21.きゅんです
前回(20話)までで、Tipsの文字数が6000字を越えているようです。
だからどうしたって話ですけど。
そして、本当にストックが……ッ
「ピルツ村に、ですか? それはまたどうして……」
リーゼの蒼い目が真っ直ぐ僕を捉えている。
吸い込まれてしまいそうな程住んだその瞳に、心配そうに潤むその瞳に、僕の顔が映り込んでいた。
「だってさ、ちょっとおかしいじゃない」
「何がですか?」
「ウルガーさんの話だよ」
リーゼから視線を切って、ウルガーさん達犬人族の皆が入っていった通路へと目を向ける。
姿は見えなくなっているけれど、耳を澄ませば、彼らの声が少しだけ聞こえてくる。
僕は、絶対彼らには届かないように、リーゼにだけ届く小さな声で続けた。
「ただの村人が、どうして魔王国の領内まで追いかけてくるのさ」
僕の言葉に、リーゼは首を傾げた。
サイドテールの淡い紫色の房が揺れる。
「自分達を酷い目に遭わせた魔族が許せなかったからじゃ……、あれ?」
リーゼも、違和感を覚えたようだ。
顎に手を添えて、何かを考え込むリーゼ。僕は、彼女の考えがまとまるのを待った。
「追いかけてきたのは、ピルツ村の村人達なんですよね。いくらなんでも魔王国まで追いかけてくるのは、異常だってことですか?」
「そういうこと」
僕の疑問は、まさにそこだ。
「人々の中に、魔族、魔物憎しの考えが浸透しているのは分かるし、ピルツ村に起きたことを考えると、その考えがより強くなるのは分かるんだ。
でも、魔王国の中まで追いかけ回すなんて、ちょっとおかしいと思うんだよ。テールス王国騎士団だって、魔王国には簡単には入らないよ」
僕達のように特殊な事情があるか、命知らずか――
何らかの理由が無いと、わざわざ魔物犇めく魔王国に入ろうなんて人は居ないはずだ。
なのに、ピルツ村の人達は、ウルガーさん達を追いかけて魔王国にまで侵入してきている。
「では、ノア様は、ピルツ村の人達が魔王国に侵入してまでウルガーさん達を追うのには、魔族に対する憎しみ以外の理由があると思っているのですか?」
「うん。確証があるわけじゃないけどね。何となく、そう感じてる」
「そうですかー。何となく感じてる、ですかー。ノア様のその直感、良く当たりますもんね」
「まぁね。嫌な予感ほど当たるものさ」
魔族に対する憎しみ以外の理由があり、魔王国にまで追いかけてくるような状況であれば、ピルツ村の人々が簡単に諦めるとは思えない。
もしかすると、今も、森の中を探し回っているのかも知れない。
そんな彼らが、このダンジョンに隠れ住む僕達を発見したらどうなるだろう?
まぁ、嫌な未来しか想像できないよね。
勿論、この想像は僕の根拠の無い直感を前提にしたものだから、そもそも考えすぎで、そんな心配は無用なのかも知れない。
だけど、考えすぎじゃないかも知れない。
このまま何もせず、いつかピルツ村の人達が僕達のいる所に辿り着いてしまう未来。
ピルツ村に行くというリスクはあるけど、不安要素を事前に調査して、問題があるなら事前に策を講じる未来。
悩ましい判断だけど、僕はより後悔しそうにない後者を選んだというわけだ。
わざわざリスクを冒さず、このまま静観する。そしてピルツ村の人達も魔王国の探索は諦める。皆がこれ以上の犠牲を出さず、平穏無事に暮らせる未来?
――静観することで、ピルツ村の人達の行動を変えられるとは思えないから、ちょっと楽観的過ぎる見通しだよね。
少なくとも、僕はそう思うんだ。
あと、もう一つ気になるポイントもあるしね。
本当、嫌な予感ほど良く当たるけど、外れて欲しいものだよ。
「ノア様が行くなら私も行きます!」
リーゼが胸に手を当て、力強い口調で宣言した。
嬉しいけれど。
僕は、首を横に振った。
「何が起きるかも分からないし、何日かかかるだろう調査に、リーゼやマオちゃんを連れ回すのは危険だよ。だから、僕だけで行ってくるよ」
「でも、危険なのはノア様だって同じじゃないですか」
リーゼが眉根を寄せた。
悲しげな彼女の表情を見ると、胸の奥を鋭い爪で引っ掻いたような痛みが襲ってくる。
けれど。
「大丈夫さ」
リーゼの頭に、そっと手を置く。
彼女の頭上に揺れるホワイトブリムには触れないように、彼女の頭を撫でた。
「スキルの覚醒した僕は、なかなかやると思うよ?」
戯け気味にそう言うと、リーゼは一瞬目を丸くて、そして小さく吹き出した。
「何だか、本当に変わりましたね、ノア様。 少し前までのノア様――レオン様だったら、きっとそんな事は言わなかったと思いますよ?」
確かにそうだ。
リーゼの言葉に、思わず僕も笑ってしまう。
レオンだった頃は、冗談でもこんな自信過剰な言い回しなんてしたことが無かったね。
「そうだね。多分、ここでの生活のお陰だと思うんだ。
こんな僕に、リーゼが付いてきてくれた。マオちゃんが懐いてくれた。それが、凄く嬉しいんだよ。
だから、守りたいんだ。リーゼの事を。そんなわけで、僕も強くならないとね」
守りたい者を、守れるようになるために。
「言う様になりましたねー、このやろー。不覚にも、きゅんですよ、もー。もーっ!」
トン、とリーゼが僕の胸に触れた。
白磁のような彼女の手が、僕の鼓動を掴んだような気がした。
「――とってもきゅんだったので、ピルツ村行きを許可します」
「ありがとうございます」
僕達は、はにかむように笑い合った――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕がピルツ村に行くことを決めたとは言え、黙って出て行くわけにも行かない。
次の日の朝、ウルガーさん達にこのことを伝えると――。
「ならば拙者もお供致す」
「私も行くわ!」
ウルガーさんとラウラさんが、ピルツ村行きに手を挙げた。
彼らを連れて行くかどうかは結構迷った。だけど――。
「ピルツ村周辺の地理に詳しい者が居る方が調査に役立つ筈。是非、拙者を供に!」
「長老の娘を連れて行けば、ノア様が不在の間、犬人族がリーゼさんやマオちゃんに危害を加えることが絶対無くなるよ! 人質に最適だよ!」
なんて言うもんだから、一緒に来て貰うことにした。
ていうか、ウルガーさんは兎も角、ラウラさんの売り込み文句はどうかと思ったけどね。ルイーザさん達、苦笑いしてたもの。
ウルガーさんほど極端ではないにしろ、犬人族の皆さんは、義理堅い性格みたい。だから、僕やリーゼに対しては凄く真摯に対応してくれているから、信頼はしているんだよ。
それに、ぶっちゃけ、リーゼは弱く無いんだ。あの生活魔術で、並の騎士なら普通に圧倒できるからね。そういった意味合いにおいても、僕はリーゼを信頼してるんだ。マオちゃんを守ることだって、無理なお願いじゃないと思ってる。
だから、ラウラさんの売り込みはちょっと見当違いな部分は無きにしも非ずなんだけど――。
「ラウラがここまで言い出したなら、連れて行った方が良ぇ。下手をすると、勝手に後を付けて行きますぞ」
なんて、ルイーザさんが言うものだから、折れることにした。
何か本当について来ちゃいそうだったんだもの。
そんな訳で、今、僕とウルガーさんとラウラさんで、ピルツ村の近くにある集落まで来ていた。
名前は、バンブスシュプロス村。
元々、大きなタケノコ農家があったところに、色んな人が集まってきて、それが村になったんだとか。
立派なタケノコが採れる竹林の中にあって、隠れ里みたいに見えるから、いつしか周りから“バンブスシュプロスの里”とも呼ばれるらしい。
ここからピルツ村は、徒歩で一時間ほど。
流石に、問題の渦中にありそうなピルツ村やその周辺を調査拠点にするわけにはいかないので、バンブスシュプロス村を拠点に選んだ。
因みに、ウルガーさんとラウラさんは、二人とも人化の術が使えるようだ。ピルツ村もそうだが、此処バンブスシュプロス村も、テールス王国内であるため、住人は人族だ。それ故、テールス王国に入ってからは、二人とも人化の術を使って外見を偽っている。
ウルガーさんは、肩に掛かるくらいの銀髪を、後ろで一つに縛った髪型の青年に化けている。
身長は一六五センチメルト程で、成人男性にしてはやや小柄。細身ではあるが引き締まった筋肉を持っており、鋭いブラウンの瞳が、精悍な印象を与えている。
一方、ラウラさんは背中の中程までの、艶のある銀髪ストレート。
身長は一五○センチメルト程で小柄。くりっとした大きな目が非常に愛らしい、可愛らしいお姉さんといった雰囲気の女性だ。
二人とも僕より年上なんだけど、外見年齢は僕と同じくらいなんだ。
僕も、外見年齢が実年齢より低い――決して幼い訳じゃ無いよ――んだけど、ウルガーさん達はある意味で、僕よりも外見年齢が若い。
それもあってか、僕には砕けた口調で話してくれと言う。
そのくせ、ウルガーさんなんかは古風で丁寧な口調を崩そうとしないんだけどね。
また、ウルガーさん達の服は、小犬モードの時と変わらない柄の服だ。
驚いたのだが、彼らが来ている服は一種の魔導具になっているようで、人化の術を使って体が大きくなっても破れない、特殊な服のようだった。
肩や両手両脚を覆う防具も、そのまま大きくなって装着されている状態であるため、人族の冒険者風な装いとなっている。
一つ、この辺りの冒険者と違うところを上げるとするならば、軽鎧の下の服が、テールス王国で一般的に着られているような服ではなく、着物であると言うところか。
ボタンを使った服ではなく、胸や腰のあたりを紐や帯で縛って止める民族衣装だ。
ルイーザさん達も同じような服を着ていたため、犬人族の民族衣装なのだそう。
また、話は少々逸れるが、ウルガーさん曰く、キースリング辺境伯領の名産品論争なるものがあるらしい。
聞けば、ピルツ村特産のキノコと、バンブスシュプロスの里特産のタケノコがキースリング辺境伯領の二大名産候補に挙がるらしくて、この二つがライバル関係にあるそうだ。
「ピルツ村のキノコは、ピルツ山にしか自生していない絶品キノコを人工栽培できるように改良したもので、非常に美味なのです。あの味が安定供給できるのは食の革命と言っても過言ではありませぬ」
「えー、でもバンブスシュプロスの里のタケノコも美味しいよ? しっとり柔らかで味が濃いし。何より、自然の竹林を管理して、天然物に拘りつつも、ちゃんと数を出荷できるようにしてるんだから、自然と共生する素晴らしい栽培方法だよ」
「いやいや、キノコでござる!」
「タケノコだよー!」
キースリング辺境伯領では、このようにキノコ・タケノコ論争が尽きないんだとか。
ウルガーさんはキノコ派で、ラウラさんはタケノコ派らしい。
「うん。まぁ、今食べてる焼きタケノコ、確かに凄く美味しいもんね」
「話が分かるー! じゃぁ、ノア様はタケノコ派だねっ」
「いや、僕はまだピルツのキノコを食べた事が無いから結論は出せないよ」
「ふふふ、流石ノア殿。冷静な判断でござる。ピルツのキノコを食せば、ノア殿もきっとキノコ派になるでござるよ」
「うーん、それは何とも言えないかな……」
バンブスシュプロス村の食堂で、名物の焼きタケノコを食しながら、僕達は休憩していた。
これからの話をしたり、現状の認識合わせをしようと思っていたんだけど、何故か今はキノコ・タケノコ論争が勃発している。
そんなに根深い話なんだね、これ。
「運良く宿は確保できたから、詳しい話は夜に宿でしようかな。……今はそれどころじゃ無さそうだし」
僕がどちらとも距離を置いたからか、今度はウルガーさんとラウラさんで、また熱い論争が繰り広げられている。
そんな二人を見ながら、僕は焼きタケノコを頬張る。
うん、これ、本当に美味しいよ。
ただ焼いただけなんだけど、凄く味が濃くて上品だ。これだけ食材自体にポテンシャルがあるなら、変に味付けしなくても十分美味しいね。
焼きタケノコの他にも、タケノコを使った色んな料理がある。
僕はウルガーさん達の論争をBGMにして、タケノコ料理に舌鼓を打った。
■Tips■
バンブスシュプロス村[固有名詞・地名]
テールス王国東部の、キースリング辺境伯領内にある集落。一二○人ほどが住んでいる。
美味しいタケノコが採れる竹林の中あり、城塞都市フレイスバウムの北西に位置している。
主要産業は農業。タケノコが有名。美味しい。
ピルツ村が出てきた時点でバンブスシュプロス村も出てくるだろうと思ってた?
鋭いっ




