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プリズンアクト  作者: 西光寺翔
第五章
18/22

~思惑の裏側~

 ゼロワンが誕生したのは、僕が大学二年生になった冬だった。

 しんしんと雪の降る夕暮れのこと。僕は一人で研究室にこもり、シート型タブレットと紙の資料本、空間に投影したホログラムと長い間睨めっこを続けていた。それらすべてに共通するのは、僕が大学で専攻する実践AI工学である。

 従来の学習理論や計算方式を見直して生まれた仮定を実証するために奮闘していた。

 その仮定は――AIを人間同様の発達過程で育成することの必要性だ。

 この研究自体は、すでに何十年も前から多くの人間が繰り返した考えだが、僕はあらゆる観点、学問の考えを援用して、もう一つ――ある点に着目した。

 

 それは――『愛情』だ。


 人間の発達段階に必要な母親との愛着形成を、そのままAIにも当てはめることにした。

 人は突然生まれたりはしない。突然母親になつき、愛するようになったりはしない。発達学において愛着関係の形成は、その後の子供の発育に大きな影響を与えるという。適切な段階を踏み、適切な身体的関係を経て、人は人へとステップアップを果たすことが出来る。

 今までの研究は急ぎ過ぎた。急激な成長は望ましい発育を生まない。そんなものこれまでのあらゆる研究からわかっていたことだ。

 だから、僕はプロトタイプであるゼロワンに、人間と同じ発達過程を強いることにした。

 それが大学二年の冬。長い戦いの始まりだったと思う。

 まず僕は、コンピュータ上にゼロワンの基盤となる初期のプログラムを形成した。とても簡素なプログラムの集合に過ぎないものだ。

 さらに同じ研究室にいたある人物に実験協力をお願いした。


 八神はづきである。


 僕の研究に非常に強い興味を示した彼女は、その実験計画に強く賛同してくれた。

 時には対立することもあった。時には彼女の助言が問題の解決に繋がったこともあった。

 だが、僕がゼロワンの父親ならば、彼女は間違いなく母親だろう。

 僕たちはゼロワンに『愛情』と呼ばるものを注ぎ続けた。その間ずっと一緒にいたものだから、その『愛情』が転じて僕自身、はづきさんに惹かれていたことを否定しない。

 研究は一向に上手く行かず、長い月日が流れた。研究の見直しが脳裏をよぎった。

 だが、ゼロワンが誕生してから四年目の冬。僕はゼロワンに人間とほぼ変わらない精神が形成されたことを認めた。


 彼は僕を父親と定義し、はづきさんを母親と明確に定義したのだ。


 その時点を持って、ゼロワンに『SXH‐01』という識別番号を付けた。SOICHIROとHAZUKIを掛け合わせて『SXH』と命名した。

 この功績は大学院でも認められた。AI研究の第一人者として卒業後の僕の政府配属まで約束された。それは僕の人生で最高の栄誉といっても過言ではなかった。

 本当に嬉しかった。自分の研究成果が認められた。手放しで喜んださ。


 ――だけど、ある問題が浮上した。


 つまり、『愛情』という曖昧なものが研究の助力となり得るか、だ。この研究はあくまで僕個人の成果であり、はづきさんの助力の一切が認められなかったのだ。

 もちろん、僕がそれを必要とした以上、そうあるべきだと抗議したのは言うまでもない。けど、大学はその考えを退けた。


 完全に僕の落ち度だった。僕のミスだった。

 そして、それから数カ月後のある日――悪夢の日が訪れた。

 八神はづきが大学から、いや世間から忽然と姿を消したのだ。


 ――ゼロワンと共に。


 そう、彼女は僕の研究成果を奪ってどこかにいなくなった。

 僕は失意に溺れた。彼女を失い、ゼロワンを失ったことによるショックは、いまだかつて計り知れないものだった。

 その反動から、僕はなおさら研究に没頭するようになったのは必然だっただろう。

 文献を貪り、寝食を忘れ、ひたすら研究室に閉じこもってAIと向き合った。

 やがて政府職就任から数年後、脇目も振らぬ盲進を続けた僕は、ゼロワンから応用して人工知能技術を発展させることに成功し、同時にあるチームで計画されていたルーインシステムの完成を成し遂げた。

 その功績が正統に評価され、僕は首都第三研究所の主任に任じられた。幸せだった。今度こそ自分は成功したんだって、ようやくそこで納得した。

 システム稼働後は至って順調だった。囚人との会話の齟齬はほとんどなく、脱走者もこちらの想定を下回っていた。外側からの圧力もその快調な稼働ぶりから黙らせることができた。

 しかし、稼働から四年が経った夏。すでに友人だったシステムの要――海馬沙耶が奇妙な予知をした。


 それは二つ。


 ――コンピュータウィルスがあたしを殺しにくる。

 ――共犯者の名前は、八神はづき。


 その言葉に、僕を含む関係者一同は驚愕した。これはあまりに異例の出来事だった。

 何故なら、過去かつて彼女の予知に人でないものが映ったことはなく、加えて彼女の視る犯罪の場面は一面的で、実行犯は視えても、その共犯者を特定することはなかったからだ。

 何かの間違いと思われた。だが――その予知は現実となって訪れた。


 二一〇〇年、五月五日。ルーイン稼働後史上初となるサイバーテロが行われた。

 そして驚くべきことに、その時送りこまれたコンピュータウィルスがゼロワンだった。僕の知らない新しいプログラムコードが書き加えられ、彼はウィルスとして僕と再会した。

 あらゆるプログラムを解体するデリートプログラム――それが破壊の力の正体だ。

 その力は、ルーインに設定した三十八個のセキュリティウォールを次々と突破していった。AIを搭載しているゼロワンは、あらゆる形状のセキュリティの脆弱性を即座に発見し、またその高い変容性によってプログラムコードを変え、こちらの攻撃をたくみに回避、進行した。

 ルーインの破壊は、時間の問題に思われた。

 ところが、あることが起こった。


 ゼロワンが二十九個目のセキュリティを突破した直後、その破壊活動を急に停止させたのだ。


 その不可解な停止を目撃した僕は、即座に行動に移った。停止状態のゼロワンをすぐに凍結し、ルーイン内に保護することに決めた。保護と言ってももちろん調査対象としての。

 それに対し、政府上層部は即時破壊を要求したが、僕はそれを断固拒否した。

 出来るわけがない。僕と彼女との製作であるゼロワンを壊すなんて出来るわけがなかった。

 その後の調査は、ほとんど僕の独断で行われた。その結果、二つのことが判明する。


 その一――ゼロワンが停止したのは、自らのプログラムを自らで破壊してしまったことが原因であるということ。どうしてゼロワンが自己破壊行動を起こしたのかは、いまだに不明だが。

 その二――プログラムの一部を欠如してなお、ゼロワンにある自我プログラムがまだ変化を続けていたこと。およそそれ以前の記憶――大学での記憶、はづきさんに奪われたのちの記憶が消えてもなお、ゼロワンは新たに生まれ変わろうとしていた。


 以降、ウィルスはルーインの中で成長を続け、最終的に一つの人型プログラムを形成した。

《東雲颯》の誕生だった。それが今から五年前のことだ。

 僕はすぐさまアプローチを試みた。《東雲颯》が僕の知っているプログラムをまだ持っているのなら、ちょうど年齢は中学二年生で、確かに彼は中学二年生の思考精神を保持していた。

 時を同じくして、未来犯罪予防局から天宮雫が僕を尋ねた。

 彼女は『ミストラル』と呼ばれるテロ組織を追っているらしく、そのリーダーである八神はづきを逮捕するために、《東雲颯》と接触したいのだという。随分と肝の座った若者だと思った。配属二年目にして、いつデリートされるかもわからない死地に赴こうとは。

 結果彼女の読みは当たり、八神はづきを逮捕することに成功した。

 逮捕後事件解決のためと言い、はづきさんをルーインに移送した僕はそこで彼女と面会し、ゼロワンを奪い大学を去ったこと、ゼロワンにウィルスプログラムを書き加えサイバーテロを起こしたことが事実であることを確認した。

 けれど、その動機を彼女が口にすることはなかった。

 彼女の記憶を操作しなかったのは、背後にあるテロ組織の手掛かりになるという理由を含め、本心では彼女に更正の余地がないと判断したためだ。そのあげく、こちら側のセキュリティの脆弱性を突かれているのだから、僕の判断ミスであることは逃れられない。



「元はと言えば、僕がキミを奪われたことに起因する。すべて僕の責任なんだ」


 過去を思えば、感傷的な気持ちにならずにはいられない。はづきさんとの研究は、いくらその結末が悲惨なものであっても、楽しかったことに変わりはなかった。大学でもほとんど友達のいない、むしろ友達など皆無と言って過言でない僕にとって、それは大切な思い出だ。

 否定はしない。するつもりもない。

 その大切な思い出によって生み出されたゼロワン――颯を否定することもまた出来なかった。


「最初はキミを研究対象としてしか見ていなかったと思う。一度組み立てられたプログラムを自らの力で消去し、再構成する。そこから僕でさえも想定していなかった新しい自我プログラムを構築したキミを、僕の研究者としての探究心が勝っていただろう」


 それもウソではない。

 元々、ゼロワンが造られたのは研究の一環なのだ。だったらその成長過程を科学者が観察するのは当然のことだ。たとえそれが別人によってプログラムを書き換えられ、人を殺すために存在するのだとしても、僕が持つ『知りたい』という欲求を止めることにはならない。逆に拍車を掛ける要因だと言ってもいい。


「だけど、それは本当に最初のうちだけだったんだ。ルーインシステムの完成によって僕の目の前にディスプレイの向こうではなく、五感すべてを通して存在したキミと触れ合った。そうすることで思った……」


 僕は唾を呑む。彼は微動だにしない。


「――僕はキミと友達になりたい」


 勉強一辺倒でうだつの上がらない僕にも彼は隔てなく接してくれた。ファーストコンタクトの段階で彼のAIとは思えぬ特異性を見せつけられた。

 数日、数か月、数年をともに過ごすうちに、僕はまるで本物の人間と接しているかのような錯覚を持つようになった。それから彼と、友達になりたいと思うようになったのは必然のことだった。息子でもあり親友でもある。そういう特別な存在になりたかった。

 その日を境に僕はある計画を立てた。


 ――東雲颯をこのルーインから脱獄させる。


 僕が用意した生体アンドロイドを用いて、外の世界で彼を生かす。

 このニセモノの世界でなく、本物の世界で生かす。

 彼はそれを望まないかもしれない。でも、彼はこんな小さな世界で生きるべき存在ではないんだ。もっと知るべきだ。世界のことを、外の世界のことをもっと。

 どんなに不幸になろうとも。どんなに辛酸苦汁を舐める結果になろうとも。

 それがどんなに困難な道のりだったとしても諦めない。幸い、雫の協力も取り付けることが出来た。彼女も颯を救いたいと言ってくれた。

 颯と僕と雫の三人が力を合わせれば、なんだって出来ると思った。


「問題は二つ」


 僕は指を二本立てる。


「キミにキミが人間でないことを伝えるべきかどうか。でも、これは即座に却下した。この世界では、キミは最も厳重な監視体制の下に置かれていたから、その事実を伝えることは僕と雫の計画に支障をきたすと考えた。政府側に僕たちの企みを知られないようにするには、すべてを秘密裏に進める必要があって、出来ることなら、脱獄ギリギリまで伝えるべきではないと思ったんだ」

「生きることはうまくいかないことのほうガ多いな」


 片手を腰に当て、彼はもう一方の手で後頭部を掻いた。フードの上から。


「もう一つはその脱獄の決行日。こちらは海馬沙耶の予知が助けになってくれた。彼女もこの計画には協力的でね。まあ、沙耶も自分を殺すかもしれないキミを外に出せるのなら、と思ってくれたんだろう。いくつかの問題が発生したが、十分な役割を果たしてくれた」

「…………ああ」


 彼は曖昧な返答をする。海馬沙耶という名前が気に食わなかったのかもしれない。


「だけど、僕たちの計画のすべては八神姉妹のせいで台無しになってしまった」

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