30.仕込み
筆がのって? 6000字越えてしまったので、2話に分けています。
その結果、前半部分が少なくなってしまったので、スポット的に投稿。
続きは本日中(いつも通りお昼頃)に投稿致します。
「ウルガーさん、そっち行ったよ!」
「承知!」
顔面完全武装のウルガーさんが、拳大の球体を投げた。
「ギャウンッッ!!」
それは見事、ウルガーさんの眼前に躍り出てきた魔物、コボルトの鼻頭に直撃する。
直撃したとはいえ、投げた物が爆発するわけでも、込められていた魔術が発動するわけでもない。重量だって同じ大きさの果物と同程度から、ダメージを与えられるような重さではない。硬さだって同様だ。
しかし、効果は劇的であり、勢いよく飛び出したコボルトは踏鞴を踏み、倒れこんだ。
「これで八匹目。順調だね」
僕はそう呟きながら、倒れたコボルトを縛り上げていく。
丈夫な蔓で雁字搦めにしたところで、犬人族が数名やってきて、魔物を担いでいった。
「はい。……いやしかし、本当に良く効きますな」
そう言うのはウルガーさんだ。
目元以外はしっかりと布で覆われている。そんな状態にも関わらず、目には若干涙が溜まっているのだから、本当にキツいのだろう。──オドルアリウムの臭いは。
さっきウルガーさんがコボルトに投げつけたのは、オドルアリウムを主原料として作られている臭い玉だ。僕が嗅いでも吐き気と頭痛が誘発される威力があるから、鼻の利く種族には本当に有効なのだろう。実際、コボルトは一○○パーセントの確立で昏倒している。
──コボルト退治に革命が起きるんじゃないかな、これ。
「良く効くよねぇ。……えぇと、目標は二五匹だから、大体三分の一ってことろか。臭い玉がしっかり効いてくれてるから、夕暮れまでには何とかなるでしょ」
「そうでござるな」
僕たちは今、マキーナ=ユーリウス王国跡周辺の森の中で、コボルトの追い込み漁──追い込み猟、かな──をしている。
随所随所にオドルアリウムを仕掛け、特に鼻の利く魔物であるコボルトの行動を制限する。そして、最後まで追い込んだところで、オドルアリウム臭い玉を投げつけて昏倒させるという手法だ。
ウルガーさんが気絶した件から思いついた捕獲方法だけど、これが思いの外効果的だった。魔物の中では比較的弱い部類のコボルトとは言え、直接対峙すれば怪我を負うリスクだって高まるが、これは近くに臭い玉を投げるだけで済むので、遥かに安全度が高い。
何なら、臭い玉を持った状態でコボルトに近づけば良いだけなのだから。
まぁ、ウルガーさんは一刻も早く手放したいから、投げつけて対応しているようだけどね。
そして、もう一つ有効なのが捕縛できるという点だ。
昏倒するから、捕縛の道具さえ持っていれば捕縛できちゃうんだよね。それに、倒したい場合は昏倒させた上で、安全に止めをさしてしまえば良いし。
「できれば上位種のハイ・コボルト辺りが一匹くらいいると嬉しいんだけどね」
「臭い玉は効きますかな? ハイ・コボルトにも」
「効くんじゃないかな? ぶっつけ本番にはなるけど、コボルトでの効き目を見る限り、少なくともいい線は行くんじゃないかな」
僕達がこうして、コボルトを捕縛してまわっているのは、勇者対策のためだ。
ピルツ村から逃げ延びた犬人族の皆さんの身代わりになってもらう予定。……コボルトには申し訳ないけどね。
ウルガーさん達に集めて貰っていたものの一つは、この作戦に使用するための、大量のオドルアリウムだったんだ。
数が揃ったことと、仕込みが終わったことで、早速実行に移したという訳だ。
「む」
僕が俯いてこれからのことを考えていると、ウルガーさんが耳をぴくりと動かして遠くを見遣った。
「合図?」
「はい。ラウラからですな。……二、いや、三匹、掛かったようです」
この追い込み猟の範囲に、コボルトを追い込むことに成功した合図だ。
僕にはよく聞こえないけど、ウルガーさんにはラウラさん達からの合図──遠吠え──が聞こえるらしい。身体スペックはウルガーさん達が圧倒的に上なんだろうな、僕達人族よりも。
「了解。気を付けていこう」
「承知」
僕たちは頷き合って、ポイントに身を隠し、息を潜めた。
やるべき事はまだまだある。
コボルトを捕縛することは、まだ下準備の段階に過ぎないのだから――。
■Tips■
臭い玉[名詞]
オドルアリウムの果実をベースに作られた、拳大のアイテム。
今回、ノア達が使っているのは、オドルアリウムの果実を大きな葉で包んだだけのもの。
ただそこに、リーゼの生活魔術の一つである「梱包」を付与して、臭いを魔術的に閉じ込めている。
何かに触れると、「梱包」の魔術が崩れ、内部の臭いが一気にあふれ出す仕組み。
殺傷能力こそないが、最上級の取り扱いが必要な一品だ。




