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15.美味しいカブができました


 「…………」

「…………」

「きゃおー!」


 唖然とする僕とリーゼ。

 楽しそうに土で遊ぶマオちゃん。


 畑を作ろうとしていた地下広場の一角は、天井近くまで土が積み上がった土だらけの空間となっていた。

 踏み固められた土ではなく、ふかふかの土がまるで山の様に積まれている。しかもただ柔らかいだけではなく、適度にしっとりとしていてしっかりと魔力を含んだ土だ。まさに、僕がさっきまで作っていた土とそっくり――否、僕が見る限りほぼ同じクオリティの土が山積みになっている。


 そのお陰で、僕もリーゼも、腰近くまで土に埋まってしまっただけでなく、頭まで土まみれになってしまった。



「これ、マオちゃんがやったのかな」

「そうだと思います……。少なくとも私では無いですよー」

「うん、勿論僕でもないよ。だったら消去法でマオちゃんか……」


 仮に、ナポスさんがやったのだとしても、その場合は僕の魔力が使われるから、何らかの術を行使したかどうかは自覚できる。

 その感覚が無いということは、ナポスさんでも無いということだ。

 そうなると、もうこの場にはマオちゃんしかいない。


 僕がナポスさんに協力して貰いながら出した土の何倍なんだろう、コレ。


 土から這い出て、リーゼが出るのを手助けする。

 お互い土だらけで、思わず笑みが溢れてしまった。


「汚れすぎてるので、ちゃちゃっと魔術でキレイキレイしちゃいますね~」


 そう言って、リーゼが水と風の魔術を巧みに操る。


「うぉっしゅ。アンド、くりーん。――からの、ぶろー。 きらりんっ☆」


 浄化の水で汚れ――土汚れ――を洗い流し、塗れた服や顔を温かい風で瞬時に乾燥させる。

 うん。生活魔術って凄い万能だよね。リーゼの努力の賜物なんだろうけど、それにしても驚きの効果だよ。それを、僕とリーゼの二人分を同時にやってのけるんだから、魔力の制御技術だって抜群だ。



「……油断したところに、うぉっしゅッ!」


 ――ばしゃん。


 僕の顔、頭が水浸しになる。完全な濡れ鼠だ。

 ぽたりぽたりと髪から水が滴ってくる。


 感心してるとコレだよ。油断ならない。


「リーゼ……」

「ノア様ステキ。水も滴るいい男っ」

「リーゼ?」

「怒られる前に、再びのぶろー。 きらりんっ☆」


 温かい風が吹き抜けて、一気に乾いていく。

 まぁ、言いたいことは色々あるけど、良いか。丁度良い息抜きにはなったし。


 でも、何も言わなかったらリーゼが調子に乗りそうな気がしたので、一応非難の視線だけは送っておくことにした。

 ――ただ、アレは、反省してない顔だな。




 そんな、リーゼを視界の端に捉えながら、僕はマオちゃんを呼んだ。


「マオちゃーん?」


 楽しそうに土で遊んでいたマオちゃんが僕の方へと顔を向けた。


「これ、マオちゃんが出したの?」


(こくり)


 可愛らしく首を縦に振るマオちゃん。

 そして、どうだ、と言わんばかりに得意げに胸を張って、僕の方へと駆けてくる。柔らかな土に足を取られ、よたよたとした走りになっているが、何とか転ばずに僕の足元まで来ると、褒めてくれと言わんばかりに両手を上げた。

 反射的に、マオちゃんを抱き上げ、片手で抱きながら、頭を撫でる。


「ふふーん」


 マオちゃんはとても嬉しそうだ。



『こりゃたまげたべ。今の土魔術でなく、ダンジョン操作だべ』


 急にナポスさんが喋ったため、マオちゃんが僕の腕のなかでビクッとした。

 僕の中にナポスさんが居ることも理解してはいるようだけれど、まだ慣れないのか、驚いたようだ。


「ダンジョン操作って……、もしかして迷宮核(ダンジョンコア)を使ったダンジョン改変のこと?」


 要するに、ダンジョンの制御核である迷宮核(ダンジョンコア)を使用して、ダンジョンそのものの形を変えてしまうという技だ。

 本来は、ダンジョンの通路を変えたり、部屋の大きさを変えたり、トラップを仕掛けたり、魔物を配置したりするのが一般的だが、イメージ次第で様々な変化をさせることが可能だ。

 マオちゃんはその技を使って、この一角の空間を(・・・・・・・・)土に変えた(・・・・・)ということになるのかな。


『んだ。多分、だけどな』

「でも、迷宮核(ダンジョンコア)が無いのに、そんな制御ができるもの?」

『無いんでなく、マオちゃんが食べたんだべ?』

「そうだけど……」

『だったら、きっとマオちゃんの中で迷宮核(ダンジョンコア)が生きてるんだと思う』

「え、そんなことってあり得るの?」

『あると思うべ。実際、昔、スライムに食べられた迷宮核(ダンジョンコア)も、スライムが死ぬまで制御できたしな』



「あうー」



「ノア様ノア様っ。マオちゃんが困惑しているようですよー。そんな間近でハイクオリティー・ワンマンショーを見せつけるマニアックなプレイは、まだマオちゃんには早いかと」


「いやいや、そんなつもり無いからね? というか、マニアックなプレイって何さ!」

「さすがの私にも分かりませんけどー。キレッキレの一人芝居を間近で見せつけて困惑させ、その様を見て快感を覚える感じの何かです?」

「人を極めて特殊かつ高度な変態扱いするのやめてくれる?」


 ナポスさんにも失礼だし。


「さぁさぁ、ノア様は忙しいみたいだから、マオちゃんはこっちに来ましょうねー」

「あうあー」


 リーゼが僕のすぐ傍に来て手を差し出すと、マオちゃんはあっさりとリーゼの方へと移ってしまった。

 マオちゃんはリーゼの事も大好きなので、笑顔だ。すりすりと、甘えるようにリーゼに頬擦りする様がなんとも愛らしい。



『なんつーか……、申し訳無いのぉ、あんちゃ』

「いや、ナポスさんのせいじゃないよ。こういうスキルなんだから仕方ない。それに、ナポスさんには凄く助けられてるから、今後も力を貸してくれると嬉しいな」

『それは勿論そのつもりだべ。ありがとな』



 やるせない気分を押し殺しながら、僕は山のように積みあがった土へと視線を向けた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それから十日が過ぎた。


 やっぱりマオちゃんは迷宮核(ダンジョンコア)を制御できるようだった。

 正確なところは良く分かっていないけれど、飲み込んだと思われる迷宮核(ダンジョンコア)は、マオちゃんの中で動き続けているようで、ダンジョン制御機能は活きていることが分かった。

 しかも、マオちゃんの意思で、このダンジョンの構造を好きに変えることができるわけだ。意味は分からないけど、できるのだから仕方ない。


 ただし、ノーコストではない。

 ダンジョンの改変には多くの魔力が必要となるし、ダンジョンを維持するだけでも魔力が消費される。



「だから、マオちゃんは大食いになっちゃってたわけだね」

「みたいですね。ノア様がマオちゃんに魔力譲渡したり、魔物の魔石をあげるようになってから、食事量は私たちと同じくらいになりましたからねー」

「うん、本当に良かったよ。いや、それはもう、本当に……」



 マオちゃんが食事によって取り込んでいるものは、主に魔力だった。

 だから、あまり魔力が含まれていない鹿肉なんかで補おうとすると、一食に成体一頭分くらいが必要だったため、大食いになっていたらしい。

 最近では、魔石から魔力を吸収してもらったり、僕やリーゼの余剰魔力を直接渡したりすることで、マオちゃんが必要な魔力を補っている。そうすることで、食事量が落ち着いた。


 マジで助かった。

 素晴らしい。


 食材を節約出来るだけで無く、塩なんかの調味料を節約できるので本当にありがたい。

 ぼちぼち残量が心許なくなってきているから、何らかの対策を立てないといけない状況だしね。



 マオちゃんがダンジョンを制御できると分かったら、途端に生活が便利になった。

 地下広間の一角を畑にしてもらい、その中に森で取ってきた腐葉土やら白雲石やらを混ぜ込んで、栽培に適した土壌を作り上げていった。

 土壌づくりは僕とナポスさんで頑張ったけど、一番時間がかかると想定していた畑そのものを作る工程が、マオちゃんの力であっという間に完了したため、畑には収穫可能なカブが沢山実っている。

 ナポスさんの想定通り、種蒔きをしてから今日が八日目。立派なカブが実っているようだ。



『いんやぁ、マオちゃんの力があったおかげだべ。こんな順調に育ってくれて……。大地と魔素の恵みに感謝だべな』

「それもそうだけど、魔導農業が凄すぎるよ。これはもう革命だよ?」

『そう言ってもらえると、()の人生も浮かばれるさぁ』


 魔術と農業を組み合わせることで、作物の成長を促進できたり、季節外れの作物を収穫できたりする。

 これだけでも今の農業に革命を起こすことが可能だけれど、魔導農業はそれだけで終わらない。

 魔術によって作物を変質させたり、強化させたりしたものを次の世代に活かすことができる。──つまり、より効果的な作物へ品種改良を重ねていくことができるのだ。


『まずは魔力をしっかり蓄える品種作りだな。あんちゃもマオちゃんも、リーゼちゃんも、みんな魔術さ使えるみてぇだし、丁度良いべ』


 魔力(マギ)ポーションには及ばないものの、普段の食事で回復可能な魔力が増えるのは非常にありがたい。

 勿論、簡単に作れるわけでは無いが、魔力をよりため込みやすい作物を栽培し、その種を使って同じように栽培していくことで、より多くの魔力を溜め込める作物が作れるのだ。


「そうだね。魔力はいくらあっても困ることは無いし、魔力を帯びることで味も美味しくなってる気がする。凄く、甘い」


 収穫したてのカブを齧ってみる。

 シャコリ、と瑞々しい音を立てる白いカブ。僕の知っているカブなんかより、ずっとずっと甘みが強いように思えるのだ。


「料理のし甲斐があるカブですよー」


 リーゼも気に入ったようで、たった今収穫したばかりのカブが入った籠を大事そうに抱えて、畑を見遣りながら微笑んだ。


『まだまだこんなもんじゃねぇべ。()に言わせりゃ、六○点ってとこだな。まだまだ合格点はやれねぇ』

「こんなに美味しいのに?」

『んだ。土にも改良点が残ってるし、種自体のポテンシャルも引き出し切れてねぇ。光の当て方もまだまだだ』

「マジかー。凄いな、魔導農業。名前が長くて言い辛いけど」

『それは()も思うが、スキル名は変えられんで……』


 名前はともかく、魔導農業の有用性たるや、ただただ驚きである。


 しかし、これで僕達の食糧事情に光明が見えたことは確かだった。

 種はまだ何種類もあるし、ナポスさんの協力があればそこからより良い種、作物を作っていくこともできるのだから。


「田舎を通り越して、最早未開の地での新生活だけど、何とかなりそうだよ」


 そうやって話していると、地下広間に元気な足音が響いてきた。

 マオちゃんだ。


 目の届かない所には行かないで欲しいのだけれど、元気いっぱいのマオちゃんは止まらない。

 今も、僕達が畑でカブの収穫をしている隙に、階段を上って外へ行っていたようだ。

 湖を渡る舟はリーゼの収納術で仕舞ってあるから、流石に島から出ることは出来ないけど、狭いわけでもない島中を自由に駆け回りながら、今日も元気にはしゃいでいた。




「ママー、パパー、ワンちゃん!真っ赤!」




「え?」

「え?」

『お?』


 僕も、リーゼも、ついでにナポスさんも、呆気にとられた。


 え、マオちゃんが喋ったの?

 昨日まで、というか、ついさっきまで「きゃおー」とか「あうあー」とか言ってたマオちゃんが?

 流石に成長急すぎない? しかも早いし。


 ていうか、ママ? パパ?

 それっと、リーゼと僕のこと?

 ナポスさんは見えないし、そもそも此処にはリーゼと僕しか居ないし。



「ま、マオちゃん?! ママって、私のこと? ていうか、喋った!」


 リーゼも突然の発語と発言内容に驚いているみたいだ。

 いや、驚いているなんて可愛らしい表現じゃすまないほど驚いている。あんなにアワアワするリーゼを見るのはいつ振りだろう。

 一年くらい前、僕が大怪我して屋敷に戻ってきた時以来かな?


 違う!

 そうじゃなくて、今はマオちゃんだ。

 思わず思考が逸れちゃったけど、兎に角マオちゃんだ。


「マオちゃん、喋れるようになったの?! パパって僕のことだよね?!」


 情報量が多すぎて何から突っ込めば良いか分からないよ!

 リーゼもだけど、僕も十分パニックになっていたと思う。


 だから、だね。

 仕方なくナポスさんが一番突っ込まなきゃならないことに突っ込んでくれたんだ。























『そのワンコ、大怪我してねぇか?』



 マオちゃんに抱かれたワンちゃんは、血塗れだった。

■Tips■

カブ[名詞・食用植物]

おじいさんと、おばあさんと、孫娘と、犬と、猫と、ねずみが引っ張ってようやく抜けるくらい大きく(?)育つこともある食用の植物。

イルテア大陸では種まきから二十日程度で収穫できるカブが存在するため、農村部で良く育てられている。

大量に育て、余る分は塩漬けにして保存食に加工される。


ノア達が育てたカブは、テールス王国で広く流通している品種だったが、魔導農業の力で更に早く成長させたため、短期間で収穫するに至った。

ビバ・マギアグリクルトゥーラ!(ビバとマギアグリクルトゥーラで言語が違うとか突っ込みは受け付けません)

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