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01.運命の日

初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。古河ぷぅた改め、古河夜空です。

久しぶりの新作となります。

皆様の隙間時間のお供となりましたら幸いです。


それでは、暫くお付き合い下さいませ。(第一話目だけ、少々長めになっております)


 「レオン、お前をルートベルク公爵家から追放する。以降、ルートベルクを名乗ることを禁ずる」


 酷く事務的な発言だ、というのが僕の印象だ。

 仮にも父親に当たる人物から追放を言い渡されたならば、酷薄だと、悲壮な思いに駆られると想像していたけれど、意外なほど冷静に受け止めた自分に驚きもした。




 僕──レオン・フォン・ルートベルク──に追放を言い渡したのは、ルートベルク公爵──クレーメンス・フォン・ルートベルク──だ。

 因みにルートベルク家は、テールス王国建国時から続く公爵家であり、テールス王家の血も継いでいる由緒ある家柄だったりする。


 ここは、そんな公爵家の執務室。

 公爵が腰かけている椅子は、ソファが張られて立派だし、執務机も豪華で大きい。

 その執務机には、様々な書類が山の様に置かれている。


 部屋は十分に広く、壁に掛けられた絵画や、来客用のソファテーブルに置かれた置物なども一流の品ばかり。

 全部売り払ってしまえば、一般人なら一生遊んで暮らせる額になるんじゃないかな。


 しかし、それでいて全体的には落ち着いた雰囲気を醸すこの部屋は、ルートベルク公爵の為人(ひととなり)を良く表していると思う。



 ルートベルク公爵。本名、クレーメンス・フォン・ルートベルク。

 アッシュブラウンの髪を几帳面に整え、白シャツと黒のベストをきっちりと着こなした彼は、白の手袋を嵌めた両手を組み、肘を執務机の天板に預けた恰好で僕を真っすぐ見つめている。その眼は真冬の海を想起させるような青色で、強い意志が宿っていた。

 公爵様の視線に慣れている僕でも、一瞬気圧されてしまう程の威圧感がある。公爵としての血筋も、力量も、強いて言うなら表の顔も裏の顔も兼ね備えた御仁。当然ながら国内外から一定以上の評価をされていて、今のテールス王国に必要な人材であることは確かだろう。


 そんな彼のカフスボタンにあしらわれた澄んだ青色の魔晶石は、部屋の明かりを受け、清涼感のある輝きを帯びている。

 一癖も二癖もある公爵様とは対照的だなと、益体も無いことを思った。


 因みに魔晶石と言うのは魔力の塊のようなもので、魔物を討伐すると得ることができる。

 そして、魔術を刻めば暗闇を照らす明かりの代用品になったり、魔物を倒す爆弾になったりするため、魔導具――魔術を用いた道具――の素材としては欠かせないものだ。

 また、一部の魔晶石は見た目も宝石のように美しいため、装飾品に使われたりもする。公爵様のカフスボタンにある魔晶石も、美しい石だ。



 公爵様はテールス王国で財務を総括する要職に就いている。それは彼自身がそれなり以上に優秀であり、その優秀さを周囲が認めている証左の一つにはなるが、彼という人物を語る上で尤も重要なことは、彼の冷徹さにあると思う。

 血を分けた兄弟であっても必要とあらば排除することを厭わない彼は、家督争いの中で実の兄を抹殺したという噂もある。ただ、その証拠は全く見当たらない。そんなところがとても公爵様らしいと思う。


 そんな人物だから、明日で一五歳になる息子を放逐するようなこともあり得そうなことではあるが、やっぱり僕としては、父親としてちょっとおかしいんじゃないかと思う。



 血の繋がりが無いからだからだろうか。

 ──いや、義父であっても、血の通った人間であるならば、些か軽薄過ぎる行いだろうね。仮にも一五年、一緒に過ごしてきたんだし。



 勿論、僕が何か大きな過ちを犯してしまったというような事情があるなら、追放(この仕打ち)は因果応報だろう。

 けれど、生憎と後ろ暗いことは何も無い。神様に誓っても良い。



「何か、父上の気を害するようなことをしてしまいましたか?」

「特には無いな。それと、もう私のことを父と呼ぶな」

「……承知いたしました」


 つい、いつも通り父上と呼んでしまったが、これももう駄目らしい。

 と言うか、僕が何かしでかしたってことは無いんだね。

 だとすると、やはり──。



「は、そんなことも分からないのかよ。無能は頭の回転も遅くて苛つくな」



 そんな言葉を発するのは、僕の隣にいる少年──クラウス・フォン・ルートベルクだ。

 名前からお察しの通り、ルートベルク公爵の息子だ。因みに、僕の双子の兄にあたる。


 ――いや、兄だった、が正しいのか。もう追放されちゃったんだから。


 ただ、双子の兄というのは、表向きと言うか、世間様向けの話で、実情は異なる。

 クレーメンスとクラウスは実の親子であるが、僕は彼らと血縁関係には無い。


 その証拠というわけではないが、クレーメンスとクラウスは、どちらもアッシュブラウンの髪で、蒼眼だが、僕は銀髪で目の色は薄紅色だ。

 身長も、クラウスが一七七センチメルトあるのに対して、僕は一六二センチメルトと、一回り小さい。実は見た目が少~しばかり小さいというか、幼めに見えてしまうというか、そのあたりのことは結構気にしていたりする。クラウスが実年齢より大人びて見えるから尚更ね。チクショウ。

 アレかな、背中の中くらいまで伸ばした髪をポニーテールにまとめてるのも、幼く見える要因なのかな。短髪の方が大人びて見えたりするのかな。


 ――話を戻そう。

 二卵性双生児であれば、外見的な違いがあってもおかしくはないのだが、クレーメンスの面影を色濃く受け継いでいるクラウスに対して、やや童顔の僕は、一見すると他人に見えるだろう。

 百歩譲っても兄弟かな。少なくとも、双子には見えないし、初対面で双子だと言い当てられたことは無い。


 因みに、クラウスの母親は金髪蒼眼であり、こちらも僕とはあまり似ていない。

 凜とした美しい女性で、特に目元はクラウスそっくりだ。



「無能……。それは僕が未だにセカンド以降のスキルを得ることができていないことを指しているのでしょうか、クラウス兄さん」

「分かってンじゃねぇか。 というか、もう俺のことを兄と呼ぶな。汚らわしい」


 そこまで言う? 一応昨日までは兄を敬えって鬱陶しいくらい言ってたのに。

 表情には出さなかったが、心の中ではしっかりと悪態をついて、チラリと隣の元兄を見遣った。


 ルートベルク公爵も、クラウスの言葉を特に否定しないところを見ると、同じ意見だということが伺える。

 異論があれば、遠慮なく口を挟む人だからね。






 ──さて、今どうして僕がこんな状態になっているかを説明するためには、一六年程時を遡る必要がある。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 『イルテア暦五三八年。暁の空が光り輝き、魔を制す運命を負いし御子、テールス王家に連なる家に産声を上げん』




 イルテア聖教国の巫女が賜った神託が、イルテア大陸に伝えられた。


 イルテア大陸に住む者が、“魔”と聞いて真っ先に思い浮かべるのは『魔王国』だ。


 魔王()とは言うものの、正確には国ではない。

 魔族という、人類に比べて遥かに個の力が強い一族の頂点に立つ“魔王”が支配する縄張り(・・・)という方が、説明としては正しいだろう。

 ただ、この縄張りが殊の外大きく、イルテア大陸の大部分を支配しているため、人類は便宜上、魔王の国、『魔王国』と呼んでいる。


 神託があった時点で、魔王国に目立った動きは無い。

 もっとも、魔王国内に人類の間諜がいるわけではないので正確なところは分からないけれど、少なくとも、人類の生存域に侵攻してくるようなことは、ここ十数年無い状況だ。


 ただ、魔族は気まぐれな性質を持つ者が多く、時折人類の生活圏に侵入し、理不尽なまでの暴力で全てを奪い去っていく。

 それは災害のようなものであり、殆どの人類は魔族に対抗する術を持ち合わせない。

 一国の騎士団であれば対抗することは可能であるが、魔族一人に対して百人規模の魔術士団が必要になってくるため、全てを守るのは不可能というのが実情だった。


 『人類の国家が滅亡していないのは、魔王国が攻勢に本腰を入れていないだけ』


 多くの人類はそう思っていたし、実際、その肌感覚は正しい。


 人類は自らの生活圏を狭め、国を組織して自衛している。

 確かに騎士団は、魔族の侵攻を何度も食い止めてきたし、魔族討伐の実績もある。

 だが、魔王国への侵攻は、何れも人類側が大打撃を受けて大敗しており、その後の報復で多くの命を失ったという記録が、人類史に幾度か記録されている。

 人間の国と魔王国との境界付近で発生する小競り合いは五分五分といったところだが、領土を削り取るような大侵攻は失敗ばかりというわけだ。



 人は、魔族の脅威に怯えながら生きているのだ。



 しかし、そんな状況の中で下った“魔を制す”者の誕生を告げる神託に、人類は沸き立った。


 魔を討つことが出来る存在が生まれてくるのか。

 魔王国の侵攻を恐れずに済む未来がやってくるのか。


 神託は希望となって、イルテア大陸を駆け巡った。




 そして、神託からおよそ一年が過ぎたイルテア暦五三八年。

 暁の空に、陽の光を陵駕する程の眩い光球が浮かんだ時、テールス王国、ルートベルク公爵の邸宅で産声が上がった。


 クレーメンス・フォン・ルートベルクと、エルナ・フォン・ルートベルクの間に生まれた男児、クラウス・フォン・ルートベルク。


 テールス王家の血を受け継ぐ家系は、テールス王家自体やルートベルク公爵家以外にも数家存在するが、この日に赤子が生まれたのはルートベルク家だけだった。

 クレーメンス夫妻は、我が子こそ神託の御子だと歓喜し、その誕生を大いに祝福した。



 ──しかし。


 その日、ルートベルク公爵邸で生まれた赤子は、クラウスだけでは無かった。

 ルートベルク公爵家で執事として働いていたアルフレートと、同じくメイドとして働いていたノーラとの間にも一人の男児が生まれたのだ。




 『イルテア暦五三八年。暁の空が光り輝き、魔を制す運命を負いし御子、テールス王家に連なる家に産声を上げん』




 生まれた時刻はほぼ同時。暁の空が光り輝いたのと、産まれたばかりの赤子が産声を上げたのは同時。

 神託は、“テールス王家に連なる()”だ。家系(・・)血統(・・)では無い。故に、アルフレート夫妻の子も神託の御子である可能性は捨てきれない。


 このような事態を見越し、テールス王家や、公爵家を始めとするテールス王家に連なる家系の者達は、使用人を含めた血縁関係の無い者達の出産は屋敷外で行うよう徹底していたのだが、アルフレート夫妻の子は想定外の早産で、ノーラを屋敷外に連れ出す隙も無く公爵邸で生まれたのだ。


 出産の直前まで、ノーラ自身もお腹の赤子も容態は安定していた。そして、出産の予定日までまだ七〇日以上あったため、ノーラは公爵家で働いていたのだ。

 しかし、暁の空の輝きに導かれたかのように、容態が急変し、早産となったのだ。

 ノーラは、この影響で帰らぬ人となってしまう。

 ただ赤子は、小さいながらもしっかりと産声を上げた。



 神託の日に、我が子が生まれたと報告を受けたクレーメンスは歓喜した。

 しかし、その後、メイドが屋敷内で出産したと聞き、頭を抱えた。


 本来であれば、悩む必要など微塵も無い。

 クラウスを後継ぎとして育て、アルフレート夫妻の子は、父親であるアルフレートが育てれば良い。それだけの話だ。


 だが、一度でも我が子こそが神託の御子であると歓喜した事実が、神託の御子が居れば(・・・・・・・・・)より強大な力を得ら(・・・・・・・・・)れる(・・)と実感した事実が、クレーメンスの欲望を掻き立てた。


 言わずもがな、神託の御子の父ともなれば、この先の人生は約束されたようなものだ。

 国王すらも凌ぐ権力を手に入れることができるかも知れない。

 広大な領地を支配する魔王国を滅ぼし、そこに新たな国を建国し、その実権を握ることも可能かも知れない。


 人類にとって夢物語であったはずの未来だが、実際に神託の日に生まれた子がいる以上、現実になり得るのかも知れない。

 少なくとも、クレーメンスは実現可能な未来だと感じた。

 脈々と受け継がれてきたルートベルクという由緒ある血と、テールス王国の重鎮となれるだけの能力。神託の子を手中に収めるという強運。

 神託が下って以降、可能性の一つとして考えていた最良の未来が、手を伸ばせば届く場所にある。


 ただ一つの問題は、神託の子がどちらか分からないということだけ。








 クレーメンスは思ってしまった。







 ──どちらも、我が子にしてしまえ。







 ノーラが、子供を産んですぐに死んでしまったという事実も、クレーメンスの背中を押す切欠(きっかけ)となった。

 クレーメンスはアルフレートから男児を取り上げ、レオンと名付け、クラウスの双子の弟として育てることにしたのだ。


 当然、アルフレートは抗議したが、彼を含め、レオンの出産に立ち会った者達は須らく公爵家から姿を消すこととなった。







 そして、更に時は流れ、イルテア歴五五○年。

 レオン、クラウス一二歳の誕生日。イルテア大陸に住む者の、人生分岐点といっても過言ではない日がやってきた。




「――偉大なる神イルテア様、この者に未来を切り開く希望を与え給え」


 王城の敷地内にあるイルテア聖教の教会。

 豪華絢爛なステンドグラスと、天井一面に描かれた美しい絵画。光り輝くオーブを胸に抱く女神像。

 世界の中でも指折りの教会であり、百人以上収容可能な大きな教会ではあるが、この場に居る人物はごく僅かだ。


 壇上には二人。

 イルテア聖教国の君主にして、イルテア聖教の教皇でもあるグレギウス三世。

 その前に跪くのが、十二歳を迎えたクラウス。


 そして、最前列でその様子を見守るのが、テールス国王と宰相。

 そのすぐ後ろに、ルートベルク公爵とレオン。

 それに、護衛の騎士が数名だけ。



 ごくごく限られた者達だけで執り行われているのは、『天稟(てんぴん)の儀』と呼ばれる儀式だ。


 この世界は、原初神であるイルテアが創造したものと考えられており、そこに住む人間は、十二歳の誕生日に一つ目のスキル(ファーストスキル)を授かるとされている。

 天稟の儀とは、ファーストスキルをイルテア神より授かるための儀式だ。


 儀式自体はイルテア神への信仰を宗教とした、イルテア聖教の宗教儀式ではある。

 しかしながら、殆どの者が十二歳までにファーストスキルを開花させ、『神託』のスキルを持つ者に触れられることで自らのスキルを認識出来るようになるということが、事実として存在する。故に、この儀式は神という超常的な存在の片鱗を感じさせると共に、その後の人生を左右する大イベントでもあった。



 そして、ファーストスキルはその者の才能の傾向を測る大きな目安になるため、重要視されている。


 例えば、ファーストスキルで『剣術』を開花させた者は、剣術そのものだけでなく、剣を扱う為に有用なスキルを開花しやすいとされている。

 具体的には『身体強化』や『危険察知』など、剣での戦いに有用なスキルが開花しやすい。

 一方で、ファーストスキルが『農業技術』だった場合は、『植物知識』や『開墾術』といったスキルが開花しやすい。


 つまり、希有で有用なスキルが開花していることが分かれば、当然将来は明るいし、その逆もまた然り、という訳だ。

 神託の御子に当てはめて言うならば、魔族に対して有効なスキルを獲得するほど、神託がより現実味を帯びてくるという訳だ。



 本来は、各国、各地にあるイルテア聖教の教会で一定の御布施を払って神託の儀を受けるのが一般的なのだが、神託の神子の天稟の儀となれば、世界中が注目するのは必然と言えた。



 ただ、どんなスキルを授かるかは儀式の瞬間まで分からない。

 故に、最低限の人数で予め儀式を執り行い、神託の神子のファーストスキルを事前に確認し、世間への開示の段取りをどうするか決定する運びとなったのだ。




「どんなスキルだ?」


 逸る気持ちを抑えきれない様子で尋ねたのは、テールス国王――ニコラウス・ルーフェリウス・フォン・テールス――その人だ。


「ファーストスキルは『聖炎(せいえん)』です。他にも『魔剣術』も開花しております」


 クラウスの言葉に場が沸き立った。


 『聖炎』スキルは、魔物や魔族相手に絶大な効果を及ぼす聖なる炎を操ることが出来るスキルだ。

 また、イルテア聖教の初代教皇の下、聖騎士団を率いて魔族に対抗した英雄テオドールが得ていたと伝わるスキルで、それ以降開花した者は確認されていない程の希有なスキルだ。


 そして、『魔剣術』のスキルは、魔術と剣術の両方に素養が認められた者が開花するスキルであり、戦闘面において絶大なアドバンテージとなるスキルだ。『聖炎』ほど希少ではないものの、これだけでも十分に強力かつ希有なスキルとなる。


 そんな、『聖炎』と『魔剣術』の二つを同時に開花させたクラウスは、まさに神託の御子に相応しいスキルを得たと言えるだろう。


「良くやった! それでこそ我が息子だ!」

「ありがとうございます、父上!」

「神託の神子として相応しい、素晴らしいスキルだ。この喜ばしい日に立ち会えた事、朕は誇りに思う」


 普段は冷静なクレーメンスすら、拳を振り上げ大声で歓喜した。

 グレギウス三世も、満足げに自慢の豊かな白髭を撫でながら喜んでいた。


 この場に居る者は少ないが、大きな拍手と歓声が巻き起こった。




「では、次はレオンの番だ」

「はい、父上」


 クラウスに向けた賞賛が一段落したところで、レオンは一礼し、壇上へと向かう。

 途中、クラウスとすれ違った時、勝ち誇った様な笑みを向けられたが、気にすること無く壇上へと上がった。




「さて、もう一人の神子は如何なるスキルを授かるのか――」


 国王も期待に満ちた視線をレオンに送っていた。



 レオンが教皇の前に跪くと、教皇は祈りの言葉を捧げ、大きな掌をレオンの額へと当てる。




「……どうだった?」


 テールス国王の声色は、クラウスの時と変わらない期待に満ちたもの。

















「継承、です」





 聞き慣れないスキルに、一同は戸惑った。


「初めて聞くスキルであるな」


 グレギウス三世も、そのスキルは始めて聞くものだったようだ。

 この中で一番スキルに精通しているグレギウス三世が知らぬ以上、他の者が『継承』なるスキルの詳細を知る訳が無い。

 テールス国王も、宰相も、ただただ首を傾げるだけだった。




 結局、イルテア聖教側で『継承』スキルの詳細を調査することになってこの場は解散となった。



 世間には、神託の神子が開花させたスキルは『聖炎』と『魔剣術』であるという声明が発表された。

 本来、ここで神託の神子をお披露目する式典が設けられる段取りとなっていたが、『継承』スキルの詳細が分からない今、お披露目は成人年齢となる一五歳まで延期されることとなり、『継承』スキルがどのようなものか様子を見ることが決定した。




 後日、三百年近く前の文献に同じ名前のスキルを持った者が居たことは判明したが、詳細は分からないまま、およそ三年の時が過ぎていく――




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「無能……。それは僕が未だにセカンド以降のスキルを得ることができていないことを指しているのでしょうか、クラウス兄さん」

「分かってンじゃねぇか。 というか、もう俺のことを兄と呼ぶな。汚らわしい」



 というわけで、このような会話となった訳だ。


 この三年で、クラウスは『聖炎』『魔剣術』の他にも、『身体強化』『心眼』『強化魔術』『光魔術』『鼓舞』など、多くのスキルを開花させ、その熟練度を上げていた。スキル構成だけ見れば、テールス王国騎士団長にも引けを取らない。

 とは言え、クラウスが諸々の修練を結構サボっていたのを、僕は知っている。怠け癖が抜けず、無駄にプライドが高く、自分に甘いのがクラウスだ。スキル構成は立派でも、各々のスキルレベルはまだ低い。

 ただ、サボりながらでもこれだけのスキルを開花させているのだから、ファーストスキルの『聖炎』は相当優秀なんだろうね。まさに、神に愛された才能というわけだ。



 一方で僕は、『継承』スキル一つのまま。


 習っても無い筈の歴史や、動植物の名前をいつの間にか記憶していたりすることがあったから、『継承』は何らかの知識を受け継いでいるスキルなんじゃないかって推測は立てられてるけど、確認できたスキル効果はそれだけ。イルテア聖教国でも継続して『継承』の調査をしてくれてはいたみたいだけど、詳しいことは分からずじまい。

 更に、どんなに剣を振っても『剣術』スキルが開花することも無かったし、どんなに料理の腕を上げても『料理』スキルが開花することも無かった。

 ファーストスキルからかけ離れたスキルでも、努力次第で開花した実例は沢山報告されているから、『継承』が謎スキルだったとしても、何かしら開花しても良かったんだけどなぁ。


 少なくとも、クラウスの倍以上は努力したんだけどね。


 因みに、天稟の儀で『神託』のスキル保持者を通して神託を受けた者は、いつでも自分のスキルを確認することができる。

 スキルを意識すると、目の前に魔力が光を帯びた形で浮かび上がり、スキル情報を見る事が出来るんだ。

 例えば僕だとこんな感じだ。



======================================

 名前:レオン


 スキル:

  継承   (Lv1)


======================================



 実にシンプルだけど、それは僕がスキルを一つしか持っていないから。複数スキルを持っていると、ここにずらりとスキルが並ぶ。

 クラウスは『聖炎』を筆頭に、色々と並んでいるはずだ。


 また、それぞれのスキルに触れることで、スキルの詳細を見ることもできる。

 僕の『継承』だと──



======================================

継承 スキルレベル:1

======================================



 こんな感じだ。


 うん、言いたいことは分かる。何も変わらないよね。

 本来は、スキルの簡単な説明と、スキルに付随する技能なんかが表示されるはずなんだ。

 それすらも表示されない『継承』は、本当に謎のスキルということになる。




「神託の神子に求められるのは、努力の過程ではなく結果だ。それも、神懸かった力を示さなければならない。お前はそれを示せなかった」



 僕のスキルは、凡そ三年経ってもこんな感じだから、公爵様からのその言葉に何も言い返せない。

 悔しくはあるけど、その言葉は事実だからね。世の中も、魔族を倒せる英雄を望んでいるのだから。ファーストスキルがレアだろうが、剣を振り続けても『剣術』スキルすら開花できないでいる僕に用は無いだろう。


 ただ、隣で勝ち誇ってる奴は殴り倒してやりたい。

 スキルは無くても、絶対クラウスより強い自信はあるし。というか、何度か模擬戦で勝ったことあるし。



 ――そう考えると、スキルって本当何なんだろうね。





「明日のセレモニーに、お前は出席させない。国王陛下、教皇聖下も承知済みだ。」




 明日は僕の一五歳の誕生日。

 つまり、クラウスの一五歳の誕生日でもある。


 晴れて成人を迎えるこの日に、国を挙げてのセレモニーが行われる訳だけど、僕はもう神託の神子でも、公爵の息子でも無くなった、ということだ。

 要は見限られたのだ。

 三年間はクラウスと同等かそれ以上の訓練の機会と、優秀な教師を与えられた。それでも、セカンドスキルが開花することも、ファーストスキルがレベルアップすることも無い出来損ないと見做されたわけだ。


 僕が公爵様と血縁関係に無いことは色々調べて分かっていたから、公爵様が僕に望むのは神託の御子としての力だけなのだろうってことは理解していたから、それが裏切られたとなれば、追放される(こうなる)ことも予想はしていた。

 酷薄で、無駄を嫌い、禍根となる要素は極力排除する公爵様の為人(ひととなり)を知っていれば尚更だ。


 まぁ、最悪に近い予想だけどね。


 ――じゃぁ、最悪の予想は何かって?

 それは、今ここで、問答無用で殺されることさ。一旦(・・)追放されるだけ、まだ最悪ではないって感じかな。



「つまり、国王陛下も、教皇聖下も、お前を“偽者”と断じたわけだ」


 公爵様が、追い打ちを掛けるように告げる。


「何だ、絶望しすぎて何も言えなくなったか? まぁ、クズスキルの偽者は必要無いってことだな」


 便乗して見下してくる元兄を一瞥して、僕は公爵様に頭を下げた。



「では、本日中に出て行きます。大変お世話になりました」



 ぐ、と拳に力が籠る。

 その時、僅かに視界が滲んだ。


 自分でそう口にして、この状況を漸く実感したのかも知れない。


 ここで癇癪を起しても何も変わらないんだよなぁ、とか。公爵様が意見を曲げるとも思えないんだよなぁ、とか。今の状況を打破できる力を僕は持ち合わせていないんだよなぁ、とか。

 この期に及んで、状況を冷静に分析し続けている自分がいることは確か。

 そして、あまりにも無慈悲な追放に、言い知れない怒りを覚える自分がいることも確か。


 目尻に浮かびそうになる涙を、きつく目を閉じることで堪えたところで、理解した。


 嗚呼、僕は悔しいんだ。


 こんな理不尽な要求を突き付けられていることも。

 訓練をサボりまくって、模擬戦じゃ僕に勝てないヤツなんかに下に見られることも。


 寝る間も惜しんで努力してきたのに結果を残せなかった僕自身も。



 その全てが悔しいんだ。




 なるほど、激しすぎる感情は、凪にも似ているんだね。

 自分がどれだけ悔しいのかが分からない程悔しかったら、悔しいと感じていることすら分からないものなんだ――。






 不意に、僕の足下に革袋が投げ捨てられた。ジャリン、と、硬質な音がする。それで僕の意識が、感情の中から現実に戻ってきた。



 ゆっくりと顔を上げると、公爵様が顎で革袋を促した。


「せめてもの情けだ。それで、何処へなりと消えるが良い」


 くれるというなら貰っておこう。

 先立つものは必要なのだから。



「優しいなぁ、父上は。俺なら無一文で放り出すけど。ま、金があったところで野垂死に確定か」



 視界の端に捉えたクラウスの顔は、醜悪に歪んでいた。

 公爵様は、何も言わない。そして、もう僕には興味が無いと言わんばかりに、執務を再開していた。




「――それでは、失礼致します」




 嗚呼、悔しいなぁ。





























 「絶対に生き延びてやる……ッ!」


 アイツ等の思い通りに落ちぶれてなんかやるものか。

 絶対生き残ってやるし、絶対アイツ等の鼻を明かしてやる。


 執務室の扉を閉めた僕は、小さく、慟哭した。


■Tips■

メルト[単位・長さ]

イルテア大陸において、共通的に用いられている長さの単位。

とある世界線にあると言われる、地球という惑星の「メートル」とほぼ同じ長さであるとかないとか。


1メルト=100センチメルト

1キロメルト=1000メルト


と、とある世界線にある(ry)と酷似した単位の構造となっているが、それはそれ。

あまり深く考えないこと推奨。

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