13.新たな能力
「ピンチです」
「そうですね。まさかマオちゃんがあんなに食べるなんて……」
広間に置いたガゼボのすぐ近く。
適温が保たれている広間に、僕達は脚を伸ばして座っている。
僕とリーゼはそれぞれの寝床──と言っても、『収納術』で収納してもらっていた毛布の上に寝袋を置いただけの場所だけど──で、くつろぎながら。
間には、すやすやと可愛らしい寝息を立てているマオちゃん。川の字だね。
ああ、癒される。
……じゃなくて。
「最初は山芋の擦り汁で済んだけど、昨日と今日は鹿二頭食べてるよね」
「はい。物凄い食欲です。周りの森が豊かで良かったですね」
「それには本当に感謝しかないけど……、毎日毎日都合よく狩りの成果が得られるわけじゃないからなぁ」
そう。昨日、今日は運が良かっただけなのだ。
獲物を見つけるのだって運だし、それをこの場所まで持ち帰ることができるかも運だ。運搬の途中に魔物に襲われでもすれば、得物は放棄してでも逃げる必要だってあるんだ。
実際、狩りの最中に、ゴブリンやコボルト、ウルフ系の魔物とは何度か遭遇しているしね。
冒険者ノアとして活動する中で狩猟技術も磨いてきた。今はそれがきちんとスキルとなって体得できているため、こうして最低限の狩りを行うことはできているが、それでも毎日大物を仕留め続けるのは無理がある。何しろ相手は自然と野生なのだ。こちらの思い通りに事が運ぶなんて幸運は続かないだろう。それに、僕自身の狩猟スキルも高くは無いしね。
「塩も不足気味です。このまま行くと近いうちには……」
「まぁ、うん、そうだね」
他の調味料は我慢したり、森で採れる香草の類で凌いだりするとしても、塩が無くなるのは避けたいところだ。
マキーナ=ユーリウス王国跡に来る前に調達してはいたけれど、食材の消費が進めばそれだけ塩も減ってしまう。
「ノア様、もう現実から目を背けても意味が無いのでぶっちゃけますけど、マオちゃんって絶対人族じゃないですよね?」
「そうだね。人族は迷宮核なんて食べたら腹痛まっしぐらだろうからね」
それだけで済むかは知らない。試したことも、試したという人も知らないから。
「ですよねー。だから、私としては、魔族の線が一番可能性が高いんじゃないかと思うんです」
「奇遇だね、僕もそう思うよ。この辺りは魔王領だし、人族の、赤子と言っても差し支え無いような幼子が一人で居るのは不自然過ぎるよね」
「はい。なので、まず前提を確認させて下さい」
なるほどね。
リーゼの眼を見たら、何が言いたいかも分かるし、どう思っているかも分かる。
でも、敢えて僕の意思を問うてくれるのだからきちんと答えよう。
「一緒に居る方向で考えてるよ。勿論、マオちゃんのご両親が見つかったり、マオちゃんの故郷が分かったりして状況が変わったら無理強いするつもりは無いけどね。でも、魔族だろうからって理由だけでどうこうしようとは思わない。だって、普通に可愛くて良い子じゃん」
魔族は敵。そんな固定観念を持つ人族は多い。
実際、魔王領と接しているテールス王国の国境では、魔族との小競り合いは絶えないし、人族の里を荒らす魔族が多いことも確かだ。
では本当に魔族は敵なのか?
僕は、その答えは“分からない”と思っている。
だって、人族の中にだって、敵と味方は居るんだ。
ルートベルク公爵もリーゼも人族だけど、前者は明らかな敵であり、後者は明快に味方なんだから。
そして、魔族であろう子供をこの生活に招き入れることで、余計なトラブルを呼び込む可能性があることだって理解はしている。例えば、マオちゃんのご両親がいたとして、ご両親が僕達に友好的である保証なんて無いのだから。
それでも、僕はもう自分がしたいように生きていくと決めたんだ。
生かされるのではなく、生きていきたい。生き抜いていきたい。そうすることこそが、公爵達に対して僕が今できる仕返しなんだと思うから。
程度の低いエゴだろうって?
その通りさ。でも、それも含めて僕だし、自分の選択の責任はちゃんと取るつもりだからね。
僕の答えに、嬉しそうに破顔するリーゼ。
「良かったね、マオちゃん。ノア様も、私と一緒みたいだよー」
そう言って、優しくマオちゃんの頭を撫でるリーゼ。
「リーゼにも懐いてるし、僕にだって甘えてくれるしね」
「ですね。あー、もう。子供ってこんなに可愛いんですねー。天使ですっ。可愛いが溢れてるぞーっ」
「うん、僕もそう思うよ」
「ですよね、ですよねっ。というわけで、ノア様、食糧問題を解決するに当たって、妙案はありますか? 私的にはあまり思いつかないのですが……」
リーゼと二人だけなら、当面は狩りと採取で食いつなぎつつ、良さそうな場所があったら畑を作っていくらか作物を育てようと思っていた。
そのための準備も、道中の街で必要と思われる物資を買い込み、整えてきた。
だけど、それでは間に合わない。
明日の食糧が無いかも知れない状況で、収穫が数ヶ月先の作物を育ててみても、無意味とまでは言わないが改善にはほど遠いのだ。
「まず狩りは頑張るよ。どこまで出来るか分からないけど、罠も仕掛けてみるし、狩りの時間も増やしてみる」
「ありがとうございます。私もできる限り力になりますが、流石に……」
「分かってるよ。森には魔物も出るから、リーゼは無理しないで居て欲しい。いざとなったらこのダンジョンに逃げ込める場所にマオちゃんと居て欲しい」
ダンジョン内には魔物は存在しないし、野生の魔物や獣は、何故かダンジョンには入らない習性がある。
しかも、このダンジョンは大きな湖の中にある島に存在するのだ。
この島に魔物がいないことは確認済みだから、空から来ない限りは魔物も居ない。
嬉しい事に、魔王領の中では驚く程安全な場所なのだ。
「はいっ、マオちゃんのことも、ノア様の帰る場所も、しっかりと守らせて頂きますね、きらりんっ☆」
流石に照れた。
そっか、ここは僕が帰ってくる場所でもあるんだ。
……僕を見るリーゼの視線が、によによしているように見えるけど、突っ込むまい。
突っ込むとやられる。
「ありがとう」
笑顔でそれだけ言うと、リーゼは何故か一度舌打ちをした。
やっぱり、突っ込むと罠に絡め取られるところだったんだ。危ない危ない。
とは言え、お巫山戯を続けるわけにもいかない。問題の解決は急を要するのだから。
それはリーゼも分かっているようで、引き摺ることはなかった。
「ノア様、くれぐれも無理だけはしないで下さいね」
「それは分かってる。魔王領の中だし、目立つことも無茶もしないさ。――でも、狩りだけじゃ駄目だよな……」
「そうなんですよねー。家庭菜園くらいの畑ならマオちゃんと一緒に作ってはいますけど、収穫まではまだまだ時間がかかっちゃいますよね」
「そうだよねぇ」
相槌を打ちつつ、僕は知識の中を探り始めた。
無理だろう、知らないだろうと思った事でも、考えてみたら解決の糸口を見つけることが出来たりするのだ。勿論、『継承』スキルのお陰なんだけどね。
普通、自分が経験したことや学んだことしか記憶していないものだけど、僕の場合はそうじゃない。本気で悩んでみると、頭の奥深くから知識が湧き出してきたり、思わぬ方法をひらめいたりするんだ。
頭の中で宝探しでもしているような感覚かな。少しずつ慣れてはきたけど、本当に不可思議な感覚だよ。まだ完全に使いこなせてない感が半端ない。
だけど、少しずつ慣れてきている感じもするんだ。
今の生活は、時間だけは十分にあるから、『継承』に向き合う時間がいっぱい取れるんだよね。
『んだら、魔導農業の出番だな』
「ノア様?」
「……え、今の喋ったの僕?」
喋った感覚は無かったけど、聞こえてきたのは紛れも無く僕の声……だったような。
リーゼは、信じられないといった面持ちで、目を丸くし僕を見ている。
というか、滅茶苦茶訛って無かった?
確実に僕の口調じゃ無かったと思うんだけど。
『何を吃驚しよると? 赤ん坊でねぇんだ、話ぐらいできるわい』
「またノア様?!」
「うぇ?」
何だこの、勝手に喋る感じのやつ。
というか、こういう訳が分からない系と言えばやっぱりこいつか?!
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継承 スキルレベル:4
汝、数多の命が世界に刻みし軌跡を承け継ぐ者也
汝、其の軌跡を世界に承け継がせし者也
・知識の継承
・リインカーネーション
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やっぱり増えてる。
レベルも上がってるから、『継承』スキルの新しい能力ってことかな。
■Tips■
山芋の絞り汁[料理]
テールス西部の森に自生している山芋は栄養価が豊富で、その絞り汁は母乳の代わりに赤子に与えられたりもする。
決して、乳白色になる絞り汁が絵的に母乳に似ているからとか、そんな意味合いでは無い。
断じて違う。




