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4.苦悩

あの日、結局私はうどん屋さんでトイレに逃げ込んでから祖母に呼ばれるまでトイレに篭っていた。

永井さんの奥さんを前にしたら泣いてしまいそうだったから。


ずっと強くあろうと頑張ってきた。

それなのに、あんな血の繋がらない他人の思いやりに触れただけで崩れゆく。

そして、自分の身内の優しさのかけらもない言葉に必要以上に傷つくようになった。

物心つく前から、お姉ちゃんとして、この家の子供として、お母さんとお父さんをも守るために、家族の顔色を見ながら生きてきた。毎日祖父の冷たい空気に曝されながら、なんとかして、暖かい空気にできないものかと模索してきた。

永井さんの奥さんの見せた救いは頑張ってきた私の足元を掬った。

こんな、少ししか私たち姉弟のことを見ていない彼女が私のことを家族よりも見てくれていたという事実。1番言って欲しかった肯定の言葉を他人がかけてくれた事実。


あの日から本当に私は私の家族が心底嫌になった。

大好きなはずのおばあちゃんもそしてお母さんもお父さんも。

お母さんがおじいちゃんに反発することも、逆におばあちゃんがおじいちゃんの顔色を伺って発する言葉も、前まではそれほど気にならなかったのに、酷く気になって胸がチクチクするようになった。

前まではその胸の痛みも、胸の奥に押し込めて、見えないようにしていたのだけど、押し込めることができなくなった。

そうすると、顔に出る。

傷ついた顔や反発を示す顔になる。


あのうどん屋さんの出来事から数日後のこと。

学校から帰って、制服を脱いで、宿題を済ませた。

その日は、スイミングのお休みの日で母から夕飯の手伝いを命じられた。私は命じられたようにえんどう豆のヘタをとる。

家族6人分はえんどう豆は大量だ。

えんどう豆の枝がついていた方のヘタをポキっと折って鞘の繊維をスーと剥がし反対側のヘタもとる。

何個あるんだろう。

母は流しとコンロの間で行ったり来たりしながら何かを炒めてた。

祖父は私の斜め前の席に座り、もうお酒を飲んでる。

父と祖母はまだ仕事をしてるし、弟はキッチンとは別の部屋で多分テレビを見てる。今、食卓に座っているのは祖父と私だけ。母が夕飯を作る音が聞こえる。

以前の私ならきっと祖父に話しかけていた。媚びを売って、この場を少しでも良い雰囲気にしようとしたと思う。

沈黙が続く中、最初に口を開いたのは母だった。

「まり、何黙りこくってるの?」

はぁ?別に何もしゃべることなんてないから話さないだけだよ!と心の中で悪態をついてみる。

祖父が酒を飲みながらニヤニヤしてこっちを見てる。

「まりももう小学校の6年生なんだからなぁ、親に言えんこともあるわ」

そのニヤけた顔に嫌気が指す。

「そうは言ってもおじいさん、いつもはまり、よくしゃべるでしょう」

母が祖父の意見に反論する。些細な事なのに途端に祖父の顔が豹変していった。

「なんだ、恵理は儂に意見するんか」

静かな声だったけど、威圧的な怖さをはらんでいた。

もう母は何も言わなくなる。黙ってまな板の前に立ち、下準備を終えたカボチャを大きな出刃包丁でトントンと大きな音を響かせながら切っていく。私はその間一言もしゃべらなかった。正確には何もしゃべれなかった。いつもはスイスイ口から出てくる場を繋ぐ言葉も祖父を宥める言葉も全然出てこなかった。私は下を向いて黙々とさやえんどうの鞘をとる。

数分でさやえんどうの鞘はとり終わってしまった。

私は渋々顔を上げ、鞘を生ごみの袋にすて、さやえんどうをバットに山盛りにして母のところに持って行く。すると母が「もう出来るからおばあちゃんとお父さんを呼んで、良もね」と私に追加の手伝いの支持をする。私はコクリと頷いて、台所を後にした。

台所の扉を外にでるとやっと息が出来るような気持ちになる。

私は父と祖母、そして良のところに行く間、一時の圧迫感からの解放を感じた。


今日の食卓も祖父の独壇場だった。

祖母と父と良がそろい、母はまだ何かを作っている中で家族の食事が始まった。

祖母と父が来たことで、祖父の口は食べるよりもしゃべる方で動かされている。

飲んでいたお酒のお猪口を掲げて、声を大きくしながらしゃべる。私はその様が嫌だったし、内容がいつものように「お前はダメだ」「恵理はなんでこんなにどんくさいのか」「まりが最近話をしないのはお前たち親の責任だ」とか的外れなことばかりいう。

私は母がつくったカボチャの煮物を口に入れながら、段々と腹が立っていくのを抑えることが出来なかった。

何故、祖父はそんなに私の両親をけなすのか?

何故、祖母は父と母を庇わないのか?

何故、父も母も祖父に反論しないのか?

何故、うちはこんな家なのか?

私は、目の前にあった料理を平らげる。美味しいはずなのに、全然味のしない夕飯。残すと怒られてきたからか、こんな状況なのに全部食べてしまう自分も嫌だった。

チラッと良を見る。

良も何も言わず、料理を口に入れている。

良はさやえんどうがあまり好きではない。さやえんどうを口に入れてお茶をのみ、さやえんどうを口に入れてお茶を飲みを繰り返していた。良の目の前にはカボチャの煮つけが一切れ残してあった。

私が居てもいなくてもどうでもいいか…

良を残してこの場を去るのは気が引けたが、食べ終わった私がここに居る意味はないし、この場を一刻も離れたいというのは私の意志だ。私は両手を合わせる。椅子から立ち上がり、食べ終わた食器を流しに入れ台所を後にした。

チラチラと祖母と母が私を見ていた。

何も言わずに動く。

そのことに実はとてつもなく大きな恐怖が襲ってくる。

何でも、口に出して言ってきた。台所から居間に移る時でさえ、「私居間に行くね」と言ってから動いた。腹が立って、何も言わずに過ごした数時間。

冷たいソファに腰を下ろし、目の前のテレビを付けた途端に体が小刻みに震えていた。

寒いからだと自分に言い聞かせ、毛布を持って包まる。両手でしっかりと膝を抱いた。

テレビが流れる。

私の耳には意味をなさない音として、脳を素通りすハズだったのに……「犯人は同居していた娘の……で怒りに任せ近くにあった鉄製の灰皿で殴ったことによる……」実の娘が父を殴り殺したというニュースの一文にドキッとした。自分もいつかそうなるのではないか、犯人は未来の私なのかもしれない。

何故だかそんな事が頭を支配した。

私は強く頭を振ってテレビの番組を変える。変えても、変えても面白いと思う番組はなく、結局テレビを消した。

そのタイミングで良がバンッとドアを開ける。

「え、お姉ちゃん、テレビ見てなかった?見ないの?」

私は良にテレビのリモコンを渡す。「姉ちゃん見ないから見ていいよ」というと嬉しそうにバラエティ番組をつけた。

テレビを見ながら良が私に話かけてくる。

「お姉ちゃんが早くに行っちゃって、おじいちゃんいつもよりいっぱい怒ってたよ。僕も早くこっち来たかったけど、さやえんどうだったから、食べれなくて…」

良は何でもないように私が後にした食卓の様子を教えてくれる。

私は聞きたくなくて、「ごめんね、ちょっと眠たくなっちゃったから」そんな嘘をついて毛布に包まったまま膝を抱えてソファで目を瞑った。

私の頭の中はこれからどうやってこの家で暮らしていけばいいのか、その事ばかりを考えていた。





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