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龍の箱庭  作者: 遠戸
8/18

8.相性

 ユエの戦闘時の立ち位置は基本的に後衛だ。

 近接戦闘が苦手な訳ではない。幼い頃から身を守る為にと仕込まれてきた武術は、人間としては相当な域に達している。同じ年頃の魔獣退治を生業にしている者達と比較すれば頭一つ抜きん出ており、余程の相手でなければ安心して送り出せるだけの実力はある。ただ、共に行動するのが犀慎や貞慎という龍であったり、半分は龍である琥珀と翡翠だからだ。彼らとでは比較にもならない程に、人間であるユエは脆い。そして、ユエも人間としてはかなり高水準の身体能力であるのだが、彼らは軽く上を行く。火吹き蜥蜴――ドラゴンを瞬殺出来る龍となど比較にもならない。それが故の事である。

 だが今回は、ユエが短刀の力を知り、扱う為の訓練でもあるという事で、貞慎も琥珀も危なくならない限りは手出しするつもりはないらしい。他人の目から見れば過保護とも取れるような、そんなユエを主体として魔獣退治を行わせる事を許諾出来る程に、犀慎から贈られた短刀には力がある。


 ユエと共にサルースに下りた貞慎は、琥珀を問い詰め、ユエを交えて再び話をしたが、最終的には琥珀と同じ結論に達した。今はまだ時ではないと。

 そして、そのまま琥珀とユエを連れて魔獣退治に赴いた。犀慎から贈られた短刀を一度実際に試した方が良いという事もあるが、トラン王国と南のラグナ王国の国境付近に妖鶏あやしどり――西方ではコカトリスと呼ばれる尾が蛇の人間の大人程の大きさの巨大な鶏が出たらしい。猛毒を持ち、時折吐き出す白い霧状の呼気を浴びると石になってしまう。解毒薬は礼慎の元にまだ材料が残っているのだが、石化から回復させる為に浸す薬液の材料の一つの魔獣由来の物が最初に遭遇した被害者の分で切れたらしい。

 当の妖鶏を倒す事も貞慎や琥珀ならば出来る。貞慎に至っては何の苦も無く仕留めるだろう。しかし、それを生業としている者達がいる。偶然遭遇してしまった場合は片付けるが、討伐した報奨金で生活している者達の生活を無為に脅かすつもりはないのだ。

 今回必要としているのは、トラン王国のような西の国だけでなく、暁国や京華国、ラグナ王国など広範囲に生息する鎌鼬かまいたちの肝だ。乾燥させて、使用する。

 国や地域でそれぞれ呼び名が異なり、若干の差異もあるが鎌鼬は風を操る妖だ。獣の鼬に同じくなかなか凶暴で、突然風で切り付けてくるその切り口が鎌で切られたようである為、鎌鼬と暁国や龍塞では呼ばれている。

 鼬は鶏を捕食する。妖や魔獣であってもそれはあまり変わらないらしく、妖鶏にとって鎌鼬は天敵である。妖鶏の毒が効かない訳ではない。だが、効果は薄い。そもそも攻撃を受けなければ毒を受ける事もないし、やはり薄いとはいえ毒の影響は多少は出るからか単純に不味いのかはわからないが、食べる時も毒のある部分は綺麗に残す。更には石化する呼気も風で防ぐ事が出来るのだ。その天敵である鎌鼬の肝にも、やはり妖鶏に対する効果があるらしく、石化してしまった際の回復薬の材料となる。

 鎌鼬はあまり都市部では見掛ける事がなく、気が付けば発展していたサルースの近くでも姿を見る事はほぼない。緑溢れる自然に囲まれた場所に生息している。ユエ達はサルースから離れた、徒歩だと二、三日は掛かる森にいた。貞慎が龍化して連れて来たので、半刻程度で着いたのだ。妖が住まう森だが、おどろおどろしいという感じではない。樹木が生い茂ってはいるが、諸所に光が差し込んでいる。鎌鼬が住まう事でその風で枝などが切り払われて、日差しが差し込む。その為に植物の生育環境は良く、豊かな森になっている。

 獣の鼬も小さな体に似合わず単独で己よりも大きな鶏等を襲うのだが、鎌鼬も単独行動を好むところがある。複数を一度に相手にする事にはならないだろう。鎌鼬を相手にする事自体は初めてではないが、一人で挑むのは初めてのユエでも比較的落ち着いて戦える筈だ。

 到着し、鎌鼬を探す前に貞慎はユエに指示を出した。

「ユエは単独戦闘は初めてだが、気を抜いたりしない限りは大丈夫だろう。お前は強いし、その短刀はお前の術の底上げもしてくれる。自信を持って戦いに臨みなさい。勿論、危ない時には手助けするから安心していい。……そうだな、まずは風の術で攻撃してみるといい。姉上の鱗の効果が良くわかるだろう。それで足りなければ、風に乗って切り付けてみろ。ただその時は、加速の加減を考えろ。勢いが付き過ぎれば怪我をするからな。加減の程度は……最初の風の術を参考に調整するように。お前の加減は俺達にはわからないからな」

 龍である貞慎とユエとでは術自体が別物だ。加減の意味も違う。貞慎にとっての加減は己の力の出力調整という意味であり、ユエにとっては契約した精霊の実力に合わせた選択である。同じ短刀を扱った事のある琥珀達も半分は龍なので、術も龍に寄っている。聞いても参考にはなるまい。実際に試してみなければ、ユエには何も掴めない。

 だが、一つだけわかっている事がある。妖や魔獣は精霊と普通の獣達の間にあるような存在だ。通常、風の術を使う妖は風の精に近い為、風の術で攻撃しても威力が落ちる。力量差があれば、全く効果がない場合もある。だが、敢えて貞慎は風の術を使うように指示した。ユエの実力に短刀の力を加味すればそれでも効果がある事は確実だという事なのだろう。

 術だけで仕留められなかった場合は、短刀で切り付ける。但し、鎌鼬は動きが速い為、風の術で加速して間合いを詰め、一気に倒す。作戦という程でもないが、大凡の行動を確認する事で多少落ち着く。

 どの精霊にお願いするのがいいだろうかとユエが契約した風の精達を思い浮かべた時だった。

「……貞慎様。他に誰もいないですし、俺達がいる時に一番威力の高いものを試した方がいいと思うんですがどうでしょう?」

 下限は短刀を持たない状態での下限だ。だが上限は短刀を持った状態の上限が最上限になる。予想よりも威力が上でも下でも、一人の時や他の人間達等と一緒の時よりも力を貸せる者がいるこの時に上限を知っておく方が、ユエにとっても、いつかその事態に遭遇した時に共にいる誰かにとっても確かに安心だろう。

「俺も、それの効果がどの程度なのかはきちんと把握している訳ではないからな……経験者の琥珀が言うなら、その方がいいだろう」

「はい。ユエ、お前も目にはしただろうが、とにかくそれはとんでもない品物だ。間違いなく驚くだろうけど、まずい時は俺と貞慎様が何とかするから心配はするな。それから、いつものように誰かが先んじて倒してくれたりという事はない。ちゃんと周囲の様子や身を守る事にも意識を向けろよ」

 一度死に掛けている犀慎はともかく、貞慎は身を守るという事に関してはかなりおざなりだ。貞慎はというよりは龍という種族全体に当てはまる事なのだが、下手をすると身を守るという意識すらない。攻守共に龍を越える生き物などほぼいない為、両方が最上級に位置する龍が脅かされる事など同族を相手にする時位のものなのだ。

 それ故に、琥珀が注意を促した。案の定、貞慎は今思い当たったというような顔で頷いている。

「考えてなかったでしょう、貞慎様……」

「いやあ、うちの子は本当に優秀だ!」

「もう……」

「こういう時の為に、琥珀を連れて来てるんだ!」

 悪びれた様子もなく言い切る貞慎に、琥珀は息を吐く。

 言い訳ではなく、おそらくは本当にそのつもりだったのだ。

 こういう若干抜けている所は貞慎の危うさだ。だが、やはり慎家の者である。犀慎がユエが下界で暮らす事を視野に入れて琥珀と翡翠に人間としての知識を教えるように頼んでいたように、きちんと自身の至らなさを考慮している。出来ない事を隠したり、意固地になって己で為そうとはしない。素直に他に任せられる。他を評価できる。

 こういう所がすごいのだ、うちの師匠達は。

 呆れではない。寧ろ、琥珀の嘆息は感嘆と己の及ばなさへの落胆の混じった吐息だったのだ。貞慎が弟子馬鹿なら、琥珀は師匠馬鹿なのかもしれない。

 

 鎌鼬捜索を始めた一行は、少しばかり入り込んだところで一匹の鎌鼬を見つけた。妖鶏が人間の大人程の巨大な鶏の姿であるように、鎌鼬も獣の鼬よりも数倍大きい。五、六歳の人間の子供程の大きさなので既に成獣だろう。幸い、あちらはユエ達には気付いていない。

 人間が術を扱うには精霊の力が必要な為に即時の対応は出来ない。一対一ならば尚の事、気付かれる前に仕留めるか、最低でも相手の動きを鈍らせなければならない。

 貞慎と琥珀に視線で促され、一つ息を吐いて心を落ち着けるとユエは精霊に呼び掛ける。

「風伯、よろしく」

 風伯と呼ばれた風の精はユエが京華国で契約した精霊で、上中下の三段階で分ければ中位だが上位との境目に近い。中の上といったところだ。助けられてすぐの頃に犀慎達と山や村で見た精霊達やシルバよりも強い力を持っており、尚且つ契約しているユエには本来の姿で視認出来ている。龍塞に住まう者達の服装は京華国の物によく似ているのだが、風伯も京華国で出会った精霊である為か京華国の服を纏っている。顔は人間の青年のようだが人間なら耳のある部分と背中には羽があり、おそらく下半身は鳥だ。裾の下に覗く足が鳥なのだ。

 呼びかけに応じて姿を現した風伯は涼やかな面に笑みを浮かべると数回背中の羽を羽ばたかせる。すると鎌鼬をを中心に足元から螺旋状に風が立ち上っていく。その風が鎌鼬を切り裂く筈だった。

「……えっ?ちょ、えぇ!?」

 予想とは威力が全く違った。

 切り裂いた傷が深くなり、下手をすれば手足を切り落とす位になるかもしれないと、その程度の予想だった。

 実際には、本来は大きな旋毛風位のものが竜巻になっている。敵を切り裂く旋毛風の筈が、轟々と鳴る風が周辺の岩や木々なども巻き込んで鎌鼬を上空へと攫う。そして、暫くの後に竜巻が消えて裁断された木々や岩と共に落ちてきた鎌鼬は裂傷だけでなく、共に巻き上げられた岩や木々による打撲により、ボロボロの姿で息絶えていた。一目で肝の採取も諦めなければならないとわかる程の惨状だ。おそらくは上位の精霊でも上の方の精霊の術の威力になっているのではないだろうか。

 術の性質の違いか、琥珀や翡翠が扱っていた時とはまた違う。底上げというよりは完全な増幅媒介だ。琥珀達以上に扱うのは難しそうだとは思っていたが、予想以上に厳しい。

 ユエが呆然としている内に、貞慎が考察を終えたらしい。

「……術に因るものだから局所的で済んでいるが、威力、持続時間共に災害級だな……流石はうちの子!」

「ここで弟子馬鹿ですか!?」

 琥珀の突っ込みも尤もだろう。

 貞慎は褒めて伸ばすというよりは、基本的に弟子に甘い。犀慎の『弟』である事から、自身も兄として年少のユエ達を可愛がりたいという部分があるのかもしれない。

「正当な評価だ。琥珀と翡翠が一緒なら、火吹き蜥蜴退治も許可を出す」

「……俺達が火吹き蜥蜴倒してどうするんですか……薬師ですよ?」

「生活の足しになるし、自信にもなるだろう?」

「いや、足しという域を超えますし、薬よりも魔獣退治のお声掛けが増えますよ。そもそも人間はそれなりの数を集めて倒しに行くんですよ?それを三人で倒したなんて話になったら、厄介事の予感しかないじゃないですか……」

 琥珀の言葉にユエも頷く。全くの同感だ。

 ユエに自信を付けさせようとしているのかもしれないが、そこではない。ならばどうすれば良いのかと問われてもわからないが、そこではないという事はわかるのだ。

「ええ……ユエまで?……まあ、それもそうか。変に目立っても面倒なだけだな」

 あっさりと納得した貞慎は思考を切り替えて唸る。

「しかし……この状況だと、鎌鼬ももう警戒して出て来ないだろうな……移動するか」

「そうですね……」

 この場の惨状からして、確かにここでの鎌鼬狩りを続けるのは難しそうだ。

 ならば次はどこにしようかと貞慎が付近の地理を思い浮かべた時、突然思い出したというように琥珀がユエに脈絡なく問うた。

「そういえば、ユエ。火の精の力って使えるのか?犀慎様の鱗が混ざってるって事は打ち消されたりするんじゃないか?そこまでいかなくても威力が弱まるとか……」

「……確かにその可能性は否定出来ないな。龍は水との親和性が高い。朱夏も作るのに普通の火じゃ駄目だから火吹き蜥蜴の角とか爪とかを火にくべるって言ってたし……形になっている時点で全くという事はなさそうな気はするが、威力の減退はあるかもな」

「俺達は火は扱えないから、ユエの時はちゃんと事前に確かめないとって思ってたんだ。あ~……ちゃんと思い出せて良かった……」

 ユエが琥珀達の短刀の威力を初めて目にした時にはそんな事は言っていなかった。おそらく何かの時に不意にそう考えたのだろう。

 皆がこうしていつも気に掛けてくれている。だというのに、つまらない事で心配や迷惑を掛けている。

「ユエ、忘れない内に試してみなさい。相性は良くないから大丈夫だとは思うが、一番威力の低い……そうだな、火を熾す程度で良い」

 思考が沈むよりも先に促されて、とりあえずは火を熾してみる事にする。辺りを見回して枯れ枝を拾うと最初に契約した火の精に呼び掛ける。

「火花、これに火を点けて」

 火花は慎家の竈にいた精霊だ。ひらひらとした金魚の尾びれのような炎が頭から生えている松ぼっくりといった姿で、頭の炎が揺れる花のようにも見える。料理や調薬などでもよく火を熾してもらっている、ユエにとって身近な存在だ。

 火花が枯れ枝の上を踊る様にして跳ねると枯れ枝が燃え上がる。先程の風伯の時とは違い、火勢はいつもと変わらない。

「……いつもと変わらない感じです」

「相性は良くなくとも減退は見られない……。火に寄っている者には術師としての利点はないようなものだが悪くもならない。短刀としての単純な攻撃力だけが見込める、と。どれかに寄ればどれかが悪くなるのが常だが……作ったのは火の術は使えない朱夏なのにそこまで考慮したのか偶然の産物か……いや、そもそもあいつこの事知ってるのか?」

 貞慎が難しい顔で唸る。

 朱夏には考えたとしても確かめようがない。誰かしらに依頼して試したのであれば、その結果を知らせてくれるだろう。おそらくは火の術の事など考えもしなかったに違いない。

「どっちにしても、朱夏様天才なんじゃないですか?悪くはならないってだけでも、ますますこの短刀の価値は上がりましたよ。ユエ、本当の本当にいざという時しか人前では使うなよ?」

「……人前というか……俺がこれを使いこなすのは、現実的に考えて難しいと思います。威力を調整出来る程に沢山の力量が違う精霊達と契約交わすのは無理ですし、いざという時に彼等の力量を考慮する余裕はないと思うんです。しかも、抜かなくてもこの状態なので、人前で術を使う事自体が出来なくなります」

 折角の贈り物を無用の長物にしてしまうのは避けたいが、現実的に考えて使いこなせない。おそらくいざという時に扱うだろう術はその時一番威力の高いものになる。周囲を巻き込むだろう事は間違いないし、状況次第では己が身すら危うくするだろう。抜かなければ力が発動されないような術なり何なりを仕込まなければ、持ち歩く事さえままならない。出来る事ならいつだって携えていたいのだがままならない。

 ユエの話を聞いた貞慎も同意を返す。

「そうだな。ユエの言う通りだろう。封印の応用で抜くまでは力の発動を押さえる事は出来そうだから、そちらは帰ってからでも姉上と朱夏に相談してみるとして……。精霊との契約にしても使い勝手にしても、逆にユエの負担になりそうだな。いざという時以外は戦闘に使わない方が却って良さそうだが……」

 貞慎が途中で言葉を切ったのは、ユエが泣きそうな顔をしていたからだ。自身で語った時は相談の意味もあった為に情けなくは思いつつもまだ堪えられた。だが、客観的に貞慎からも同じ判断を下されて落ち込んでしまったのだ。折角犀慎から贈られた物なのに使いこなせない。不甲斐なくて、悲しくて、劣等感が募る。

 貞慎にしてもユエの反応は予想していたが、自身で口にしたのだろうとは思いつつも、あまりに素直な反応に諦めろとは言えない。事実、方法はなくはない。ただ、これまでとは違うやり方であり、ユエの意に沿うかはわからない。

「……ユエ、解決法はある。姉上に加護を貰えば良い」

「加護?」

「姉上から力を授けて貰うんだ。龍塞の龍は殆どそういった事はしないんだが、下界の龍達はたまに気に入った相手に加護を授ける事もあるらしい。また、龍に限らず他の神獣と呼ばれる者達や精霊の中でも最上級の精霊は加護を授ける事があると聞く」

 ユエの初めて聞く言葉であり、どういったものであるのかはよくわからない。だが、解決法である力なのであろう事から術の行使に関わる事だろうとは察せられる。そして初耳なのは琥珀も同様であったらしい。

「へえ……俺もそれは初めて聞きました」

「琥珀や翡翠には必要ないからな。姉上もユエが己で判断出来るようになってから話すつもりだって言ってたから、そろそろではあるだろうし……ユエが今落ち込んでいる理由は解決出来る。ただ、今までやって来たやり方とは違うから、また慣れるまで時間が掛かるだろう。そして、火の精の術には影響が出るかもしれない。これまでの努力全てとは言わないが、無駄になってしまうものもあるかもしれない。それを踏まえた上でという事になる。それを念頭に置いた上で判断しなさい」

「はい、わかりました」

 ユエの返事に、貞慎はまず契約と加護の違いから語り始めた。

「まず……契約は精霊と術者の双方の同意が必要になる。つまりは対等な関係だ。加護は対等である必要はない。上下があると言えばわかりやすいか。姉上とユエならば姉上が上位としてユエに力を貸し与えるんだが、ユエの意思は関係がないというある意味一方的な形になる。ユエが必要ないと感じても、勝手に授ける事が出来る。術の形態は俺達と近い。契約は加減の出来ない精霊と成すものだから力量の違う精霊を選択する形になり、微妙な加減は現実的に不可能だが、加護であればある程度は自身で加減出来るから使い勝手はいいだろう。だが、使いこなせるかどうかは器次第だという事は変わらない。そして、加護は授けるも奪うも姉上の自由に出来る。そして、姉上が望めばユエの行動は筒抜けになる。ある種の監視だ。加護は授ける側からすれば己がものだという印付けのようなものだからな。姉上は心配して様子を見る程度だろうと思うけど……鬱陶しいと感じる程度ならまだ良いが、執着が過ぎれば束縛に繋がるだろう。だからこそというか、加護は複数から授かる事は出来ない。他から授かるにはまず先に受け取った加護を返してからになるが……普通なら難しいだろうな。意味合いはそれぞれだろうが、心を傾けたからこその加護なんだから。……授けるのも奪うのも上位の自由ではあるが、先程も言ったが加護の力の方が使い勝手がいい。幼い内から加護を与えてしまえばおそらくそちらに寄るだろうし、その場合に行動を監視される事を厭わしいと感じてしまえば、苦労するのはお前だ。だから姉上はきちんと己で判断出来るようになってから話をするつもりでいたんだ。お前が姉上に想いを寄せ、姉上と繋がっていたい……いや、姉上に縛られてもいいと思うのならそういう方法もある」

 貞慎が縛るという強い執着を感じさせる言葉に言い換えたのは、加護という関係が利点だけではないという事を示す為だ。

 貞慎自身が加護を授けた事はなくとも、やり方やそれに纏わる話は知っている。ユエを第一に考えている犀慎が間違うとは思ってはいないが、一歩間違えば悲劇に繋がりかねないからこそ、きちんと教えておく必要があるのだ。

「今すぐ結論を出す必要はない。ゆっくり考えて……」

「俺、犀慎様の加護が欲しいです」

「即答!!」

 思わず声を上げた琥珀も予想しなかった訳ではない。だが、きちんと考えたのかと思わずにはいられない。

 貞慎も困ったような顔をしている。

「……ユエ、ちゃんと貞慎様の話を聞いていたか?利点ばかりじゃないんだから、ちゃんと考えろ」

「考えてます!ずっとずっと、考えてたんです。どうしたら犀慎様のお傍に居られるんだろうって。犀慎様が俺に押し付けないように、俺自身が道を選べるようにこうしろとは仰らない事はわかってます。でもずっと、それが寂しかった。俺はずっと犀慎様と居たいのに、いつか手を放す日の事を考えていらっしゃる事が、悲しかった。俺と契約してくれた精霊達の事は大事です。でも……犀慎様とどちらかを選ばなければならないのなら、俺は他は要らない」

 どこか昏い瞳で犀慎と居たいと訴えるユエの様が貞慎の心を引っ掻いた。

 貞慎が生まれた頃には既に日常になっていただろう、犀慎が死に掛ける事になった一連の事件が頭を掠める。誰も御する事が出来ない程に冬歓が聖辰への執着を露わにしていた事は貞慎もよく覚えている。

 冬歓に比べればまだ可愛いものだが、ユエの犀慎への執着はあの時の冬歓を思い出させた。

 ユエは人間だ。龍との力の差は歴然としている。だから、ユエと犀慎が運命で結ばれた番ならば気を配るべきは犀慎の方だと思っていた。だが、本当に気に掛けるべきなのはユエの方なのではないか。

 先日、改めて番の執着というものを感じた貞慎はふとそう感じた。

 琥珀もいつになく強く主張するユエに何も言えず、どうすれば良いのかと視線で貞慎に問うてくる。嘆息しながら、貞慎はユエに言う。

「……わかったよ、ユエ。まさか即答するとは思わなかったが……まあ、最終的にはそう言うだろうとは思っていたからな。姉上にはきちんと考えた上での返事だと言っておくが、まだ早いと判断される可能性もある。あまり期待し過ぎるな?」

「わかりました」

 諾と頷くユエの様子を眺めながら、貞慎は内心で唸る。

 ユエが犀慎や周りの龍達をどうこうする事は出来ない。だが、己を壊す可能性がある。そうなれば、悲劇だ。

 色恋沙汰は不得手だと自他共に認める慎家の龍なのに、よりによってこんな厄介な案件に関わる事になっている貞慎には、正直、運命への憧れよりも恐れが勝る。

「……俺は、普通の恋が良いな……」

 ぽつりと零れた言葉は誰に拾われる事なく掻き消えた。

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