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23.話をややこしくする奴


 「ヨーゼフさん、折角ですので、もう少しお話を伺っても良いですか?」


 隣で相変わらず溜息を隠そうとしないヨーゼフさん。気まずい沈黙を避ける意味もあったが、この際、この村のことを聞いてみようと話を向けた。


「構わんよ」


 相変わらずぶっきらぼうな口調だし、眉間の皺のせいか、若干の忌避感を向けられているように感じるけど、極力気にせずに行こう。


「あのテントに、今住人の皆さんが住んでいるのですか? かなりの人数を収容できそうなテントですけど」

「テント? あぁ、アレか。儂も良く分からんが、勇者様ご一行らしい」

「え、勇者?!」


 思わず声が大きくなってしまう。

 まさか、クラウスがピルツ村に来ているなんて予想もしていなかった。

 ちょっと慌て過ぎたかと思い、今更ながら咳払いを一つ挟んで取り繕ってみたが、そもそもヨーゼフさんは僕の反応に違和感を覚えた様子は無かった。


「そりゃ驚くよなぁ。何せ、勇者様だ。噂話で、勇者様が魔族の討伐にこっちの方に来るんじゃないかって話は聞いとったが、まさかピルツ村に来るとはなぁ」


 成る程。確かに、今まで勇者の称号を当てられた人なんていなかったもんね。

 それが自分の村にやってくるなんて、そうそうある話じゃないから、多少驚いても問題無いか。――良かったよ、変に疑われずに済んで。


 でも、クラウスがあそこに居るとなると、僕もちょっと近づけないね。

 名前からはバレないだろうけど、流石に顔は覚えられてるだろうから。


 意味があるかどうかは分からないけど、直接向こうのテントの方を見るのはやめておこう。少しでも、クラウスに直接見られるリスクは減らしておかないと。


「勇者……様は、どうしてピルツ村に立ち寄られたのでしょう?」


 うーん、馴れないな。クラウスを様付けするの。勇者に様付けなら行けるかと思ったけど、思った以上にいけなかった。


「フレイスバウムを滅茶苦茶にした魔族を追ってきたって話だ。多分、ピルツ村を襲ったのもその魔族だろうって言うとったな」

「そう、なんですね」


 なるほど、やられっぱなしでは終わらせないって事かな。

 流石クラウス。諦めの悪さは天下一品だ。根に持つタイプだからね。


「あそこを見てみぃ」


 ヨーゼフさんはそう言って、テントの近くの家――ウルガーさん達が住んでいた家――を指さした。


「村がこれだけ破壊し尽くされとるのに、あの辺りの家は無事じゃろ?」

「えぇ」


 それがどうかしたのだろうか?

 僕はヨーゼフさんの言わんとすることが良く分からずに、首を傾げた。


「実はあの辺りの家には、人に化けた魔族が住んどったんじゃ。その魔族が、フレイスバウムを破壊した強力な魔族を手引きしたらしい。勇者様はその調査のためにあそこに滞在されておる」


 ……うん。「はぁ?」と言ってしまいそうになる衝動を堪えるのが大変だった。ヨーゼフさん何言ってんの?って突っ込みそうになっちゃったよ。

 何とか耐えたけど、ちゃんと取り繕えてたよね、大丈夫だよね。辺に思われてないよね?



 よし、ヨーゼフさんは特に不信には思っていなさそうだ。


 にしても、クラウス、あそこに住んでいた魔族――つまりはウルガーさん達のことだろうけど――が、フレイスバウムを破壊した魔族を手引きしたって?

 何でそんな話になってるんだよ。


「え、人に化けた魔族って……あそこに魔族が住んでいたんですか?!」


 少し大袈裟かもとは思ったけど、テールス王国内に魔族が住んでいた、しかも人に化けた魔族が住んでいたことは衝撃的事実の筈。

 この話をもう少し聞く為にも、興味を持ったと言わんばかりの態度で、ヨーゼフさんに問うた。


「ああ、コボルトじゃった。きっと人化の術が使える魔族だったんじゃろうて」

「……それが、あそこに住んでいたんですね」


 僕がそう言うと、ヨーゼフさんは、ギリ、と強く軋むほどに歯を食いしばり、親の敵を見るかのような目でウルガーさん達の家を睨んだ。


「儂は最初からあの連中が怪しいと思っておった。――じゃが、あの連中がピルツ村の皆に親切じゃったから……。村の皆はすっかり騙されてしまっておった。――儂が、もっと早く証拠を掴んでおればッ」


 悔しさを滲ませるヨーゼフさん。

 ちょっと気になる言葉があったので、僕は質問してみることにした。


「最初から怪しいと思っていたって事は、村長さんはあそこに住んでいた人がコボルトだって気付いていたんですか?」

「……そういう訳では無いがの」



 ――事の発端は村外れに、どこかから流れてきた移民が住み始めた頃に遡る。

 移民――つまりはウルガーさん達のことだろう。時期的なことを考えると、ウルガーさん達の一世代前かも知れないね。


 当時、ピルツ村では、近くの森に棲み着いたゴブリンの被害に頭を悩ませていたらしい。

 畑が荒らされ、農作業中の住民が襲われ、若い娘が攫われ……。かなりの被害を被ったようだ。

 冒険者を雇ったりしてゴブリンの討伐をお願いしたりはしたけれど、一時凌ぎにしかならなかったらしい。


 まぁ、それもそうだよね。ゴブリンを一匹見かけたら十匹いると思え、なんて言われるくらい数が多くて、繁殖力が高い魔物だ。討伐依頼で数を大きく減らしたとしても、一匹でも逃してしまえば、直ぐに増えてしまう。気持ちの良い話ではないが、若い娘が攫われたりしているなら尚更だ。


 でも、転機が訪れた。その転機となったのが、例の移民の存在だ。

 その移民達は、故郷の村を魔物に滅ぼされてしまい、行く当てもなく彷徨った果てに、ピルツ村に辿り着いたそうだ。

 ただでさえゴブリン被害に悩んでいたピルツ村は、移民の受け入れに消極的だった。村の生活に余裕などない。当時の村の備蓄量を考えたら、今居る村人だけでも無事に冬を越せるかどうか怪しい状態だったらしい。――そんな状況で移民を受け入れようものなら、餓死という未来が現実味を帯びてきてしまう。


 しかし、移民達はゴブリンの住処を特定する術を持っていたようで、ゴブリン討伐に力を貸すから、村外れに住むことを許可してもらえないかと交渉してきたそうだ。


 当時、二○歳だったヨーゼフさんは、自分の父親――前村長――が移民の交渉を受け入れた事を良く思っていなかったらしい。

 理由は単純だ。移民の事が信じられなかったから。それに、移民よりも、村人全員が冬を乗り切ることを考えるべきだと思っていたからだ。

 更に言うと、これまでに討伐依頼を受けてくれた冒険者が、誰一人としてできなかったゴブリンの駆逐という目標を、移民達なら達成出来るという事実に、胡散臭さを感じていたんだそうだ。



 しかしながら、村長の決定は村の決定。

 冒険者ギルドに依頼して、何名かの冒険者を雇い、移民と共にゴブリン討伐隊が組まれたそうだ。


 結果、ゴブリンの巣が複数発見され、全てのゴブリンを討ち滅ぼすことに成功した。

 ――しかし、その途中、行き場を失ったゴブリンがピルツ村を襲撃し、村側にも少なく無い被害が出たんだとか。

 ヨーゼフさんの父親も、その襲撃で亡くなった一人らしい。



「ゴブリン達の反撃の結果、当時の住人の半分近くが殺されてしもうた……。その結果、移民を受け入れる余裕ができたのは皮肉だったがなぁ。しかしだ――ッ」


 ヨーゼフさんの手に力が籠る。

 握った右手の爪が、深く、彼の固い手を抉る。


「考えれば考える程、なんであの時、ピルツ村がゴブリンに襲われたのかが分からないんじゃ。皆で攻めていったのに、どうして……。

 穿ち過ぎかも知れんが、ピルツ村の人口が減るよう、移民達が誘導したのではないかと、疑っておったのじゃ」


 うん。穿ち過ぎは確かにその通りかも知れないけど、そう思ってしまう気持ちは分からなくは無い、かな。

 肉親を含む多くの知り合いが死んでしまったような状況で、正しい判断が出来るとも限らないしね。


「……そんなことが、あったんですね」

「ああ。だから、儂は初めからあそこに住んでいた移民達に対して悪印象を持っとった。――じゃが、受け入れると決めたのは父親で、それが最期の村長としての判断じゃったからなぁ……」


 受け入れざるを得なかったんだそうだ。

 個人の感情で村の運営に関わる判断をしてはならないと理解していたし、ヨーゼフさん自身、当時の村長である父親からそう在るべきだと育てられたそうだ。


 そうだね。間違っては無いと思う。

 正しいかどうかは知らないけど、その判断で救えた命は多かったんだろうなぁ。



 ヨーゼフさん自身の考えはそうだったけど、一応ゴブリン討伐という成果はあったし、当時の村長さんの判断を歓迎している村人は一定数いたそうだ。

 それに、移民達は親切で、その後は何の問題も起きなかったそうだ。



 だから少なくとも、表面上は上手く回っていたそうだ。



「しかし、また魔族じゃ……」


 ヨーゼフさんは、その視線に色濃い徒労感を滲ませて、焼け焦げた畑に目を向けた。

 強力な何かで大きく抉られ、その上、高熱の炎に焼かれた畑。少なくとも暫くは使い物にならないだろう。


「どこからともなくやってきて、儂達の生活を根刮ぎ奪っていくッ。――あそこに住んどった奴らは、その仲間なんじゃ」


 徒労感に塗れていたそれが、一気に怒りによって塗り替えられた。

 思わず、半歩下がってしまう。

 それくらい、今のヨーゼフさんは、怒り狂っているように見えた。



 このまま、話を終わらせることも出来た。

 或いは、ヨーゼフさんに慰めの言葉を掛けることも出来た。


 だけど、犬人族(コボルト)達の事情を知っている僕だからこそ、聞かなくちゃいけないとも思った。



「……本当に、あそこに住んでいた魔族が、今回の強力な魔族を呼び込んだんですか?」

「知らん!」



 返ってきたのは、怒声だった。



「知るわけが無い! 魔族の考えることなんぞ、儂には理解できんし、想像もできん! だが、儂達の家は焼かれ、奴等の家は無事。儂達は多く死んで、奴らは無事。それはいくらなんでも、おかしいじゃろう! 勇者様も、そう仰っている!」



 クラウスが火に油を注いだのか……。

 あいつは本当、余計なことしかしないよな。



「……すまん。兄ちゃんに怒鳴っても何にもならんのじゃが……」

「気にしてませんよ」


 行き場の無い怒りを抱え込むのは大変だよね。本当に。


「まぁ、アレじゃ。そんな状況じゃから、儂達にもあまり余裕は無い。動ける村の衆は騎士様達の案内役として、コボルト討伐のために出かけておるし、女子供は騎士様の宿泊の手伝いをしておる。だから、兄ちゃんをもてなす余裕は無いが……」

「えぇ、気にしてませんよ。――と言うか、今の話を伺って、ここで休憩するよりもこの話を冒険者ギルドに持ち帰った方が良さそうだと思いました。大したお役には立てないかも知れませんが、早急に支援が必要だという事も併せて報告してきます」

「……感謝する」

「とんでもない。ヨーゼフさん、無理はしないで下さいね」

「できればそうしたいものじゃ」



 僕は一礼して、踵を返した。

 そして、逃げる様に、その場を後にした――。

■Tips■

貨幣制度[テールス王国編]

テールス王国では、下記の様に通貨が使われている。

金、銀、銅が用いられるのは、とある世界線にあると言われる、地球という惑星と同じ理由と思っていただいて構わないっ!

金、銀は希少価値と、精練の関係から。ざっくり言うと、とある世界線にある(ry)と同じような冶金技術の発達があったと思っていただいて構わないっ!

こういうことを地球の文化に照らし合わせて設定しちゃうから、本格ファンタジーじゃないやと言われる気もしますが、気にしないっ!


通貨の種類と、その価値(とある世界線の(ry)換算)は下記の通り。


銅貨  10円

大銅貨 100円

銀貨  1000円

大銀貨 10000円

金貨  100000円

白金貨 1000000円(ミスリルと金の合金。大金貨じゃないのかって? 違うらしいよ)


金貨三○枚の男は、三○○万円の男だったのである!

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