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04.一五歳の誕生日


 「息はしてるし、呼吸も落ち着いてるのに……。本当に寝坊助さんですねー、このやろー」


 頭に何か当たった? 軽く突かれたような、そんな感触。


「ほーら、食事ですよー。良い匂いがするでしょう? ことこと煮込んだホワイトシチューと焼きたてパンですよー」


 確かに、食欲をそそる凄く良い匂いだ。


「うーん、絶品! 流石私ですねっ。三年間ことこと煮込んだ甲斐がありました。きらりんっ☆」

「煮込みすぎだよっ?!」

「――あ、起きた」



 直ぐ隣には、口をもぐもぐと動かしながらパンをちぎるリーゼ。

 近くにあるテーブルには、一皿分のシチューと、パンが入った籠、そして湯気が立ち上る鍋があった。



 まだ意識に靄がかかったようで、状況が今ひとつ理解出来なかったけど、嬉しそうに破顔するリーゼを見ていると、徐々に思考がクリアになってきた。


 昨日までとは違う部屋。

 調度品の類は殆ど無く、簡素なテーブルと椅子、整理棚だけしかない部屋。

 部屋の端にある簡易なベッドに、僕は寝ていたようだ。

 ベッドと言っても板の上に厚手の毛布を置いた程度のもので、寝心地はあまり良く無い。



 軽く頭を振ってからリーゼを見ると、用意してあったらしい新しい皿に、シチューをよそっていた。

 粗悪と言っても良いような部屋の中で、彼女が使用している食器だけが妙に綺麗で、少々浮いている。


「私の愛の言葉で目を覚ますなんて、どれだけ私の事が好きなんですかー。あれかー、膝枕逃したのが心残り過ぎたのかー?」


 ベッド脇の椅子に腰を下ろしながら照れるリーゼ。

 思わず半眼を向けるけれど、いつも通りスルーされた。


「そうだ、右腕が折れてるので動かさない方が良いですよー。ということで、はい、あーん」


 言われて見てみると、確かに添え木がされていて、包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 なるほど、崖から落ちた時に折れたのだろう。

 動かないわけでは無いが、指を動かすだけでも痛みが走るから、必要以上に動かさない方が良さそうだ。


 目の前に差し出されるスプーンには、美味しそうなホワイトシチュー。

 この年になってあーんをされるのは流石に恥ずかしさがあったが、食べろ食べろと言わんばかりにスプーンを近づけてくるリーゼに負けて、僕は大人しく口を開けた。


「うん、凄く美味しい」

「ふふふ。当然ですよー。愛を込めて、三年間煮込みましたからね」

「まだ言うんだ、それ」

「因みに、パンは三分で焼きました」

「短すぎっ」



 ちぎって口に入れてくれたパンも絶品だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「いつも美味しい食事をありがとう」

「ふふふー。どう致しまして。いつも美味しそうに食べて下さるので、作り甲斐がありますよー」


 リーゼの食事を全て食べた僕は、嬉しそうに微笑みながら食器を片付けてくれるリーゼを見ながら、一息吐いた。


 僕は変わらずベッドの上。

 一応動く事は出来るけれど、折れている右腕と、火傷が酷かった右脚の痛みがまだ辛いので、ベッドの上で食事を取らせてもらった。

 椅子も、リーゼが座っている一脚しか無かったしね。


 普段は後ろで一つに束ねている髪だけど、今は何もしていない。

 視界を遮る鬱陶しい其れを、耳にかけてやりながら、僕はリーゼの方を向いた。



「あと、ちゃんと助けてくれてありがとう」

「いいえー。計画通り(・・・・)のことでしたし」


 リーゼに笑みを向けた後、僕はベッドの傍にある窓から外の景色を見遣った。

 直ぐ近くには川。

 此処は元々川で漁をする漁師が物置として使っていた小屋だ。

 ただ、使われなくなって久しいのか、見つけたときは損傷が激しくて使えたものでは無かったけどね。


「でも、いざ、どぼーん! って大きな音がしてレオン様が流れてくるのを見ると、流石に……。

 もう二度とやって欲しくは無いですよ」

「ははは、僕だってやりたくないよ」



 リーゼは、ベッドの隣の椅子に腰掛けて肩を落とし、力なく眉尻を下げた。



 この場所は、第二の拠点だ。

 第一の拠点――昨日、族が待ち受けていた山小屋近くの崖下に流れる川沿いにある小屋。


 資金の殆どを注ぎ込み、備えていた山小屋は、本命を隠す為のカモフラージュ。

 ちょっとリスクの高い賭けではあったけれど、山小屋で襲撃された時には崖から飛び降り、第二の拠点(ここ)でリーゼに引き上げてもらう計画だったのだ。


 街中ではないこの場所は、少ないながらも魔物が徘徊する場所。

 リーゼには魔物避けの魔晶石(お守り)を持ってもらっていたとは言え、危険な場所であることには変わり無い。



「まー、色々と言いたいことはあったりしますけどー。レオン様の笑顔を見ることができたので、チャラにしておきますねっ」

「……助かるよ」



 本当に。リーゼには、感謝しかない。



「と、言うわけでー」


 リーゼはそう言うと、立ち上がる。

 そして、エプロンのポケットから小さな魔晶石を取り出すと、それを空中に投げた。


 魔晶石はその場で、ぽんっ、と音を立てて弾け、空中に鮮やかな色の文字を描き出す。

 魔術によって描かれたそれは、控えめながらも綺麗な輝きをもって、数秒間だけその場に留まる。




 ――誕生日おめでとーっ☆




「祝、十五歳! 祝、大人の仲間入り! アレやコレやが解禁になりますよっ、やったー!」



 ――ああ、そうか。

 色々あって忘れてたけど、朝が来てるということは、今日が誕生日なんだ。



「どーしたどーしたー? 鳩が炎の大砲(フレイムキャノン)食らったみたいな顔になってますよー」

「それ、鳩死んでるよね? オーバーキルだよ」


 にぱっ、と笑うリーゼ。

 相変わらずマイペースなテンションだけど、変わらない明るさがとても嬉しい。



「ありがとう、リーゼ」

「どういたしまして。今夜はちょっと豪勢な食事にしましょうねー。お酒も飲みましょうー。腕を振るっちゃうぞっ」

「今から楽しみだよ」




 そう言って、二人で笑い合った瞬間だった。






















 【――継承記憶の展開、及びアーカイブ化が完了しました】




「ん?」


 突然聞こえてきた謎の声に、僕は首を傾げた。


「どうしました? レオン様」

「いや、今何か声が……」

「? 何も聞こえませんでしたけど……」




 【――継承記憶の展開、及びアーカイブ中に、保留していた経験に対する評価を算出。フィードバックを開始します】




「まただ。継承記憶とか、何とか言ってるけど……」

「? 落ちて、溺れて、気でもふれちゃいましたかー?」

「失礼なっ。って――」



 ――ズキン!



 まるで鈍器で頭を殴られたかのような激痛が走った。

 思わず額をお押さえ、蹲る。


 視界の端に、リーゼが慌てて僕の方に手を伸ばしてくるのが見えた。



 ――ズキン!!



「レオン様っ、大丈夫ですか?!」


 リーゼのひんやりとした手が、額に添えられる。

 心配そうに覗き込む顔が見えたが、それに答えるだけの余裕は無かった。

 頭が割れそうな程痛む。

 体が軋む。

 魔力が乱れる。

 心臓が破裂するのではないかと錯覚するほど暴れる。




 【――フィードバックが完了しました】




 長かったのか、短かったのか判然としないけれど、そんな言葉と共に、ぴたりと痛みは治まった。

 同時に、体の変調も、全てが無かったかのように消え去った。


「あ、れ……?」


「レオン様っ、レオン様!?」


 まだ慌てているリーゼ。

 変わらず、心配そうに覗き込む彼女に、今度は大丈夫だと笑みを浮かべ、ゆっくりと上体を起こした。


「大丈夫、治った」

「本当ですか? かなり苦しそうでしたよ?」

「うん、本当に大丈夫みたいだ」



 軽く頭を振ってみても、全く痛みは無い。

 左手を握って力を篭めてみても、痛みは無い。

 鼓動も正常だ。



 ベッドのヘッドボードにゆっくりと背を預けて、リーゼに笑いかける。

 その様子をみて、リーゼも落ち着きを取り戻したのか、椅子に腰掛けた。表情は、まだ不安そうだけど。


「何だろう。フィードバックが完了したとか、継承記憶の展開、及びアーカイブ化が完了したとか言ってたけど……」

「幻聴……なんてことは無いですよね。何回か聞こえてたようですし。――まだ、若いのに」

「最後のはちょっと余計じゃ無いかな」


 僕の抗議に、リーゼは少しだけ嬉しそうに笑った。


「お、突っ込みも戻ってるってことは、本当に大丈夫、なのかなっ?」

「判断基準そこなんだ」

「一応、メイドとして医療関連の知識も囓ってはいますけど、本職のお医者さんや治癒術士さんには敵いません。なので、私なりのレオン様バロメータを重視するようにしてるんです」

「ほー」

「レオン様限定で、結構当たるんですよ? でも、少しだけ失礼しますねー」


 リーゼはそう言いながら、ぺたぺたと僕の顔やら体やらを触ってくる。

 額で熱を計るようにしてみたり、手首で脈を測るようにしてみたり、真っ直ぐに目を覗き込んできたり。


 ――流石に照れる。


 けれど、心配してやってくれていることなので、なるべく身動ぎ(みじろぎ)しないようにして、待った。



「異常所見は無さそうですねー。

 それにしても変な話ですね。あーかいぶ? ふぃーどばっく? 継承記憶? んー、レオン様のスキルくらいしか連想できませんけど。継承繋がりで」


 人差し指を顎下に当てて考え込むリーゼ。


 リーゼは僕のスキルの事を知っている。

 だから、継承記憶という言葉から『継承』スキルを連想したのだろう。



「うん。僕もそれくらいしか思いつかないよ」



 まぁ、念のため確認してみようか。

 この三年間全く変わらなかったスキルだけど。


 僕は自分のスキルに意識を向ける。目の前に魔力が光を帯びた形で浮かび上がり、スキル情報が浮かび上がった。

























「――は?」




 そこには、信じ難い情報が並んでいた。



■Tips■

金貨[名詞・通貨]

今話にでてきているのは、テールス王国が作っているお金。

とある世界線にあると言われる、地球という惑星にある某国の通貨と比較すると下記のような感じ。


銅貨  ≒10円

大銅貨 ≒100円

銀貨  ≒1000円

大銀貨 ≒10000円

金貨  ≒100000円

白金貨 ≒1000000円(ミスリルと金の合金)→滅多に使われない


余談ですが、金貨三○枚ということは、大凡三○○万円ということですね。公爵様はちょっとケチなようです。



一五歳[時の流れ]

生まれてから一五年経った人の年齢。

イルテア大陸では、一五歳を成人年齢とする国が殆ど。

アレやコレやが解禁されると言われるが、納税の義務と有事に徴兵に応じる義務が増えるというのがメインなので、嬉しいかどうかは微妙。

あ、結婚もできるようになるが、農村部では一五歳に満たなくても、なぁなぁで結婚している夫婦もいたりするので、線引は曖昧。

お酒?煙草?そういった嗜好品を規制したりする法整備はありません。

平民の大多数は贅沢どころじゃない生活を送っているし、王侯貴族の大多数はもっと自由に(好き勝手に)生きています。


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