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別荘のヤマドリ

作者: 目在

 その日は晴天とも、曇りとも言えない微妙な天気だった。最近の日課となっている散歩に出かけず、黒い受話器を持ち、相手には見えていないだろうが笑顔で話す。


「うん。じゃあ一週間後に。……はぁ。」


 受話器を置くと笑顔を消しため息を吐く。久しぶりの長い会話に疲れたが、一週間後には都会の中に戻り、この感覚を忘れていくのだろうと思うと、もう少し浸っていたい気になった。


――出発まで日にちもあるし、今日はこのままでいいかな。


未だ虚弱な体にもため息がでるが、生まれつきの体質をたった1ヶ月で変えられるわけもない。今日は散歩や片付けを諦めて体を休めることにし、二階の自室に上がるのも面倒と感じたため、リビングのソファへと向かう。


なにもかもが自分の好きなようにできるこの生活の終わりを感じながら、ソファに体を沈めていった。



 晴天の森のなか、慣れた道程を目に焼き付けるようにゆっくりと歩く。家族で何度か来たが、一人で見るこの静かな風景とはもう会えないだろう。明日の朝には迎えが来ることを考えると、いつもは感じない寂しさが込み上げてきた。


目的の場所には、いつもは呼ばなければ姿を現さないヤマドリがいた。近付いてきたためしゃがみ、頭を撫でる。


「なんだ、お前寂しかったのか?」


荷物を纏めることに意外と時間がかかってしまい、日課の散歩は電話がかかる前日以来となっていた。この鳥とも久しぶりに会った気がして、感慨深くなる。


しばらくヤマドリと戯れ、そろそろ行くかと重い腰を上げる。自分を見上げる目に、野生動物に何をと自分で思いながらも言った。


「お前、もう怪我なんてするなよ。」


初めてこの鳥を見つけた時は怪我をしていた。急いで別荘まで連れて行き、パソコンで調べながらなんとか治療したことを思い出す。


自分が善人というわけではないが、もし次怪我したとして、人間に見つかってただで済むかはわからないし、次また自分が見つけたとしても、家族が一緒だと考えると助けないかもしれない。


一人で過ごすなかで唯一友と思えるようになった存在には、できれば元気でいて欲しいと思った。


「また会えるかはわからないけど、またな。」


そう言って足を踏み出そうとすると、ズボンの裾を嘴に挟まれる。何をと思って再び鳥を見ると、鳥は裾から口を離し、今度は自身の羽を啄みだした。


「どうした? なんか引っかかってるのか?」


鳥の不可解な行動にしゃがみ直すと、鳥は羽を一枚銜えて見つめてきた。


「…もしかして、くれるのか?」


試しに手のひらを上に向けて鳥の口元に持っていくと、鳥は手に羽を乗せ、口を離す。


「……ありがとうな。お前のこと、忘れないから。」


空いている手で鳥を撫で立ち上がる。笑顔で手を振れば、もう鳥に引き留められることはなかった。



 片付けきった書類を纏め、バインダーに挟む。目の疲れを感じて視線を少し上げると、茶色の羽が見えた。


あれから数年経つが、あの鳥と会うことはなかった。もうこの世にはいないのかもしれないし、どこかで元気にしているかもしれない。


「明日も、頑張ろう。」


そう呟きながら、本棚へバインダーをしまう。部屋から去る間際にもう一度羽を見る。


「また明日も、よろしくな。」

完読いただきありがとうございます。

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