ブレナ王都にご用心!3
老人は、その質問を待っていたとばかりに笑いだした。そして、コップの中の水を一気に飲むと語りだした。
「そうでしょうなあ、キャロトリアの壮麗なお城には、ここは比べるまでもありませんて!なに、うちのような小国は、このくらいの城で十分です。一応、西の丘に行けば、かつての王城もあるにはあるが、あそこは贅沢すぎてわしにゃ似合いやしません。
ここは、昔、わしの父の代までは、ここは王家専用教会とその庭園でしてな。しかし、ブレナという国は、その頃は貧しくて、王家の庭園といってもただの芝生に木が植えてあるくらいのもんで、国民に開放していてもだれも来てはくれなんだ。みな貧しい者ばかりだから、そんな余裕がなかったわけですな。
それで父が死んでわしが国王になったときに、どうせ役に立っていない庭園なんだから、ここを農場にしようと決めましてな。それで、ここでいろいろな作物を試したもんですじゃ。アーモンド、トマト、オレンジ……あのころはなんでも植えてみましたな。
そして最終的に、良い結果が出た小麦を、国中の村で植えてもらうことにした……だから、わしにとってはここが最高の城で、最高の実験農場なのですじゃ。」
その話を聞いたスリアミドラは、思わず外に広がる麦畑を眺め直した。太陽の光が降り注ぐその畑は黄金色に輝き、さっきとはうってかわって高貴なものに感じられた。
「それは、お一人でされたのですか?随分な広さにみえるのですが」
老人、いや国王は、当然というように頷いた。
「それはもう、誰もが『国王が農民の真似事をしている』と言って、本気にはしませんで。その頃はわしもそれなりに華奢で美しい王子でしたからのう、野良着が似合わんかったんでしょうな!」
はっはっは、と快活に笑うと、老人はスリアミドラとアルトに、「なにはともあれ、せっかくのキャロトリアからのお客さんだ、お好きなだけブレナに滞在して行かれて下され。久しぶりに西の王城を開けましょう」と申し出た。
しかしスリアミドラがよろこんで、と答える前に、さきほどの少女ヒルダが戻ってきて大きな声を出した。
「えーおじいちゃん、お客さんたちここに泊まって行ってくれないの?」
そう不満げに言うヒルダの腕に引っ張られて、つみれが魂が抜けたような顔で現れた。服にくっつけられまくった花びら、頭には花でできた冠、草でできたネックレス、と仰々しく飾り立てられている。
「これヒルダ、お客さんで随分遊んだようじゃないか」
たしなめようとする国王に構わず、ヒルダはスリアミドラとアルトに「お願い、ここに泊まっていってください!」と頼んできた。
スリアミドラはにっこりと微笑むと、
「実は、まさにそれをお願いしようと思っていたところなんです、国王様さえよろしければ……。」そう言ってつみれに「つみれ様もご賛成くださいますよね?」とうっとり花冠を眺めながら言った。つみれ様ったら、ああいうのもお似合いですわ。と嬉しそうにしている。つみれはここでいやだと言うわけにも行かず、「う、うん、みんながいいほうで……」と魂が抜けたまま答えた。アルトも、
「そうですね、ここからのほうが町の中心地にも近いですから、つみれ様の食文化の調査も行いやすいでしょう。」と賛成する。国王は、
「ほうほう、食文化の調査、それがさきほど姫がおっしゃっていたことですかな」と興味深そうに言い、あごひげをまた撫でた。
それから、「それでしたら、今夜はさっそく皆様にこの国の料理を味わっていただきましょう。」と嬉しそうに言った。
その晩の食卓は確かに、キャロトリアの丸薬が並ぶテーブルとは比べ物にならなかった。
消して贅沢なものはないが、テーブルの上には家庭的な料理で満載だった。それを見たスリアミドラとアルトは顔を見合わせて戸惑った。
「確かに、キャロトリアで見かける食材と基本的には一緒ですが、このように使うものだったのですね……」とアルトは一つ一つを検査するように言う。
一人しかいないメイドとともにつみれがエプロンのリボンをほどきながらキッチンから現れた。つみれは満足していた。久しぶりの、まっとうな食材にまっとうな料理で腕を振るえてすっきりした。
「この国の料理の特色は、やっぱ小麦と、あとチーズなんですね」
テーブルの真ん中を飾る大きなかぼちゃを不思議そうに眺めるスリアミドラに笑いかけながらつみれは言った。
「かぼちゃのチーズグラタンです。メイドさんも、これは知らない料理だと言ってたので作ってみました。あと、付け合せのクレープです、甘くないの」
大きなかぼちゃを器に見立てて、肉や野菜、それにチーズの塊を入れてかまどでゆっくり熱した料理だ。厚めに残したかぼちゃの壁がソースに溶け込み、こっくりとした味わいだ。つみれが、大きなかまどを見たときから作りたいと思っていたレシピの一つだった。
昼の温暖さとは裏腹に夜はぐっと冷え込むブレナの春にふさわしいメイン料理に、全員とくにブレナ国王は喜んだ。
「失礼ながら、昔からキャロトリアにはサラダしかないと聞いとりましたが……こんな腕利きの料理人をお抱えだったとは、驚きですじゃ」
正直に吐露する国王の横で「おいしいおいしいっ」を連発しているヒルダを嬉しそうに見ながら、スリアミドラが「つみれ様は料理人なんかではなくて、聖者様ですのよ」と言うのをつみれは無理やり遮って、
「えーっそっそうっ料理の勉強中、お料理研究家、なんですよおっ、ね、ね!!」と無理やり相槌を打たせた。あんまり大げさなことにはしたくない。ただのバイトと呼ばれるので十分だ。
助けるようにアルトが「つみれ様は食事研究の学者をされておられますゆえ、この旅を監修してくださっておられます」と言い添えた。国王は「ふうむ興味深い……」と言いながら人参のグラッセに舌鼓を打った。
「それであのような大きな改造馬車にお乗りだったわけですな、あれだけ台所が大きいということは料理屋でもなさるおつもりですか」と冗談半分に言った。
つみれは、密かに温めていた考えを読まれたようでギクッとした。




