砂漠の秘薬にご用心!1
ダールブ砂漠はつみれがなんとなくテレビの映像で想像していたような砂しかない場所というわけではなく、ムバルタッカ港にあったのと同じ赤い大岩がごろごろと横たわるなかを砂が満たしているといったほうが的確だった。むしろ、ときには河川を遠くに見つけることすらある。意外と住み心地は悪くないのかもしれない、と放牧されている家畜の群れを見ながらつみれは思った。
「こういった厳しい環境の下でも、人々は暮らしを築いているのですねっ!」
感動しますね、アルト?とスリアミドラが問いかけたが、聞いているのかいないのか、アルトは「はあ……」と生返事をしただけだった。橇に乗り込むときに、なまじ最後まで反対意見で抵抗していたせいで、後部座席をスリアミドラとつみれに取られた(というかスリアミドラからすれば「より良い友人関係」のために気を利かせたつもりだった)アルトは、デルテアネとともに前部座席に座ることを余儀なくされたため、やたら腕を絡めてきたり体を預けてくるデルテアネに耐えなければならない羽目になってしまい腹立たしい思いをしていた。
そんなアルトの気持ちなどお構いなく快速で吹き付けてくる風は心地よい。蜥蜴達が滑らかに砂上を舐めるように走ってくれるおかげで、橇は砂埃も立たず快適だった。ただ早いうちに、どこかで日焼け止めだけは調達しなくてはならない。港町か、セイラゴン島にいるあいだに買っとけばよかった、と今更後悔しても遅かった。太陽の光はセイラゴン島とは比較にならないくらい厳しく照りつけてくる。
(UV値どのくらいあるんだろここ……)
つみれはため息を付いた。褐色肌のデルテアネさんですらローブでガードしてるんだもん、やっぱそれくらいしないといけないんだろうな……私の貧弱な肌、耐えられるのかな……
そう思いながらデルテアネの美しい横顔をつみれは後ろから眺めた。やはり、ものすごい美人だ。色白で優しい面持ちのスリアミドラの、正統派プリンセスな系統とは違った大人っぽい魅力がある。
橇は大きな丘陵を登りきったところで、勢いよく下り始めた。谷を下った先にあるのは、それまでは登り斜面に隠されて見えなかった大きな盆地だった。ちょうど突出した巨大な二枚の岩が互い違いに屋根のように太陽を遮り、大半が日陰になっているそこは、白や砂色の建物がたくさん並ぶ大きな街になっているのがわかった。そこ目指してスキーヤーが雪原を滑り込んでいくように、橇はゆるやかな砂の坂をひたすら下っていった。
降りきった先は、谷の上から見ているのとは全くスケールの異なる大都市だった。時間は正午。整然と並ぶ碁盤のような建物の真ん中を貫く大通りは、きっと計算して作られているのだろう、そこだけに太陽の光が降り注ぐようにできている。
その太陽の道を颯爽と駆け抜ける頃、デルテアネは何を思ったのか急にローブを脱ぎ捨てた。その美しい肢体、褐色の肌と白い下着寸前な服装が太陽のもとでつみれの強烈に目に焼き付いた。スリアミドラは目を丸くし「まあ」と控えめな声をあげただけで済んだが、アルトはぎょっとした顔をして飛び跳ね、つみれに至っては露骨に「……オッホオ!」という、同じ女子としてはなんとも悲しい声を出してしまった。
街道を行く人々がこちらを見てくるのがいやでも分かる。当然だろう、蜥蜴をこんなに繋いで走らせている豪華な橇に、色気むんむんの美女、その上見慣れないウサ耳外国人が乗り合わせているのだ。つみれは同じグループとして見られているのが恥ずかしくて下を向きっぱなしだった。「なぜあの華やかな美女たちの中に、一人だけ地味な一般人が?」と変な注目を集めるのだけは避けたい。心底耳までそう願うつみれが縮こまっているうちに、橇は街を通り抜け、どこかはわからないが喧騒の中を走ると、やがて大きなカーブを描いてどこかに停車した。
「はあ、やっと着きましたわ。ここが私の家なの」
デルテアネにそう言われてつみれはようやく頭をあげ、そしてまたしてもたまげた。
そこは、岩を削って作られた美しい宮殿のエントランスだった。どう考えても一般のお金持ちや貴族なんかが住めるような規模ではない。砂漠の真ん中にあるはずなのに、テラスからは樋を伝って水が絶え間なく流れ落ちてエントランスに人工的な小川を作っており、太陽の光をキラキラと反射している。その先は広場へと続く長い階段で、いかにも式典に使います、という格調高そうな雰囲気がある。つみれは唾を飲んだ。
スリアミドラが、「まあ、デルテアネ様って、もしかして……」と言うのには答えず、いくつもの円柱が幾何学的な影を織り成す建物のほうへと歩きながら、
「あら、そんなとこにずっと立っていたら体が溶けちゃうわ。何か喉を潤しませんこと?」
とデルテアネは言い、三人を宮殿の中へと招いた。




