではなくて………………」
「……もう結構です、期待したわたくしが愚かでした………………そちらはそちらで自由になさっていただいて構いませんわ……ただし、この事は礼宮院のチームに伝えておきますからね……せいぜい足掻いてくださいな……では、ごきげんよう」
「ちょ!? ちょっと、礼宮院さん……話はまだ……」
礼宮院会長は、俺の制止の声にも聞く耳を持たず、ヒステリックな空気に加えて悲壮感までをも漂わせ、スタスタと速足で鈴の音と共に姿を消してしまった――――――。
「――ちょっと言い過ぎだったかな………………」
「そんなことないですよ、轟さん! ありがとうございます!!」
「……なんだか巻き込んでしまったようで、本当にすまないね」
「いえ、そんな……久藤さんは何も悪くないですよ。今回は明らかに自業自得ですから……」
「それにしても、生徒会の方で新型を十二台も発注していたとは……礼宮院グループは俺たちを本気で潰したいみたいだな」
「部長、絶対に屈してはダメです! 戦いましょう!!」
「そのつもりだがね……しかし、状況は絶望的だ………………」
「あの、俺は輪界の人間ではありませんが、もうここまで来たら詳しく説明して頂けませんか?」
「――!? 轟さん!? もしかしてチカラを貸してくれるんですか!? やっとその気になってくれたんですね!?」
「いやいやいや……そういうわけじゃ………………」
「え~、そんな……そんなぁ………………………………」
「ゴメン、うそうそッ! 嘘だって、事と次第によっては頑張るからさ……そんな泣きそうな顔しないでくれよ」
「――本当ですか!?」
「うん、まぁ……事と次第によっては……だけどね」
「わかりました! では、事と次第、次第ですね?」
「……? ん? まぁ、なんかよくわからなくなって来たけど……まぁ、そういう感じで……」
「しかし轟くん、どうしてまた? きみの想像以上に大変な思いをする事になると思うが……本当にいいのかい?」
「そうですね、彼女の泣き顔はもうこれ以上見たくはありませんし……それに、こいつもまだヤレるって言ってますから」
「――!? こいつ……? このDAISYAの事かい?」
「はい……そうです、おかしな事を言いますけど……こいつの声が聞こえた気がしたんです」
「そんなバカな………………本当に?」
「はい………………」
「ほらほら、部長! だから言ったじゃないですか!? 轟さんはナーヴレセプトラッカーかも知れないって!!」
「………………にわかには信じられないが、しかしその感受性は強みだ……もし、君が本気なら僕も誠心誠意、本気で君の気持に応えよう」
「いい加減な事をするつもりはありませんが、でも何もわからないままではどうしようも出来ません……全てを話してくださいますか?」
「………………わかった、いいだろう……しかし、覚悟はしておいてくれたまえ」
「はい………………」
「よかろう……君たち、ついてきたまえ………………………………」
――どこかへ案内しようと、久藤さんは神妙な面持ちで俺の誘導はじめた。どこか近場にでも行くのかと思えば、学園を出てタクシーを拾い、四十分から五十分ほど車を走らせ、学園の郊外へと移動する――――――。そして辿り着いたその先には、自分の想像を遥かに超える、壮大な研究施設が目の前に広がっていた――――――。




