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45.動き始める世界 ~後編~

第一章エピローグです。

こちらは後半。

前半は、7時頃に更新しています。


 儂は生きて村へと戻ってきてしまった。

 デニスとウッツの死の真相は、結局口を噤むしか無かった。

 勇気を出して、正直に語ることが大切じゃと。語らないことで後悔することがあると、あれ程、嫌という程、思い知ったというのに。


 帰る道中で魔物にやられてしまった。そんな、あり得そうな嘘で固めて。

 嘘を吐くまいと、勇気を持って生きようと。老い先短い人生に、新たな目標を固めはしたものの、儂一人の自己満足で、これから人と魔との垣根を超えた生活を築こうとしている彼らの、ルイーザの遺志を継いで生きていこうとしている彼らの邪魔をするのは違うだろうと。最後の嘘を吐くことにした。


「これも、勇気の無さ故なのかのぉ」


 応えてくれる者はいない。

 ルイーザであれば、優しさ故だと言ってくれるのじゃろうか。

 でもそれは、儂からすると臆病さでしかない。


「村長、ここでしたか」


 声がかかる。

 何かと思って振り返ると、籠いっぱいのキノコを抱えた若者達がいた。


「見て下さい、このキノコ。立派なキノコだ」


 言われるがままに一つ手に取って見る。成程、立派なキノコだ。笠は肉厚で香りも良い。ピルツ山のピルツ茸独特の風味も損なわれていない。間違いなく、上物じゃ。


「確かに上物じゃ。……村の備蓄倉庫は焼けてしもうたと思っておったが、どこでこれを?」

「それが、村外れの方に。その例の……」


 あぁ、コボルト達の家近くにあったのか。


「成る程のぉ」

「はい。どうやら、村の中じゃなく、山の方にキノコ栽培の為の家を作って、その中で育てていたようで。そのお陰で、村が焼けた時の熱風被害からも逃れたようです」

「家の中で?」

「はい。多分ですが、去年長雨でキノコが駄目になったことがあったでしょう? あの教訓で、天気に左右されにくい屋内で育ててみようって発想に至ったんじゃ無いかと思うんですよ」

「そう、なのか……」

「はい。それらしい研究日誌も一緒に出てきました」


 そう言って、儂に分厚い紙束を渡してくる若い衆。

 ぱら、と捲って中を確認すれば……。


 懐かしい、彼女の字が、びっしりと書き連ねられていた。


「村長。あいつ等、本当にこの村を焼く手引きをしたんでしょうか?」

「こんな真摯な研究資料、俺達初めて見ました」

「……あぁ。本当に、村のためを思ってやってくれてたんだなって、そんな気持ちが伝わってくる」

「親父は絶対アイツ等の所為だって言うんだけど、なんだかそうは思えなくて……。俺が変なんですかね?」


 嗚呼。

 そうか。儂は、儂達は、彼女達に助けられておったのじゃな。村の仲間だったのじゃな。


「お前達の見たもの、感じたものが全てじゃ。彼らは確かに魔物じゃったが、この十数年、ピルツ村の仲間であったことに変わりは無い。……そういうことじゃろうな」

「村長……」

「さぁさぁ、食うもんがあるなら、儂らはまだやれる。ここからまた出直しじゃ。魔族なんぞに負けてたまるか」

「「「「はい!!」」」」



 本当はすぐにでもお前の所に行きたいが、どうやらまだのようじゃな。

 お前の、お前達の残してくれたものが、村の未来に繋がりそうじゃ。


 じゃから、暫く待っていてくれ。

 もう少し。この老い先短い人生を、もう少しだけ費やして、儂もやり直してみよう。



「村長ー!」

「今度は何じゃ?」


 また、村の若い衆じゃ。

 今度は入り口の方から駆けてくる。


「早く門の方へ来て下さい。凄い大量の支援が届きましたよ」

「本当か?!」

「えぇ、何でも冒険者からピルツ村の惨状を聞いたそうで、居ても立ってもいられなくなったとかで、バンブスシュプロス村から大量のタケノコと食糧、建材、あとは人手まで」

「何じゃとー!?」


 支援の手はありがたいが、よりによってバンブスシュプロス村からじゃと?

 あそこの村長は嫌いなんじゃ。何かにつけて張り合ってきよる。やれウチのタケノコが最高だの、キノコよりも優れているだの。


「お、俺にそんな怒鳴られても……」

「むぅ、そうじゃったの。すまんすまん」

「えっと、この流れだと凄く報告しにくいんですが、バンブスシュプロス村の村長から、その、村長宛の手紙もあるって……」

「何じゃとー!?」

「だから、俺に怒鳴らないで下さいよー」


 やれやれ。まだ色々とやることが残っていそうじゃわい。


 見ておるか? ルイーザよ。

 どれだけ出来るか分からんが、儂ももう少し頑張ってみることにするわい。


 お前が愛したピルツ村の為に、残り少ない命を捧げてみようかの――。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




  雲一つ無い空――。

 鏡面の様な湖が、周囲の森や山を美しく映している。

 鳥が囀り、木々が揺れる。頬を撫でる風が、心地良い。


 嘗て、魔族と人族が共存したマキーナ=ユーリウス王国で、今、人族と魔族が共に手を取り合っている。


 湖の中心に浮かぶ島。その小高い丘は湖に臨む景色の美しい場所だ。

 眼前には静かな湖と豊かな森、その向こうには美しく荘厳なイルテア大陸中央部の山々が聳え。


 振り返れば、マキーナ=ユーリウス王国の王城跡が見える。




「私はもうあんまり覚えてないんだけどね」


 丘の上。一番湖が綺麗に見える場所に築かれた墓。色とりどりの花で出来た花束を供えるラウラが話始めた。


「ピルツ村に私達が流れ着いた時には、もうお父さんは死んじゃってたんだ。旅の途中で、魔物にやられちゃったんだって」


 ラウラさんの絹のような髪が、風に揺れる。風に揺れる一房を押さえるよう、耳元に添えられた手。その仕草がルイーザさんの仕草に、何となく重なった。


「それからずっと、私を女手一つで育ててくれた。――お母さん綺麗だから、雪犬人族(シュネーコボルト)の間でも再婚の話があったりもしたんだけど、ずっと断って一人で……。

 何か思うところがあるのかなって思っていたけど……、意外だったよ」

「そうでござるな」

「うん。……でも、何か、お母さんらしい」


 まだまだ、人族と魔族の溝は深く、大きい。そんな中にあって、人と共に歩む道を選んだルイーザさん。

 ルイーザさんはそうするしか無かったと言っていたらしいけれど、それでもその道を選ぶことができたのは、ルイーザさんだったからこそだろう。


 ラウラさんと、ウルガーさんと。犬人族(コボルト)の皆が静かに故人を偲んでいた。




「ばぁば……」


 マオちゃんは、一晩中泣きじゃくって、今は疲れて寝てしまっている。

 リーゼに抱きかかえられた彼女の手には、あの日、ルイーザさんのスキルで交換してもらって黄金色の羽根。真っ赤になった目元を隠す様に、黄金色の羽根が風に揺れていた。


 僕とリーゼは、犬人族(コボルト)の皆さんの中には入らず、少し離れた所に立っていた。


「腕、疲れない?」

「大丈夫ですよー。それに、疲れたと言っても、ノア様抱っこできないじゃないですか」

「……それもそうか」


 苦笑する僕。頭の後ろを掻くことすら出来ない有様の腕。――右腕は完璧に折れていて、今は添え木をしてぐるぐる巻きにしてある。一応治癒術で最低限の応急処置はしたけれど、完治するまでにどれくらい掛かるやら。左腕も、どうやらヒビが入っているようで、じっとしていてもかなり痛む。

 ついでに言えば、内臓もぼろぼろで、スープ状のものしか受け付けない。……まぁ、食べられるだけマシか。


 細かい傷を上げるとキリが無いが、まぁ、有り体に言って重傷だった。こうして、自力で歩けているのが奇跡だろう。


 あの巨大黒龍――アドヴェルザを退けた代償がこれだけと思えば、結果は上々なんだろうけどね。

 いや、もう一回同じ事をやれと言われても、出来る気がしない。



「……結局、僕は守り切れなかったよ」


 争いで、全てを救うことができるなんて烏滸がましい考えを持っているつもりは無いけれど、今回ばかりは、僕の心の持ちよう次第で結果を変えることができたのではないかと、思ってしまう。

 過去の出来事にもしもなんて無いけれど、もしもあの時、僕の決意がもっと強固なものであったなら、と――。


「月並みな言葉ですけど、此処に居る私達は守られましたよ?」

「そう、かな……」

「そうですよ」


 それでも――

 どうしても、頭の中にこびりついて離れてくれない、後悔。


「むー。にゃんこハンド・DE・デコピン!」


 急に、僕の目の前に猫の手――のような何かが出現したかと思うと、それが器用に指を曲げて――


「あ痛ッ」


 デコピンを食らわせてきた。見た目ふわふわな猫の手なのに結構痛い! 何だこれ。


「マオちゃんをあやす為に身につけた生活魔術です。猫の手も借りたい時あるじゃないですか。例えば、子供を抱っこしていて両腕が塞がっているけど、ノア様にデコピンしたい衝動に駆られる時とかっ。そこに着想を得て開発しました。えへん」

「えへん、じゃなくてね……。というか、そんな衝動捨ててしまって構わないからね」


 痕が残ってるんじゃ無いかって思うくらい、痛かったぞ、本当に。

 額をさすろうにも、両腕が包帯でぐるぐる巻きだから出来ない。とても、もどかしい。


 というか、生活していて猫の手も借りたい時は確かにあるけど、それで魔術が作れるってどういう理屈なの? もうリーゼの生活魔術は、一般的な生活魔術の域を逸脱してるんじゃないだろうか。


「まぁ、細かい事は良いじゃないですかー。ほらほら、ちょっとはマシな笑顔になりましたよ、ノア様っ」

「え?」

「死にそうな笑顔から、倒れそうな笑顔にランクアップです。てれてれってってって~」

「何だよ、それ」

「この次は痛そうな笑顔なんですけど、早く普通以上の笑顔に戻って下さいね」

「……リーゼ」

「にゃんこハンドなら、いつでもご用意しますのでっ!」

「いや、それはもう要らないから」


 僕の額の前に現われるにゃんこハンド。見た目は白い毛がもふもふで可愛らしいのに、攻撃力は高そうだ。



「……んぅ」

「あ、マオちゃん」


 どうやらマオちゃんが起きてしまったようだ。

 その様子を見て、リーゼが口先を尖らせる。


「むー、ノア様が騒ぐからマオちゃん起きちゃったじゃないですか」

「え、僕のせいなの?」


 にゃんこハンドのせいじゃなくて?


「うー、ぱぱ、まま」


 寝ぼけ眼をこすりこすりしながら、小さく欠伸をするマオちゃん。可愛らしい姿ではあるけれど、やはりその表情は何処か儚げで悲しげで。


「おはよう、マオちゃん」

「ん。おはよ」


 僕の言葉に、微かな笑みを浮かべながら、リーゼに抱きついて甘えるように顔を擦りつけるマオちゃん。


「マオね、ばぁばの夢見た」

「そう、なんだ」

「ばぁば、もう居ない……」


 マオちゃんが、ルイーザさんのお墓へと目を向けた。

 まだ出会ってそう長くは無いマオちゃんだけれど、もの凄い速度で成長しているのが僕にも分かる。

 その姿は、人族で言うところの幼児程度でしか無いけれど、今のマオちゃんの目を見ていると、本当はもっと大人で、今回起きたことをしっかりと理解しているようにも思えた。


「けどね、ばぁばはここに居るんだって」


 小さな手に、握りしめられるように握られた黄金の羽根。

 その羽根を、大事そうに胸にかき抱き、マオちゃんは目を閉じる。まるで、そこに何かがあると。ばぁばがそこに居るんだと、言わんばかりに。


「マオちゃん……」

「……だから、ね。泣かない、よ。 そう、ばぁばと、約束、した、……か、ら」


 目にいっぱい涙を溜めて。

 でも、堪えて。鼻をすって。そして――笑って。



 気付けば、僕達の周りにみんなが集まっていた。

 ウルガーさんも、ラウラさんも、犬人族(コボルト)の皆も。


「マオちゃん、強いね」


 ラウラさんの言葉に、マオちゃんが頷く。

 まだ、目端に涙を堪えてはいるけれど、それでも笑って見せる幼い笑顔に、僕は胸を打たれた。



「あーーーーーッ、もううじうじ悩むのは止めた!」


 本当は両頬を叩いて気合いを入れ直したい気分だったけれど、それが出来ないので腹の底から大きな声を出して気合いを入れ直す。


「吃驚するじゃないですか、ノア様っ。いきなり大きな声出さないで下さい」

「ごめん、ごめん」


 リーゼに限らず、みんな突然の大声――というか、奇行? に驚いているようだけれど、勘弁して欲しい。眉尻を下げて両手を合わせる。とは言え、包帯でぐるぐる巻きの手が合わさるだけだけど。



「色々考えたんだけどさ。――国を作ろう!」



 僕の言葉に、皆がきょとんとしていた。

 まぁ、それもそうだろうね。いきなりそんな事言われてもピンと来ないだろう。


「ルイーザさんが夢見た、人族も、魔族も一緒に暮らせる国。固定観念は捨てて、言葉で気持ちを伝え合って、助け合って生きて行く、そんな優しい国を作ろう」


 皆を見渡す。

 初めは呆けたような表情だったけれど、徐々に言葉の意味を理解してきたのか、皆、笑ってくれた。

 その様子に、僕は大きく頷いて。


「残念だけど、今は僕達が安心して暮らせる場所は無い。テールス王国に行けば魔族が迫害されるし、魔王国に居れば力で淘汰される。

 多分、イルテア大陸の何処へ行っても、長年培われてきてしまった柵に囚われて生きて行くことになると思うんだ」


 それは僕だってそうだ。

 どこかに逃れてひっそりと隠れ住んだところで、ルートベルク公爵から逃げ続ける日々であることに代わりは無い。


 僕と、リーゼだけなら、リーゼを守るだけならそれだけでも良いかなって思った時もあったけれど、どうやら世界はそう単純では無いらしい。


 僕がどう思おうと、クラウスがどうしようと、魔物に、魔族に迫害され続けている人々は後を絶たない。

 そんな世界にとって、勇者という存在は劇薬だと思うんだ。

 良い影響も、悪い影響も、多くを世界に与えて変えてしまう存在なんじゃないかって。


 僕に何ができるかなんて分からないけれど、何かが出来るなんて傲る心算も無いけれど、もう後悔はしたくないから――。


「だからさ、作っちゃおう。皆が笑顔で居られる場所をさ」


「あははっ、何それ」

「何とも壮大な話でござるな」

「でも、その突飛さがノア様らしいですねー。無謀な挑戦もノア様らしい」


「ああ、そうだよ。無謀な挑戦だ」


 僕はそう言って、改めて皆を見遣った。

 無謀は承知の上だ。だからこそ、今此処で宣言するのだから。


「僕には到底叶えられない夢だから、皆に協力してもらうよ? 因みに、ルイーザさんの遺志を()()いだみんなに拒否権は無いからね」

「えー、横暴だー」


 ラウラさんが笑う。


「拒否権が無いなら仕方ないでござるな。拙者も、覚悟を決めましょう」


 ウルガーさんが笑う。


「マオも頑張るよ!」


 マオちゃんが笑う。


「仕方ないですねー。主様の要望を叶えるのがメイドの嗜みですから、私もお供致します。きらりんっ☆」


 リーゼが笑う。


 皆を見て、僕も笑った。



「決まりだね。じゃぁ、此処に建国を宣言しよう。種族の垣根を越えて笑顔で暮らせる国――」



 丘のお墓に、目を向ける。

 供えられた花が風に揺れていた。




「ルイーザ国の建国だ」






如何でしたでしょうか?

ここまでが、『第一章 ルイーザ建国編』となります。

お付き合いいただき、ありがとうございます。


物語は区切りとなりますが、ノア達の冒険はまだ続いていきます。


続きが気になる、面白いと思った方は、引き続き応援の程をお願いいたします。

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皆様の応援が、執筆の励みとなっております。

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