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プロローグ

 ——夢を見た。

 儚く遠い過去の記憶。


「二人は大きくなったら何になりたい?」


 お母さんからの質問。お父さんも興味ありげにこちらを向いている。


「リナはケーキ屋さんになりたい!美味しいケーキをいっぱい作ってみんなで食べたいの!」


 可愛らしい夢だった。甘いものが好きな私はきっと、自分がお腹いっぱい食べたかったに違いない。でも家族の喜ぶ顔が見たくてみんなで一緒に食べることを提案したのだろう。


「あらぁ、リナちゃんらしい夢ねぇ。リナちゃんがパティシエになったら毎日行列ができるくらい人気になるわぁ」


 将来の私を想像し、その情景に浸っている。


「リョウは?何になりたいんだ?」


 お父さんはお兄ちゃんに話を振る。


「僕は大きくなったらウルトラ仮面になりたい!」


 毎週日曜日の朝にやってる特撮ヒーローものだ。悪の秘密結社に立ち向かう孤高のヒーロー。


「ウルトラ仮面になってみんなを守りたいんだ!」


「はははっ!リョウらしいな!」


「リョウちゃんがウルトラ仮面になったら悪者がみんな逃げちゃうわね。そうなれば、何も悪いことが起こらなくてずっと幸せに暮らせるわよ」


「うん!」


 元気いっぱいに頷く幼い男の子。


「お兄ちゃんはリナも助けてくれる?」


 みんなには当然私も含まれているのだろう。でも私はあえて聞いた。


「もちろん!リナは大切な妹だから」


 そういうと頭を優しく撫でてくれた。


 両親はお兄ちゃんの突飛な夢にも肯定的だ。親バカというやつだろう。そんなものになれるわけがないなどと否定する親でなかったのだけは事実だ。

 どんな時にも常に私の味方になってくれた最高の家族。そして世界一大好きな私のお兄ちゃん。


 ある日、家族四人で出かけた旅行の帰り道。暴走するトラックと衝突。車10台を巻き込む大きな事故。重軽傷者11名、死者6名。死者の中には暴走したトラックの運転手も入っていた。事故の原因はトラック運転手の突然の心筋梗塞だったらしいが、そんなものは私にとってどうでも良かった。

 私たち家族の中で私一人だけが奇跡的に一命をとりとめたのだ。死者数の半数を私の家族が埋めるという最悪の事態。事故が起きた直後、薄れゆく意識の中で隣に座っていたお兄ちゃんの声を確かに聞いた。


「……ごめ……なさい……ぼくが……ウルト……仮……に……なっ……れば……ごめんな……い……」


 全てが終わった後の病院のベッドの上でそれを思い出し、私は一筋の涙を流した。

 悪いのはトラックの運転手なのに、お兄ちゃんは自分を呪って死んだのだ。ずっとずっとずっと……きっと生き絶えるその瞬間まで謝り続けた。自分の家族に申し訳ないと、衝突の衝撃でぐちゃぐちゃに大破した車の中で辛うじて即死だけは免れた地獄の淵で……。


 私は居ても立ってもいられなかった。軋む身体に鞭を打って死体安置所に向かう。その時は死体安置所なんてものを知らなかった。ただこっちに家族の亡骸があると何となく察知していた。

 不思議と誰にも会うことなくその薄暗い部屋にたどり着き、お兄ちゃんだったものに近づいた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」


 何度呼びかけても、何度揺すっても、ピクリとも動かない。魂の宿らぬ体は重く、そして冷たかった。

 どうしたら目を覚ましてくれるのだろう?私は考えた。無い頭を必死に回転させて何とか絞り出したのは、魔女に呪いをかけられたお姫様のお話。永遠の眠りにつくかと思われたお姫様は王子様のキスで目が覚める。愛は呪いを超え、お姫様を助けるのだ。

 私は初めての口づけをお兄ちゃんに捧げた。初めてのキスの味は腐りゆく体の死と絶望、鉄に異臭を加えた吐きそうなほど嫌な味だった。

 私はへたり込んだ。何もできない愚かな自分に嫌気がさした。これが童話ならお兄ちゃんは目覚めた。また優しく頭を撫でてくれるはずだった。抱きしめてくれるはずだった。


「ひっぐ……えっぐ……」


 私は泣いた。ひたすら泣いた。天涯孤独となった私はこれから何を頼りに生きていけば良いのか?まだ子供だった私には途方も無い話で、心が引き潰れそうになる。なぜ私だけ生かしたのか?みんなと一緒に殺してくれれば良かったんだ。そうすればこんな気持ちにならなかった。よく分からない内に死ねたら……。


「ダメだよ、ダメダメ。そんな風に考えちゃダメダメだよ?」


 後ろから声が聞こえてきた。悲しむ私は(すが)る目でその人を見る。

 高級なスーツに身を包んだ紳士は私の元に歩み寄る。スッと屈んで頭を撫でた。いつもなら警戒して嫌がるところだろうが、私はもういっぱいいっぱいでそんな余裕はなかった。


「生きていることを喜びなさい。あの事故で生き残るなんてキミはツイてる。自分を誇るべきだよ」


「あ、あの……」


 それ以上は言葉が出ない。優しく包み込むような雰囲気は私の心を(ほだ)した。


「ふぅむ……キミの心はお兄ちゃんに囚われているようだ。このままでは引っ張られてしまうなぁ……よし、おじさんが何とかしてあげよう」


「……何とかって?」


「お兄ちゃんを生き返せる方法があるのさ。その方法聞きたいかい?」


 まさにそれが知りたかった。私は一も二もなく「知りたい!」と大声で叫ぶ。


「う〜んでもなぁ……命にはそれ相応の対価が必要になるからなぁ……キミはお兄ちゃんの為ならどれぐらいのことができるかな?」


「……お兄ちゃんが生き返るなら私の命はいらない」


「グッド!!」


 紳士は突如どこに仕舞ってあったのか、ハードカバーの分厚い本を出現させる。


「彼の命の対価に相応しい、ならばそれに全力で答えるのが紳士の嗜み。早速キミにこれの使い方を教えてあげる。これは今日からキミのものだ。存分に使い潰してくれたまえ」


 本を渡された私は、思ったより重いと感じてしまった。しかし、この本こそがお兄ちゃんを生き返す方法ならば、贅沢は言っていられない。早速本を開いてパラパラと捲る。何が書いてあるのか全く分からないが、それがアルファベットであるのはあの時の私にも理解できた。

 一生懸命見ている私にニコニコと笑いかける紳士。


「あの……ところであなたは……?」


 ずっと気になっていた紳士に尋ねる。「私?」と、とぼけた口調で虚空に目を向ける。しばらく考えていたが、何かを思い出したようにしゃがみ、私の目線の高さまで体を落とした。


「私はね、神に成り代わろうとした存在さ。……ふふっ」

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