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16.彼は叫んだ


 「リーゼ、手当てだ。綺麗な水とタオルを出して! あと、マオちゃん、そのワンチャンを預かるね」


 僕はそう言って、マオちゃんが抱えている血だらけの犬を受け取った。

 一度に色んなことが起きてはいるが、まずは命だ。救える命は救いたい。


 マオちゃんが抱えていたワンちゃんは、体長は三○センチメルト程度かな。

 気を失っているのか、ぐったりとして全く動かない小犬。手には小犬の体温と、僅かながら脈拍を感じるから、生きてはいるようだ。

 ただ、元は白かったのだろう毛は、血と土でぐちゃぐちゃになっていて、掌から生命の鼓動を感じ無ければ死んでいると勘違いしそうな程には弱っている。

 素人目に見ても、一刻を争う状況だ。



「酷い怪我だね。──あと、何だろう、服を着てる?」


 小犬は血塗れの布を纏っていた。切り刻まれたり、穴が開いたり、破けたりしていて、原形がどういったものなのかは定かではない。

 また、背には短い剣を背負っていて、手足などを守るよう、専用の防具も装着しているように見える。


「そのように見えますけど……、脱がせてしまいましょう。このままだと手当もできません」

「そうだね」


 リーゼの言葉に頷きながら、小犬を運ぶ。

 流石に畑の隣の何もない場所に寝かせるのは気が引けたので、血塗れの体をなるべく揺らさない様にガゼボの近くへ行って、リーゼに毛布を出して貰った。


 そっと、毛布に小犬を横たえて、リーゼに出して貰った清潔なタオルと綺麗な水で血と汚れを落としていく――



 リーゼが顔を顰めた。

 分からないでもない。想像以上に重傷だったからだ。


 全身にある無数の傷もさることながら、左肩から胸にかけての一際大きな傷に視線が釘付けになった。

 切り傷――だとは思うが、怪我を負ってもなお無理をしたのか、傷口は歪。もしかすると、あまり鋭くない何かで力任せに引き裂かれたのかも知れない。素人目にも、明らかな深手だった。



治癒(ヒーリング)


 全力で、治癒術を使う。

 かすり傷程度なら完治できるが、僕の治癒術はまだまだ拙い。気休め程度にしかならない筈だ。

 ――それでも、気休めになってくれれば、と。



 僕が全力で治癒術を施す傍ら、リーゼが血を拭いながら、清潔な布を包帯代わりに巻いていく。

 僕がして欲しいと思ったことを、口にせずとも迅速に対応してくれるリーゼに感謝しながら、僕は必至に治癒術をかけ続けた。





 大体、三○分くらい経過しただろうか。

 応急手当が一通り終わった。出来ることが無くなったとも言うけれど。


 拙いながらも治癒術を行使したことが良かったのか、出血は殆どなくなってきた。傷はまだ閉じていないので、完全に止まった訳では無いけれど、定期的に包帯を交換すればすむ程度にまでは落ち着いた。



「あう……」


 僕達が手当てする間、ずっと静かに見守っていたマオちゃんが、漸く口を開いた。

 小犬を見遣る心配そうな瞳が、とても印象的だ。


 水で手を綺麗に洗ってから、マオちゃんの柔らかい髪を撫でる。

 すると、愛らしい黄金色の眼が、真っ直ぐに僕を捉えた。


「きっと大丈夫だ」


 揺れる、マオちゃんの瞳を真っ直ぐ見つめて、僕は一度大きく頷いた。

 マオちゃんに言いつつも、自分にも言い聞かせるように。


 そんな気持ちが伝わったのかどうかは分からないけれど、マオちゃんも頷いてくれた。

 そして、また小犬を心配そうに見つめ始める。



 小犬を連れて来た時は嬉しそうだったけれど、小犬が大怪我をしていると知ってからは凄く落ち込んでしまった。

 多分だけど、今までこんな大怪我をした動物を見たことが無かっただろうから、理解した時は、色々とショックが大きかったのかも知れない。


 リーゼも、小犬を心配しつつも、マオちゃんの様子が気になるようだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 どんな心配事があったとしても、腹は減ってくる。

 陽が沈んで暫く経ったため、外はもう真っ暗だけれど、ダンジョンの中は昼間と変わらない明るさがある。


 そんな中で、リーゼが夕食の準備をしていた。


 地下広場の一角を、マオちゃんの力で改装したキッチン。

 まだ、複雑なことはお願い出来ないけれど、リーゼが絵を描いたりして何とか意思疎通をし、作り上げたキッチンだ。


 水を溜めておける水場と、食材を調理できる調理台。そして、火の魔術を使っても大丈夫な台。

 生活魔術で色んなことができるリーゼにしか使いこなせないキッチンではあるけれど、調理台には塩や砂糖、ハーブなんかの調味料、フライパンなどの調理器具が並んでおり、見た目だけなら十分立派なキッチンという風情だ。



「ママー」

「なぁに、マオちゃん」


 水場でカブを洗っているリーゼの元へ、マオちゃんが近づいていく。


 小犬を拾ってきた時に「ママ」「パパ」と口にしたマオちゃんだったが、喋れるようになったのは事実のようで、言葉数は少ないながらも、会話が成立するようになったのだ。


 そして、やはりというか、ママはリーゼのことで、パパは僕の事だった。

 うん。何か嬉しいよね。

 リーゼと夫婦みたいに見られていることは、ちょっと恥ずかしいし、何かリーゼに申し訳無いなって思う気持ちもあるけど。


 因みに、リーゼは「別に良いじゃないですか。直ぐに否定することなんて無いですよー」と、上機嫌だった。

 うん、やっぱりちょっと照れるよね。



「何してるの?」

「夕ご飯を作ってるんだよー。ほら、キッチンは危ないから、パパのところ行ってきて? パパ、よろしくお願いしますー」

「……」

「……? パパ?」

「……あ、僕のことか」


 リーゼに呼ばれるのが未だ慣れないよ。

 何か背中の方がむずむずしちゃうし。


「マオちゃん、これから火を使ったり、包丁を使ったりして危ないから、こっちにおいで」


 僕はそう言って、マオちゃんを自分の方へと誘う。

 今はガゼボのベンチに座っているので、ここからリーゼの様子を二人で見れば、料理の邪魔にはならないだろう。


「むー、ママが良いっ」


 リーゼのメイド服の裾を掴むマオちゃん。

 くそう、可愛いけど、ショックだ。


「ふ…っ」

「リーゼ?」

「いえ、何でもありませんよ、ノア様。何でもありませんとも」


 絶対笑ったよね。勝ち誇ってるよね。

 そりゃ、僕はナポスさんと畑にいたり、森に狩りに出かけたりすることが多いから、リーゼの方がマオちゃんと一緒に居る時間長いけどさっ。


 これが、世の中のパパさんたちの境遇だと言うのかっ。


「マオちゃん、ここからママが料理する様子を見ていよう」

「……うー」


 マオちゃんは仕方無さそうに、僕の方に歩いてくる。

 そのことに笑みを浮かべながら、ふとリーゼを見ると、心なしか頬が赤くなっているような気がした。


「リーゼ、どうかした?」

「い、いえ。何でも無いですよー。ノア様は、マオちゃんといちゃいちゃしてて下さいー」

「いちゃいちゃって何さ」

「いちゃいちゃするー」


 マオちゃんが変な言葉を覚えてしまった?!


「リーゼ?」

「むー、ノア様をからかう言葉も選ばなければいけませんね……」

「いや、初めからからかわなければ良いだけの話なんじゃないの?」

「その選択肢はありません」


 無いんですか。


 丁度そのタイミングで、カブの水洗いが終わったようだ。

 手際良く調理台へと持って行き、包丁で皮を剥き始める後ろ姿を、マオちゃんと見守る。

 マオちゃんは、ベンチに座っている僕の膝までよじ登って、膝の上にちょこんと腰掛けた。


「パパー、いちゃいちゃ」

「いちゃいちゃは、一旦忘れようか」


 苦笑を禁じ得ない。

 誤魔化すように、膝の上で脚をバタバタさせるマオちゃんを、優しく包み込むように抱きしめながら、リーゼの方へ体を向けた。


 だが、マオちゃんはリーゼを見るのではなく、ガゼボで寝ている小犬の方を見たようだ。


「ワンちゃん、起きない……」


 あれから、小犬はまだ眠ったままだった。

 表情が苦しそうで、時折呻くような声が聞こえる。


 それでも、時折治癒魔術を掛けたり、血が滲んだ包帯を交換したりしていることが功を奏しているのか、呼吸自体は落ち着いている。――ような気がする。

 早く良くなって欲しいと言う思いが勘違いさせている気がしないでも無いけれど、やはり、生きて欲しいと思う。


「マオちゃんも、しっかり看病してるから、きっと目を覚ますよ」


 マオちゃんも、包帯を変える時に手伝ったり、お祈りをしたり、色々頑張っていた。

 今、小犬の周りには雪だるまのような形をした土人形――土だるまになるのかな?――が三体、小犬を見張るように並べられている。


 マオちゃん曰く、この人形達はマオちゃんと、リーゼと僕の分身らしい。

 僕達が小犬を見ていない時でも、一分の隙も無く看病してくれる人形なんだとか。

 良いよね、こういうの。

 ただ、マオちゃんはこの人形が居なくても、殆どの時間心配そうに小犬を見ているけどね。




 二人して小犬を見ていると、キッチンの方から何やら良い匂いがしてきた。


「良い匂い」

「そうだね。今日の夕ご飯は何かな?」


 マオちゃんも、匂いに釣られるようにキッチンへと眼を向けた。

 キッチンからは、匂いだけで無く、肉が焼ける食欲をそそる音も響いてきている。


「お肉ー!」

「うん、そうだね」


 アレは多分、昨日血抜きを終わらせた猪肉かな。

 久しぶりの大物だったから、今は肉が潤沢に食卓に並ぶんだ。


「半分正解です。もう半分は何でしょう?」


 リーゼが少しだけ振り返って、問いかけてくる。


「むむむむー」


 マオちゃんが、僕の膝の上で脚をばたばたさせながら、唸った。

 何だろうね、マオちゃん。僕は気付いているけど、マオちゃんは気付くかな?

 さっき、リーゼがやっていたことを思い出したら答えに辿り着くかも知れないけど。


「野イチゴのジュース?」

「ぶぶー」

「ヨーグルト!」

「違いますねー」

「お砂糖ミルク?」

「ハズレー」


 マオちゃん、自分の好きな食べ物を並べてるだけだね、これ。因みに、お砂糖ミルクとは、砂糖を混ぜて作ったホットミルクのことだろう。

 甘いものが大好きだから、マオちゃん。

 今はリーゼの収納術にストックがあるから食べられるけど、こういったモノも偶に仕入れに行かないと、やっぱりマズいよね。


 まだ日は浅いものの、こういったスローライフは心が洗われる気分になって心地良いけど、マオちゃんの成長とかを考えたら、余所との交流も考えるべきなんだろうか。

 うーん、悩む。


「分からないー」


 お。とうとうマオちゃんが拗ねてしまった。

 小さな口先を尖らせている表情も可愛いんだから、本当に天使。


 でも、このままご機嫌斜めになられるのは嫌だったので、僕はヒントを出すことにした。


「マオちゃん、今日、マオちゃんが獲ったものだよ」


 午前中にね。収穫作業を手伝って貰ったアレだ。


「パン?」

「うーん、パンでは無いかなー」


 確かに、おやつ代わりにリーゼがパンをあげていた気がする。

 でも違うんだ。もっと前なんだ。


「ほらほら、さっきリーゼ――ママが皮を剥いていた……」


 そうやって更なるヒントを出そうとした時だった。




























「メテ・○イシオでござろう!」



 誰かが叫んだ。




■Tips■

メテ・フイ○オ[商品名]

地球と呼ばれる惑星の某国にある某パン屋さんがルーツと言われているパンの一種。

何でも、店主の思いつきで生まれたパンだという話だが、思いつきでこれを商品化してしまう店主の気概に尋常ならざるものを感じた。

きっとあの形状に並々ならぬ思い入れがあったに違いない。

メテ・フイシ○の半身として、サポ・デ・チョー○なるものがある。

サポ・○・チョーラの形状にも(以下略)


グーグル先生に質問すれば辿り着くことができると思うが、自己責任故に質問は心してお願いしたいところである。

因みに、一八歳未満の皆様は好奇心に蓋をして、知らない侭にしておくことを強く推奨する。

繰り返しになりますが、自己責任でお願い申し上げまする。


知らなくても、本編はちゃんと楽しめる構成になってますからね!

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