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プリズンアクト  作者: 西光寺翔
第四章
13/22

~リーダーはキミと同じ変わり者~

 二日後――三月十五日。森の中。晴天。頬には絆創膏。

 岬の奥。トンネルの先にあったバックドアで、俺は丸二日の停滞を余儀なくされた。バックドアは許可のない者の侵入を遮断出来るため、態勢の立て直しを目的に、軽い療養を行うこととなった。

 白色無地の世界で俺は――ひたすら鞍馬と雫のことを考え続けた。

 そうして二日を共に過ごす内、いつしか俺と八神の間には奇妙な信頼関係が築かれていた。つまる所、一宿一飯の恩、といった感じだ。

 そして、頬の血も乾いた三月十五日。

 久しぶりにバックドアを脱出してみれば、俺たちは日をなおも暗くするほど、鬱蒼と茂る森林に立っていた。もはや、密林と言っても過言じゃない。学校の周りを囲う森とは、段違いの正真正銘の迷いの森がそこに広がっていた。

 十分も歩けば二度と生きて帰れそうもない森。なのに、どの神のイタズラか、リーダーのいるとされるログハウスは、もう目と鼻の先に建っていた。なんだか都合がよ過ぎる。


「あの中にいるのか?」

「はい、バックドアに間違いがなければ……」


 エンジ色の屋根に太く頑丈な丸太で組まれた二階建ての建物。

 視認している今でさえ、まるで自然に溶けてしまいそうな佇まいで、どこか古めかしく、森との調和を決して乱すことはない。

 木陰に隠れて様子を窺っている俺は、建物から漂うその独特な空気に息を呑んだ。幸か不幸か、ログハウスの周りにグングニルのような自立式兵器の姿はなく、余計な時間が掛からずにすみそうなのだが、その代わりロボットの不在を補って余りある優秀なガードが付いていた。


「あれが例の……えっと」


 バックドア内で八神から説明を受けたのだが、なんと言っただろうか。と、額を小突く俺に、被っていたフードを外しながら八神が継いだ。


「広域遮断フィールドです」


 ログハウスの周りを半球状のいびつな膜が覆っていた。丸太の色を変えるほどの目を突く紅色の空間が、建物から数メートルの距離を囲っている。その不均等な半球は、血のような濃い色も相まって、さながらホオズキの実を被せているように見える。非常事態宣言の発令された状況下で、一体も機械が配備されていないところを見ると、それだけホオズキの防衛力に自信があるんだろう。


「……ふーん」


 どこか上の空でそれを眺める。赤い膜がいつか街のタワーから見た夕焼けに重なって見えた。

 バックドアの中にいた時から今までずっと答えを得られないでいることがある。

 鞍馬と雫の行動についてだ。

 こと八神の話によれば、俺の破壊の力とやらはあの校長室で、あの花のプログラムに触れたことによって覚醒したらしい。いまだ覚醒したという自覚はないがそういうことにしよう。

 じゃあ、なぜ二人は東雲颯という超級犯罪者をあんな場所に連れて行ったのか。

 何が目的であの二人は、そんなリスキーな行動に出たのか。

 この世界の造り手は鞍馬だ。ならば、あの旧校舎に謎の空間があることは、彼ら自身よく知っていたはずで、同時に覚醒の可能性も少なからず予測出来たはず。そう考えると、彼らの取った行動の意図がまったく掴めない。


――どうして、二人は……。


「大丈夫ですか?」

「え?」


 疑問から引きずり起こされた俺は、さぞや奇天烈な顔をしたに違いない。ふわりと髪を揺らし、彼女は伏し目がちに言った。


「いえ、ここ数日、状態が優れてないようですので」


 その言葉で八神の言いたいことが理解出来た。どうやら心配されたらしかった。さすがの八神だって人間だし、鉄面皮を外す時もあるんだろう。やわく現れた哀愁は女性らしさに溢れていた。対して俺は微苦笑し答えた。


「少し気になってることがあったんだ……でも……大丈夫、きっとなんとかなるから」

「……そうですか……わかりました。あなたがそう言うのなら、そうなのでしょう」


 そう言って視線をログハウスに戻した八神は、やおら木陰から身を乗り出した。

 こちらへ、とブーツで土を踏みしめる彼女に促され、俺もまた木陰を後にした。


「見ていてください」


 広域遮断フィールドの一メートルほど手前に立ち止まった彼女は、足元に落ちていた小枝を拾うと、おもむろに膜へと放り投げた。

 投げられた小枝はくるくると鮮やかな軌道を描き、まもなく赤い膜に接触し――


「うおッ!?」


 瞬間、激しい炎を上げて小枝が消失した。一向膜の表面を業火が覆っている。火山のように噴き出した炎に呆然と言葉を失った。


「このようにフィールドに触れたものは、いかなるものでも完全に焼却されます。私たちの肉体ではひとたまりもありません。この壁を解除するには高度なセキュリティ権限が必要で、組織の見解では、これを突破することが本作戦の難関の一つと考えます」

「難関ねえ……」


 八神の隣に立ち、俺はログハウスを見上げた。

 広域遮断フィールドは、線香花火のようにパチパチと音を立てており、均整のとれた赤一色というよりは、水に浮く油に似たまだら模様が、緩慢に移動している。電気の流れる有刺鉄線を百倍ヤバくしたらこんな感じになるだろう。

『ミストラル』のリーダーが中にいるとして、その人物の助けは今後重要になることは間違いない。だとしたら、この壁を突破することもまた重要なのだが、さしもの八神にもそれは出来ないようだ。すると――


「どう思われますか?」


 猫を思わせるつぶらな丸い瞳に上目で見つめられ、俺は面食らってしまった。


「あなたなら、この壁を破壊出来るという意見が組織の大半です。私もそれを支持します」

「俺が?」

「はい」


 これはまたずいぶんと買い被られたもんだ。何度も言うようだが、俺はつい数日前まで平々凡々な高校生だったわけで、彼女に期待されるような人間じゃない。


 はずなのだが――どうしてか……出来そう気がしてくる。


 いや、そんな率直に言えるほどの根拠は毛ほどもない。なのに、出来そう気がしてしまう。

 もちろん不安はある。目の前であれだけ鮮やかに燃え尽きる小枝を見せられたら、不安にならないというほうがおかしい。本当の自分を知る前に死ぬとか、親友との再会を願っていながら死ぬとか、あいにくそんな自殺願望はない。


「……ああ、やってみよう」


 それでも根拠のない自信が恐怖を凌駕した。どこか確信があった。このホオズキは恐れるものじゃないと本能が知っているようだった。

 俺は自らの両手を見つめ数度開閉を繰り返す。それを裏返し、そっと広域遮断フィールドに手を伸ばした。爆発物を扱うように注意深く、かと言って気後れすることなく縁に指を添える。

 そして――そして、それは起こった。


「ぐッ!!」


 膜に両手を当てた瞬間、全身を強烈な電撃が走った。

 今までに経験したどれよりも強い、突き刺すような衝撃が脳天を貫いた。身体中の骨の一つ一つがさえずり、肉と皮がぞっと粟立つ。閉じていたはずの汗腺が一斉に開き、噴き出す汗があごを落ちた。

 膜は水風船をつつくがごとく破裂し、オーロラのように幻想的な余韻を残して霧散し、


「――――あ」


 破裂時に撒いた微風に身体を揺られ、土下座をするように地面に手を突いていた。

 呼吸が辛い。膝がスポンジにでもなってしまったのか、ちっとも力が入らず地面に突いた手も枝のようで頼りない。内臓はそのまま地面に落ちてしまいそうなほどに重く、気付けば目からは大量の涙が流れていた。慌てた八神が、俺の背に手を当てしゃがみ込んだ。


「大丈夫ですか!?」

「ちょっと……さすがに、これは、大丈夫……じゃないな……」


 軽く頭を上げ、引きつった顔を作る。それが精一杯だった。


「肩、借りてもいいか?」


 無言で頷いた彼女は、俺の肩にもぐり支え上げた。身長差のために微妙に借りづらくなってしまったが、それも愛嬌というものだろう。担ぎ上げながら彼女はそっと呟いた。


「ありがとうございます。おかげで次の段階に進めます」


 俺は、そう何度も繰り返す彼女の顔を見つめた。薄らと上気した頬とほころんだ唇が目に付く。成功の喜びに満ちている様子が小さな肩からひしひしと伝わってくる。

 どうやら八神の心情の微々たる変化が、俺にも掴めるようになってきたらしい。


 ――いや、逆か。彼女のほうがそういう微妙な変化を表に出してるんだ。


 それは俺のことを味方として信用した結果なのか、この先にいるリーダーに会えるという高ぶった気持ちから来るのか。個人的には前者が望むべくもないところだ。

 なんて浮ついたことを考えていた矢先に、それは起こった。


「――え」


 担がれた俺と担いだ八神が、ログハウスの手前にあるウッドデッキに足を掛けた瞬間、ログハウスの扉が独りでに開いたのだ。

 ゆっくりと開いたその向こうに一人の女性を認める。ノブを握る細い腕は白くか弱げで、緩やかなウェーブの掛かった黒く長い髪が一房まとわりついている。

 筋の通った鼻と、まん丸の水晶輝く瞳が人形のような印象を与え、口はバラのつぼみのように小さくすぼめられている。服装はベージュのブラウスに、ふんだんにレースとフリルのあしらわれた緑色のフレアスカート。洋服に包まれた小柄で細身な身体つきと背景のログハウスが相まって、さながら緑の妖精が絵本から飛び出してきたような錯覚を受けた。


「すっごーい。時間どおりの到着ねえ」


 ネジの抜けたゆるい声を発する女性に首を傾げそうになったが、それよりも先、俺の脇から弾丸のごとく黒い物体が飛び出したことでよろけ、声が出せなかった。八神が女性に向かって走り出したのだ。


「お姉さまッ!!」

「あらあらあら、まどかちゃんどーしたの? そんなに泣いちゃってえ」

「うわあああぁぁぁん。お姉さまあああああああぁぁぁぁ――――――――ッ!」


 八神が叫んだ。強く抱き付き、ぺたぺたとの頭を女性に撫でられながら、人目も、俺の目もはばからない盛大に叫び、泣き喚いた。泣き喚いて、大号泣した。


「……」


 そして遠慮なく大号泣する八神の姿に、俺は軽く――否、ドン引きだった。もう別人だろ。

 いや、そんなことよりも考えるべきは、どうして八神のお姉さまがログハウスの中から出てきたのか、だ。話じゃこのログハウスにいるのは『ミストラル』のリーダーのはずで、にもかかわらずそのログハウスからは、八神のお姉さまが出てきた。というのは、つまり?

 弱って右に身体を傾け、眉に皺を寄せながら物思いにふける。そんな俺を前に女性はくるりと背を向け、泣きじゃくる八神を部屋の中に押し込めると、次にこちらへ振り向き、


「ほらほら、あなたも中へどうぞ。歓迎するわよ、ゼロワン」


 俺のことをそんな二つの数字で呼んだ。

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