エルス村にご用心!4
「これはこれは、気品のあるお嬢様方、なにかお祝いごとでもあったんですかな」
観光地とはいえこんな田舎の村で見るにはずいぶん品の良い老人は、豊かにたくわえられた白いあごひげを手で撫でながら目を細めた。
「いや、失礼、突然声をおかけしまして。なにぶんこの村に、家族連れ以外のお若い観光客が来るのは珍しいことでして……失礼ながら真ん中のお嬢さんは大丈夫ですかな?」
そのいかにも優しそうな老紳士の言葉に、窒息死させかねない勢いでつみれを抱きしめていたスリアミドラはやっと気づいて力を緩めた。
「ああつつみれ様っ すすすみませんついうっかり!!」
「ブッ……すごい圧力すごいやわらかすごい」
スリアミドラの豊かな胸に挟まれて幸せな気絶をしかけていたつみれは、やっと地上に意識が戻ってきだす。騒々しい二人に代わってアルトが老紳士に答えた。
「ヒンベーレで、この村は風光明媚で観光客も多いと聞きまして。」
「ああ、あの街から少し足を伸ばしてこられるお客は多いですからなあ、幸い、田舎の空気はあそこのような都会の方には喜んでもらえてまして」
「そーなんですっ」スリアミドラが割って入る。「わたし達、このパンというものをお売りできる場所を探してここまで来たのですっ!」
「ほう……どこの方かは存じませんものの高貴な方とお見受けしましたが、お店をされておられるとは感心です。ただ、この村では商売ができませんからな、残念ながら保守的な気質の村でして、住人の一人として申し訳ない」
「いえ……たしかに残念ですけど、この村の決まりならしかたありませんから」
「それで、そのパンというのは、異国の新しい食べ物ですかな?」
老紳士は関心を持ったようでさらに訊ねてきた。聞くと老紳士はここの郷土史を書いているのだという。つみれは説明するのも面倒だしどうせ余っているのだからと、かごに入れていた中から一個取り出すとナイフで切って渡した。
「こういうやつです、よかったらもらってってください。どうせ三人じゃ食べきれない量なんで……」
そういって特に考えもなくつみれは渡した。老紳士は「これはこれは」と言い不思議なかたまりを受け取ったあと、そっと口に入れた。そして……スリアミドラやアルト同様、目を大きく見開いて言った。
「おお、なんという小麦の豊かな味わい、これは素晴らしい ……初めて味わいましたわい!
これでも昔はアマチュア歴史家として、このへんはそれなりに旅行したつもりでしたが、これはもっと遠い地域の食べ物ですかな?いやはや、パン、これは素晴らしい」
俄然興味を持ったらしい老人は、素材や作り方など興奮したように色々質問攻めにしてきたあと、急に我に返り、「ああ、失礼、あまりに美味しくてびっくりしたもので、ついつい年寄りらしくないまねをしてしまいまして……」と頭を掻いた。
「ところで、お嬢さんがた、売るところがないということだったが、このパンとやら、どうなさるおつもりかね?」
つみれはうーんと口をへの字に曲げてうなったあと、
「まあ、しかたないので廃棄するしか……3日程度は日持ちするとはいえ、どうせ売るなら作りたてを売りたいんです、販売責任もあるし」
と答えた。その答えに老人もふむ……とうなずき少し首を傾げたあと、ゆっくりと三人に訊ねた。
「では、よろしければ、この年寄りに全部買い取らせてはくれませんかの?」
突然、大胆な提案をぶつけてきた老紳士に、三人は「え!?」と声を出した。まさかこのおじいちゃん、一日でこの50個近くあるパンを食べるつもりなのだろうか?
驚くつみれの考えを読んだように老紳士は笑うと、
「いやいや、気持ちはやまやまですがこの老いた胃袋では……。ただ、私はあそこでちっぽけなぼろ宿をやっておりましての、よければこのパンというもの、うちの宿泊客に出させていただきたいと思ったわけでしてな。それにこんな美味しいものを捨てるなんて、まあ、とんでもない!」
と、湖の向かい側にある建物を指しながら言った。その指の先にあったのは、ぼろ宿どころかこの村でもいちばんと言える瀟洒な建築物だった。




