砂漠の秘薬にご用心!8
エカルテネはとにかく砂漠の外の話を聞きたがった。スリアミドラが旅に出た理由、姉ルナフィオラの戴冠のこと、これまで通ってきた道、スリアミドラとアルトの関係、つみれのこと。エカルテネの好奇心は尽きない。すぐに、エカルテネの中庭は簡易な学習会と化した。もちろん、その専門性の高い会話の核となっているのは主にエカルテネとアルトだ。
「……それで、この本にはブレナ王国の建築物の特徴は四百年前に部分的に取り入れられた木造による面が大きいって書いてあったけど、本当?」
「そうですね、たしかに部分的には認められるといえます。ただ基本的にやはりメインと呼ぶべきは平野から運んできた石による素朴かつ質実剛健な建築です。石造りそのものはキャロトリアの影響を受けているとはいえ、この建築要素は国王の政治的な哲学にも反映されていると言えると思います。私達が訪れた際は……」
「アルトちゃんとエカルテネ、ずいぶん話が弾むようね」
エカルテネの天幕の中で熱心に語り合う二人を遠巻きに眺めながら、デルテアネがお茶の用意をするスリアミドラとつみれに囁いた。午後の中庭はつみれの焼き菓子とスリアミドラの王室作法によるティーサロンだ。
「ええ、ほんとに!とってもうれしいです、わたしじゃアルトの豊富な知識での会話には答えられなくて。アルトもやっと、同じレベルで話ができる方が現れて嬉しいんだと思います、久しぶりに目がキラキラしてますもの」
カチャカチャと茶器を用意しながらスリアミドラは微笑んだ。スリアミドラがお湯を注ぐ様や茶葉をスプーンで救う様子は、キャロトリアで始めて以来毎日のつみれによる訓練のおかげで随分と様になっていた。
「正直、エカルテネちゃんの熱心な聡明さには本当にびっくりさせられていますし、アルトと仲良くしていただけてほっとしています。あ、蜂蜜どうしますか?」
デルテアネは艶やかな唇に人差し指と中指を当てた。いつも通りスプーン二杯分の合図だ。
「そうね、私も嬉しいのよ。私もダメなの、エカルテネとは10歳も年が離れているし、体が弱いものだから、いつまでも小さな可愛い庇護してあげないといけない妹のイメージがあって……ウフフ、いけない姉よね。でも、アルトちゃんにあんなに仲良くしてもらえてるっていうのは、私にとってもとぉっても好都合なの。」
「?それってどういうことなのですか?」
「あら、なんでもないのよ。そんなことよりこの香り、そろそろかしら?今日の芸術作品がやって来るのは」
「はーい今ちょうど焼きあがったとこっ!熱いから気をつけてね、今切り分けるから」
ちょうどよくつみれが焼きあがったお菓子を焼き型ごと運んでくる。蟹股なのは少々いただけないが、その手に乗った焼き型の中に入っているのは、デルテアネ好みのナッツといちじくをじっくりカラメルソースで煮詰めて作ったパウンドケーキだ。蜜が軽く焦げたような魅惑的な香りにデルテアネは舌なめずりした。エカルテネもアルトの手助けを借りながらゆっくりと起き上がると、無邪気な顔で嬉しそうにこちらに向かってきた。
「とても素敵な香り!すりみ、聖者様、今日もとってもおいしそうなお菓子です!」
「あははー、でもこのいちじく、朝エカルテネちゃんに皮向いてもらうの手伝ってもらったやつなんだよ。おかげですごくうまく焼けたんだ」
「ふふ、褒めすぎです、聖者様!でも、嬉しいかも」
真珠色の長い髪が隠す目をうっとりと細めたそのエカルテネの表情には姉デルテアネのような蠱惑さはないが、やはり似ている。
四人がテーブルにつき、スリアミドラがそれぞれのカップにお茶を注ぐ。湯気がのぼり、白く無機質な空間は一気に華やいだ。
「本当にあなたたちのおかげで、この中庭がこんなに明るく感じられるわ。普段のここはね、エカルテネが一人で本を静かに本を読んでいるだけで、何の物音もしない、ほぼ無音の空間だったのよ。ウサギちゃんたちが来くれて嬉しいわ。」
毎日お茶の時間になるたびにデルテアネはこの言葉を繰り返す。よほど嬉しいのだろう。ただ、今日はいつもよりひとつ多めに楽しい話題があった。それは今日が例の満月の日だということだった。前に話していたとおり、今日は華やかな祝宴にするつもりでデルテアネは用意を進めていた。
「今日は、ついに満月の日ですからねっ!エカルテネちゃんも、今夜はお外に出てきていいんですよね?みんな揃って夕べを楽しめるなんて、思っただけでわくわくしちゃいます!」
嬉しそうに頬を両手で包むスリアミドラに、デルテアネは笑顔で答えた。
「ええ、そうなの!あなたたちが来てくれてから、体の調子もいいみたいと宮廷医も言っているし。ね、エカルテネ?前は一日中横たわって一日一食、スープかお白湯だけしか飲めないような日がほとんどだったのに、今こうしてティータイムができるなんて、私……本当に夢のようよ」
「それは、すりみと聖者様の腕がいいからなの」
エカルテネははにかみながらパウンドケーキを口に運ぶと、いかにも幸せそうな顔でデルテアネに向かって、
「あ、これ、絶対にお姉ちゃんが好きな味!私、嬉しい」
と言って無邪気な笑顔を見せた。なにが嬉しいのかは言わなかったが、その言葉には姉への色々な思いが詰まっているのが感じ取れる。デルテアネもケーキに劣らぬ甘い目つきで頭をかしげるとエカルテネの目にかかる真珠色の前髪を払ってやり、「もうすぐよ」とだけ囁いた。
おかげさまでやっと引越しが終わりました!まだまだやらないといけないことが山積みなのですが、また少しずつ書いて行くスピードもどしていきたいです。
とにかく書きたい欲だけはありあまってて、この章は引越し中の飛行機の中で書きました…




