第三話 教会
その日、静かな教会は騒がしい喧騒に包まれていた。
「どうなっているんだ!何故まだ解決しない!!」
”霧の都”の惨事を受けて悪魔の仕業であると踏んだ教会側は”悪魔祓い”を派遣。すぐに事が済むかと思われたが、派遣した”悪魔祓い”は失踪。活動報告が消えて三日目に別動隊を派遣したが、数時間で消息が消えた。事態を重く見た上層部がこの件で緊急集会を開き今に至る。
「我々の検知し得ない……いや、他に類を見ない悪魔。と言う事でしょうか……」
「派遣してこれほど時間が経過しても解決の糸口すら見えんとは……いかがいたしましょうか司教」
真っ白な衣装で上座に座るメガネの偉丈夫は限られた資料に目を通してため息を吐いた。しばらくすると資料を机の上に置き、メガネを外すと神父や修道士、名のある上院議員たちを見渡した。
「異常事態だ……こうなれば”アーク”を召還し、事に当たらせるしかあるまい……」
その言葉にどよめきが起こる。
「アークを?司教それは……それは不味いのでは……?」
「魔の消滅、そして魔の根絶を謳う彼等ならこの問題を解決してくれるであろう」
神父の言葉に被せる様に司教は言い放つ。それに対して青ざめる上院議員たち。
「司教は彼の地を消滅させるおつもりか!?前回の奴らの作戦では港町一つが焦土と化したのですぞ!」
荒々しく椅子を蹴飛ばして立ち上がり猛抗議をし始める。修道士が慌てて立ち上がる。
「お言葉を慎んでください。司教にもお考えあっての事……」
「何がだ!教会側がこの件に関わりたくないだけだろう!!何故”ノイズハンド”を召集しない!!彼なら単独で何とでもなるだろうが!!」
会議場内が騒がしくなり始めた頃、司教が呼び鈴をチリンと鳴らした。その音色は男たちの音域とはかけ離れた高音を発し、音がかき消される事なく響き渡った。その音に場内全員が気付き、不思議そうな目を向ける。
「彼等には彼等なりのやり方というものがあります。それに貴方の言う前回の作戦とはソロモンの悪魔との決戦の事でしょう?炎の総裁、No.58”炎天の支配者”討滅戦。あの程度の損害で済んだことを喜ぶべきです。神の子たる我らが兄弟姉妹には残念極まりない事ですが……あぁ……彼らに祝福を……」
司教は十字を切り、祈りを捧げる。一拍置いて口を開いた。
「たとえノイズハンドを向かわせたところで戦況は変わらなかったでしょう。むしろ、彼らが率先して救助活動をしなければさらに多くの命が失われていた可能性があります。教会からアークに送られた感謝の証こそ我らの意向と汲んでいただきたい」
「ぬ……ぐぬぬ」
正直な所、自分の財産が助かるなら人が何人死のうが知った事ではない。アークが救助活動にばかり手を回した事で港の倉庫が壊滅。所有していた希少品を失う事になり今回の一件でやきもきしていたというのが心の内である。
「司教……そうは言いますが、彼らは聖遺物の奪取を目的とする窃盗団に近い組織。聖櫃と聖剣、そして聖釘を手に入れてからというもの勢力を増し、組織名に聖櫃の名を冠するなど傲慢が過ぎます。教会の所有する聖遺物を要求でもされたら……」
「今は一秒を争うのです。我らが誇る聖戦士が出せない現状、仕様のない犠牲と捉えるべきでしょう」
司教の言葉で会場内に納得の色が見えた頃、「随分な言いようですね、皆々様」と透き通るような女の声が聞こえてきた。入り口付近から聴こえた声に驚いて全員が振り返る。そこに立っていたのはシスターのベールを申し訳程度に被ったブロンドの美しい女性。Vネックのインナーにカーディガンのアウター、ぴっちりジーンズのボトムスを履き、淡い色のパンプスでヒールをカツンッと鳴らした。
「……エリーナ=ホワイト……」
「私達アークは人類の救済を目指す組織です。悪の組織のように言うのは止めていただきたい……」
糸目でくすくす笑いながら司教の元まで練り歩く。さっきまで騒がしかった連中は軒並み黙ってしまう。いったいどこからどこまで聞いてたのか?いつからそこにいたのか?特にエリーナはアークの中でも上の階級であり、教会との対立を進言できる立ち位置でもある。味方に付ければ心強いが敵にしていい事など一つもない。
「今回の件は私達アークも危惧しておりましてね。前回の炎天の支配者の件もありますし、警戒は必要だと言わざるを得ません。これ以上の犠牲を避けるためにも教会は動きを止め、私たちにお任せ下さい」
司教はメガネをクイッと上げて位置を調整すると言葉を発する。
「エリーナ殿……随分と警戒しておいでだが、もしや何か情報を掴んでるのですかな?」
その言葉に糸目の目をほんの少し開く。司教が何を聞きたいのか精査していると見える。一拍間を空けてエリーナは答えた。
「トゥーマウス……ご存知でしょうか?」
その名前を聞いた途端、場内にざわめきが起こる。
「そんなはずはない……!」
「異端者……」
「あの死人が?」
「大体、奴の領域ではないだろう?」
口々に脅威を発する。
チリリンッ
ざわつく場内に静寂をもたらしたのは司教の持つ呼び鈴だった。音が完全に鎮まるのを待って声をかけた。
「……確かなのでしょうか?」
エリーナは丁度司教の側までやって来ると腕を組んで周りを見渡した。
「……霧の都を放棄する以外道はないでしょう。今の所、彼による被害はビル一棟です。しかし人命の救助ならまだ間に合います。司教、どうか賢明な判断を……」
「即ち、ソロモンの悪魔の再来……ということで間違いないと?」
エリーナはもう何も言わない。沈黙を肯定と捉えた司教はため息を吐いた時にコクコク頷いた。
「教会はアークに対して支援を惜しまない。霧の都の一件。アークに託します」