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龍の箱庭  作者: 遠戸
19/19

19.不安

「あっ!」

 龍塞へは貞慎が呼んだ水を介して帰って来た。

 門を抜けて、帰って来たという事を実感して、ユエの口から吐息が漏れた。

 その時である。突然、犀慎が声を上げた。

「犀慎様?」

「姉上?」

 何事かと思い、視線を向けると犀慎は顔を青くしている。

「……シルバを忘れてきた」

「えっ!?」

 最近、犀慎と貞慎は、時折シルバを連れて出掛けるようになった。無論、異種族で結ばれた者達の元へだ。

 シルバは突然命を奪われ、妻子を残して逝く事になった。その時の恐怖や怒り、不安などを思い出させてしまう事に罪悪感はあった。

 だが、実際に体験した者の言葉は、重みが違う。どうあっても人の方が先に死ぬ。普通であれば聞く事の出来ない残して逝く側のシルバの味わった後悔や心配は、残して逝く者にも、残される者にも、いずれ訪れる日の一助となるだろう。そう思い、同行を頼んだのだが、シルバは快く引き受けてくれたのだ。己が思いがけない別れを経験したからこそ、他の者には最後のその時まで家族との優しい時間を過ごしてもらいたい。その助けになれるのならばと。

 ユエは間違いなく、シルバのそんな優しさを受け継いでいる。

 しかし、ユエの危機に、犀慎はシルバの事が頭から抜け落ちていたらしい。

「迎えに行って来る!」

 慌てた様子で再び門を潜る犀慎の背を見送り、貞慎とユエは目を瞬かせた。

「姉上のあんな所、初めて見たよ……相当、焦ってたんだね」

「本当にご心配をお掛けしました」

「いや、俺にも油断があった。ごめんね」

「いえ、うっかりしていた俺が悪いんです」

 事前に注意されていたのに、やらかしてしまった。

 無事にこうして帰って来れたのは、他の全てを置いて犀慎が駆けつけてくれたからだ。

「何度も言われては来ましたが……精霊の怖さを始めて実感した気がします」

「あれは己の感情に素直というか、それしかなかったからなぁ……。ユエは驚いたよね。ユエは村での事もあったから、最近まで関わる相手を選んでたんだよ。人の子なら、大抵は例え素直な態度は取れなかったとしても、きちんと説明すれば理解する。だけどあれには、そもそも理解する気がない。だから引き籠っているのか、引き籠っているからああなのかはわからないし、精霊らしいと言えばらしいんだけど……俺は、仲良く出来ないな」

 ユエもそれに関しては完全に同意見だ。

 理解していたとしても、許容出来るかどうかは別だ。

「でも、力の強い精霊全てがああな訳じゃない。風の王と呼ばれる大精霊なんかは、世界中あちこちを飛び回っているのもそれが理由なのか、種族を問わず誰かと触れ合うのが好きでね。たまにこっそりと人の振りをして集落にいたりするよ。俺達も会うと一緒に食事したりとかするしね」

「そうなんですか!?」

「うん。まあ、そこまで社交的なのも珍しいけどね」

 好意を滲ませる貞慎に、ユエも風の王への興味が湧く。

 そんな精霊の愛し子だったならば一族の苦難もなかったのかもしれないと思いもするが、流浪の旅の果てに父と母は出逢い、ユエが生まれたのだ。ヒースの森のあの精霊でなければ、こうして慎家で暮らす事もなかったかもしれない。そう思うと複雑だ。

「……とりあえず、帰って一息入れたら薬草の下処理でもしようか。それが終わった頃に夕餉の支度をすれば、ちょうど良い頃合いだよ」

 薬草にもそのまま使う物もあれば、乾燥させて使う物もある。中には部位によって扱いが違う物もある。使用や保管の為に手を加えるのであれば、早い方が良い。

 貞慎の言葉に諾と返し、ユエは共に慎家へと向かう。

 あの場で一度死を覚悟した所為か、いつもの道が酷く感慨深い。故郷の村よりも、一族の始祖が生まれ育ったのだろうあの森一帯よりも、ユエには龍塞こそが帰るべき場所、帰りたい場所なのだと感じられる。本当に帰って来られて良かったと思う。

 龍塞は龍にとっての主要な居住地ではあるが、人間に比べ、龍は絶対数が遙かに少ない。その為、故郷の村よりは発展しているが、下界の要所の一つであるサルースのような大きな街ではない。

 基本的に喧噪から遠い、穏やかな時間が流れる優しい場所だ。

 犀慎は、幼いユエを様々な場所へと連れて行った。あの村の人間のような者達ばかりではない事を教える事も一つではあったのだろうが、沢山のものを見て、感じて、世界の広さを感じさせたかったのだろう。ユエも初めて目にする物、文化には興味を引かれた。だが、刺激にはなったけれども、あまりにも多種多様で困惑した事も確かだ。

 きっと犀慎が外の世界を感じて欲しいと思うのは、ユエにしてみれば広大過ぎる世界の何処へでも龍は行けてしまうからだ。

 父達一族は旅をしていたが、それとは違う。龍にとって世界は、ちょっとそこまでとでもいうかのような気軽な距離感なのだ。だから何処ででも、生きていける。だが、人間は、それこそ一生を生まれた土地で過ごす者も少なくない。人一人が知り得る世界は、龍にとっては、いつか見せてもらった事のある、深くはない箱の中に作った庭の細工物程度のものなのかもしれない。

 しかし、ユエにはそれで充分なのだ。ユエは龍塞が、ここが良い。ここだけで良いのだ。

 

 ……だというのに、だ。

 顔面蒼白。

 理解出来ない、否。理解したくない言葉に一瞬思考停止し、言われた言葉を脳内でなぞり、ユエの顔から血の気が引いた。

「……ユエ。私はお前を手放した方が良いのかもしれない」

 ヒースの森での一件後の評議から数日後、ユエは犀慎に話があると場を設けられた。

 評議の準備で忙しくしている時から何か考え込んでいる様子はあったので、以前、琥珀と翡翠の故郷近くで地震が起きた時のような何かが起きているのだろうかと思っていた。

 自身に関わる事だとは思っていなかったのだ。

「ど、どうして……俺、何かしましたか……?」

 突然の言葉に驚き、焦るどころか絶望を面に載せて問う。

「違う。ヒースの森の主の一件の時、私は怒りを覚えていた。あれがユエの意思を蔑ろにしたのだろう事よりも、私の物にという怒りが勝っていた」

「えっ?」

「ユエは物ではない。意思ある存在であるお前を物扱いしたのでは、あれと変わらない。咄嗟の時程本質が出る。私の物というのが、私の本心、本当の認識なのだろう。私はユエを尊重したいと思い、そうしてきたつもりだった。だというのにこれだ。私は私を信用出来ない。傍に置いていては……いずれ、メイファのような事になりかねない」

「メイファ様のように……?それ、は……俺を望んでくださっているという事でしょうか……?」

 予想外の言葉に動揺しつつも、高揚感を抑えられない。

 信じられない。期待しても良いのだろうか?

 思わず、声が震える。

「……まだ、確信には至らない。だが、そうなのだろうと思う」

 喜びに魂が震えた。

 躊躇いも、本音を多分に含んでいる建前も、全てが吹き飛ぶ。

「俺、は……犀慎様を苦しめるのは嫌です。でも、それでも俺は、俺の想いを、欲を捨てられない。そもそもが分不相応だし、浅ましいと思います。でも、俺は死ぬまで犀慎様といたい。どんな最後が待っていても、離れたくない。寧ろ手放されたら……俺には絶望しか残りません。物で良い。俺を犀慎様の物にしてください」

 縋りつくような懇願に、犀慎は戸惑う。

「違う。苦しめるのはきっと私の方だ。私は、ずっとユエの想いに気付けなかった。その上、まだ己が気持ちさえよくわからない。ユエの時間は私に比べてずっと短いのだというのに……」

「……犀慎様。それは、犀慎様が青藍様とメイファ様の様な方々と真摯に向き合ってこられたからこそだと思います。当事者の方々だけでなく、犀慎様達だって傷付いてこられた。だからだと思います。それでも、犀慎様達は向き合い、理解しようとする事を止めなかった。ずっと寄り添おうとされてきた。俺は、そんな犀慎様を尊敬していますし、もっとご自分を大切にしていただきたいです。それから……犀慎様は、あの森の主とご自分は変わらないと仰いましたが、それは違います。これまで関わる方々を理解しようとし、寄り添おうとされてきた犀慎様は、父さんや父さんの家族の苦しみを推し量り、俺の気持ちを理解してくださいました。いつだって、そうです。決して俺の気持ちを蔑ろにはしない。そんな犀慎様があの主と同じである筈がありません」

 犀慎を思い遣り、真摯に自身の考えを想いを告げる。そんなユエに、犀慎は小さく笑む。

「……ユエは本当に……いつもそうやって私の心を掬い上げてくれるんだな……。本当に得難い。私などには勿体ない程の存在なのだという事を何故、ユエだけが理解しないのだろうな」

「……そんな事はないと思うのですが……もし、俺が犀慎様に何か出来ているのだとしたら、それは犀慎様や慎家の皆様、琥珀さんと翡翠さん、龍塞の方々のお陰です。俺はここで育てていただけたから、こう育つ事が出来た。それは間違いありません」

「保護者冥利に尽きる……皆、それを聞けば泣くぞ?冬歓でさえ、お前の事は可愛い様子だからな」

「冬歓様が……?」

 確かにユエには優しいが、冬歓は基本的に聖辰にしか興味がない。ユエが怪訝に思うのも無理はない。

「聖辰様から、冬歓の教育の為にユエには言うなと言われていたんだが……私達の大喧嘩の話を聞いてから、幾分ユエは冬歓に余所余所しくなっただろう?それに少々落ち込んでいると聞いた」

「えっ?」

「気にしなくていい。寧ろ、聖辰様は冬歓の為に暫くその態度を続けて欲しいそうだ」

「はい……」

 ユエは冬歓に複雑ながらも申し訳ないと思うのだが、そう言われてはどうしようもない。

 もやもやするが、一先ずは聖辰に従うのが良さそうだ。

「……そういえば、少し意外でした」

「うん?」

「犀慎様が俺の気持ちを知ってしまわれたら、きっと驚かれると思っていましたたので……」

 内心、犀慎は焦る。

 事実、知った時には驚いたし困惑した。初めてユエの想いを知ったという振りをすべきだったというのに、失念していた。

 冬歓と聖辰から色々と聞いていた事は言う訳にはいかない。

 焦りは見せずに考える。

「驚きもない訳ではないが……それよりも腑に落ちたという感が強いな。これまでのユエの様々な態度。龍塞にいたいという癖に、私が父上達のように下界で暮らすのならば付いて来ると言う理由。それらに漸く、心底納得出来た気がする。納得したつもりでいたが、そうではなかったのだろうな……」

「あっ……」

 焦りさえ見せなければ、素直なユエは犀慎が己が心の内を探っていると考えるだろうと思ったが、予想通りの反応に面には載せずに安堵する。

 一方でユエは嘘をついていた事を知られて狼狽える。

「すみません。犀慎様を困らせるだけだと思っていたので言えませんでした……」

「心配せずとも怒ったりはしていないし、本当の事を言えなかったのも尤もだと思う。本当に、私にはあまりにも向いていない」

 結局はそこに戻ってしまうのだ。犀慎は一つ息を吐く。

「ユエ、すまないが答えはもう少し待っていてくれないか。確信が持てないのに答えは出せない。……いや、認められないだけなのか?折り合いが付かなければ怖くて認められないのか?不安……私に覚悟が足りないだけか?……とにかく、もう少し待って欲しい」

 言いながら、気付く。心の内で渦巻くものを確かめて、言葉という形にして整理する。だが、それにはもう少し時間が必要だ。

 そんな犀慎の様に、ユエは力強いいらえを返す。

「いつまでだって待てます」

 犀慎が形にした言葉は、間違いなく犀慎が傷付いてきた証だ。

 ユエの為に犀慎はそれと向き合おうとしてくれている。待てない筈がない。待てないのであれば、犀慎の側を望む資格はない。



「……どうしてそうなるんだ。己だけで答えを出さずにユエと話した事は評価する。私もそうだが、お前もユエの想いの深さを感じただろう?だというのに、どうしてそんなつまらない所に引っ掛かるんだ……」

「つまらない所ではありません!」

 若干の呆れを滲ませる聖辰に犀慎が珍しく憤る。

「ユエは弱くはない。けれども、相手は私です。力不足の上に、そもそも向いていない。聖辰様も危惧しておられるのでしょう?私も今ならわかる。ユエに何かあれば、私は狂う。それが己の所為であれば、尚の事。冬歓どころでは済まないかもしれません……!」

 犀慎は聖辰がユエとの事を気に掛けてくれている事を知っている。ならば何かあれば報告するのが筋だろうと、評議の合間の待ち時間ではなく、場を設けてヒースの森の一件からユエとの対話までを伝えた。

 やはりと言うべきか。まず犀慎が引っ掛かり、許せないのはユエを物扱いした事だ。

 犀慎の言う事は真実であり、事実、聖辰は犀慎の暴走を危惧している。

 だが、犀慎が思っている程ではない。己で口にするように、犀慎は色恋沙汰には向いていない。わかっていないのだ。

「あのな……気付いていない様子だから言うが、そもそも犀慎の言う私の物は、ただの物じゃないだろう?大切なもの、宝物だろう?」

「……え?」

「物扱いではなく、抽象的な、物質に限定しないもの。存在というか何というか……もっと広義的なものだろう?普段の犀慎を見ていれば、どれ程にユエに心を砕き、大切にしているのかわかる。ちょっと言葉を省略した、そんな些細な事が引っ掛かって許せない程に、お前はユエが大事なんだ。考え過ぎる割に抜けてるのか、考え過ぎて柔軟さがなくなってしまっているのかはわからんが……常のお前の思考ではない。恐ろしいものだな」

 犀慎には目から鱗の解釈だ。予想外の解釈に呆気に取られる犀慎に、聖辰は首を振る。

 本来なら馬に蹴られる案件ではあるが、慎家に関しては傍観に徹するのは悪手だと先代達にも言われている。本当に介入して正解だと思う。

「お前がユエときちんと話をした事で、ユエも遠慮を捨ててお前に本心を伝えられた。そうやって、互いに不安や心配事を伝えて話し合えば、不幸な結末を迎える可能性は低くなる筈だ。互いの理解が足りない事が一番の要因のようだからな。お前の自覚とユエの遠慮が心配だったが、お前は漸く自覚してくれたようだし、ユエもお前次第できちんと伝えられる事がわかった。何とかなると思うぞ」

「……自覚出来たとして、受け入れられるかは別です。」

「は?」

「正直に言いますが、私はこの感情を受け入れられずにいます」

「何を言っているんだ?」

 この期に及んでかと雄弁に語る表情の聖辰に、犀慎は怯みもしない。

「ユエと話していて気付いたのですが、どこかに認められないという意識があるのです。怖くて認められない。最悪の事態を受け入れる覚悟が出来ない。結局、自信がないのです。冬歓の言う事も尤もだと、逃げだと言われれば否定出来ないと感じています」

 淡々と己が心を詳らかにしていく犀慎に、聖辰も気付く。

「……癖なのか?お前が己が事をどこか他人事のように思考するのは。それが冬歓は気に入らない様だが……そうやって、お前達は己が心を護って来たのだろうな。客観視する事で心を整理し、痛みを殺してきたのか。お前が見てきたものを考えれば、お前の逃げは簡単に逃げと断じて良いものではないように思う。最後まで添い遂げられない者の方が多い、それが現実だからな。ただ……私としては、必要なのは最悪の事態に対する覚悟ではなく、ユエと向き合い、受け止め、共に幸せになるという覚悟だと思う。翡翠が決めた覚悟はそれだと、私は思っているぞ」

「……」

 そういえば、と犀慎は思い出す。

 翡翠とグレンの挙式の前日、黒鉄やアルベルトだけでなく、慎家の者達も一緒に食事をした。その時に言われたのだ。

 あの時、考える機会を与えてもらったお陰で、皆が幸せになって欲しいと思っているのだいう事がわかって、絶対に二人で幸せになるという覚悟が出来たのだと。

「お前達が翡翠達を支えると決めたように、私達もお前とユエを支える。きっと翡翠達もだ。お前が大切に思うように、皆もそう思っているんだから当然だろう?周囲の存在を忘れるな」

 真摯で温かな言葉に、犀慎は自省する。

「……確かに。本当に仰る通りです。現時点でこんなに親身になってくださっているのに……本当に考え過ぎて己ばかりになってしまう。以前にもこれで失敗しているというのに……」

 何かに悩んでいるユエが犀慎には相談しようとしなかった事に、信用を失ってしまったのではないかと思い悩んだ事があった。たまたま訪ねて来ていた秋霜のお陰で、そうではなく、ユエも女性に興味を持つ年頃になり、その内容故に犀慎には相談出来なかったのだとわかったのだが、今にして思えば、犀慎に話せなかった一番の理由はその対象が犀慎であったからであろう。尤もな事だと幾ら犀慎でも思うし、その所為でユエには随分心労を掛けただろう。だというのに成長していない。

 落ち込む犀慎に、聖辰は苦笑する。

「まあ、あいつ等は普段がああだし、慎家に背負わせてしまっているもののある私にも、犀慎がそうなった一因はある。煮詰まって何が何だか分からなくなる前に吐き出しに来い。解決には至らずとも、整理するくらいの事は出来るかもしれん」

「……ならば、もう一つ。受け入れられない理由を聞いていただけますか?」

「え?他にもあるのか?」

「はい」

 まさか、己が感情を受け入れられない理由が他にもあるとは、聖辰は思いもしない。

 だが、犀慎の事だ。放置すれば、また考え過ぎる。

 内心、唖然としつつも、とことん付き合う覚悟をする。

「わかった。この際だ、全部話せ」

「……養い子に手を出すのは、下種の所業では?」

 確かに。一般的に考えると確かにそうであるように感じる。

 真っ当過ぎる犀慎の言葉に、これは悩むのも尤もだと聖辰も納得する。

「……確かに、幼い頃から面倒を見てきた子相手に、戸惑いや躊躇いがない方が怖いな……」

「そう、ずっと保護者として一緒にいたんです。己が至らなさだとかそういったもの以前に、ユエの成長を見守ってきた者として、許されるものなのかと……」

「その為に迎え入れた訳ではなく、積み重ねてきたものによって関係が変わった訳だろう?それは非難されるものではない。それに、周囲の者……これまでのお前とユエを知っている者達は、お前の品格を疑う事はない。お前が保護者として真っ当にユエを慈しんできた事も、ユエがお前を一途に想ってきた事も知っているんだからな。寧ろ、お前が慎家の者らしく色恋に縁遠い事にやきもきしていた者も多い。シルバを含め、ユエの想いが通じた事を皆が喜ぶんじゃないか?」

「え?シルバも許してくれると思われるのですか?」

「シルバは喜ぶと思うぞ。よし、今すぐシルバを呼ぼう。こういった事は早い方が良い」

「……確かに、悩む程に聞けなくなりそうな気がします」

 正直、犀慎には心の準備をさせて欲しいと思う気持ちがある。だが、ユエに関しては間違った選択をしてしまう事が多いという自省の念が、犀慎を叱咤する。

 まだまだ様々な部分で折り合いは付けられていない。一つずつ片付けて行かなければ、ユエの時間は短いのだ。

「……わかりました。腹を括ります」

 犀慎の応えに、聖辰は近くにいた風の精霊に慎家にいるシルバを呼んで来てくれるよう頼む。

 シルバはすぐにやって来た。

「聖辰様、お呼びと伺いましたが……どういった御用件でしょうか?」

 身近に接している犀慎ならばわかる。だが、聖辰はユエが世話になっている相手ではあれど、然程親しいという訳でもない。その上、聖辰はこの龍塞の主だ。何かあったのだろうかと、シルバは些か緊張気味だ。

「悪いな、シルバ。犀慎と話していて、シルバに聞きたい事が出来てな。今の方が良いだろうと、わざわざ来てもらったんだ」

「そうでしたか……」

 シルバは緊張が拭えない様子だ。そんなシルバを見て、犀慎は申し訳なさを覚える。

 おそらく、慎家に戻ってからと先送りにすれば聞けなくなる。退路を断つ為にこの場で聞く事にしたが、聖辰に呼び付けられれば、シルバは身構えてしまうだろう事まで頭が回らなかった。

 浅慮な己に少々落ち込みながらも、犀慎は切り出した。

「……シルバ、私がユエを伴侶として望んでいるとしたら、どうする?」

「嬉しいです!!」

 即答である。犀慎の方が戸惑ってしまう。

「私は保護者として、ユエを育て上げると約束したのにか?」

「えっ?立派に育ててくださったではないですか!」

 喜色を浮かべるシルバに嘘はなさそうに見える。

 気付いていないのかと犀慎は言葉を重ねる。

「保護者が養い子に手を出すのは下種の所業ではないか?」

「……ユエと犀慎様であれば、問題はないと思います。それが非難されるのは、初めから下卑た下心がある場合です」

「え?……良いのか?」

「はい!」

 少しだけ考える素振りを見せたが、シルバの返答は変わらない。

 確かに、聖辰も言ったが、その為に迎え入れた訳ではない。己が精一杯で愛情を注ぎ、いつか巣立つその日の為に生きる術を教えて来たつもりだ。

 ユエの想いにも、己が執着にも全く気付いていなかった。

 だからこそなのか、問題がないと言われて、逆に困惑してしまっている。

「だが……私には自信がない。これまでに見て来た龍達と同じ結末を迎えそうな気がしてならない」

「……本当にユエを大切に思ってくださっているのですね……」

 感極まったかのように、シルバが呟く。

 犀慎の言葉は、ユエを失いたくないと思っている証左に他ならない。

 ユエばかりでなく、その傍にいたシルバも犀慎達がこれまでに見て来た不幸な結末に胸を痛めて来た事を知っている。だからこそ臆病になってしまっている事も理解出来るし、力になりたい。出来る事があるのであれば、頼って欲しい。

「犀慎様。犀慎様達が仰ってくださったのではありませんか。私の後悔や心配は、残されるかたにも残して逝くかたにも貴重な話なのだと。いつか来る日の為の一助となると。どれ程のお力になれるのかはわかりません。ですが、何かあれば話してください。一緒に考えます。私だけでなく、経験者である黒鉄様や翡翠様もきっと力になってくださいます。それに、ユエは犀慎様がずっと傷を抱えて来られた事を知っている。それが犀慎様を不安にさせると知っている事はきっと良い方へ働きます。ですから、お願いです。不安を理由にユエを突き放さないでやってください」

 シルバは頭を下げて懇願する。

 確かに、シルバの経験はきっと助けになるだろうと同行を頼んだ。それは同じ状況に至った犀慎にとっても同様だろう。それに、最後まで添い遂げた黒鉄も、父と同じく生きる時間を異にする相手を選んだ翡翠もいる。

 他には話せない事であるが故に抱え込んできた所為で、犀慎は新たに生まれた心強い存在が在る事を失念していたのだ。

「流石だな。私達では知る事の出来ない事を知っているシルバの言葉には説得力がある。なあ、犀慎。ユエの想いも、お前の想いも無下にして何になる。誰も幸せになどなれん。この件に関しては、もう何も考えずに素直になって良い。ユエの幸せにお前は不可欠なんだ」

 急に視界が開けたような心地の犀慎に、聖辰の言葉が漸く素直に響く。

 本当に私は至らない。

 幾度となく繰り返してきた言葉ではあるが、いつもとはどこか違うものを犀慎は感じていた。

相変わらず間が空いてしまい申し訳ございません。

宜しければ、あともう少しお付き合いいただけますと幸いです。

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