19.御子 ~陰~
――だって、許せないじゃないか。
確かに僕は公爵家を追放されたし、神託の御子として結果も出せなかった。
三年間、最高の講師をつけてもらって、辛抱強く待ってもらって……。それでも何もなし得なかった僕は、確かに人々の希望たり得なかったと思うよ。
でも、クラウスは僕とは違うんだろう?
だから、僕を不要だと断じたんだろう?
だから、あの執務室で、僕を蔑んだ目で見てたんだろう?
だから、公爵様の冷酷な決断に躊躇い無く同意したんだろう?
だったら、結果くらいちゃんと出せよ。
何のための『聖炎』なんだよ。
嘗ての英雄テオドールは、『聖炎』で当時の魔王すら退けたんだぞ。
魔王でもない魔族に良いようにやられてるなんて、どういうつもりなんだよ。手を抜いてるのかよ。
思い出せよ。
“魔を制す”なんて大層な期待を背負わされて、頼んでもいないのに、物心ついた頃から剣の振り方や魔力の練り方を叩き込まれて。世界中から期待されるなんて、どんな罰ゲームなんだよ。
神託の御子に対して否定的な見方しかできなかった僕と違って、クラウスは肯定的に捉えてたじゃないか。
それだけは凄いと思ってたし、唯一尊敬できたところかも知れない。
ただどういう訳か、今は性格がひん曲がり過ぎて嫌な奴になってしまったけどな。
それでも。
神託の御子に対する考え方が決定的に違っていた僕達ではあったけど。
結果的に、神託の御子として生きることを受け入れ、そう在るためだけに生きてきた僕達の思いは同じじゃなかったのかよ。
だからこそ、一向にスキルを開花させない僕を『偽者』呼ばわりしたんだろ?
神託の御子の生き方を全うできない僕に失望したんだろ?
生まれながらにして茨の道確定の人生を、くそったれな運命を、見返してやるためには、完璧な神託の御子になるしか無いんだよ。
クラウス風に言うと、神様が認めた伝説的な存在になるためには、完璧な神託の御子になるしか無いんだよ。
何で、初陣から躓いてるんだよ。
馬鹿なのか?
馬鹿だったけどなぁ……。
でも、これはいくらなんでも馬鹿すぎる。
許せないよ――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「僕自身の思いが無いとは言わないよ。でも、そんなの抜きにして、今は人手があった方が助かるでしょ? 一刻を争う事態なんだしさ」
そんな言葉でウルガーさんを説得――というか、無理矢理了承してもらった僕達は、早速今後の計画を立てた。
テールス王国の王都フリーデンブルグから逃れる時の準備として購入していた、イルテア大陸の地図に、マキーナ=ユーリウス王国跡に来てからこの周辺情報を書き足したものを皆で見ながら、状況を整理していく。
「犬人族の皆は、魔王国領内の森に潜んでいると思いまする」
「そうだね。テールス王国に戻ることも出来ないだろうし、その可能性が高そうだね」
「……となると、ウルガーさんが住んでいたピルツ村がここだから……。案外、ここから近い場所にいそうですねっ」
「そうだね。この、山の裾野の辺りには自然洞窟が結構あるから、進路方向を考えると、その何処かを仮の隠れ家にしている可能性がありそうだ」
「自然洞窟があるなら、そこに留まっていそうですな」
「うん。ただ、洞窟には魔物――ケイヴバットが棲み着いてたから、それが少し気がかりだね」
知っている情報を元に、犬人族達がどの辺りに隠れているかを想定していく。
この辺りの森は、狩りの時に結構歩き回っているから、多少は詳しくなってきているんだ。――マオちゃんが鹿一頭丸ごと食べてた頃は、本当に色々歩き回ったからね。
人手があれば、こんな想定なんかせずに、可能性がありそうな場所を虱潰しに探すんだけど。僕達しか居ないから、仕方ない。
真剣な話し合いになればなるほど、暇そうにするマオちゃんが気にはなったけれど、ウルガーさんとしっかり話し合って、捜索の方針を固めていく。
「じゃぁ、まずは全員で自然洞窟があるポイントを中心に捜索しよう。位置的に十分日帰りが出来る距離だから、早速今日から始めよう」
「承知」
「はーい。 マオちゃん、頑張ってワンちゃん見つけましょうね」
「うんっ。うゆがーのお友達見つけるのがんばる!」
“うゆがー”は、ウルガーさんのことだ。
ちょっと舌っ足らずな感じだけど、マオちゃんの中で、ウルガーさんはうゆがーで固定されたらしい。
「オドルアリウムも持って行くよ。魔物に遭遇して時間を取られるのは嫌だからね」
「……し、承知」
「私とマオちゃんの分は、ノア様が持って下さいね」
「……分かったよ」
うん。安定の嫌われっぷりだ、オドルアリウム。
ウルガーさん、しょんぼりしないで下さい。可愛らしいお耳がぺたんと倒れちゃってますよ。
そんな訳で、早速僕達はマキーナ=ユーリウス王国跡にある湖を囲うように広がっている森に出た。
湖から北西方向へ向かうと、徐々に標高が高くなる。マキーナ=ユーリウス王国から北上すると、イルテア大陸中心部に広がる大山脈地帯へと進む事になり、その影響で標高が高くなっていくのだ。
湖に流れ込んでいる川を川沿いに北上し、最初の支流に沿って北西方面へと進路を変える。
湖に近いあたりは、湿気が多く、苔生した大地や岩、鬱蒼とした森林が広がっているが、休憩を挟みながら二時間ほど進むと、苔が少なくなり、ごつごつとした岩が増えてくるのだ。
人の手が全く入っていない大自然。
激しい生存競争を勝ち抜いた樹が大きく成長し、陽の光を欲しいままにしている。
それ故か、森の中は木々が犇めいているという印象は無く、それなりに広い空間となっていた。ただし、生存競争に負け、中途半端に育った木や、下草、多少の苔植物は健在で、緑の生命が溢れていた。
ひんやりと肌に張り付くような、しっとりとした空気。
一息吸い込めば、胸の奥まで洗われるような清涼感と、瑞々しい息吹が感じられる。
踏みしめた草は、自らの生命力を誇示するかのように反発し、多少のことではへこたれない。
先頭を行くウルガーさんが、後続のリーゼやマオちゃん、殿の僕が歩きやすいように踏みしめながら進んでくれるが、それでもなかなか折れない逞しさ。まぁ、ウルガーさんは身長──というか、体長が三○メルトちょっとしかないから、そもそも体重が軽いというのもあるだろうけどね。
それでも、服を着て背に短剣を持ち、脚には籠手というか、グリーヴというか、そんな防具を装着しているから、そこまで軽くは無いはずだけど。
「生命に満ちた森ですな」
「だね。豊かな森だよ。見ての通り植物は種類も多くて瑞々しい。だからそれらを糧にする動物や魔物も多く居る」
「その割には動物も魔物も見かけませんねー」
「……オドルアリウムを持ち歩いてるからね」
「…………凄まじい効果ですな」
「……パパ、くちゃい」
「そんな事言わないで、マオちゃん!」
しっかり梱包すれば臭いを封じ込めることは出来るけど、それでは意味が無い。臭いを撒き散らすからこそ、魔物避けになるんだ。
――その代償として、今僕は皆から少しだけ距離を取られています。悲しい。
「確か、そろそろ目的のポイントだったと記憶しておりますが、いかがですか? ノア殿」
「うん、合ってるよ。ここから……そうだね、あの大樹の方へ向かうと崖というか、急斜面が連なってるんだ。その斜面沿いに、幾つも洞窟がある」
「では……」
「うん。奥がどうなってるのかまではちゃんと確認した事無いけど一つ一つ調べていこう。魔物がいなさそうだったら、手分けして調査しちゃおう」
「承知致した」
暫く歩くと、崖のような斜面が現われる。
高さは二○メルト程だろう。頑張れば上れそうな斜面ではある。そこに、ぽっかりと洞窟が開いていた。
自然に出来た洞窟だとは思うんだよね。ちょろちょろと水が流れてきているから、長い年月を掛けて水が侵食してできた洞窟だと思うんだ。
ただ、この辺り一帯に、洞窟の入り口がいっぱいあって、全貌は不明。奥で繋がっているのかも知れないし、そうじゃないのかも知れない。
前に来た時は、中からケイヴバットって言う蝙蝠の魔物が出てくるのが見えたから、敢えて中に入るような事は避けたんだけど、今はどうなっていることやら。
「じゃぁ、始めるよ。準備は良い?」
僕の言葉に、皆が頷く。
皆が少し距離を置き、洞窟の入り口が辛うじて確認出来るくらいの場所まで移動したのを確認した後、僕は近くにある洞窟の中に、わざと傷を付けたオドルアリウムの実を放り投げて行く。
――臭ッ。マジで臭ッ!
分かっていたけど、本当に臭う。
一瞬で頭がやられそうになる程の刺激臭。臭いを吸い込んだ肺が腐ってしまったのでは無いかと錯覚する程の不快感。
対策として、鼻と口を覆う布を巻いているにも関わらずこの不快感。
何の準備も無くこの臭いに晒されたら、たまったものじゃないよね。
幾つかの洞窟にオドルアリウムを投げ込んだ僕は、なるべく足音を立てないように気を付けて、皆の元へ合流した。
「お疲れ様でござ……る」
ウルガーさんが、思わず顔を顰めてる。それ程の残り香があるんだね。きっと。凹む。
「パパ、凄くくちゃ「駄目ですよマオちゃん。それ以上は言ってはいけません」」
ナイスだリーゼ。
でも、殆ど言われてしまったから、やっぱり悲しい。
僕だってこんな作戦取りたく無かったけど、これが一番効果的だと思うんだよね。
洞窟の中を調べるなんて、危険過ぎるじゃないか。
しかも、ケイヴバットが居る可能性が高い洞窟なんだよ? 中に入るのはなるべく避けたいじゃないか。
だからこその、この燻り出し作戦だ。
種族の垣根を越えて不快な刺激臭を発するオドルアリウムを洞窟に投げ込むんだ。きっと、中に生物が居たら慌てて飛び出してくるに違いない。
飛び出してこないまでも、中で気絶して倒れるに違いない。
安全かつ、効果的な作戦だろ?
匂いに敏感な種族だと、ひと嗅ぎで卒倒する程の臭気なんだ。燻り出しに持ってこいさ。
理屈は分からないけど、魔力の高い種族であればあるほど効果覿面らしいから、魔物であるケイヴバットには一定以上の効果が期待できる、素敵な作戦なんだ。
ただ、この作戦には一つ大きな問題がある。
「後であの中に入って探索しないといけないって考えると、テンション下がりますねー」
「言わないでよ、リーゼ……」
そう。ぶっちゃけ、入りたくない。
だって残り香が凄そうなんだもん。
マスクはちゃんと持ってきたけど、それでも厳しそうなんだよね……。
「大丈夫、その役目、拙者が承……」
「そんな涙目で言われたら、素直にお願い出来ないよ」
泣かないで、ウルガーさん。僕達の中で一番嗅覚が鋭いウルガーさんが一番辛いのは分かってるけどもっ。
そうして、洞窟の様子を見守ること五分ほど――。
「「「「「し、死ぬ!!!!!」」」」」
一つの洞窟から、何かが沢山転がり出てきた。
■Tips■
ポメラニアン[名詞・犬種・異世界設定の機微]
犬の一種。
とある世界線にあると言われる、地球という惑星にいるポメラニアンと、イルテア大陸にいるポメラニアンはほぼイコール。
可愛いは正義。
異世界に、とある世界線にあると言われる地球という惑星の定義を持ち込むことに関して賛否があることは理解していますが、異世界感を重視して、登場する全てのものを一から設定して作りあげると、一つ一つの言葉を全部説明しなければならなくなり、物語を楽しむというよりも異世界自体を楽しむような方向にシフトしてしまうような気がするんです。
では、どこまでなら良いのか?
これって、恐らく“人による”んですよね。
メインストーリーを彩る装飾としての設定として、頭の片隅に置いておくことが可能な情報量には、きっと個人差があると思うんです。
ある人は沢山置いておけるけど、ある人はちょっとしか置いておけない、みたいな。
なので、この物語は、こういう事がたまにあるんだ! と、温か~い目で見守って頂けますと幸いです。
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