32.不可避の争い
■□■---Side: ダミアン---■□■
溜息ばかり吐いている自覚がある。
与えられた任務を遂行することこそが、我ら騎士の務めであることは重々承知しているし、そこに否やは無い。
しかし、しかしだ。
今こうして勇者を守ることは、本当に、キースリング様の盾となることより大切なことだったのだろうか。
我が剣と命を捧げたキースリング様をこそ、お守りすべきでは無かったのか。
齢一五の、まだ少年のあどけなさや未熟さが残るこの勇者。
若さ故と言えばそれまでだろうが、傲慢で人の話に耳を傾けようとしないこの青年が、本当に人々の希望たり得るのだろうか。
「魔王国の森と言うからどれだけ魔物に溢れて危険なところかと思えば、静か過ぎて拍子抜けだな」
やたら立派な鎧に身を包み、陣形の一番安全な場所で歩いている勇者の呟きが聞こえてくる。
確かに、安全ではあるだろう。
数は少ないとは言え、キースリング様の騎士団を支えた精兵達のみで構成された部隊の中心に居て、我々が勇者に危害が及ばぬよう、常に目を光らせているのだから。
凡百の魔物なら、今の勇者の視界に入ること無く処理できる。下級であれば魔族であっても、我らだけで退けることができよう。
「この程度なら、俺も最初から探索に参加していれば良かった。そうすれば、もっと早く痕跡を見つけられたかも知れねぇな」
私は気が短いのだろうか? それとも狭量なのだろうか。
勇者の発言が、いちいち癇に障ってしまう。
大きく深呼吸し、目を閉じ、暫しの時を置いてから、勇者を見据える。
「どうした、ダミアン。何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、何も」
彼が口にする意見は、立派なものだ。
少なくとも、魔王国から遠く離れた場所でぬくぬくと過ごし、民から必要以上の税を徴収し、不平不満ばかりを口にする貴族共に比べればマシであろう。
だが、それでも足りない。
キースリング様が身を挺して勇者を庇った時、勇者は一目散に逃げたのだ。
『聖炎』なる、嘗ての英雄テオドールと同じスキルを持っていても、それが戦場で使えないのでは何の意味も無い。我々騎士は、その力を戦場で発揮できて初めて、騎士たり得るのだ。その点は勇者であっても同じだろうに、この青年はその心構えができていない。
繰り返すが、若さ故と言えばそれまでだろう。
だが、これ程までに傲慢で、人の話に耳を傾けない性根の勇者が、今後変わっていくとは思えないのだ。
しかも、コボルトと戦闘になる可能性が高い今回の作戦に、まだ村人を随行させるというのも理解に苦しむ。
村人の目が探索に役立つ。なるほど、それは確かに一理はある。──が、今回は探索だけすれば良いという単純な話ではない。コボルトに気取られる事無く探し出し、一網打尽にする必要がある。
村人は、何かを探す目は持っているだろうが、隠密活動を想定した作戦で何の役に立つのか。
ましてや、戦闘になってしまえば、守るべき対象が増えるだけ。どう考えてもデメリットの方が大きかろうに……。
「ダミアン様、そろそろポイントです」
斥候の一人からの報告だ。
「分かった。まずは計画通り、近くにある崖周辺から調べていこう。くれぐれも気取られるなよ」
「はっ」
どうやら、探索ポイントの近くまでは無事にこれたようだ。
此処からは、更に慎重に探索していく必要がある。
コボルト達に見つかったとしても、三○匹程度の群れであれば殲滅するのは容易だろう。だが、例の魔族との繋がりの証拠を探すためには、ただ倒すだけでは不十分だ。
本来ならば、この探索は地元の──そうだな、メイジシュタットに駐留させている部隊に対応させ、態勢を立て直した後に本格的に対応すれば良いのだが……。
公爵令息でもある勇者に、貴殿こそが足手纏いだから一刻も早く王都に戻るべし、などとは言えぬしな……。
──まぁ良い。
ここまで来たら切り替えよう。
「では、ここからは作戦の第二段階になります。我々はこの周辺に陣を張り、息を潜めます。よろしいですか?」
「ふん、好きにしろ」
「は──」
本当に、やれやれだ──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うん、今のところ順調だね」
僕は犬人族さん達からの報告を聞いて笑みを深めた。
此処はルイーザさん達が一時的に身を隠していた洞窟の中だ。
人が十分通れるほどの穴もあれば、ルイーザさん達の本来の姿である小犬姿でも通るのがやっとというサイズの穴まで色々ある。
まるで迷路のように複雑な構造になっているが、今回はそれが作戦に利用できるため、利用している。
「そうですな。勇者は騎士団と一部のピルツ村の村人を含めた部隊を率いて、こちらへ向かってきております。──あの足並みですと、三○分程度でここへ辿り着きそうです」
僕の傍には、犬人族の皆さんから上がってくる情報をまとめてくれているウルガーさんが居る。
他にも、リーゼとマオちゃん、ルイーザさんもここに居た。
その他の皆さんは、森の偵察や別ポイントでの見張りを行ってもらっている。
「マオちゃん、大丈夫かい?」
「うん」
ルイーザさんがマオちゃんを気遣いながら最後の準備に取り掛かってくれている。
マオちゃんも、やや緊張した面持ちではあるものの、僕達の言うことを聞いて、大人しくしてくれている。
──本当は、ダンジョンの中で待っていて欲しかったのだけれど、犬人族の皆さんの力も、リーゼの力も、今回の作戦に必要となるため、全員でここに来ているのだ。
結果的に、それが皆の安全を守ることができる確率が、一番高いと判断したからだ。
ルイーザさんとマオちゃんにお願いしているのは、コボルト達を捕縛した時に大活躍した、臭い玉を洞窟のあちこちに仕掛けることだ。
「じゃぁ、最終確認だ。ウルガーさん、捉えたコボルト達に、ウルガーさん達の装備や服を着せるのは終わってるよね?」
「問題なく」
そう。ウルガーさん達がもっていた予備の服や、使わない装備を、強引に捕縛したコボルトに着せている。
囮になってもらうんだから、きちんとそれなりの恰好をしてもらわないとね。
「まだ誰も目を覚ましてないよね?」
「はい。ラウラから知らせが無いため、問題は起きていないものと」
うん、大丈夫のようだ。
捕縛したコボルト達は、今は拘束を解いて洞窟の出口付近にまとめて眠って貰っているのだ。
それを、ラウラさんが遠くから監視してくれていて、目覚めそうな気配が在ったら連絡してくれる手筈になっている。まだ起きてないのであれば、十分間に合ったと言えるね。クラウス達が早めに此処に気付いてくれて良かった。
因みに、ちゃんと気付いてくれるよう、森の中にわざと戦闘跡を残しておいたんだけどね。これを、クラウス達が見つけてくれるかはある意味賭けだった。
ウルガーさんが追っ手を撒いた場所から、この洞窟に向かうルートの途中に、コボルト達の血痕やウルガーさん達の荷物を残して、あたかもそこで戦闘があったように見せかけたのだ。
相手がちゃんと計画的に行動してくれていれば、今僕達が居る自然洞窟群に調査の目が向くようにね。
森に居る見張りの犬人族さん達から、クラウス達の様子を聞く限り、僕達の企みは成功したようだね。
「ウルガー、騎士達がやってきたぞ、そろそろタイミングは良さそうだ」
小犬の姿をした犬人族が走ってきて、ウルガーさんに伝える。
あらかじめ伝えていたポイントを、騎士団が通過した報告だ。
「ノア様、こちらの準備もできましたぇ」
ルイーザさんからも声が掛かった。
──これで、準備は万端だ。
「──よし、じゃぁ、やるよ。犬人族の皆は洞窟内に退避。森に出たままだと、臭い玉の餌食になっちゃうかもよ?」
「すぐに退避させますっ!」
報告に来てくれていた犬人族が、物凄く素早い反応を見せ、一目散に洞窟を出ていった。
──うん。やっぱりみんなアレは苦手なんだね。
準備は万端で、クラウス達は僕達の想定した通りに動いてくれている。
けれど、不安要素も勿論あるんだ。
僕は、改めて自分の足元を見た。
薄暗い洞窟で、ごつごつとした岩が剥き出しになっている足元には、所々、何かの糞が落ちている。
──これ、ケイヴバットの糞だよね、きっと。
昔、ケイヴバットの討伐依頼を受けた時に仕入れた知識と、足元の糞が一致している。
ということは、この自然洞窟にはケイヴバットが棲みついていたことになるのだが、ルイーザさん達が身を隠していた頃から、一匹もケイヴバットの姿を見ていないらしい。
糞があるから、最近までケイヴバットが居たことは間違い無いのだけれど、今は居ない。
そうなってくると、何となく思い出してしまうのが、ピルツ村の近くで危うくクラウス達と鉢合わせそうになった時に現れた、蝙蝠の大群なんだよな。
空の一部を覆いつくす程の大群。いなくなったケイヴバット。
今把握している事実からだと、大雑把な推測しかできないけど、魔王国側というか、魔族側が何かしら動いていることはまず間違い無いんだろうな。
あんな、天災みたいな力に対抗する策なんか無いから、何も起こらないことを願うばかりだけど……。
そんなことを考えながら待っていると、森に偵察に出ていた犬人族の皆さんと、ラウラさんが戻ってきた。
「準備できたって?」
僕は今までのネガティブな思考を切って、ラウラさんの言葉に頷いた。
今はできることをやろうと、気持ちを切り替える。
「うん。これから、コボルトを起こして勇者にけしかける」
僕の言葉に、皆が頷いた。
「最初に説明した通り、一度動き始めたら最後まで事態は止まらなくなると思う。──だから、みんな最善を尽くして逃げてね」
戦う必要なんてない。
寧ろ、戦うような事態を避ける為に、こうして策を弄しているのだから。
念のため、陥りそうな状況を想定して、それぞれの場合にどう行動するかという方針はみんなに共有しているけど、それだってどこまで通用するか分からない。最終的には、各人の判断に任せなければならなくなってくるのだ。
「大丈夫だよ、ノア様」
犬人族の中ではムードメーカー的な存在のラウラさんが、明るい声で言った。洞窟内に良く通る、澄んだ声だ。
「でも、正直なところ、何でこうして争わないと駄目なんだろう、とは思いもするけどね」
ラウラさんの独り言のような独白。
みんな、少なからず今回の状況を憂いているのだろうから、感じる部分はあるのだろう。特に、ラウラさん達に何か落ち度があった訳じゃないのだから、尚更だ。
「争いってさ、悪いことを全くしていなかったとしても、避けられるものじゃないと思うんだ」
ラウラさんが驚いたような表情でこっちを見ている。
まさか、最後の独白に反応があるとは思っていなかったのかも知れない。
ラウラさんだけじゃない。リーゼも、マオちゃんも、犬人族の皆さんも、僕の方を見ていた。
「自分に全く非が無くても、周りにどれだけ思い遣りを持って接していても、相手側に攻める理由があれば争いは起こるんだよ」
自分と相手。その二者が居なければ、争いは発生しない。
ただし、争う理由は、どちらか片方が持っているだけで火種となりうる。
今回がまさにそうだろう。
犬人族に争う理由は何も無いけれど、勇者側にはあるんだ。ピルツ村の村長さんにも、あるんだ。
「難しいよね。──でも、僕は最後までみんなの力になるつもりだから、全員でこの難局を乗り越えよう」
「承知!」
僕の言葉に、ウルガーさんが敢えて大きな声で同調してくれた。
力強いその言葉に、ラウラさんも、ルイーザさんも、リーゼもマオちゃんも大きく頷いてくれる。
僕は、そんなみんなを、今一度見回して──。笑みを深めた。
「よし、じゃぁやるよ。臭い玉を起動して、風を起こす。僕は眠ってるコボルト達に回復術を掛けて起こしてくるから、風と臭い玉の起動は、リーゼとウルガーさん達でよろしくね!」
「分かりましたー」
「「「了解!」」」
こうして、僕達が生き残るための作戦が、開始された──。
■Tips■
キースリング辺境伯[人名]
テールス王国最東端のキースリング領を治める伯爵。
領地の殆どが魔王国と隣接している、人族VS魔族の最前線。
その地域特性故、爵位は伯爵であるが、様々な裁量権が特別に認められている。
魔族との戦闘は国を挙げて戦う必要がある大規模なものになりがちなため、最低でも侯爵レベルの権限が必要になってくることが多い。
だが、最前線で魔族と戦いたがる侯爵が居ないため、武勇に優れたかつてのキースリング伯爵が、辺境伯という特殊な地位を与えられてキースリング領を治めている。
本編中に、本名すら出ておらず、登場シーンも無いが、かなりハイスペックな御仁であることが想像できる。
一つ、誰も治めたがらない領地を発展させ。
一つ、精強な騎士団を組織し。
一つ、元魔王側近の黒龍族に挑み。
一つ、身を挺して勇者を庇い。
一つ、勇者を逃がすために命を散らす。
合掌 (-人-)




