12.鹿を食らう
え、ちょっと待って。
迷宮核って丸呑みできるものなの? というか食べられるものなの?
食べられるものだとしても、丸呑みは駄目だろう。そうだ、丸呑みは駄目だ。だって丸呑みだよ?
大きく口を開けて、ごっくん、だよ。
咀嚼もしないで、ごっくん、だよ。
一連の流れが鮮やか過ぎて止める暇も無かったもん。
それに、迷宮核、君の顔の半分近くの大きさがあったのに、良く丸呑みできたね。
そんなに口が開いたことにも吃驚だよ。
子供の口って思ったより大きいんだね。
話には聞いてたけど、子供って本当に何でも口に入れちゃうんだね。
まさか迷宮核を口に入れちゃうなんて予想外も甚だしいよ。
……って、そうじゃなくて、丸呑みは駄目だって話だよ。
死んじゃうよ。息できなくなっちゃうって! 蛇じゃないんだから!
「げっぷ……」
「「…………」」
僕とリーゼは目を見合わせた。というか、それしか出来なかった。
恐る恐る、もう一度子供を見てみる。
近くで見ると、とても愛らしい顔立ちをした子供だった。
長く白い髪の毛には艶があり、その隙間からは愛らしい翡翠色の瞳が覗いている。子供と言うより赤子に近い容貌で、くりっとした大きめの瞳に、僕とリーゼの顔が映り込んでいた。
ゲップをしたってことは、呼吸はできてるのかな?
──うん。できてるみたいだ。胸はちゃんと上下してる。
心配そうに見る僕とリーゼを交互に見る子供は、こてんと首を傾げる。
「あうあー?」
「……大丈夫、なのですか?」
思わずリーゼが敬語で聞き返している。
ただ、子供は反対方向に首を傾げるだけだったけれど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
五日経った。
迷宮核と思われる物を丸呑みされて、五日が経った。
「きゃぉー」
「そんなに走ると危ないよー」
元気に走り回る子供と、慌てて追いかけるリーゼ。
虫でも追いかけているのだろうか。地面と睨めっこしながら、走ったり止まったりを繰り返す元気な子供。
――あれから色々あった。
まず、迷宮核を丸呑みした子供を、マオと名付けた。リーゼの発案だ。
何でも、南方の言葉で、雨が上がって晴れるというような意味があるらしい。響きも良いし、僕も気に入っている。
身長よりも長かった白い髪は、今はリーゼが綺麗に整えて、可愛らしいショートカットになっている。
翡翠色のくりっとした瞳が際立って、非常に愛らしい。
因みに、マオが着ている服はリーゼが作ってくれた。まるで店売りの商品のように素晴らしい出来の服だ。これもメイドの嗜みらしい。リーゼが優秀すぎる。
そんなマオちゃんだけど、異常に成長が早い。
出会った時は六○センチメルト程だった身長が、今は八○センチメルトを越えている。たった五日で二○センチメルトくらい伸びた。
一歳児が、五日で三歳児になったような成長度合いだ。ここまで大きくなると、朝起きてマオちゃんを見たとき、違和感を覚えたね。目に見えて大きくなってるんだもん。思わず二度見したし。
そんなわけで、服も実は二着目だったりする。最初に作った服は、もう着られなくなってしまったのだ。
これからも大きくなるだろうから、今は貫頭衣のようなデザインの、少々大きめの服になっている。
それでも、細かい刺繍なんかもついていたりして、凄く可愛い感じに仕上がっているのだから、リーゼの技術は凄いと思う。
マオちゃんはきっと人族ではないんだろうな。見た目は僕達人族と同じだけどね。
でなければ、迷宮核を丸呑みして、今もなお元気でいられるというのも可笑しい気がするし、何より成長速度が尋常じゃない。
ダンジョン内含め、マオちゃんの正体やご両親に繋がるような何か無いかと探して回ったけれど、有益な情報は得られなかった。
何者なのか、どうして此処にいたのか。全てが謎のままだ。
しかしながら。
「あぅぁ」
「これはタマムシだね。羽根がキラキラしてて綺麗でしょ?」
マオちゃんがタマムシを見つけたらしい。
僕も昔良く捕まえた、綺麗な虫だ。マオちゃんも気に入ったのか、しげしげと興味深そうに、自分の手のひらで大人しくしているタマムシを見つめている。
そんな仕草が可愛らしいんだ。
凄く癒される。
控えめに言って天使だ。僕自身が元々子供好きだったのかも知れないけど、マオちゃんは本当に可愛らしいと思う。
だから、マオちゃんの正体が分からなくても、別に良いかなって思い始めている。
可愛いは正義。どんな謎も霞む程の正義だ。すこ。
ダンジョンの探索も終わった。
マオちゃんが居たあの巨大な部屋が最奥だと思うんだけど、僕もリーゼも、隠し部屋とかを見つけるような技能は持っていないので見落としがあるかも知れない。
まぁ、見落としがあったところで、現状誰も見つけられる人が居ないんだから仕方ないんだけど。
今は、あの部屋をリーゼがピカピカに掃除してくれたので、そこを拠点としている。
リーゼの収納術で収納していた、ガゼボなんかも置いたりして、そこそこ快適な空間になっていたりするんだ。
マオちゃんが迷宮核を飲み込んでしまったから、ダンジョンが無くなるかも知れないと思ったけど、今のところ崩壊するような兆しは無い。
理由は分からないけど、便利に使えるうちは使わせてもらおうと思っている。
発見もあった。
拠点にしている広間の奥、マオちゃんと出会った場所にあったレリーフのようなものの正体が分かったんだ。
知っていたと言う方が正しいかな。
埃を払ってその全貌が明らかになると、その姿が、僕の中にあった記憶と一致した。
レリーフに見えていたものは、マキーナという魔族の成れの果てだ。
その名前から想像できる通り、マキーナ=ユーリウス王国に深い関わりのある魔族だ。
一○○○年以上前にこの世を去った強大な魔族である、マキーナ。
当時の文明の最新機械が意思を持つことで生まれた、特異な出生の魔族であり、当時かなり強大な力を持っていた。
魔石や鉱石、当時の機械や魔道具を次々と取り込んで自分の力に変換していく魔族で、その身体は機械そのものだった。
実際、レリーフの様に見えていたのは、金属板や鉱石、複雑な配線と言ったものが露出した人型の機械の上半身に当たる部分に、大量の埃が積もったものだった。当時は空を飛ぶことができたのだろう、背面には一対の機械仕掛けの翼まで備わっていた。
平たく言うと、魔族マキーナの亡骸というわけだ。
では、何故ダンジョンの奥、しかもマキーナ=ユーリウス王国の地下に魔族の亡骸があったのか。
それは、マキーナ=ユーリウス王国の国土そのものが、魔族マキーナが作り出したダンジョンだったからだ。
そもそも、ダンジョンを形作る迷宮核とは何か。
それは、魔族のような力ある存在が、自らの住処を作り上げる為に生み出す魔力が込められた魔道具の一種なのだ。
迷宮核を使い、自らが住むのに適した環境を作り上げる魔族もいれば、屋敷を作って快適な生活を送る魔族も居る。
ただし、そういった使い方をする場合、住環境のカスタマイズに必要な魔力を自分自身で賄う必要があるため、本当に力のある一部の者しか運用することができない。
では、迷宮核の運用魔力が不足している者はどうするのか?
それは、住環境に他者を呼び込む仕組みを作り、訪れた者達から魔力を搾取することで迷宮核に魔力を溜めることで、運用魔力を確保するのだ。
その、他者を呼び込む仕組みこそが、ダンジョンに隠された秘宝や資源であり、訪れた者の魔力を搾取する方法が、罠であったり魔物であったりするわけだ。
そんな迷宮核を、それらとは異なる形で運用したのが、マキーナ=ユーリウス王国だ。
魔族マキーナは人類が暮らしやすい環境を整えることで、人を呼び込んだ。
そして、全ての命から少しずつ魔力を搾取することで、国土を整え、更に人が住みやすい環境を提供する。人口が増えれば、それに合わせて国土を広げていく。
魔族と人族が共生する環境をダンジョンで実現したのが、かつてのマキーナ=ユーリウス王国なのだ。
その共生は長い年月続いていたのだが、何事にも終わりは訪れる。
魔族マキーナの命が尽きると共に、この関係は終わりを告げ、平和だったマキーナ=ユーリウス王国の歴史が途絶えたという訳だ。
本来であれば、迷宮核も魔族マキーナが朽ちると共に消え去る運命なのだが、幸か不幸か、機械仕掛けの体は一○○○年の年月を耐え抜いた。故に、迷宮核は失われる事無く、マキーナの躯と共に存在し続けたのだ。
勿論、魔力自体は徐々に失われていくため、ダンジョンはどんどん小さく、脆くなり、今では王城跡の一部だけをカバーする状態となっているのだが。
多分だけど、自分の躯が残っているあの広間周辺だけを残す形で、最小限の魔力で運用してきたからこそ、躯が朽ちることも無く維持できたんだろうね。
そしてそのお陰で、僕達は一時の宿を得ているわけだ。
太古から続いた様々な偶然が折り重なって、今のこの状況があるわけだね。
こんなこと、ついこの間までの僕は全く知らなかった。
多分、僕に限らず人類でこのことを知っている者も、居ないんじゃないかと思う。
歴史書を紐解いてみても、マキーナ=ユーリウス王国のことが書かれている書物に出会ったことは無いし、それに似たおとぎ話のようなものも聞いたことが無い。
迷宮核が、魔族のような力ある存在が住環境を整えるために使用する魔道具の一種だということも、知られていないだろうと思う。
「知識は力になるって言うけど、ホントその通りだよ」
迷宮核が何たるかを知れたこと。
マキーナ=ユーリウス王国が、魔族マキーナの迷宮核で作られていたことを知れたこと。
魔族マキーナが機械の体を持つ魔族だったと知れたこと。
そして、魔族マキーナの迷宮核が残っている可能性に気付けたこと。
この全てが、『継承』スキルがもたらした知識と叡智であり、それを活用できるよう脳内にアーカイブ化されたからこそ、今僕達は|マキーナ=ユーリウス王国跡地に居るというわけだ。
恐ろしいスキルだと思う。
使えるようになるまでに、三年掛かったのも十分理解できる程、凄まじいスキルだと思う。
「あうあー」
そんな考え事をしていた僕の視界いっぱいに広がる、愛らしいマオちゃんの顔。
岩に腰かけていた僕を覗き込む瞳は、きらきらと輝いている。
「どうしたの、マオちゃん?」
「あうあう」
マオちゃんは、僕の前を指さす。
そう、今僕は、肉を焼いているのだ。
僕が座る岩の前には、大きな鉄網と焚火があり、その上では解体された鹿肉が、非常においしそうな香りを漂わせている。
「もう待てないって言ってるんじゃないですか? さっきからマオちゃんのお腹が、くーくー鳴ってます」
いつの間にか、リーゼも僕の傍に来ていた。
「そうかー。待たせちゃってごめんね、マオちゃん。 そろそろ良い頃合いだから、食べちゃおう」
「きゃおー!!」
マオちゃんは喋れないけれど、僕達の言っていることは分かるようで、更に目を輝かせながら鹿肉を見ている。
そんなマオちゃんを見て、リーゼは肉を取り分ける皿を出してくれた。
「はいはい、誰も取ったりしませんから、落ち着いて食べましょうねー」
リーゼが、良い感じに焼けた鹿肉を皿に乗せてマオちゃんへと差し出す。
マオちゃんは満面の笑みで皿を受け取ると、大胆にも鹿肉に齧り付いた。
そして、大人の鹿一頭分を、一人で平らげた。
めっちゃ食べるんだよね、この子!
迷宮核食べたり、鹿一頭食べたり、本当どうなってんの?!
鹿一頭なんて、マオちゃんの体より大きいからね。
食べたお肉は、一体どこに消えてるんだろうか。
■Tips■
鹿[名詞]
主に森に棲息する草食動物。角が発達しすぎて絶滅した残念な種もいたりする。合掌。
臆病な性格ではあるが、追い詰められるとゴブリンくらいなら蹴り殺せる脚力や突進力(+角)も持っている。
山間部、森林内の街道を急いで駆け抜ける馬車との衝突事故が後を絶たず、一部地域では悩みの種になっている。
肉は食すことができる。
高タンパクで低脂肪。鉄分が多いという特徴がある。
ただし、生食は控えるべし。
一般的な人族が一食で一頭食べるのは不可能である。あ、この説明は不要ですか、そうですか。




