10.加護
冬の支度と同時に犀慎は短刀の件も随分と検討していたようだ。だが、秋霜から贈られた耳飾りに術を込めるのと同様に鞘に仕込みをする事で一時的に影響を絶つ事は出来そうだが、ユエの術の威力の加減についてはなかなか解決法が見つからないようだった。短刀の件のついでに朱夏にも相談してみたようだが、考えてはみるがユエが生きている内に間に合うだろうかと言われたらしい。現実的に考えて加護が一番良いのだろう。
だが、それでも犀慎は難色を示した。
「お前を気に入って契約してくれた精霊達はどうする。龍と親和性の高い者達や影響の少ない者達は良い。だが、火の精霊達のように対極に位置する者達には必ず影響する。それは彼等にとって気持ちの良い事ではない。折角契約してくれた彼等の好意を裏切るのか?」
「精霊達の事は勿論大事です。でも、あの短刀は俺にとって彼等との関係以上に意味がある物なんです。父の一族の伝統に母の国の伝統、それに犀慎様の一部が入ってるあの短刀は俺を作ってきた繋がりの象徴です。今まで力になってくれた精霊達とは、特に火の精霊達とはきちんと話をします」
「素直に理解を示してくれるとは限らないぞ。精霊達は様々な性格をしてはいるが、得てして直情的だ。特に火の精霊は激しやすい。無事に済むと思っているのか?」
犀慎がユエの意思を尊重してくれる事もあって、これまでユエは犀慎に対し反抗らしい反抗などした事がない。今回にしても反抗という言葉は大仰だが、ここまでユエが己が意志を押し出す事は初めてだ。
ユエも犀慎が考えている間、犀慎を説得する為に随分と考えてきた。貞慎や琥珀にも相談して準備してきたのだ。そう簡単には引き下がれない。
「精霊達は皆、感情に真っ直ぐで躊躇いがない、だからこそ誠実に接して関係を築け。術を教わる最初の時に犀慎様に言われた事も覚えています。覚悟はしてます。でも、彼等とは術の行使以外でも話をしてきました。きっとわかってくれます。だから、彼等が納得してくれたその時は、俺に犀慎様の加護をください」
確かに、ユエと契約した精霊達との関係は犀慎の目から見てもとても良いようだった。それでも、不安は拭えない。
しかし、危険も理解した上という事であれば簡単に説得する事は出来ないだろう。精霊達が納得しても加護はやらないと突っ撥ねる事も出来るが、これだけ意志が固いのであれば犀慎が許可せずとも決行する可能性がある。ならば、犀慎の目が届く所でやられた方がまだ良いのかもしれない。
「……わかった。但し、その場には私も同席する。本当に彼等が納得した時は、加護を与えよう」
諾と返しながらも、渋面を作る事は忘れない。納得ではなく妥協なのだという事は示しておかなければ、いつでも無茶が通ると思われては困るのだ。
許可をもぎ取ったユエの方も、犀慎が納得していない事は理解していた。ただ、勝手な事をして危険な目に遭わせるよりも自身が働きかける事が出来る方がまだ良いと判断したのだろうと理解している。
だが、最初の関門は越えた。次は精霊達の了承を得なければならない。それにはとにかく誠心誠意をもって精霊達と相対するしかない。
水、風、雷といった龍も操る属性の者達への影響はないらしいし、土や植物、光や闇といった精霊達へもそこまでの影響はない為に術の行使には問題はないだろうという事だ。全ての精霊達に話はするつもりだが、やはり一番問題になるのは火の精霊達だ。最も影響を受ける上に、彼らは犀慎も言う通り激しやすい。まずは礼を尽くす為にも最初に火の精霊達に話を通すべきだろう。ならば、やはり火の精霊の中でも一番付き合いが長く、普段から力を借りる機会が多い火花から話をするのがいい。火花が納得してくれれば、他の火の精霊達にも取り成してくれるかもしれない。
そうして臨んだ火花との対話だった。
慎家の庭の一角に火花を呼び出し、一対一で話をする。犀慎は、有事の際は介入するが、大事な会話に割り込むつもりはないと距離を取っている。
ユエの方は酷く緊張していた。決して彼等を蔑ろにするつもりはない。どう言えば伝わるだろうのだろう。出来れば喧嘩別れはしたくない。さんざん悩んで考えた。
とりあえずは、犀慎の加護を貰いたいと思っている事から始めて、大元の理由である短刀の事を話して、その解決法として加護というものを知った事、犀慎への恋心もあってどうしても切れない繋がりが欲しいのだという事も話して、彼等の気持ちを聞こう。そういう流れで行こうと決めて予行演習も随分とやった。
だというのに、加護を貰いたいと話しただけで火花はすんなりと了承したのだ。
「うん、わかった。風伯から術の事は聞いてたからね。ユエも驚いたんだろうけど、風伯も随分驚いたみたいだよ。必要なものよりも強すぎても弱すぎても駄目だって事、ちゃんとわかるから大丈夫」
「火花……」
自分から言い出した事だというのに、あっさりと同意されて寂しくなる。しかし、それはユエが思ったような意味ではなかった。
「……それに、僕等の関係は術だけじゃないでしょう?犀慎は僕等が契約相手だというだけでなく、ユエの友達でもある事をよく知ってる。僕等からだけでなく、ユエから僕等を奪う事もしたくないから加護をあげる事を躊躇ってるんだろうしね。普通は加護のある者に関わるのを皆嫌がるから。でも、ユエとはこれが終わりじゃない。だから、契約は解除しないままでいるね。術には影響があるかもしれないけど、いつでも呼んでよ」
――ああ、そうか。
火花に言われてユエは初めて気が付いた。
犀慎が気にしているのは精霊達の気持ちやユエがこれまで身に付けて来たものだけだと思っていた。だが違う。犀慎はユエから精霊達と築き上げてきた関係を奪ってしまう事を一番気にしていたのだ。犀慎の事ばかりで、最悪精霊達を切り捨てる覚悟をしていたユエは、何だか自分がとても薄情に思えてしまった。
「ごめん……俺、自分の事ばかりだ」
「そんな事ないよ。何も言わずに関係を絶つんじゃなく、きちんと話をしてわかってもらおうって思ってくれたのが嬉しいし、それって僕等の事信じてくれたからでしょう?他の火の奴等には僕からも話しておくね。それに、黄龍の加護なんてもの、貰えるなら貰っておいた方が良いと思うよ」
「黄龍?」
「あれ?犀慎は黄龍でしょう?黄色の龍」
犀慎の龍の姿が黄金色の龍だという事は知っている。確かに黄色に見えなくもない。
「黄色っていうか……黄金色だよね?」
「ああ、金と言っても良いと思うよ。光り輝く黄金色の龍。それが、龍の中でも最も格が高いとされる黄龍だよ」
「そうなの!?」
色が龍の格を表しているなど、初めて知った事である。
慎家の成り立ちは知っている。初代は本来塞主になる筈だった龍だという。ならば、現在の慎家の当主である犀慎が最も格が高いという色の龍であるとしても不思議はない。しかし。
「まあ、犀慎も聖辰も他の当主達も色も格もあまり気にしてないよね。その所為で面倒な事になってる位に思ってる所あるもん」
犀慎はあまり口に出さないのだが、聖辰や他の当主達ははっきりと口にする。仕方がないとも言うのだが、面倒だ、何故俺達ばかりがこんな事をと遠慮なく口にする。他の龍達が聞いていてもお構いなしなのだが、他の龍達からもあからさまに忌避感が感じられ、当主達を宥めつつもそんな立場は真っ平御免だと思っているのが透けて見える。
それを思い出して、ユエは何とも言えない気持ちになる。
「……ええと、そう言えば他の当主の方々も、やっぱり格の高い色なの?」
「うん。龍も色んな色をしてるのがいるけど、内包する力が色として出るんだって。詳しくはないけど、性質だったり、得手不得手で違うらしいよ。確か……深春は青、朱夏が赤、秋霜は白、冬歓が黒だった筈。黄色とこの四色は別格扱いで、その中でも特別な五色を持つのが塞主と五家の当主。犀慎の色が塞主と慎家当主の色。白と黒は一番白いのと黒いのって言えば何となくわかるだろうけど、青と赤は難しいよね……青にも赤にも色んな青と赤があるし。薄かったり濃かったり、明るかったりくすんでたり。だから上手く説明出来ないんだけど、龍の感覚で一番青いのと赤いのが出る家が春家と夏家で、その色を持つ龍が当主になるみたいだね」
龍塞でもあまり龍の姿を採っている龍は見ない。ユエが龍塞に来た当初に犀慎が言っていたように、人の姿の方が普段の生活には便利だからだ。
その所為もあってか、色の事など深く考えた事もなかった。色など衣ようなの感覚でいた。龍の色は内に宿す力の表れだなどとは思いもしなかった。
「……火花、その……つまり犀慎様の加護って……」
「最高位の力を持つ龍の加護だって事だね。だから、ユエの友達として、ユエは犀慎の加護を貰うべきだと思うよ」
火花の言葉に、ユエは蒼褪める。
師であり、幼い頃からずっと慈しんで育てて貰ったとはいえ、犀慎はユエが軽々しく加護が欲しいなどと言って良い相手ではないのだ。そもそも五家の当主だというだけでも気後れしているのに、最高位の力を持つだなど、ユエには何もかもが不相応過ぎる。
冷水を浴びせられたかように小さく震えるユエに気付いているのかいないのか。否、人と精霊の感覚の差なのだろう。ユエの心情を察せない火花は笑みを湛えている。
「犀慎に太刀打ち出来る精霊なんてそうそういない。今ユエと契約している精霊は犀慎が本気になれば消えてしまう。だけど、ユエに余程の事がない限りは犀慎はきっと手を出さない。犀慎がユエの気持ちも僕等の気持ちも尊重してくれる龍で良かったと思うし、確かに犀慎と僕等の力は相性が悪いけれど、そんな犀慎の事を僕等は皆気に入ってるんだよ。だからきっと、他の皆も大丈夫。安心して、他の皆とも話をしてあげて。きっとわかってくれるよ」
話は終わったと判断したのだろう。そう言うと、火花は小さな炎となり燃え尽きるようにして姿を消した。後に残されたユエは深刻な顔をしていた。
「犀慎様……あの、さっき火花から聞いたんですけど」
火花が去った後、ユエは先程聞いた話をおずおずと切り出した。
「うん?」
「犀慎様は最高位の力を持つ黄龍だって……」
まずは知らなかったとはいえ、とても図々しい事を言った事について謝らなければならない。そして、犀慎がユエと精霊達の関係を大事に考えてくれていた事に気付けなかった事もだ。
しかし、やはり犀慎は色や格の事を面倒に思っているらしい。ユエが謝罪するよりも早く、現在の龍の力関係について語り出した。
「あ~……昔はそうだったんだろうがな。確かに塞主様と五家の当主は他の龍達よりは能力が高めなんだが……だが、おそらく一番初めの龍達程の力の差はない。黄龍と他四家の龍もそうだ。黄龍である聖辰様とそうではない冬歓が結ばれているように、黄龍は黄龍と結ばれるという訳ではない。代が重なる程に血が混じり合い、力の差もなくなってきた。得手不得手もそれぞれあるし、色は力の性質でしかないんだ。だから、黄龍だから一番の力を持っているという訳ではないんだよ。まあ、当代で一番強いのは聖辰様ではあるがな」
力の差は小さくなっているし、性質の違いだとは言うが、最高位の力であるという事は否定していない。うっかり誤魔化されそうになるが、それがなくともユエと犀慎とでは立場が違う。
「それでも俺、弁えない事を言いました。知らなかったとはいえ、とても失礼な……」
「……加護の事を言っているのなら、ユエが気にする事ではないぞ。言い出したのは貞慎だろう?元々、いずれ話をするつもりでいたんだ。それに、ユエが一から学び直すような事にならなければ、一番良い方法だと私も思ってはいる。短いお前の時間を無駄にしたくはないだけで……」
「はい。火花に言われて気が付きました。犀慎様は俺の身の安全と精霊達の気持ちだけではなくて、俺達の関係も大事に思って言ってくださっていたんですね……。俺、考えが浅かったです。申し訳ありませんでした」
「……それも気にしなくていい。ただ勿体ないと思っただけだからな。しかし、火花が了承したとなれば、他の火の精霊達の多少は譲歩してくれるかもな」
「えっ?そうなんですか?」
小さく笑んだ犀慎にユエは目を瞬かせる。
火花が了承した事が他の火の精霊達に何故影響するのか、全くわからない。
火花は慎家の竈に住み着いている力の弱い精霊だ。力の強い精霊ならともかく、火花が了承したからと火花よりも力の強い精霊達が追従するだろうか?
「……ユエ、本当に気付いていないのか?」
「何に、ですか?」
ユエの疑問を察したのだろう犀慎は、一つ息を吐くと珍しく呆れたような眼差しをユエに向けた。
「……まあ、ユエがシルバや母君と過ごした家の竈にいた精霊は本当にそうだったのだろうし、その印象が拭えないのだろうな……。ユエ、火の精霊は水辺を好まない。力が弱まってしまい、下手をすると消えてしまうからだ。龍塞はそれに類する場所だ。そんな龍塞の竈に居る精霊が、力の弱い精霊である筈がないだろう?本来の火花は違う姿をしているし、お前が契約した火の精霊の中では一番の力を持っている。そうだな……風でいう風伯位か」
「ええっ!?」
「そもそもユエは火花以外の力の弱い精霊達の事は姿をきちんと視認したり、話したりは出来ないのだろう?」
「……はっ!?」
言われてみれば、確かにそうだ。龍塞という場所柄、火の精霊自体にそうそう遭遇しない。更には犀慎の存在は火の精霊には多少の影響が出る為、契約は犀慎が距離を取った状態で一人行う事になる。その所為もあってか、多少契約するという事に慣れ、水や風などよく遭う精霊は姿を見たり会話をしたり出来る中級の者と契約し始めた頃に火花とは契約した。おそらくはそれで違和感を覚えなかったのだ。
「確かにそうですね……時期もあってか、全く疑問を抱いていなかったです……」
「……火花も気にするどころか面白がっていたようだし、下手に指摘して火花が機嫌を損ねても困ると思って私も言わなかったからな。仕方がないと言えば仕方がないのだろうが……一歩間違えば大変な事になっていたんだぞ。精霊達にも矜持がある。」
「はい。気を付けます」
素直なユエの返事に頷きを返しつつ、犀慎は考えていた。
年齢の割にユエは素直だ。だが、それ故の危うさがある。
ユエが契約した精霊達の中にはいないが、性質の悪い者は精霊にもいる。下界に下りれば人間達とも関わる。そういった者に引っ掛かり、利用される事にならないだろうか?これまではユエの生い立ちも考えて、基本的には誰かと行動させ、人と交じらわせつつも危険は出来る限り排除して、傷付かないように護ってきた。だが成人したのであるし、少しずつ大人の扱いをしていくべきだと犀慎も思っている。
下界ではなく龍塞で暮らしたいと考えるだけあって、ユエが人に対しては寧ろ必要以上に警戒し、取り繕いつつも距離を取っている事は知っている。信頼出来る人間達と関わらせても克服出来ないらしい、それはそれで問題であろうが、精霊達や幾度か遭った事のある龍のような神獣に対しては疑うような事をしない。無論、明らかに違和感のような様子のおかしさがあれば別であろう。だが、警戒が見られない。警戒すべき相手がそれをそのまま表出させていればいいが、取り繕って覆い隠すような狡猾な相手であれば身を危うくする。これは少し考えなければなるまい。
ユエには悟らせず、犀慎は思考を巡らせた。
それから一月。
「……正直、驚いた」
一月かけて、ユエは契約している精霊達全てと話をした。事情を説明し、了承を得た。
会話こそ聞いてはいないが、ずっと傍で様子を見ていた犀慎は、詳細はわからずとも予想外の結末を迎えていた事を目にしていた。
しかし、改めて報告したユエに、犀慎は呆れにも似た心地で言った。
「巻き添えを食うのを恐れて加護のある者との契約を厭う精霊が多いと聞いていたのだが……まさか、全ての者が契約を続ける事を選ぶとは……」
「俺も半分以上……八割位は契約を取り消すと思ってたんだけど……」
同席していた貞慎も同様だ。驚きを通り越しているらしい。
「私もだ。……だが、これなら加護を与えても、一から学び直しという事にはならずに済むな」
「そうだね。これ以上は契約する精霊を増やさず、それぞれの術の威力の確認をして、その穴を埋める感じで新たな術を使うという形かな」
「ああ。術の使い方と制御を学ばなければならないが、改めて行動制限を掛ける必要はなさそうだ。ユエのこれまでの努力の結果だな」
「うん、ユエの徳だね」
どこか誇らしげな犀慎と貞慎にユエは首を振る。
「いいえ、違います。皆言ってました。相手が俺と精霊達の関係を第一に考えてくれる犀慎様だからだって。犀慎様が好きだから、加護も受け容れて契約を続ける。他の相手だったら、裏切りだと感じたかもしれないって」
一瞬目を瞠った犀慎は、小さく息を吐きながら一度目を伏せ、開いた。その瞳には何かの決意が感じられる。
「……火吹き蜥蜴を狩りに行く」
「えっ?」
「姉上、突然どうしたんですか?」
あまりに脈絡のない唐突な言葉に、ユエも貞慎も思考が付いて行かない。精霊達が加護を受け容れた理由と火吹き蜥蜴退治がどう繋がるのか、さっぱりわからない。
「そこまで言われて、何もしない訳にはいかないだろう。何とかしてやるしかないじゃないか。搔き消されないように火の術の底上げをすれば火の精霊達ともこれまで通りに過ごせる筈だ。短刀に龍の鱗を混ぜ込む要領で火吹き蜥蜴の牙辺りをオリハルコンと混ぜ合わせて、目釘にでもすれば可能だろう。威力の加減は難しいが、単純に底上げするだけならおそらくそれでどうにかなる。龍の鱗と違って火吹き蜥蜴の牙は火に寄っているから混ぜ合わせる事も難しくはない筈だしな」
説明を兼ねた言葉がつらつらと語られる。短刀の事を検討していた際に考えていた事なのかもしれない。しかし、推定の域は出ていないものの、自信のありそうな口振りであり、しかもそれは朱夏の考えではなく、犀慎自身のもののようである。
「……姉上が凄いのはそういう所ですよね。材料の特性を把握して組み合わせるのは調薬も鍛冶も同じ事なんでしょうが……だから、朱夏が姉上に相談するんですね。朱夏のあの止まらない話を知識として蓄え、自身の知識と合わせて検討し助言出来る。たまに聖辰様が姉上の方が塞主に向いていると仰るのもわかる気がします」
「止めてくれ!冗談じゃない!!」
食い気味に否定というよりは拒否する犀慎は真顔だ。
ユエも貞慎の言葉に納得していたが、犀慎は本気で嫌がっている。その事に犀慎も他四家と同じ龍なのだとユエも感じた。他と同じように振る舞えば龍塞が立ち行かない事を知るが故に、真面目に働いているだけなのだ。本音を言えば五家の当主というだけでも苦であるらしいのに塞主だなど、取り繕いもせずに拒否するに決まっている。そして、おそらく聖辰も同様の想いを抱いているのだろう。
他四家のようには振る舞えない犀慎も聖辰も、損な性質である。
「……とりあえず、約束通りに加護を与えよう。但し、その分学ぶ事も増えるぞ。覚悟しておきなさい」
「はい!頑張ります!」
一つ頷いた犀慎が、突然発光した。反射的に目を閉じたユエだが、次の瞬間には瞼の裏から光を感じる事はなかった為、そっと目を開く。そこには変わらず犀慎と貞慎がいた。
「……あの、今のは……?」
「うん?だから、加護を与えたのだが……ああ、仰々しい儀式でもあると思っていたのか?」
「……はい。儀式とまではいかなくとも、契約のように触れたりはするのかと。あまりにも一瞬だったので……」
「成程。まあ、こちらは色々とやるのだが、術を使うようなものだし、契約とは違い、加護は一方的なものだ。一方的に繋がりを作るものだ。だからあんなものだよ」
おそらく、ユエが龍のように加護を授ける事が出来る存在ならば犀慎はきちんと説明してくれたのだろう。ユエには必要のない知識である為に端的に済ませているのだ。聞けば答えてくれるのだろうが、そういう存在ではないユエには理解どころか何の事だかわからない。だから語らない。これまでの経験上、そういう事だろう。
多少気になりはするが、犀慎がユエを害するとは露程も思わない。ならば、必要のない事だ。
「……ユエ、火吹き蜥蜴を狩ってみるか?」
「えっ?足手纏いになりませんか?」
火吹き蜥蜴に遭遇した事は何度かある。琥珀や翡翠でさえ、戦った事はないと言っていた。それをユエに言うのだ。戸惑うのも当然だ。
「鍛錬を兼ねて、だ。試しに加護を使ってみると良い」
「えっ?でも、俺初めてですよ?調整どころかやり方さえ……」
「だからだよ。やり方は教える。いっそ暴発させて構わない。折角の機会だから最大を確認すると良い」
「……」
思わず言葉を失った。
確かに火吹き蜥蜴の大きさや頑丈さを考えれば、最大威力を向ける相手としては最適だろう。だが、思い切りが良すぎはしないか。
「外さなければ一撃で仕留められる。外したら私が仕留めるから心配は要らない」
威力が足りない心配はしていない。寧ろ強すぎる心配なのだ。
犀慎の術の最大威力をユエは知らない。そもそも犀慎が術を攻撃の為に使う所すら見た事がない。火吹き蜥蜴などは物理で一撃で、術は水やりをしたり、風で涼んだりと便利に使う事が主なのだ。
犀慎は己が力など大した事はないという風な言い方をしたが、最高位の龍の術が大したものでない筈がない。
「どうせなら使いこなして欲しいからな。最大を知っておいておくれ」
吹っ切れた感のある犀慎はどこか楽し気で、挑発的に口の端を上げている。常の穏やかな笑みとは違う、見た事のないその笑みは、犀慎の美貌もあってか蠱惑的で、くらりとする。
まだ平静を装う事も誤魔化す事も碌に出来ないのだというのに、刺激するのは止めて欲しい。無意識なのがまた、性質が悪い。
「……が、頑張ります……」
何とか取り繕ってそう言うと、良い返事だというかのように頷かれた。動揺を火吹き蜥蜴と相対する事への緊張からのものだと解釈しているのだろう。
おそらく今回のように、犀慎にはまだユエには見せていない一面がある。その度に魅了されて狼狽えてしまいそうだ。諦められないならば秘するしかない想いだというのに。
傍に居る為にも上手く取り繕えるようにならなければならないのだが、それが出来る様になるのだろうか。今でも上手くやれているとはとても言えないが、いつか仕出かしてしまいそうな気がする。
「さあ、ユエ。支度をしておいで」
「あっ、はい!」
そして、出向いた先で犀慎の力を目の当たりにしたユエは、更に気後れする事になった。




