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第六話 敵

『アシュリーがトゥーマウスに遭遇。我々に探りを入れた模様。警戒レベルを二段階引き上げてください』


 無線機から聴こえてきた声を確認し、ふんふん頷く影が路地裏に巣食う。

 小汚い室外機の上に座って無線機を弄ぶのは十歳前後の女の子。大きいリボンが猫の耳のようにぴょこんと立ち、前髪パッツンで後ろ髪は腰まで届く長い銀色の髪。お人形のように大きい目に赤い瞳。白い肌にポッと頬に紅をさした愛くるしい顔。

 縞々の長袖のTシャツにオーバーオールのスカートを着て、白いタイツに赤いバレーシューズを履き、足をプラプラさせながらニコニコ笑っている。隣にライオンのぬいぐるみがちょんっと一つ、女の子と同じように座る。


「聞いた?プルソン。トゥーマウスだってさ」


 くすくす笑いながらライオンのぬいぐるみを撫でる。


「おかしいね。ここには来ないと思ってたけど気のせいみたい」


 ライオンのぬいぐるみの目が赤く光る。


「……そうだね。退屈してたからちょっと楽しみ」


 会話をしているように独り言を喋る少女。またライオンの目が光る。電池で動くおもちゃのように。


「だってこいつら弱すぎなんだもん。アークだっけ?強いって聞いてたけどその辺の人とどんぐりの背比べって感じだし、プルソンの爪でひと掻きなんて……この人たちの存在がジョークみたいなもんじゃない?ほんとに”炎天の支配者(アミー)”を倒したのって感じ」


 つまらなそうな顔で天を仰ぎながらため息を吐く少女。この人たちと示した床に散らばる肉塊はさっきまで生きていたとは到底思えない程ぐちゃぐちゃに破損し、小汚い路地裏を赤黒い血と肉で染め上げる。腕はあっちに、足はこっちに、胴体はそっちに、頭は……とにかくそこらかしこに肉片が散らばっている。白かった制服は赤く染まり、乾いて黒く変色していく。


「……美味しかった?プルソン」


 ライオンの目が静かに光る。


「……そう、良かった……」


 二人の幸せな会話の中にふと陰鬱な気がよぎる。それに気づいて目を向けると黒い靄が収束する。影が質量を持って形成されると、幽鬼のようにやせ細った気味の悪い怪物が姿を現した。


「どうしたの?」


 少女は何事もないように怪物を見る。怪物はスッと跪いて頭を垂れる。


「トゥーマウスによる被害が拡大しております。このままでは我らの計画の遂行に支障が……」


「何も心配する事は無いわ。だって私がいるじゃない?引き続き計画を進めなさい。それからトゥーマウスとアークを無力化するよう努力しなさい」


「……はっ……仰せのままに……」


 バスッとまた靄になって気配が消える。それをしばらく見た後、ライオンの目がチカチカ光る。


「なぁに?……ふふっそうね。すごく怖がってるみたいね。わざわざ顔を出したのも私たちが動くのを期待してたんでしょうけど、期待されると動きたくないのよね。私ってわがままかな?」


 ライオンの目が光る。


「ふふっ……ありがと。でもそうだよねー、プルソンの言う通りだよ。アークだけなら今のままでも十分だったけど、彼女が出てくるなら話は別だよね。計画を早めようか」


 少女はオーバーオールの大きい前ポケットからペンダントを取り出した。蛇が自分の尻尾を食べているシンボルを出す。親指と中指で輪っかを作り、そのシンボルをデコピンの要領で弾いた。

 ヒィィィン……とマイクのハウリングのような音を出して路地裏に響き渡る。持っていた無線機が突然反応し、ザザザ……とチャンネルを切り替える音が聞こえ、男の野太い声が発せられた。


『……お呼びでしょうか?』


「うん。もう知ってるだろうけど、厄介な連中が入り込んでるんだって。貴方たちの所でもう何種類か悪魔を召喚できる?」


『……暗闇の怪物だけでは力不足だと?』


「あれ?情報の共有が出来てないのかな?しょうがないなぁ、教えてあげる。アークとトゥーマウスが動いてるの。もう何体か撃退されちゃってるんだって」


 その通信に狼狽するざわつきが聞こえる。


『何故アークが……教会が動く手筈では?』


「知らないよ。悪魔祓い(エクソシスト)が動く前に死んじゃったからビビったんじゃない?」


 男は一拍置いて恐る恐る返信する。


『……リ、リナ様が動かれたと言う事でしょうか?』


「冗談。私が直接手を下すわけないじゃん。怪物がやった事だよ」


 それはつまりこのリナと呼ばれる少女が暗闇の怪物を(けしか)けたと言う事だ。リナが動いたも同じ事だが、この少女に指摘して怒らせれば死ぬ事と同じ。生唾を飲み込む要領で指摘を飲み下すと、聴こえのいい声で話始める。


『……かしこまりました。従順なのをもう何体か……』


「あっ!それなんだけどさ、召喚するなら手が付けられないヤバいのが良いと思うのよ。絶対楽しくなるから!」


 リナは喜色満面といった声を出しながら注文を付ける。


『……え?あ、はい。かしこまりました……』


 そんなものを召喚した日には自分たちの命すら危ういのだが、彼女に逆らう事など出来ようはずがない。


「うん。じゃあねウロボロスの子供たち。私たちを失望させないでね?」


 リナは一方的に無線機を切る。その時、リナのお腹が「クルルゥ……」と静かになった。


「あーあ、私もお腹すいちゃったなー。サンドイッチ屋くらいは開いてるかな?」


 ライオンのぬいぐるみを抱きかかえてぴょんっと室外機から飛び降りる。


「……ここでエコーチームの通信が途絶えたようです!」


 通路の出口にぞろぞろとアークの面々がやって来た。ここに転がる死体たちを探しに来たのだろう。リナはその姿を見止めると、その場にへたり込み、目に一杯の涙をためて泣き始めた。


「……うわあああん!」


「見て!女の子よ!」


 アークの隊員たちは不用心に駆け寄る。路地裏の惨状を見て「うっ!」と顔を顰める。泣き続ける女の子、肉塊と化した仲間達、混乱しているがとりあえず救出が先である。戸惑うがすぐに切り替えて女の子の所まで駆け寄ると、抱きかかえて路地裏から脱出する。


「大丈夫?怪我はない?」


 女の子の顔を覗き込んで無事を確かめる。えっぐえっぐと息しづらそうに嗚咽し、泣きながら何とか声を出す。


「お、お姉ちゃんたちが……たす、助けてくれ……てぇ……」


 あんな悲惨な状況になりながらも女の子の命を無傷で守り切ったという事を知り、隊員の目にも涙が浮かぶ。


「うんうん。お姉ちゃんたちは立派だった。私たちは彼女たちの仲間よ。だから安心して」


 目の前の隊員以外はエコーチームの惨い死に様を無線機で他チームにも共有している。


「ジューン!その子を早く避難させて!ここは私達で何とかする!」


「あ、はいっ分かりました」


 アークの隊員、ジューンは別動隊到着に乗じて女の子と共にこの場を後にすることにした。ハンカチで女の子の涙を拭き取り、落ち着かせるように背中を擦る。


「えーっと……お名前は?」


「ひっく……リナ……」


「リナちゃん?それじゃ私と安全な所に行きましょう。ね?」


 リナはジューンの目をしばらく見てコクンと頷いた。「じゃ、はい」と手を差し出される。ジューンの目と手何度か目で行き来した後、手を握って一緒に大通りを歩く。「……お腹空いた」とポツリと呟くと、ジューンは少し困った顔で苦笑いしながら答える。


「今から行くところに食べ物あるからちょっと我慢して……あ、そうだ」


 ジューンは制服のポケットから飴を取り出す。


「はちみつ味ののど飴なんだけど、食べる?」


 リナはジューンからのど飴を貰って一時しのぎとする。今から行くところにある食べ物とやらを楽しみにして……。

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