法皇様のお願いにご用心!
「リュラルちゃん、ではなくてリシア法皇様、今日はお話がございます……」
朝日が差し込む美しい庭のパゴダでたくさんの召使いたちを傍らに、いままさに朝食の粥に手をつけようとしたばかりのリュラルは急に現れた三人を前に意外にも冷静だった。
「何じゃ改まって、と思うたが……もしや、そなた達も、旅立つつもりか?」
「はい、実は、よろしければ明日の朝でも……って、『も』って、あれ、法皇様もどこかにお発ちになられるのですか……?」
法皇は「その呼び方は良さぬか」と不機嫌そうに言いながら、少しふてくされたような恥ずかしそうな顔で足をばたつかせると姿勢を整え、
「余もそろそろしっかりせねばならぬと思っていたとこじゃ。リュシエンヌもおるし丁度よいから今言うとしよう。
余の休務中は心配をかけたかと思うが、この度直にこの目で民を見、リシアの民というものがどんなに余を必要としているのかがよくわかった。そしてリシアの法皇として民を愛することができる者は余だけである。
明日より法皇としての公務を再開することにするゆえ、謁見の間を整えておくように。……良いな、明日からじゃぞ!今日までは、余には、屋台でのお釣り係の仕事があるのじゃ。のう、そなた達、今日まではここで店を開けていくのじゃろう?!」
そう大きな瞳で問いかけるリュラルに、スリアミドラは胸を打たれた。リュラルの瞳がいつもより強く輝き、それに少し潤んでいるような気がする。スリアミドラは優しくにっこりと頷き、力強く「はい!」と答えた。
二週間の間だけとはいえリュラルが法皇として久しぶりに行った最初の公務は、スリアミドラたちへの祝福だった。リュシエンヌを筆頭に忠実なる近衛騎士団長、温和な神官長と腹心の者たち以外誰もいない大聖堂で、リュラルは久しぶりに玉座の奥に登る。ここにいるものは皆法皇の姿を知っているためだろう、玉座にヴェールはかけられておらず、厳かな大聖堂にもかかわらず(つみれに言わせれば授業参観日的な)どこか暖かい雰囲気があった。
リュラルは聖杖を手にスリアミドラたちの旅の安全を祈り、月光色の粉をひざまずく三人の頭に振りかける。
「この粉は満月の守護、一度だけではあるもののそなた達の身を危険から守るであろう。道中気をつけてゆかれよ。それから……もし可能であれば、旅するそなた達に折り入って頼みがある」
そう言うとリュラルはリュシエンヌを通じてあるものをスリアミドラに手渡した。それはガラスの小箱に入った、古びた小さな巻物だった。
スリアミドラは意外な物を目の前に出されて首を傾けた。?マークが頭の上に浮かんでいるのがわかる。リュラルは静かにこう言った。
「それは先々々リシア法皇……つまり余の曾祖母が生前、戦争中にある人物にもらった書簡に返信しようとして渡しそびれたものらしいのじゃ。
それで、もしそなた達さえ良ければじゃが……もし、ある時そなた達が『銀山羊の民の王』と呼ばれる者に出会うことがあったなら、渡してやってはくれぬか?」
スリアミドラは戸惑いながらそれを受け取った。好奇心を示したつみれがその小箱を開けようとするが、どこを押しても爪でこじ開けようとしてもびくともしない。リュラルはやっきになっているつみれに、
「無駄じゃぞ、これには魔法鍵がかかっておって、指定された受け取り手のみが開封できるのじゃ」とさらりと言うと、スリアミドラに説明した説明を始めた。
「銀山羊の民というのは、かつての世界大戦時に我がリシアともっとも敵対していた隣国じゃが、戦に敗れた今は国ごと姿を消したとされておる。」
「えと、どこに行ったかわからなくなっちゃった、ってことですか?」
「そのとおりじゃ。どうやら残されている書簡によると、先々々リシア法皇と銀山羊達の間では途中まで和平交渉が進んでいたようじゃが途中で相手の王が行方しれずとなり、話はたち消えてしまったようでの。
なに、これは別に重要な外交文書などではない。そうであれば余が現法皇の名の下開封できるはずじゃからな。銀山羊の民の国はすでに滅んで以来誰もどこの国でも見かけたという報告がないゆえ、おそらく再び相見ることは不可能じゃろう。もしたまたま、遭遇することがあればということでよいのじゃ。
重荷になるようであれば、焼き捨ててもらっても一切構わぬ。」
なにやら小難しい話に頭を必死で働かせて付いていこうとしているスリアミドラの傍らで、すぐに理解したアルトは口元に指をあて「なるほど、」と一言つぶやくと、
「かしこまりました、できる限りやってみましょう。ただ、法皇陛下すらその銀山羊の民という者達の居場所を知らないとなると……あまり期待頂きませんよう」
と言い深く頭を下げた。それでもその言葉に顔をぱっと明るくしたリュラルは「そうか、頼んだぞ!!!」と言うと、近くに控えていた神官長に地図を使って詳しく説明してやるように指示し、彼女自身はつみれとスリアミドラに向き直ると、
「面倒事を頼むかわりじゃ、そなた達には礼になるようなものを用意した。」と言い、今度は騎士団長に「あれを」と指示を出した。
(お金かな、それで食材買ってこうかな、ここの市場は充実してるし)と計算を始めたつみれに騎士団長が渡したのは、金の額縁だった。それも随分と重たい。つみれはブフ、と鼻息荒く腰を落としながらもなんとか受け取り抱え込んだが、正直がっかりした。いくら高価そうとはいえ、こんなものもらっても飾る場所もそもそも飾る絵もない。全く王族とか金持ちとかの考える謝礼ってわかってないな……売ってお金にしろってことかな?と思ったつみれの横でスリアミドラは目も口もぱっちりと開けて驚き、その上、
「こ、こんな良い物を……よろしいのですか?!!!」などとのたまっている。つみれはあのねえこんなものもらっても……と言おうとしたところで、ふと目を疑った。額縁の中の空間が、まるで蜃気楼のようにぐらりと歪んだような気がしたのだ。目をこすって確認したいが、額縁を抱えているのでできない。
そんなつみれの様子をおかしそうに見ると、リュラルは、「そなた達の馬車、このまま屋台をやるには少々手狭かと思っての」といいにんまりとした。
「まあ、聖者殿も重たかろうし、早く馬車に運ぶが良かろうぞ。さあ、余も長々と玉座に座りっぱなしなのは足が痺れて叶わぬ、今日の儀式は終了、余とそなた達はここでお別れじゃ!」
そう言ってさっと玉座から飛び降りると、リュラルはスリアミドラに抱きついた。最後の挨拶のつもりだろう。スリアミドラも背を屈めて優しく抱きしめると、
「リュラルちゃん、リュラルちゃんと過ごせて、お屋台も手伝ってもらって、わたしとっても嬉しかったです!」と返し頭を撫でてやった。
「また、いつでも来るが良い、」スリアミドラに抱きしめられて見えないが少し鼻声な気がする。
「当たり前ですっ!!!すぐに来ます、リュラルちゃんが立派な法皇になるように、わたしだって立派なパン焼き名人になっちゃいますよっ!!!」
そ、そうじゃなくて立派な王女様を目指すんじゃ、とつみれは思ったが、額縁の重さで口にするほど体力がない。
後ろでリュシエンヌがハンカチで目を拭っている。スリアミドラも笑顔と同時に涙をこぼした。
やがてリュラルが、決意したようにしがみついた手を放した。
「絶対にすぐ来るのじゃぞ、よいな」
金色の瞳で強く三人を見つめ、それから踵を返す。そして玉座に戻ると法皇自ら玉座のヴェールを降ろした。
こうして法皇の久しぶりの復帰が叶った。
代用のパソコン……マウスが大きすぎて慣れないし キーボードがめっちゃかちゃかちゃ言うのですごく困ってます〜!!!
今日はマウスを とてもゆっくり にする設定にしました。




