第八話 殴り合い
「何が起こったの!?」
アシュリーは都市の出入り口付近で地割れの揺れと衝撃を感じていた。周りにいた仲間達も狼狽してキョロキョロ忙しない。その時、無線で連絡が入る。
『伝令!新たな悪魔が確認されました!!北区画に無貌の蜥蜴!西区画に炎獄の女豹が出現!繰り返します!!新たな悪魔が……!!』
「新たな悪魔……!?」
ダッ
アシュリーは居ても立ってもいられず走り出す。
「アシュリー!!駄目よ戻って!!」
その制止を振り切り、土煙の上がる場所に向けて速度を上げる。体に光を纏い、身体能力を極限まで上げれば息切れする事なく到着できる。
ここから一番近いのは常に大声を出しながら破壊し続ける巨人。北でも西でもない。本陣が関知していない悪魔。
「あれは……暴虐の巨人!!」
アシュリーはすぐさま無線機を取る。
「伝令!暴虐の巨人も現れました!繰り返します!暴虐の巨人も現れました!」
アシュリーの連絡にすぐさま応答がある。
『どこ!どこの区画!?』
場所を失念していた為、すぐに連絡が来たようだ。
「あ、東!東区画です!!」
避難経路を丁度塞ぐ形で召喚されている。これを鑑みれば民衆を逃がすつもりがないと見える。東区画の避難は大体終わっているので助かったと言える。
「暴虐の巨人だなんて……なりふり構わないってこと?」
暴虐の巨人はでかく堅く暴れるだけの特殊能力の乏しい悪魔。それに召喚すれば考える脳みそが無いので敵も味方もなく、誰彼構わず破壊の限りを尽くす面倒な存在だ。目がないので見つかりにくいことだけが救いだろうか。
考えてみれば無貌の蜥蜴や炎獄の女豹も制御の効かない悪魔たちだ。この街を破壊し尽くす為に召喚したとしか考えられない。何にしろこの巨人は一人では倒しきれない。装備も力不足で時間稼ぎも厳しい。口惜しいが見ていることしか出来ない。
「ルオオォォォォオ!!」
叫びながら建物を攻撃する。そこに人がいないことを祈るのみだ。だがアシュリーの祈りも空しくその建物の屋上には人がいた。
「あ!あぶな……!」
石造りの古い建物は豆腐のように簡単に破壊する。人に当たれば瞬時に潰れて終了だ。彼女は自分が動かなかったことに後悔したが、次の瞬間にその考えを覆す。
ゴンッ
巨人の体が仰け反り、後ろに数歩下がる。
「……へ?」
ドゴンッゴガンッ
「グゥオオォ!?」
巨人に比べ小人ぐらいに見えてしまう人間が、非力に見える、非力なはずの人間が悪魔を攻撃し、ロケットランチャーでも撃たれているような仰け反り方でダメージを受けていた。
「何……あれ……?」
………
リョウは壁を蹴りながら巨人を翻弄した。
地面に降りる事なく三角飛びの応用で建物を飛び、巨人に対し蹴ったり殴ったりを繰り返しながら後ろに下がらせる。
「ルオオォォ!!」
ブォンッ
巨人は思い切り空振る。とにかくこの小さい怪物を振り払いたいのだ。しかし軌道の読める攻撃では当たらない。その攻撃を難なく掻い潜りながら攻撃をし続ける。本来あり得ないことだ。大きく振りかぶり、絶対ここに来るというほど攻撃の軌道が読めると言っても速すぎて避ける事など出来るはずがない。
それができるのは常人とかけ離れたリョウだからだ。彼にとってこんなテレフォンパンチはハエが止まる。
グローブで殴ると殴った箇所が炭化しボロボロ崩れる。巨人が大きすぎるが故、リョウの小さな手では致命打になっていないが確実に攻撃は効いている。
(……簡単に殺しては時間稼ぎにならないな……もう少し遊ぶか?)
リョウは攻撃の手を止めて巨人の攻撃が来ないギリギリの場所まで間合いを確保した。
「何よ。とっととやらないの?」
「……あの路地裏で殺した悪魔を覚えてるか?卑しい肉人……」
「ああ、小汚い男に化けてたあいつね。不味かったわ」
「……あいつを簡単に殺したせいで拠点まで用意する羽目になったんだ。この間抜けを召喚したと言う事はもう少しで何かが出てくるんだろ?ならその時間まで待つのも悪くは無いんじゃないかと思って来てな……」
頭の口に理解の色が見える。
「ああ、なるほどね。言われてみればあいつを泳がせた方が真実に速く辿りつけそうね。じゃあここ離れましょうよ。私お腹すいちゃった」
リョウの顔に呆れが浮かぶ。
「はぁ……あのな?結局ぶっ殺すんだから離れる訳ねぇだろ。それから、こいつがお前の飯だから移動するつもりはないぞ……?」
「またまた御冗談を。こんな不味そうなの喰うわけないでしょ?……え?本気?嫌よ私は」
なんだかバカバカしくなってきた。ちょっとくらいサボっても良いかと思った矢先、頭の口との認識のズレがリョウの気持ちを削ぐ。
「……もういい……殺すか……」
ふらっと散歩のように歩いて巨人に近付いて行く。さっきまでの速度とまるで違う動きに違和感を感じつつも巨人は腕を振りかぶった。
「ゴオォォ!!」
またも地面に拳を叩きつけるワンパターンな攻撃。しかし無脳の怪物に考えろというのが無理な話。またも攻撃は当たることなく地面に叩きつけられた。
ドゴォンッ
リョウも同じ要領でジャンプして攻撃を避ける。また腕に着地すると、今度はその手を掴んだ。ジュワッと熱した鉄を冷たい水で一気に冷やしたようなうるさいほど大きい音が鳴る。グローブで触れた個所は抗う事も出来ずに一気に焼けて炭化していく。
「ギャアオォ!!」
明確に苦しんだと思える声で呻き、手を振ってこの小さき怪物を振り払おうとする。まったく離れない。徐々に腕の中枢まで焼けただれ、尋常じゃなく痛がり始めた。
「ヴガアァァァ!!!」
終いには涎を垂らしながら苦しむ。焼かれる右腕からリョウを離そうと必死に左手で振り払った。流石のリョウもこれには堪らず右腕から離れる。しかし今度は左手の甲にしがみつき、左手を焼き始めた。終わらない苦しみに左手を建物に叩きつける。
ドゴォッ
左手の焼ける感覚は消えた。それもそのはず、叩きつけられる瞬間に彼は左手を離れ、空中で回転しながら巨人の頭めがけて突進していた。
ガンッ
その衝撃は巨人の首をへし折る勢いだった。折れることこそ無かったが、この攻撃のせいで完全に重心がブレて、後方に倒れていく。
この間、リョウは頭を掴んで地道に焼いた。巨人の背中が地面に着く頃には半分だけだった頭は消え去り、頭部のない巨体がズズゥンッという音と共に無残に転がった。
「……なぁ、質問があるんだが……脳みその無いこいつの殺し方ってこれで合ってると思うか?」
リョウは消し炭に変えた頭を見ながら頭の口に質問する。
「倒し方は合ってるんじゃない?鼻も耳も失えば知覚する所がないわけだし攻撃できないでしょ。まだ死んでないと思うけどね」
ほっといても死ぬだろうというのが見解だ。このままにしておけばアークが来て処理するだろうというのもある。
「……よし、喰え。でかいからしばらくお腹空かないだろ……」
「だーかーらー。嫌って言ったでしょ!絶対不味いもん」
「……食ってみない事には分からないだろ……食わず嫌いかよ暴食の名が泣くぜ?」
二人で漫才をしていると、空から女の子が降ってきた。巨人の胸めがけて突っ込んでいく光を纏った姿は光弾のようにまばゆかった。
ズドンッ
その衝撃で巨人の体に大穴が開くと、そこを起点に巨人の体は灰になった。
「……たく、止めを取られちまった」
「好都合ね。食べたくなかったし」
巨人の体から顔を覗かせたのはついさっき見た顔だった。
「また会ったわね。トゥーマウス」