038話-『デイム』と『アカイ流』の思惑
トータル4800文字程度で、読了10分くらいになります。
少々長くなりましたが、一読頂けると幸いです。
早朝『デイム』の事務所に男が三人。
男二人は普段の意気揚々とした様子が見る影もなく、浅く腰かけた椅子に全身を預け、だらしなく手足を伸ばし切っている。
もう一人のひどくやせ細った男も、ソファーに身を沈めて浅い呼吸を繰り返す。
黒井沢七巳、真白猩平、白西大我は、3日間不眠不休で蟲の拠点の潜入捜査を終えて帰ってきたばかりだ。
『デイム』、いや群馬の最高戦力である3人でも、流石に疲労困憊といった様子である。
普段なら何かと喧しい白西大我が一言も喋ってないことから、精神体力共に摩耗しきっていることが伺える。
「もう情報収集は嫌や……」
「あ、安心してください。とと当分このような任務は、あ、ありません」
「えっ?七巳さんヘビ飛ばしてんの?死にたいん?」
白西大我は首だけ傾けて黒井沢七巳を凝視する。
「い、1週間把握がで、出来ていないので、しし心配ですからね。す、すぐ終わりますよ」
黒井沢七巳は舌をチロチロさせて、ウィスキーを舐めるように飲みながら応える。鎖骨あたりまで伸びたウザったい前髪の隙間から、瞳孔が縦に開いた目が見える。
ヘビの動物因子を持つ黒井沢七巳は、分身体を生み出し視覚と聴覚を共有する能力があるが、能力行使の際は自身もヘビ寄りになり発声器官が衰える。
今まさに20体の分身体が町を駆け巡り、異変が無いかを探っている。
類似の能力でいえば、『十砲見聞六』の瑠璃と琥珀だが、黒井沢のそれとは数段劣る。
もちろん熟練度の違いはあるが、それ以上に情報処理領域が次元を超えている。
当然リスクも桁違いだ。20の視覚、聴覚で得た情報を同時並行で処理することは、言うまでもなく脳への負担が大きい。
「と、とりあえず異変は、なな無いようですね。ち、知力と権力のちょっかいも、なななさそうです」
「分かったから早く強制終了せーよ!マジで死ぬやろ!!」
なおも続けようとする黒井沢七巳に飛び起きて詰め寄る。
「大我君は優しいですね」
黒井沢七巳はからかうように返す。その瞳は先ほどとは違い、黒曜石のように黒く活舌も戻っている。
「七巳さんが死んだら色々困るだけや!」
からかわれた白西大我は顔を真っ赤にして、グラスに注がれたビールを一気に呷る。
「大我をからかうのはその辺で。とりあえず今回の任務は成功ということでいいんですね」
「十分な情報が取れたわけではありませんが、いいでしょう」
「厳しいですね」
真白猩平はカシス系のカクテルを一口飲むと共にため息が漏れる。
「まぁまぁ、私が同行した意義はありましたよ。これまでは―――」
黒井沢のその一言で、二人はバツの悪そうな顔をする。
「酷かったですからね」
「行けども行けども大した情報は無く、数行の報告書を出して終わり」
「挙句研究対象にも出来ないくらい拠点を更地にして帰ってくる」
三人は武力直下で、『第三世代の調査及びせん滅』という特別任務を続けている。
黒井沢が索敵した情報を元に真白、白西が潜入して情報収集及び拠点も潰すということを繰り返していたが、後者はともかく前者の精度が悪すぎた。
拠点の規模、行動原理、生活習慣、能力の把握等々実情が不透明な第三世代を把握する為に大事な任務であったが、二人にその素質は皆無であった。
潜入開始早々雑な動きですぐに見つかり、押し寄せる蟲の大群を相手に大技を連発し気が付けば拠点はまっさら。後には何も残っていないと幾度となく繰り返していた。
諜報活動が出来るわけがないと分かってはいたが、ここまでとはという思いが
ちなみに二人が戦闘すると大体何も残らないので、ついたあだ名は『白痴』である。もちろん嘲笑の意味合いが大きい。
「権力と知力は感知できませんでしたね。予想通り鹿児島に集中しているんでしょう」
「だからこそ黒井沢さんが同行できたんですけどね」
黒井沢七巳は情報防衛の要でもあるので、長期間離れる任務は基本避けている。
本来はこの手の任務にも強い『アカイ流』のヌキチに同行を頼みたかったのが、武力が却下した。
「何やら収穫祭で探り入れられて、警戒しているみたいですよ。バカが考えたところで今更なんですけどね」
表立って武力である川馬原寛人をこき下ろす発言が出来るのは、群馬の中では黒井沢七巳だけだ。
元々黒井沢は拳王道に所属しており、その頃立場が上だった名残である。
二人にとって黒井沢の悪態は慣れたもので気にする様子は無い。それよりも―――
「しっかしあいつら大丈夫なんかな?」
「さて、治癒だけなら大したことないから心配することでもありませんが」
「なにそれボケたん?ぼっちゃんらしくないやん」
「―――砕っど」
その一言と共に部屋には暗たんとも言えるオーラが立ちこめる。白西大我はからかいすぎたと、口笛を吹きながらビールのお代わりを取りに行く。
真白猩平に鹿児島関連でからかうのは命がけである、白西大我も分かっているが、つい言わずにはいられない。何せ養子とはいえあの財力の子供であるからだ。
「相変わらずですね。やはり許せませんか」
「分かっちょう。じゃっとん、あいつらは許せん」
真白猩平は自然と手に力が入り、握り混んだグラスは悲鳴をあげて砕け散る。
端から見れば軽くからかわれただけの話だが、彼にとって鹿児島の話題はそれだけ琴線に触れる。
両親を蟲に殺され、天涯孤独の身となった幼き真白猩平を黒騎士が拾った。彼は200年以上続く古武術を受け継ぐ養父の背中を見て育った。
金銭面の財力が面倒を見てくれた。本来ならば黒騎士にも財力にも感謝こそ恨み等無いはずだが―――
財力と三騎士の関係を知った真白猩平は、学術院を卒業すると同時に半ば強引に鹿児島を離れた。
「まず間違いなく第三世代とかち合うでしょうから、本当は君たちを護衛につけたかったんですけどね」
「すいません。あいつらの顔を見るとどうなるか、自分でも分からなかったんで……」
白西大我は罪滅ぼしか、新しいグラスにカクテルを作って持ってくる。
「その分こうして難易度高い任務をこなしてくれているので良しとしましょう。それよりも今回の結果を簡単にまとめましょうか」
空気を入れ替えるよう黒井沢七巳は話題を変えた。
「生態はこれまでと大きく変わりません。縄張りとしての脅威度は質というより数の脅威ですね。ただ親玉は固有の性質以外の能力があったと思われます」
今回の潜入は蟻蟲の巣であった。通常蟻蟲は咀嚼力の固有能力を持っているが、黒井沢七巳の見立てでは、親玉である第三世代はそれ以外の能力があったと推測する。
「仮に特有能力とでも言いましょうか。恐らくあの第三世代は溶解液らしき性質も持っていましたね」
目の当たりにしたわけではないが、拠点の外壁や折檻を受けたであろう雑兵の様子から確信できた。
それは人間でいう『超常因子』と同義とも言える。
「人間みたいな外見に、人間みたいな能力、人間みたいな進化しとるってわけか。おもろいやん」
「面白いで済ますな単細胞。脅威であることは間違いないだろう」
「でもそれを望んでんねんから、やっぱり面白いやん」
真白猩平は真っ向から返されて閉口する。
「その通りです。ある意味順調とも言えるでしょう。恐らく収穫祭で現れた第三世代も何かしら特有能力があったと思います。今のところ人類側が有利ですが、そのうち覆りそうですね」
黒井沢七巳は杯を乾す。その瞳が墨を落としたかのように深く沈む。後悔か懺悔か、はたまた浅ましい期待か、あるいは全部なのか本人にも分からない。虚空を掴むようグラスを傾けると、氷がカランと音を立てる。
「想定通りなら、今頃鹿児島でも第三世代と遭遇しているでしょうね」
「上崎には同情するわ。絶好のいギャァぁあ!!」
白いヘビが白西大我の首に巻き付き、締め付ける。
「滅多なことは口に出さないように」
窘め方に問題があるような気がするが、文句は言えないようで大人しく受け入れるあたり、社員教育が行き届いている。端から見たらただのブラック企業なのだが。
その後は想定しうる状況の推測と、結局どうもできないという生産性の無い報告を続けていたが、疲労にアルコールが加わり眠気がピークに達していたのかそのまま眠りについた。
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ヌキチが『アカイ流』の事務所にて粗挽き、苦み重視のコーヒーを淹れていると、数羽の燕がやってきた。
燕はヌキチの足元でウロウロしていたが、次第に動きを止め徐々に厚みを失い、最後は1枚の紙となる。
ヌキチはその様子を終始観察し、神秘的ともいえる変換因子の能力の一端にため息が漏らした。
「ようよう!ヌキチおはよーさん!!俺にもコーヒー淹れてくれよ!!な!!」
「はぁ……」
乱暴にドアが開かれ、『アカイ流』の代表、アカイが喧しく入ってくる。
ヌキチは先ほど美しさからの嘆息と違ったため息しつつ足元に散らばった紙を拾い、事務所の机の上に並べ始める。
B5サイズの紙にはびっしりと文字が書き連なっている。そのほとんどは『ガタッガタッ』『カンッキン』といった擬音語になる。
「おっ、届いたようじゃん!どれどれ……うん、早く要約してくれ!!」
アカイの自分勝手さは今更なので、無視しつつ紙を眺める。
この紙はヌキチの能力『日日是稿執』で作り出したものである。音に対する感圧機能を持たせ、この紙を中心に半径1mの音を紙面上に複写させる。
情報収集の一つとして、かねてより求めていた機能ではあるが、音の判別が出来ない為動作音や足音なども拾ってしまうのと射程距離の短さに難がある。
、
その紙を前もって村上里香に条件付けしてもらい、留守にしていた『デイム』の事務所に目立たないよう張り付けておいたのだった。
「しかしよく村上さんが引き受けてくれたな!!自分ちの盗聴なんてさ!!」
「目的までは言ってませんよ。任務に使う為と伝えただけです。見返りとしてゲテモノ料理のレシピを渡したら、疑う様子もなく引き受けてくれました」
「悪いやつだなお前!!アヒャヒャ!!」
アカイの挑発は意に返さず、びっしり書き込まれた紙を凝視する。目的は長期任務から帰ってきた3人の会話である。
ほぼ擬音語で埋まった用紙を見て改善が必要だなと考えつつも、情報を吸い上げる。
アカイが3人前はあろう朝飯を平らげ、コーヒーとタバコで食後の一服が終わった頃、全文の解読が終了した。
「どうだ?何か分かったか?」
「伍劦、特に知力に関する情報はありませんね」
「やっぱそっちは武力かーよし今度は武力をやるか!!」
「だからそれやったらアウトだっつってんだろ脳みそ脂肪で出来てんのかテメェ」
拳王道への盗聴はヌキチ自身何度か考えたことがあったが、リスクが大きい。ただでさえ怪しまれているのに、これ以上疑われると計画が崩れてしまう。
部下に叱られしょんぼりする組織代表者は、知り得た情報の開示を求める。
「第三世代には人類と同じような進化を遂げているようです。そして彼らはそれを受け入れている。具体的には第三世代と取引めいたことしてますね」
「やっぱりか!!キナ臭えと思っていたが予感的中かよ!!」
「ついでに武力含む黒井沢さん達は自体を軽く見てますね。このままだと多分負け確かと」
「んだよあいつら!!勝負仕掛けるんならせめて勝率上げろよ!!」
アカイはまん丸い顔を真っ赤にしながら憤慨している。普段の様子からはあまり想像は付かないが、情は人一倍熱い。部下から軽んじられがちだが、そういう性分が好まれているのは離職率に現れている。
「そろそろテコ入れは必要でしょう。その為にも悠太君に恩を売るとしますか。第三世代とやりあうのは確実でしょうが、流石にまだ遭遇はしていないでしょう。情報渡してきます」
「おう。頼んだぞ」
ヌキチは『日日是稿執』に情報を蓄積させながら、今後の展開を幾重にも予想する。
その表情は苦悶ではなく愉悦であることを、アカイだけは見ていた。
ご一読ありがとうございました!よろしければ第39話も一読頂けると幸いです!




