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39.テールスへの誘い


  耳がおかしくなったのかと思う程、心臓の鼓動しか聞こえなかった。

 早鐘の如きそれは、耳のすぐ傍で鳴っているのかと思う程大きく、それ以外の音を掻き消している。


 鼓動に合わせ、こめかみと鼻から血が滴る。

 身体は、痛くない場所を探した方が早そうだ。頭の先から足まで激しい痛みが走る。



 光が晴れていく。

 眩い漆黒を押し返した、炎の如き光の奔流。

 手応えは十分だった。全てを弾き返した手応えも、巨大な顎を叩き割った手応えもあった。


 密集突撃陣形(ファランクス)も解除し、熾天使の羽根(セラフィムウィング)を元の七つの羽根に戻した。一振りは左手に持ったままで、他の六振りは自分の後ろに控えさせる。



 光が張れ、全貌が明らかとなってきた。

 半径三○メルト程の領域が見事に抉られ、森が更地になっている。騎士団は何とか待避したようだけれど、流石に何名かの犠牲者はでてしまったようだ。――ただし、クラウスは死守したようで、騎士の一人が背負っている。血が流れていないところを見ると、治癒術による応急処置は済んでいるようだが、背中の傷は深く、生きるか死ぬかの瀬戸際にあることは間違い無さそうだ。

 森の奥には、騎士ではな者の姿がちらほらと見えるけど……誰だろうか。どこかの村人? 農民? そんな風体だ。



 ――そして。



 森に刻まれた巨大な足跡に、男が一人、大の字になって倒れて居た。

 足跡と言うよりは、巨大な窪地にも見えるその場所は、ついさっきまで巨大黒龍が立っていた場所だ。その後方には大蛇でも這ったかのように、森の木々がなぎ倒されている。


 そんな窪地で仰向けに倒れている男は、左眼が潰れ、顎から首、胸元に掛けて鋭い裂傷が刻まれている。

 まだ塞がっていないその傷からは、ごぷり、と紫血が溢れ出ていた。


 空には、身体がうっすらと透けて見える執事風の魔族。

 こちらは無傷ではあるものの、信じられないものを見るように眼を見開き、白手袋を嵌めた手で口元を覆いながらアドヴェルザを見下ろしていた。



 僕は、今此処に居る一人一人を見渡した。

 本当は立っているのもやっと――否、立っているのが不思議なくらいだけれど、まだ倒れる訳にはいかないと身体に鞭打ち、二本の足で大地を踏みしめる。

 折れ曲がった右腕をだらりと垂らし、左手に持った羽根剣を元の大きさに戻し、肩に担ぐようにして持ちながら。

 アドヴェルザと空の魔族に威圧的な眼光を向ける。



「僕はこの静かな森が気に入っている。――だから去れ。さもなくば……」


 威圧に殺気を篭め、改めて二人を見据えた。

 威圧に怯むようなことは無かったけれど、執事風の魔族が歯軋りをしながらこちらを見下ろしてくる。

 熾天使の仮面(セラフィムマスク)で魔力の流れを感知できる僕は、執事風の魔族がまだ抵抗する意思を見せたことに警戒して、羽根剣を二振り空へと向け――


「イルーシオォォ!!!」


 ――ようとした瞬間に、怒声が響いた。


 ビリビリと、周囲の木々すら揺らす声は、間違い無くアドヴェルザのものだった。


「何度も言わせるな。我の闘争に水を差すな!」

「で、ですがまだこの周辺の探索はッ」

「負けたのは我々だ」

「私は負けてなどいません!」

「では、勝てるのか? 我抜きで」

「ぐ……ッ」


 そう言うと、執事風の魔族は、まるで霧が晴れるかのようにその姿を消した。

 それを見届けたアドヴェルザが、ゆっくりと立ち上がる。血は未だ止まっておらず、傷はかなりの深手に見えるけれど、大地を踏みしめる足はしっかりとしていた。僕よりも、まだ余力があるようにすら見える。


「今は退こう」


 ニィ、と口角を引き上げるアドヴェルザ。

 右の瞳が怪しく黄金色に輝き、口元には紫色の血で染まった鋭い牙が並ぶ。


 その、嫌に記憶に残る笑みを残して、アドヴェルザは背の翼を羽ばたかせた。

 巨躯をものともしない力強い羽ばたきで、瞬く間に飛び去った龍族。僕は暫く、彼が去った方を見つめていた。




「……宜しいか?」


 僕がそうしていると、背後から声が掛かった。

 肩越しに振り返ると、そこには女騎士に支えられた屈強な騎士の姿があった。恐らく、この騎士団の団長的なポジションの男だろう。遠目に観察していた時に、この男が指示を出していたのを覚えている。


 僕は無言の侭、彼を見据えた。

 去らないことで話を聞く心算(つもり)だけはあると示しながら。



「助けて頂き、感謝する。あのままでは、我らは――」


 僕は無言で手を前に出して、彼の言葉遮った。彼も、僕の意図に気付いてか、途中で言葉を止めていた。


「怨敵のコボルトは討ったのだろう? ならば去れ。手当てが遅れれば勇者が危ない」


 クラウスの状況は正直分からないけれど、治療薬(ポーション)や治癒術を優先的にかけているだろうにも関わらず、未だ意識を取り戻さないのだから、軽傷では無いのだろうと想定して。

 僕の言葉は案外当たっていたようで、団長の男は苦々しげに口端を歪めた。



「ノア殿、私はダミアンと言います! テールス王国キースリング領にて、キースリング騎士団の副団長を務めるダミアンと申します! 是非一度、キースリング領へお越し下さいませんか!」


「は?」


 団長だと思っていた男は、どうやら副団長だったようだが、そのダミアンの発言に、僕は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。


「どうしましたか?」


 僕の反応に首を傾げるダミアン。まぁ、今のは僕の反応の仕方が悪かったけど、許して欲しい。

 だってまさか、公爵に追われてここまで逃げてきた僕に、キースリングとは言え、テールス王国に来いと言われるなんて、何の冗談なのか。


「ははっ」


 仮面の上から額を押さえる。前髪をぐしゃぐしゃと掻き毟りながらおかしくなって笑う僕の姿を、ダミアン達が不思議なものを見る目で見ているようだが、今は気にすらならなかった。


「面白い冗談だね」

「いや、決して冗談などでは――」

「冗談だよ」


 ピシャリと言い放ち、僕は踵を返した。

 どのみち、彼らに付いていくという選択肢は無い。僕は早く戻らなくてはならないのだから。


「いいから帰って。三度目は、無いよ」


 僕はそう言い残して、この場を後にする。背中に、ダミアンの声が聞こえてはきたけれど、その悉くを無視して。

 ただ、僕を追いかけてくるようなことはしなかったけれど。




 ――兎も角。

 一番の難所は切り抜けた。

 強引な力業ではあったけれど、あの巨大龍を退けられたのだから、十分合格点だろう。


 あとは、洞窟で隠れて貰っているみんなと合流して、家に戻るだけ。

 湖上に浮かぶ島に帰って、また畑を耕す日々に戻れば良い。


 贅沢では無いけれど、皆が笑顔で過ごせていたあの日常に――。


 そんな小さな夢を原動力に、悲鳴を上げ続ける身体を引き摺りながら、皆がいる洞窟へと向かった。
















 その夢が、もう叶わぬ夢であるなど、知る由もなく――。


■Tips■

女騎士[???]

クラウスの側に控えていて、怪我をしたダミアンを支えていた女騎士。

実は新人。

治癒術の腕と槍捌きが評価され、キースリング騎士団に入団するが、初陣がフレイスヒューゲル丘陵奪還戦で大変な目に遭う。

その後、勇者護衛隊になるも、クラウスの目に止まって側仕えみたいな事をさせられる。不幸。

こんなブラックな職場やめてやる! と思いつつも、愛国心の高さ故に行動に踏み切れずにいる若人なり。

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