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龍の箱庭  作者: 遠戸
12/19

12.思案

「グレンさん、アルベルトさん離れて!!」

 轟音と共に雷が幾本も大地に突き刺さる。

 三頭の内二頭はそれで絶命するが、落下はしたものの何とか耐えきった一頭がゆらりと身を起こす。西ではグリフォンと呼ばれる鷲の頭と羽を持ち胴体は獅子である魔獣だ。

「グレンさん!」

「っらぁっ!!」

 ユエの声にグレンが駆け寄り、鷲獅子の首を薙ぐ。ごろりと本当の鷲よりも随分大きな頭が落ち、その身体が崩れ落ちた。

 それを確認し、ユエが少し離れた場所で地に伏せている男に声を掛ける。

「大丈夫ですか?アルベルトさん」

「ああ、何とかな……」

 煙を上げて横たわる鷲獅子を横目に見ながら、中年の男が身を起こす。

 アルベルトは経験豊富な魔獣退治の男であり、グレンの養父だ。

 翡翠とグレンの結婚がきっかけでアルベルトとは出会った。グレンの養父だけあり、アルベルトも誠実で好感の持てる男である。

「アルベルト、怪我は?」

「していないに等しい。雷から逃げた時の擦り傷だけだ」

 今回の鷲獅子との遭遇は予定外のものであった。

 鷲獅子と交戦する事がわかっていたならば、もう少し人を揃えて準備もしていただろう。だが、今回は逃げ足は速いが苦戦しない、額に赤い宝石の付いた栗鼠りすのような姿の魔獣を狩りに来たのだ。害は少ないが、宝石に高値が付く。アルベルトが先日この辺りで見かけたという事でやって来たのだ。

 そもそも鷲獅子は難敵だ。飛行する事もあり、鷲獅子と戦うには遠距離攻撃が必須となる。地上に落とせば近接戦闘でも倒せるが、そこまでにはどうしても遠距離攻撃が必要だ。しかし、風を纏う為にただの弓では届かない。相当な強弓でも威力が削がれて、届きはしても大した傷は与えられない。その為、術での攻撃が基本となる。しかも、宙に浮いている事から、土の術は向かない。風や火は鷲獅子自身が纏う風を上回らなければ届かない。上手く使い時を見計らって光による目くらましで何かに衝突させたり、闇の齎す鎮静作用で眠らせたり、逆に恐慌に陥らせて自滅を狙ったりも出来る。しかし、ユエのように雷で撃ち落とすか、傍に植物があればそれを利用して縛り上げるのが常套手段だろう。

 適した術を使えなければ一頭でも分が悪いのに、今回はそれが三頭だ。グレンもアルベルトも下級の術は幾つが使えるが主体は近接戦闘の為、二人だけならば逃げの一手だっただろう。

「相変わらず凄まじい威力だな……」

「俺の力じゃないですよ。俺の術は全て犀慎様や精霊達の力ですし、加護の力はまだちょうど良い具合に調整出来ません」

 グレンの言葉にユエはその意識なく謙遜する。そもそも犀慎や精霊達がユエに力を貸すのはユエが好かれているからであるし、術の取捨選択も実力だろうにその自覚がないのだ。 

 グレンとアルベルトならばと犀慎の弟子三人が持つ短刀の事は話してある。犀慎の加護の事もだ。

 遠慮なくそれらを扱えるユエは、西の魔獣の中では最高位の強さを誇る火吹き蜥蜴をも屠る。それどころか、最初に犀慎の加護で火吹き蜥蜴と対峙した際には、場所が悪くて結局最大威力ではなかったというのに余波で山の形が変わった。

 翡翠とグレンが結婚して一年余り。ユエは精霊達の力に関しては把握出来ているが、加護の力はまだ使いこなせてはいない。


 グレンが魔獣退治を続けるか否かという話は、何故グレンが魔獣退治を生業としているかという理由を聞く所から始まった。

「俺は……トランの北西にある小さな村に母と二人で住んでいました。いつかと言っていた母が亡くなったので父や他の親族の事はわかりません。十歳の時、村が突然魔獣の集団に襲われて……殆どの村人が亡くなり、母も亡くなりました。身寄りのない俺を引き取ってくれたのは、ギリギリの所で俺を助けてくれた魔獣退治の男でした。その男に戦い方から生活の仕方まで教わりましたが……今にして思えば、本当はそれなりの家の出だったんでしょう。読み書きや算術も教わりました」

 トラン王国の識字率は高くない。更に算術もとなると市井では稀だ。だが、依頼を受けて報酬を貰う形の魔獣退治は読み書きと計算は出来た方が良い。騙される事があるからだ。それが出来る男に引き取られたグレンは幸運だったと言えよう。

「でも、だからって商売が出来る訳ではないし、村にいた頃の真似事をして畑を耕すにしても、子供だった俺は簡単な手伝い位しかやった事がない。まともな生活が出来るまで何年もかかかるでしょうし、それ以前に畑どころか家もない。結局俺には戦う事しか出来ない。ならば、俺みたいに家族を失わずに済むように、俺が助けられる分だけでも助けたい。そう思って俺はこの仕事をしています」

「魔獣退治をする理由はグレンの根っこにある部分だと思うんです。だから、不安はあるけど尊重してあげたい。危険度の高い仕事には、私が同行します。だから、続けさせてください」

「……ずっとそれを続ける気か?子供はどうする?諦めるのか?」

 妊娠、出産、そして子供がある程度翡翠の手を離れるまでは同行する事は難しい。薬は毒にもなる。繊細な仕事であるが故に子供に手が掛かる間は翡翠の薬師としての仕事も無理だろう。時には危険な仕事をしなければ家族で食べていく事は難しい。だが、妊婦を連れていく事も子連れで仕事に赴く事も危険だ。

 犀慎の言葉は予想していたものだ。だが、手伝ってくれると言っている琥珀とユエにも目標がある。乞われている事もあり琥珀は近い内に故郷の村で薬師として働きたいと考えているし、ユエは薬師としての修行の真っ最中だ。翡翠達に掛かり切りという訳にもいくまい。

 本当は黒鉄に孫を抱かせてやりたい。どうあっても黒鉄よりも先に翡翠は死ぬ。だからこそ、血を残したい。遠い未来で黒鉄が孤独に苛まれないように。だが、それを言い訳にした中途半端な覚悟では、翡翠を想う黒鉄は納得しないだろう。

 諦めたくはないが、諦めるしかないのだろうと断腸の思いで決めた。だが、翡翠の瞳が揺れる。

「その時は私が行くわ」

「玉蘭様?」

 そこに玉蘭が入って来た。やはり気になっていたのか様子を窺っていたらしい。

「薬師としての仕事は出来ないけれど、火吹き蜥蜴位なら素手で充分よ!」

「……母上、グレンや魔獣退治の者達の仕事を奪わないように立ち回れますか?」

 サルースにおいて慎家の者が人間ではない事は周知の事である。とんでもない戦闘力を持っている事もだ。

 今更隠す必要はないが、積極的に手出しをすればグレン達の仕事ではなくなってしまう。そして、それを期待するようになられても困る。

 その辺りを考えていなかったらしい玉蘭は、母と呼びながらも当主の顔をしている犀慎に僅かに怯みながらも言葉を返す。

「ええと……基本的にはグレン君達を護って、いざという時だけぶちのめすで良いのよね?」

「……まあ、良いでしょう」

 犀慎が釘だけ刺して了承すると、琥珀とユエも手を挙げる。

「俺も行きます!」

「俺も!手伝いますっ!」

「手伝うのは構わないが、二人はやるべき事を見失わないように。ユエは力を使いこなす為の実地訓練にはなるが……琥珀は村からそろそろ開業してくれと声を掛けられているんだろう?」

「うっ……そうなんですけど……」

 故郷の村は琥珀と翡翠が薬師となって帰って来る事をずっと待っていてくれた。

 そして、琥珀もあの地震の時とは違う。未だ至らない部分はあるだろうが、やっていく自信も得た。

 巣立ちの時だとは思うのだが、やはり翡翠が気に掛かる。

 踏ん切りが付かない様子の琥珀に、黙って様子を見ていた黒鉄が口を開く。

「……俺も参加しよう。玉蘭様に行かせて俺が行かぬ訳にもいくまい」

「黒鉄……それは了承と取って良いのか?」

「……はい。落としどころかと」

「父さん……」

 犀慎の問いに答える黒鉄は心から納得している訳ではない様子だ。

 だが、子供の話が出た時の二人の表情から悲壮な覚悟を感じた黒鉄は、補佐していく方向へと気持ちを転換した。心配なだけで辛い思いをさせたい訳ではないのだ。

 

 そうして、危険な仕事をグレンが請け負う時には誰かしらが同行する事になったのだが、今回はユエの探す薬の材料となる魔獣をアルベルトが近隣で見掛けたという事で三人で来た。目撃例が少ない上に逃げ足が速い為、なかなか見つからないのだ。

「……ところでこれ、どうしましょうか?」

 魔獣退治は討伐の証拠として対象の魔獣そのものもしくは身体の一部を持ち帰る。

 一部を持ち帰る場合はそれと判別出来る特徴的な一部分か鎌鼬の肝のように何らかに加工したりと役立つものが一般的だ。大型の魔獣の場合、特に火吹き蜥蜴は皮に骨、角、爪、牙など色んな部分が利用出来る。まず倒すのに人員が必要な上、火吹き蜥蜴自体が単独行動が殆どだ。複数体居ればそもそも手が出せない。その為に持ち帰るのにも然程苦労しない。

 鷲獅子も鷲の羽に一部の術に対する耐性があり、防具に加工すると受ける攻撃の軽減が見込める。鷲頭の亜種も居て判定が難しい上に、他にも利用できる部位があり、そのまま丸ごと持ち帰るのが最善であろう。 だが、この三人で一人一頭を運ぶのは無理だ。馬程度の大きさはある。そして、問題はそればかりでもない。

「勿体ないよな……」

「一人一頭ですから、かなりの収入になりますしね」

「いや、これはユエの手柄だろう」

 ユエが一人で倒したようなものだとグレンは言うが、ユエはそうは思わない。

「何言ってるんですか。調整の為の時間稼ぎをしてくれたのはお二人ですし、一頭はグレンさんが仕留めたんじゃないですか。一人一頭ですよ」

「でもなあ……」

 鷲獅子三頭分などそんな大金は、ユエは必要としていない。

 サルースには修行と薬草や薬の材料の採取の為に下りてくるだけだというのに、ユエには火吹き蜥蜴を倒した時の報酬がある。あの時の骨や角や牙は犀慎がユエの短刀の為に回収したが、火吹き蜥蜴に関しては倒したという事実だけでも相当の金になる。犀慎が死体を一旦サルースに運んだ為に何の苦もなく、その証明は出来た。そして犀慎は素材以外一銭も受け取らなかった為に、報酬は全額ユエの物となった。それは贅沢しなければ、サルースでは一生食べていける程なのだ。

 家族が増えるグレンと翡翠にはこれから金が必要になる。遠慮などせず受け取ってくれればいいのに真面目な男だとユエは思う。

「そもそも宝石栗鼠探しに付き合っていただいているんですよ?その分だと思ってください」

「違うだろ。俺達の子供が罹るかもしれない病気の薬の材料なんだろう?なら、俺も探すのは当然だ」

 必ずという訳ではないと犀慎は言っていた。ただ、発症すれば命に関わる事もあるらしい。

 自壊病と呼ばれる、龍特有の病であるらしい。父母のどちらかが龍である混血の場合も発症の可能性がある。

 感染症などとは違い、原因は身の内にある。肉体と内に宿す力の釣り合いが取れずに過剰な力が肉体を壊してしまうのだ。犀慎の曽祖父である初代が薬を作り上げるまでは死んでしまう者も少なくなかったらしい。

 発症するのは成長著しい子供だが、全ての者が罹る訳ではない。

 力の成長が肉体の成長を上回った場合にのみ発症する為、塞主や五家の当主になるような子供達は発症の可能性も高く、症状も重い。力の然程強くない者達は罹っても軽い事が多い。黒鉄は名前の示す通り冬歓と同じ黒龍であるが、五家の当主である冬歓程の力は持っていない為か、力だけが一気に増すような事はなかったらしく、発症していない。

 混血の子供は父母のどちらが龍であるかによって発症率が違う。そういった子供は生まれ方も種族によって違う為なのか、どうも母親寄りになるらしく、父親が龍の場合は受け継ぐ力は然程強くない為に発症しない事が多い。逆に母親が龍の場合は肉体に対して力が強い事も少なくない為、発症の確率は高い。他にも龍であるのが父母のどちらであるかで差異があるのだが、ここでは割愛する。

 翡翠と琥珀は母親が人間であった為に受け継いだ力は然程でもなく、自壊病を発症していない。だが、それでも翡翠は龍の力を受け継いでいる。相手が人間であるグレンである為に更に力は弱まるだろうが、肉体も翡翠より弱くなる。発症の可能性が否定出来ないのだ。

 材料もすぐさま用意出来る物ばかりではない為、翡翠の妊娠が判明した時点で慎家は動き始めた。犀慎や貞慎もユエが行けないような場所に出向いている。

 ちなみに材料は宝石栗鼠の宝石だけでなく、他にも珍しい材料が必要となる。

 例えば、蓬莱山という京華国にある精霊と神獣達だけが暮らす場所に生る桃の実の仁。慎家の薬草園で犀慎達が土の精霊達の力を借りながら栽培している、京華国の隣にある小国、蘇の奥地に生える蘇人参を十年以上掛けて育てた物。海底深くに住む、見た目が京華国で食べられる餃子に似ている二枚貝が百年以上その身に抱え込んでいる真珠等々である。

 琥珀も翡翠もその薬の作り方は知らない。材料も知りえたのは今回ユエが探している宝石栗鼠の宝石のみだ。

 龍の為の薬という事で門外不出の慎家秘伝とされているらしい。広めてしまえば弱点となりかねないという意味もあるのだろう。聖辰との話し合いの結果、教えないという結論になったそうだ。

 ただユエは本当に龍塞で暮らしていくというのであれば、聖辰に許可を貰いに行くと犀慎が言っていた。確かに龍塞の薬師であれば、逆に知らなければ不味い。

「でもまあ、それもこれもこいつ等を全部持って帰れるならの話だな」

 確かにアルベルトの言う通りだ。

 持って帰った際の話をしていたが、一頭持って帰るのにも三人では苦労する。単純に重いのに加え、帰り道で他の魔獣と会敵しないとも限らない。

 勿体ないが、無事に帰る事が第一だ。負担が少なく金になりそうな部分を一頭分だけ回収して置いていくのが無難だろう。

 三人共が同じ事を考えていた時だ。

「ユエ!」

「……犀慎様!?」

 聞きなれた声に天を仰げば、人の姿の犀慎が宙に浮いている。その姿に関係なく、龍は空を飛べるし深海に潜る事も出来るのだ。

 己を見上げる三人に柔く笑むと、犀慎は重力を感じさせない軽やかさで地上に降り立った。

「どうなさったんですか……?」

「様子を見に来た。宝石栗鼠の宝石は手に入ったか?」

「アルベルトさんが先日この辺りで遭遇したと仰っていたんですが……」

「見つける前にこいつらに襲われたと」

「はい」

 犀慎は横たわる鷲獅子に視線を向ける。

 横たわる鷲獅子や地面に残る雷の跡から状況を察したのだろう。突然の事態に対処したは良いが、処理に困っていると。

「持って帰るか?」

「犀慎様のご迷惑でなければ。一人一頭なので、かなりの収入になります」

 一人ならば、犀慎の手を煩わせたくないユエは否と返しただろう。だが、グレンとアルベルトには報酬を受け取って欲しかった。ユエが要らないと言えば二人も同調するだろう。それもあっての一人一頭なのだ。

「ならば、一度運んで来よう」

「ありがとうございます!犀慎様が届けてくださるなら、勘繰られたりはしないでしょうし……」

 ユエや琥珀と翡翠は安全の為とあくまで薬師でいる為に、基本的に力を隠している。グレンとアルベルト以外は、三人共そこそこ戦える程度だと皆思い込んでいる。

 仕方のない状況ではあったが、三人で出かけて鷲獅子三頭は正直言って完全にやり過ぎだ。三人で一頭ですら相当な凄腕扱いなのだ。

 犀慎が運ぶのであれば、犀慎が倒した報酬を三人に譲ったと解釈してもらえるだろう。火吹き蜥蜴の時と同じやり方で、犀慎も心得ている。

「あの、犀慎様……」

「子が生まれれば金が要る。ユエが良いというのだから貰っておけ。ユエ、縄はあるか?」

「はい!」

 グレンの遠慮を皆まで言わせずに突っ撥ねると、犀慎は運ぶ準備に取り掛かる。

 魔獣退治はそれぞれ国が作った専門の組合が統括している。そこに運ぶのであれば、当然人の姿の方が良い。

 犀慎は無造作に鷲獅子の足をユエ達の持参していた縄で縛ると、その縄を掴んで再び宙に浮く。何の苦もなく鷲獅子三頭をぶら提げる犀慎はやはり人を超えた存在であると三人は改めて感じる。

「鷲獅子は繁殖期だからな。今は数頭単位で行動していると考えた方が良い。すぐに戻って来るが気を付けなさい」

「はい」

 言い残して去って行った犀慎を見送りながら、グレンが問う。

「繁殖期……知ってたか、アルベルト」

「いや……」

「えっ!そうなんですか!?」

 アルベルトは熟練の魔獣退治だ。そのアルベルトが知らないという事は、おそらく誰も知らない事だ。

 魔獣退治が本業ではないユエには驚きの事実である。

「普通グリフォン……ええと鷲獅子?」

「グリフォンでもわかります」

「ああ、じゃあグリフォンで。それ三頭を相手取るなら、ドラゴン相手位の人数を揃える事になるだろう。難敵だからな。だが、奴等は基本単独行動だ。皆そう思っているし、俺も単独の奴にしかこれまで会敵した事はなかった。一頭の予定の人員で三頭を相手にするのは正直無謀だ。逃げるしかない。だが、基本的にグリフォンと会敵するのは奴等の巣のある岩場や狩りをする開けた場所だ」

 鷲獅子は下半身は獅子だが、性質的にはどちらかと言えば鷲に近い。鷲の仲間には樹上に巣を作るものもいるが、鷲の数倍身体が大きい事もあり重さに耐えられる岩場に巣を作る。しかも外敵に狙われないように飛べでもしなければ辿り着けない崖等に作るのだ。狩りも巣と同様に身体の大きさから開けた場所で行う事が多い。しかも身体が大きい分、翼も大きく、行動範囲も広い。

「鷲に近いから卵生なんだろうと言われているが、犀慎様のように飛べでもしなければ巣に乗り込んで調べるような事も出来ないし、足場の悪い岩場や隠れる場所のない開けた場所で、飛ぶあいつ等から逃げるのは難しい。一頭ならまだしも二頭、三頭いてみろ。もう逃げられない」

「予想外に複数の鷲獅子に遭遇すれば生還出来ないし、巣を調べて雛が生まれる時期を調べたり、孵るのを阻止したりも出来ないという事ですね……」

「鴉みたいに巣に光物ひかりもの……黄金やら宝石やらを持ち帰って溜め込むという噂も聞くもんだから、行きたがる奴は少なからずいるんだが、帰って来るのは諦めた奴だけだな」

 年間に魔獣退治の人間の約半分が命を落とすか行方知れずになる。鷲獅子は間違いなくその一因になっているのだろう。

 同じような理由でアルベルト達が知らない知識を犀慎は他にも持っているのかもしれない。だが、犀慎達は人間達が知らないという事をおそらく知らない。

「一度、犀慎様に色々お伺いしたいものだな……」

「そうですね。皆さんの身の安全にも繋がりますし……。おそらく犀慎様達は皆さんが何を知っていて何を知らないかを把握されてはいないと思います。お聞きになりたい事を纏めておかれると良いと思いますよ」

 ユエは年齢の割に落ち着いているとグレンやアルベルトは思う。

 慎家の者や琥珀と翡翠と居る時からそうだ。幼げな部分は残っているのだが、自身が同じ年頃だった頃を考えると大分違う。

「なあ、ユエは幾つだったかな?」

「え?もうすぐ十七になりますけど……」

 龍である犀慎達や半分龍である琥珀と翡翠とは違い、ユエは精霊に好かれやすいという特性はあるものの純粋な人間だ。

 ここ数か月、急な成長期が来たらしく一気に背が伸びて、どこかふっくらしていた子供の顔も精悍な大人の顔になりつつある。だが、それも年相応のものであろう。

 唐突な問い掛けの意味を測りかねていると、アルベルトは苦笑交じりの顔で言う。

「ユエは随分しっかりしているな。俺もそうだったんだが……普通、お前位の年頃の奴は、勘違いして調子付いたり、生意気な態度を取ったり、斜に構えてみたりと大概は粋がって失敗して、大人になって振り返ると恥ずかしい事を仕出かしたりするもんなんだが……お前、全然そういう所がないよな。当時だったらすかした奴だとか思って失礼な態度を取ったりしたかもしれんが、今の俺から見ると当時の俺よりずっと大人だと思う。自分の黒歴史が掘り返されるわ……」

 いい子ぶっていると馬鹿にしたり、慎重なのを小心と勘違いして嘲笑ったり、粋がっていたあの頃であればユエが冷静に物事を考えて振る舞いなどにも気を付けている事には気付けなかっただろう。

 アルベルトもそうだったと言っているが、グレンも通ってきた道だ。更にはユエより幾つか年上なだけであるグレンにはまだ最近の事だ。思わず渋面が滲む。

 しかし、ユエは今一つぴんと来ないらしい。

「う~ん……俺、そんなに出来た人間でもないと思いますよ?今は少し落ち着きましたけど、特に犀慎様には色々ご心配をお掛けしたり、悩ませてしまったりしましたし……」

「……お前、犀慎様に子供扱いすんなとか、糞野郎とか言った事あるか?」

 グレンにはユエが自分と同じような事を仕出かしている想像がつかず、具体的な例を挙げた。

 事実、ユエの方はまず犀慎に対して糞野郎などというような状況が想像出来ない。基本的に犀慎はユエの意思を尊重してくれているし、叱られるのは危険な事をしたり、中途半端でいい加減な事をしたりとユエに原因がある時だ。その言葉を向けるとしたら自分自身に対してだろう。また、千年以上を生きている犀慎からすれば、高々十数年しか生きていないユエなど子供どころか赤ん坊位に思われていても不思議はない。大人になりたいと思いはするが、自身を省みれば事実としてまだ子供だと言わざるを得ない。

「……何があってそんな事を?とりあえず俺はないです。でも……俺、自分の気持ちを持て余して変な態度を取ってしまって、犀慎様は自分が至らないから俺の信用をなくしたと勘違いされてしまったり……あと、俺の大事なものを俺より大事に思ってくださってるのに気付かずに、それこそ調子に乗って犀慎様の加護をくださいって言っちゃいましたし……」

「う~ん、ユエのはちょっと違うな。俺やアルベルトのはもっと子供っぽい反発だから」

「うん。ユエのは反抗期って感じじゃないな。まあ……ユエにとって犀慎様は親代わりじゃなく、恋しい御方だからな」

 ユエの駄々洩れの恋心はグレンとアルベルトもとうに気が付いている。

「ちょっ……!からかわないでください!!」

「悪い悪い。でもな、本当にユエは良い奴だと思うよ。ちょっと心配になる位にな」

 グレンも頷く。

「……犀慎様と貞慎様にも言われました。性質の悪いのに騙されそうだって。でも俺、慎家に引き取られる事になった理由が理由なので、そう簡単に誰かに気を許したりはしないんですけどね。慎家の方々を初めとした龍塞の皆さんや琥珀さん、翡翠さん、黒鉄さん。それから、精霊の皆は別ですけど。あ、お二人も違いますよ。最初は正直警戒してましたけど……今は翡翠さんが選んだ人とその人を育てた人だな、って思います」

 ふわりと笑んだユエに二人は言葉を失う。

「……どうしました?」

「いや……確かに他にはあまり気を許してないんだなと思って」

 薬師として修行しているだけあり、ユエは人当たりが良い。だが、今の自然と零れたのだろう笑顔を見れば、普段のユエはそう振る舞っているのだという事がわかる。

 誰もが思わず息を呑む美貌の犀慎だけでなく、犀慎によく似た貞慎、その両親だと言われて納得の礼慎と玉蘭という美形揃いの慎家、更に琥珀と翡翠も整った顔立ちをしており、そんな中で育った為か、ユエには自身がかなりの美少年だという自覚はなさそうである。だが、その容貌に加えて柔らかい声音や振る舞い、笑顔に熱を上げる娘も少なくない。犀慎以外は眼中にない事は皆気付いているが、気を許してさえいないのだという事実に二人は何とも言えない気持ちになる。

 信頼を勝ち得た優越感を感じればいいのか、この年齢で気を許してさえいない相手にも親し気に柔らかく微笑むユエを恐れればいいのかわからない。

「……俺は、犀慎様……龍程綺麗な生き物じゃないですから」

 どこか自嘲の滲む言葉と表情はユエの苦悩を感じさせる。

 表出させているものだけがその者の全てではない。人は群れで生きる生き物であり、それが故に表に出さない部分があっても当然だ。関係を壊さない為に意に沿わずとも同調したり、身を守る為に愛想を振りまき追随する。それで誰かを犠牲にしたとしても、そしてその後悔に苛まれたとしてもだ。

 護られているユエはそこまでの事はない。嫌われないように、自分の心を護る為に、嘘をついたり誤魔化したりする事を後ろめたく感じる程度だ。

 若さ故の潔癖さか、その程度の事でさえ浅ましいと感じている。

「まあ……感覚と言うか、認識と言うか……そういうのの違いは感じるな。器の違い、かな?正直、人間の愚かさのようなものは俺も感じる事がある。先々代国王とかな」

「あ~……」

 サルースは礼慎の薬草園以外は、形式上トラン王国に属しており、統治の為に貴族が派遣されている。しかし、実質的には町自体が礼慎の自治区と言ってもいい。王国としての意向よりも礼慎の意向の方が重視される。それは礼慎あってこその町である為だ。

 町が出来た経緯が経緯であり、サルースは礼慎のお陰でトラン王国どころか近隣諸国随一の薬学を初めとする医療技術を誇る。しかし、礼慎には国も王侯貴族も関係がない。王都では庶民はろくな治療も受けられないというのに、庶民も貴族も王でさえも同じ扱いだ。そしてトランの者も他国の者も区別なく、同等に扱う。不満があるなら他所へ行けと放り出される。人間程度の武力など龍である礼慎には何の痛痒も齎さない。何者にも脅かされない町が発展するのは当然の事だ。

 他国民も自由に人が行き交うサルースは王都よりも栄えており、王都に次ぐ重要拠点である。無論、収益も最上位に位置する。初代の失敗を忘れた先々代のトラン国王は欲に駆られ、サルースの医療を一国で独占しようとした。他国民がサルースを訪れる事を制限し、礼慎自体は元より碌に受け取りもしていなかった報酬をサルースへの入場料のような形でかなりの高額要求した。そしてそれは礼慎の耳に入り、怒りを買った。王城は一瞬で壊滅。一方で人的被害が出ないよう礼慎は術を使った為に死傷者は出なかった。王は残った塔の先端から縄で吊るされたのだが、塔自体がそこまで登れる状態ではなかった為に数日の後に風の術で縄を切り、下で藁や布団など緩衝材となるものを集めて受け止めた。当然目論見は泡と化し、王は死ぬまで悪夢に魘されたと言う。

 それを見ていた近隣諸国もサルースには決して手出しする事なく友好を結び、礼慎の求める制約には諾々と従う。

 国から派遣される貴族も現在ではまず礼慎の機嫌を損なわない事が求められ、礼慎の意向を聞き、時に助力を仰いで治めている。

 五家の当主であった礼慎は再び面倒な事に煩わされたくはないと思っているのだが、結果として礼慎を中心とした町とする事が一番平穏を保てるのだ。

「普段穏やかな相手程怒らせちゃいけないって典型的な話だな」

「そうだな。でも礼慎様や犀慎様が正しさを貫けるのは、誰も及ばない絶対的な力があるからこそだろう?俺達人間は時に自分の心に逆らう選択をしなくては生きていけない。過ぎた欲がないのも必要がないからで、どうにかしようと思えばどうにか出来てしまって、不足がないからじゃないのか?」

「……そう言われてしまえば元も子もないんですけど……見た目が違うからとそれだけで疎外し、命を軽く扱われた俺には……慎家での扱いは、初め現実の事だと思えなかった。それからずっと、大事にされてきて……。下界でのくだらない争いも何度か見ました。俺は、同じ人間である事が恥ずかしいし、同じ種族である俺にもあんな浅ましい本性が隠れているのかと思うと、自分が酷く汚らわしく感じられて仕方がない」

「……それ言われると俺達も何も言えなくなるんだけどな。でも、全部が全部そうだって訳じゃない。皆一人一人違う。それをわかっているから、俺達を信用してくれたんだろう?龍だって皆同じ性格をしている訳ではないんだろうし……個性と言ってしまうには傍迷惑だけど、その延長にあるもんだと思うよ。ユエが卑屈になる必要はないと思うがな」

「俺もそう思う。つまんない事をする奴の事を恥ずかしいと思うユエは、自分がされた事を他人にする事は絶対にしないと思うし。あの慎家で育てられて、ああはなりたくないっていう見本を知ってもいるんだから、そいつ等よりも絶対ましな人間になってるよ」

「……」

 それでも納得のいかない様子のユエにグレンは些か困ったような顔をする。

「ユエは真面目過ぎるんだよ。それに考え過ぎる。普通はこの糞野郎と思っても、自分にもそんな所があるんじゃないかなんて考えない。ただの人間嫌いだったら、多分糞野郎で終わってると思うんだよな。気は許せなくても、ユエは困ってる奴は見捨てられないだろ?俺が思うに、ユエの場合は自分が嫌な思いをしてきたから、他の奴には同じ思いをさせたくないって思っていて、そういう事考えるんじゃないか?気遣いっていうか、優しさのように感じられる。ユエは自分の事汚いって卑下するけどさ、俺達はすごく純粋で優しい奴だって思ってる。多分、犀慎様達も翡翠と琥珀も。それに、ユエが本当は性格の悪い奴だったとしても、あの犀慎様達がそれに気付かない訳ないだろ?何よりも、すっごくユエはわかりやすいし。わかりやすいユエがそんな捻じ曲がった奴の筈がない。」

「うぐっ……」

 グレンなりに考えたのだろう言葉は少しばかりユエの気持ちを掬い上げてくれる。しかし、わかりやすいという言葉は少々刺さる。

 複雑そうなユエに、何かを思ったらしいアルベルトが切り出す。

「……そういえば、ユエが居た村って今はどうなってるんだ?」

「あれから一度も近付いた事がないのでわかりません。でも……あの場所からは沢山の精霊達が去りました。間違いなく、あの頃より生活は厳しい筈です」

 ユエは唐突な問いに戸惑いながらも、これまで得た知識から予想した事を告げる。

 国によって戸籍が管理され、役人の目がある暁では村を捨てるという事はなかなかに難しいと聞いた事がある。

 あの時の恐怖は今でもたまに夢に見る事があるが、村の事は殆ど考えないで生活してきた。辛い記憶が多い上に、関わる必要もなかったからだ。改めて考えてみれば、収穫前に家も田畑も水に呑まれた上に精霊達が去ってしまったあの土地で、どれ程の人間が生き延びる事が出来たのだろう。もやりとした名状しがたい感情が首を擡げる。

「そこに行ってみたらどうだ?」

「え?」

 予想もしなかった言葉にまじまじと見詰めると、父であるシルバを思い起こす表情でアルベルトが言う。

「そういう状況だっていうなら……いや、そういう状況じゃなくても、間違いなくユエの方が今は良い生活をしている筈だ。村に行ってみて、苦しい生活をしているだろう村の連中を見て、ユエがどう思うか試してみると良い。可哀想だと思うのか、いい気味だと思うのか、それとも違う事を思うのか。多分ユエは俺達の中のユエを裏切らない。寧ろ、肉体的にはともかくユエの心が傷付くんじゃないかって心配はちょっとしてる」

「ユエが前に進む為には良いかもしれないな。一人では行かせたくないけど」

 アルベルトもグレンも心配が過ぎると思う。散々嫌な思いはしてきた。今更の事だ。

「過保護じゃありませんか?」

「引き摺っても仕方ない事だけど、ユエの自己評価の低さの原点はそこにあるだろう?それに……ユエは優しいからな」

 村の状況が酷過ぎた場合、ユエが責任を感じる事があってはいけないと二人は思っている。ユエには確かに関わりがあるが、それは被害者としてだ。責任はない。

 けしかけている立場ではあるが、二人が暁に向かうには間違いなく犀慎の助力が要るし、暁の言葉はほぼわからない。共に行くのならもっと適任がいる。

 今のユエに村人が出来る事など恨み言を言う位のものだろうが、当時同行した犀慎や琥珀が一緒に行く方が牽制にもなるだろう。

「まあ、犀慎様のお力添えがなければ自由にあちこちに行けるという訳でもないんだろう?俺達がこう言ってたって言って、お伺いを立ててみたらどうだ?」

「……そうしてみます」

 本当にユエを苛んでいるものから解放されるのかどうかはわからない。だが、二人がユエの事を思ってどうしたら良いのか考えてくれたのだという事は伝わっている。

 正直、とんでもない力を得た今でも、良い思いを抱いていないあの村に行く事には色んな意味で躊躇いがある。だが、このまま囚われ続けるのも本意ではない。

 ならば、一歩踏み出してみよう。

 そう決めて、ユエは二人に頷いた。

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