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4 悪役令嬢は反省する

 

「やっっられましたわあのキラキラ顔面最終兵器ぃぃぃっ!!!」


 昼下がりのオルコット家に、女の悔しげな悲鳴が響く。この家でそんな大声を出す女は、御察しの通り一人しかいない。オルコット家の令嬢、ノア・オルコット。そう、王城でまたもやぶっ倒れた彼女が、たった今、目を覚ましたのである。


「屈辱ですわ屈辱ですわ屈辱ですわー!!!

 あんなに準備して挑んだのに!!!」


「見事に惨敗でしたねぇ」


 側に控えていたアルが、自室のベッドの中で暴れるノアに乾いた笑みをこぼす。暴れる彼女を咎めないのは、彼の中で、ノアへの同情の方が勝ったからなのだろう。


 そう、惨敗したのだ、彼女は。


 ウィリアムの顔面相手に、固まることしかできなかった。おぼこい娘のごとく、顔を恥ずかしいくらいに真っ赤に染め、まともな言葉を発することもできなかった。しかも、挙句の果てに……


「っ……あーもう!! ムカつきますわ!!! 何なんですの!? 何考えてますのよアイツ!!」


 思い出しそうになった記憶をかき消すように、ノアはまたボフボフとクッションを殴った。

 あんなのノアにとってはトラウマものである。二度と思い出したくないし、経験したくない。

 彼女は自分がドMなのは認めているが、しかしイケメン相手となれば話は別なのだ。彼女が踏まれたいと思うのは、イケメン以外の大多数である。キンキラキンの顔面を引っさげて嘲られようと、どうせノアには、緊張のせいで何を言っているか分からないだろうし。


「そう思えば貴方は丁度いい顔面偏差値ですわね……五十って感じですわ。ねぇ、ちょっと罵って下さらない??」


「脈絡がなさすぎてびっくりしましたけど、バカにされてるのは分かりました」


「あら、バカになんてしてませんわ! いいじゃない、ノーマルフェイス!! その可もなく不可もなくって感じ、最高じゃありません?!!」


「ナチュラルに煽ってくるのやめてもらっていいですか」


「あっ、良いですわねそのイラついたような表情。ちょっと腰にキました」


「頭のお医者さーん?!?!」


 主人のあんまりな言葉に、アルは手に負えないとばかりに悲痛な声をあげた。しかし、ノアがお医者さんを連れてきてどうにかなる頭をしていないことなんて、とっくのとうに彼は知っているはずだ。アルは諦めたように嘆息すると「その様子なら、お体は大丈夫そうですね」と、言った。


「ええ、見ての通りピンピンしてますわ。で、アル。今は何時?」


「ええ、午前十時丁度ですね」


「じ、十時??貴方、時計を読み違えてません?だって、私がお茶会に出かけたのは昼の十二時からですわよ?」


「だから、寝てたんですよお嬢様は。丸二日、高熱にうなされて」


「は、はぁぁぁぁっ!!?」


 またもやオルコット邸にノアの声が響く。

 玄関で昼寝をしていた猫が、びょんっと飛び上がった。


 二日。丸、二日。


「ま、マジですの……?」


「ええ、マジです」


「マジかぁ……」


 ショックが大きくて、思わずノアの口から似合わない現代語が漏れる。どうやら喪失感に打ちひしがれているらしい。うるさかったのが、突然静かになった。


「つまり私は??イケメンの顔面にやられて熱を出し??ベッドに送り返され??二日間高熱にうなされた、と……そういうことですの?」


「まぁ……残酷なようですが」


「くぅぅっ……!!」


 屈辱的な終わりに、ノアがぎりりと悔しげに唇を噛んだ。本当に、惨敗だ。負けに負けを叩き込まれた。完膚なきまでにぶちのめされた、と言っても過言ではない。


「っ、こうしちゃいられませんわ、リベンジを考えなくては……!」


 そう。そうだ。あの王子とは、また何度か顔を合わせなければならないのである。予想外の展開にもなってしまったし、攻略法を考えなくてはならない。


「っ、ああああ!!」


 つられてウィリアムのあの行動を思い出してしまったようだ。ノアの顔が、また羞恥に染まる。


「ぐ、ぐぅぁぁぁっ!! あの顔面が頭に焼き付いて離れませんっ……!! このっ! このこのっ!!」


「わぁぁちょっと!! やめてください!! おかしい頭がさらにおかしくなったらどうするんですか?! 手がつけられませんよ!!」


 気が狂ったように頭をベッドの柱に打ち付けるノアを羽交い締めにして、アルが止めに入る。

 中々に失礼な発言だったが、ノアの頭は生憎とあのキンキラキンの顔面でいっぱいだ。


「ほら、落ち着いてください。一体、あの後席を立ってから、何があったんです?」


 ノアをベッドに座らせたアルは、不思議そうに問いかけた。きっとアルの目には、ノアの行動がいつもの彼女に輪をかけて不審に写っているのだろう。実際、今の彼女は特に酷かった。いや、そもそも普段から情緒不安定気味なところはあるのだが、今日は一段と酷い。精神疾患を疑うレベルだ。心臓なんてさっきから跳ねたり止まったりと忙しい。そんな彼女にアルの質問はあまりにも酷だった。


「席を……立ってから……っうわぁぁぁっ!!」


「お嬢様?! あ、ちょ、だからダメですって!」


 今度は自分の頭を殴ろうとする彼女の手を、アルがしっかりと抑え込む。どうやら、アルに尋ねられた所為でまたあの時の記憶が蘇ってしまったらしい。


「……後で。後で話しますわ。というか、そうさせて頂戴。多分今話したら、羞恥心で飛び降り自殺する気がしますもの」


「は、はぁ……」


 アルはぽかんとした表情で、げんなりしたノアを見つめていたが、流石に彼女にとって相当な事があったのだと察したらしい。それ以上深く突っ込んでくる事なく、彼はそっと口を閉じた。


「っ……とりあえず、しばらくはイケメン耐性トレーニングですわね……どんな対策を敷くにしても、あの顔面に耐えられなければどうしようもありませんもの」


 そう。何にしたってまず必要なのは基礎力。

 思っていたより、相手は相当に手強かった。

 ウィリアム相手に彼女は手も足も言葉も出なかったのだ。あの写真集トレーニングは、やはりまだ続けるべきである。



「そうと決まれば早速開始ですわ!! アル、写真集を持って来なさい!!」


「はいはい……」


 鼻息荒く命令するノアに、アルはやれやれと気の抜けた返事を返す。完全に嫌そうな顔をしていたが、この従者の不敬っぷりはもはや今更だ。命令通り、アルが書庫に積んでおいた雑誌を取りに行こうと、ドアノブを回す。



 その時だった。バンっ、と、扉が勢いよく開いたのは。


「へぶっ?!」


「ノッアちゃぁぁぁぁぁぁんっっ!!」


 突然、室内に男の声が響いた。


 なんだなんだ、とノアが扉の方へ目をやると、そこには黒髪にワインレッドの瞳をした男性が立っていた。扉の奥から現れた男は、ドアに頭を打ち付けて蹲るアルには目もくれず、ベッドへ向けて一目散に駆けてくる。


「ひえっ、ちょっ、まっ……!」


 逃げ腰になりながら、ノアがストップをかけたのと、男がベッドにダイブするのはほとんど同時だった。


「あああああノアちゃん! ノアちゃんノアちゃんノアちゃん!! 会いたかったよぅ!! 今日も本当に可愛いねスーハースーハー、ああノアちゃんが足りない、抱きつかせて吸わせて食べさせて!!」


「ぎ、ギャァァァァッ!! 嗅がないで下さいまし!! ちょ、ふざけないで下さい!! い、嫌ぁぁぁぁっ!!!」


 なんとか足で蹴って、男と距離を取ろうとするノア。しかし男はそんなのものともせずに、恍惚とした表情を浮かべてノアをぎゅうと抱きしめる。


「ああ可愛い! がわいいよぉ…! 幸せすぎて死ねる……!」


「じゃあ死になさいこのド変態っ!!!」


 ガンッ。


 えげつない音と共に、男の脳天にノアの肘鉄が落ちる。結構良いところにヒットしたらしい。男はヘロリとベッドから転がり落ちた。


「っ……いい肘鉄だ……そんなところも好き……」


「っ、いい加減にして下さいませ、セドリックお兄様!!」


 言って、自分の肩を抱きながら、ノアはセドリックとやらの方をギリっと睨みつける。その目には、若干涙が浮かんでいた。それもそのはず。現れた男は、イケメンだったのだから。


「いやぁ、ごめんごめん。でも可愛い妹は正義だよね」


 支離滅裂な発言をしながら、男……セドリック・オルコットは、へらりと軽薄に笑った。



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