エルス村にご用心!5
他の素朴な宿に比べて、古いとはいえまるで古城のように立派な宿の所有者ならば、老紳士が老紳士たるのも頷ける。それを理解したつみれは正直に「ヒエ……いきなりあんな高級そうなとこでなんてとととんでもももないです」と言おうとしたが、アルトに素早く口を抑えられて最後まで言い切れなかった。代わりにアルトが、あくまでも冷静に「願ってもない申し出でございます」と言葉を被せる。スリアミドラも華やかな笑顔で無邪気に「まあアルトもつみれ様もそんなにはしゃいで、こんなに嬉しそうにする二人を見るのははじめてですっ!」と言い、老紳士に謝辞を述べた。
「実は、今日はわたし達のお店にとって、はじめての第一歩だったので、みんながっかりしていたところだったのです。特に、つみれ様はわたし達のためにこのパンというものを発明してくださったのに落ち込んだそぶりも見せず健気に振る舞っておられました……これもつみれ様の良い行いへの神様からのプレゼントなのだと思いますっ!」
スリアミドラはウサ耳を揺らして喜んだ。相変わらず嬉しいときはぴょこぴょこと飛び跳ねている。つみれは、まあ、すりみちゃんがそこまで喜ぶなら、まあ、いいか……と思って断るのは止めた。どうせこのおじいさんも喜んでくれてるなら、まあそれはそれでいいか。
「いくらお出ししたらよろしいかな?」と問う老紳士に対し、つみれはおそるおそる最低限の金額を提示した。と、いってもたかだか1万キナ程度だ。老紳士はこともなさげに頷くと、金貨を10枚差し出し微笑みながらこう付け足した。
「それで、お嬢さん方、もし追加注文したければ、また明日ここに来ればよろしいかな?それとも、もう宿はお決まりかな?」
つみれは眉毛を寄せながら、「あ、はい……」と答え、アルトが「3日程度、井戸の手前の『銀鱗亭』に滞在予定です」と説明するのに任せた。正直、そんなにバンバン売れるとは思えない。老紳士なりの作り手への気遣いというか、まあ単に社交辞令だろう。
老紳士が嬉しそうにパンがぎっしり入った重いかごを持って買えるのを手伝いつつ、三人は老紳士の宿の入り口の前でお礼を言い合って別れた。老紳士がにこにことドアの向こうにいなくなったのを見送る。
つみれは、「まーここじゃどのみち売れないんだし、ちょうど在庫引き取ってもらえてよかったかな……とりあえず小麦粉代とちょびっとだけの儲けにはなったし」とほっとした。
スリアミドラは、「つみれ様の作品、おじいさまの宿のお客様達が気に入ってくださると嬉しいです!」と嬉しそうに言う。
その後、三人が留まった銀鱗亭のおかみさんが大騒ぎでつみれの部屋をノックしに来たのは、翌朝だった。
ドンドンドンドン!!!という激しいノック音、というか棍棒を容赦なく打ち付けているようなおかみさんの腕力に、朝の弱いはずのつみれもたまらず飛び起きた。そして、その尋常ではない勢いに何事かとおそるおそるドアを開けると、おかみさんは一気にまくしたてた。
「ああ、お客さん、朝早くから悪いけど、あんた、シゴ様となにか揉め事でも起こしたんじゃないだろうね!?あのお方の宿から遣いが来ているよ!!」
何を言っているのかさっぱりわからず、つみれは「へ?」とだけ返した。何があったかはわからないが、とりあえずそういうことは自分なんかよりアルトのほうが心得ているはずだろうが、つみれが首を伸ばして隣のアルトの宿泊部屋のドアを見ると、おかみさんは苛立った様子で、「そのへやのあんたの連れならもう外に観光にでも行っちまったよ!それに、シゴ様んとこの遣いは、あんたの名前を言ってたんだ、お待たせしないでさっさと行ってやりな!」と追い立てた。
騒ぎで目を覚ましたのだろう、スリアミドラも髪だけとりあえうまとめたような状態でドアから顔だけ出すと、
「つみれ様、着替えましたら私もすぐ参りますから!」と慌ててそれだけ言うと身支度をすべくまた素早くドアの向こうに姿を消した。が、プリンセスのような身支度など全く必要としないずぼらなつみれは、とりあえずおかみさんががなりたてるのだけはやめてもらおうと、パジャマにスリッパのまま階下まで降りて行った。もちろんおかみさん同伴だ。厳しそうな目つきで、つみれが何をしでかしたのか見させてもらおうと腕組して構えている。
(シゴ様ってなにっていうか頭痛いおばさん声でかすぎでしょこっち寝起きだよ……)
そう思って目をこすりながら宿の玄関のところまで出ていった。そこにいたのは身奇麗な青年だった。
青年は背つみれを見つけると、爽やかにほほえみ、
「つみれ様でいらっしゃいますか。主より、言伝に参りました。
『昨日のパンは好評に次ぐ好評でまたたく間になくなってしまいました。よろしければ、追加でまた作っていただきたいのですが、お礼も兼ねまして先にお代は支払わせていただたい……』とのことです。」
つみれは、ぼんやりと眠気に濁った目で聞いていたが、その言葉に次第に頭がはっきりしてくるのが分かった。昨日のおじいさんだ。パン?あれ、全部売れた?また作ってほしいってこと???
つみれは口角が勝手に上がっていくのを止められなかった。遣いの青年はその不気味なニヤ……っとした笑いに爽やかに微笑み返すと、「こちらがそのお支払いになります、もし御異存なければ、ぜひお受取りください」といい、袋から金貨を取り出して自分の手の上で数えて確認してからつみれに手渡した。昨日もらった枚数の二倍の金額だ。
つみれは、美青年が自分の掌に金貨をそっと滑らせてくるという非モテには刺激が強すぎるシーンにあるというのも忘れて、自分のパンが売れたという事実、その感動に浸っていた。
(パン、私が作ったパン、ほんとに売れたんだ……おじいさん、私達がかわいそうだから買ってくれたわけじゃなかったんだ、ほんとに売れたんだ)
寝る前に勝手に邪推して勝手に落ち込んでいたつみれの耳の中は、今では天使のファンファーレが高らかに鳴り響いていた。
階段を風のようにスリアミドラが駆け下りてくる。つみれは心配そうな彼女を見ると説明するよりも先に、腕がスリアミドラを抱きしめていた。
「す、すりみちゃん、やったよ、き、昨日のおじいちゃん、パン、また作っていい、っていうか作ってほしいんだって!!!」
ハグしたままつみれはどもりながらもしっかりスリアミドラにそう告げた。スリアミドラも真珠が散りばめられたような満面の笑顔で「ああ……つみれ様、わたし、きっとそうなると思ってました!!」と言い抱き締め返した。
それから、遣いの青年に「おじいさまにありがとうございますとお伝え下さいっ!!」と言うと、さっそくつみれを引っ張り、外へ飛び出した。今すぐに馬車に戻って、おじいさんのリクエストどおりパンを用意したい、そしてつみれの才能と栄光を世に知らしめるのだ!
ドアを開けたところでちょうど宿に戻ってこようとしていたアルトと出くわし、スリアミドラは何も言わせずアルトの腕も引っ張るとワルツでも踊るかのように軽やかに二人を連れ去っていった。
宿の玄関に残されたのは、遣いの青年と、一部始終に呆気に取られたおかみさんだけだった。




