ブレナ王都にご用心!2
つみれとスリアミドラは、アルトが戻ってくるのを待っていた。が、道を訊くだけにしてはなかなか帰ってこない。
「アルトは随分話しこんでるみたいですね、もしかしてとても遠いのでしょうか?」
気になったスリアミドラが、つみれと顔をくっつけるようにして窓から外を眺める。が、ここからではよくわからない。それにアルトは動きに感情が出るタイプではないので全く読み取れなかった。
一方急に顔をくっつけられて慌てたつみれはひとり舞い上がっていた。フルーツのようなミルクのような甘い香りがする肌、キラキラ輝く紅い瞳、ゼリーみたいにぷるぷるの唇、すべての女子力が耳の真横でフルオーケストラを奏でてくるようなものだ。対する自分からは、せいぜい盆踊りのワンフレーズでもカセットテープで流せれば上出来というくらいだろう。そんなことを考えながらつみれが息を殺している間に、アルトが馬車まで走ってきた。ドアを開けると、密着している二人に「スリアミドラ様、つみれ様が圧迫されてご迷惑しておいでです」と忠告してから、
「その……実は、あのご老人なのですが、あの方こそブレナ国王でまちがいありませんでした」と告げた。
そのさらっとした報告につみれとスリアミドラは目を丸くした。
え、どう見ても、どこにでもいる農家のおじいさんじゃん。
つみれの疑問を感じ取ったらしいアルトは、
「間違いありません……先程話していたあの奥の教会こそ、実は王城だそうです。先に行って待っているようにとのことですから、参りましょう。」
と先回りして言うと、颯爽と御者に支持を出した。実際アルトも半信半疑だったが、あの老人の指にあった、ブレナ王家の紋章が透かし彫りされた指輪はどう考えても本物だろう。
三人は教会の門まで来ると、馬車から降りて、あの老人が戻ってくるのを待った。門は鍵がかけられてないどころか開け放たれている。無邪気に「まあ、きれいな花が咲いてます!」とふらふら中へ歩いていくスリアミドラを止めるひまもなく、敷地内から一人の少女が顔を見せた。足首まである白いワンピースとサークレット、老人と同じく指にした大きな紋章入りの指輪が一般人とは異なることを物語っていた。
水差しを手にした少女は壁を這う花に微笑みかけるスリアミドラと、その後ろにいるつみれとアルトに気づき、驚いたような顔をしたあと人懐っこそうな笑顔で声をかけてきた。
「わあ、外国から来られたんですか、お仕事ですか?」
スリアミドラとアルトの頭に生える大きなウサ耳と豪華なドレスが気づかせたのだろう、少女は「おじいちゃんでしたらそこでお待ち下さい」と庭の隅にある、花々で彩られたいる美しいガゼボに案内すると、自身は「では、私は仕事がありますので」と言ってまた奥に行ってしまった。
中学生くらいだろうか、随分しっかりしているな、と思いながらつみれたちは国王であるだろう老人が来るのを待つ。そう経たないうちに、老人はしっかりとした足取りで帰ってきた。手には剪定鋏や縄などをポケットにしまいながら、さっき会話したアルトがガゼボにいるのをすぐに見つけて声を掛けた。
「おお、さきほどの娘さん、と、そのお二人かね、キャロトリアから来られたというのは」長い白いひげで覆われた顔で笑いながら、老人はしわがれた声で言った。アルトはすぐにお辞儀をして迎えた。
「左用でございます。お仕事中わざわざお時間を賜りましてありがとうございます。」
「いやいや、いや、構わんよ」目を細めながら老人は言った。
「麦の生育具合を見ておっただけじゃからな。それに、キャロトリアの紋章入りの馬車が我が庭を走っておるなんて、見過ごすわけにはいかんよ。いやはや、まさかあの紋章を、この地で見る日が来るとはの……まさかとは思ったが、それであなたが王女様かな?」
メイド服のアルト、簡易なワンピースのつみれ、豪華なドレスのスリアミドラ、と順番に三人を見ながら老人は訊いた。スリアミドラは、「はい」と言い、緊張した面持ちで「この度はキャロトリアを、だ、代表しまして表敬に参りました……、第二王女、ス、スリアミドラです……!」とぎこちなく挨拶した。
「ほう、ほう、御母上に似て、美しい」と何かを懐かしむような目で笑いかけた。スリアミドラはどきっとしたような顔で、「お、お母様をご存知なのですか!?」と訊いた。
老人はそれには答えず、「して、わざわざ、キャロトリアのような長い間国交を閉ざしていた国が、今この小国なんかを訪れたのか聞いてもよろしいかな?」と、顎髭を撫でながら訪ね返した。
「あ、あの、それは……、その、お料理というものを勉強しておりまして、それでブレナ国のお料理についても知りたいと思いましてっ」
困った顔をしたスリアミドラの横にいたアルトが手助けに出た。
「恐れながら私から説明させていただきます。
実は、もうじき現国王の譲位にともないまして、我が国はこれまでの鎖国からの開国を考えており、てはじめに第二王女みずから国交再開のきっかけ及び文化理解を目的とした今回の表敬訪問の旅を計画されまして、そのはじめの訪問先としたがここ、かつて国交が最もあった国ブレナというわけなのです。」
すらすらと説明するアルトと、うまく説明できなかったことからため息をつくスリアミドラを交互に見つめると、老人はまた微笑んだ。
「なるほどなるほど。料理を知りたいなんて言うもんだから、わしはてっきり、花嫁修業に来られたのかと思いましたな。各国漫遊となると、花嫁武者修行と行ったほうがよろしいかな」
そう冗談まじりに言うと、「いや、失礼、まだそんなお年ではありませんな、若い希望に満ち溢れていて、わしのような年寄りには眩しいくらいですな……。」と笑った。
そんな談笑を聞きつけたのか、屋内からまたさきほどの少女がひょっこりと顔を出した。ちらりと老人が戻っていることを確認すると、用意していたのだろう飲み物を載せたお盆を持ってやってきた。
「あ、おじいちゃん、お客さんが待ってたよ。はい、お外から帰ったら飲み物飲まなくちゃ、っていつも言ってるでしょ。」
そう小言を行ったあと、彼女は『お客さん』に挨拶をした。
「はじめまして、ブレナ城にようこそ!これ、よかったらどうぞ!」
そう言って渡されたコップに汲まれているのはただの冷水だ。やっぱり、ここが王城なんてかつがれてるんじゃないの、と思いながらつみれは何ということもなく飲み干し、それがただの水ではないことに気づいた。
「あ、これ……花びらかなにか、水出ししてる?」
すぐにそう尋ねたつみれに、少女は満面の笑顔で、「うん、ブレナ草の花を水出しした、この国の飲み物だよ。お姉さん、よくわかったね!」と言って喜んだ。
「このお花、よかったら見てくれる?裏の私の花壇に植えてあるの!」そう言って少女は無邪気そうにつみれを引っ張る。老人は「これ、ヒルダや、」と制したが聞く耳のない少女は奥につみれと消えていってしまった。老人はため息をついた。
「やれやれ……。あれは、わしの娘の忘れ形見でヒルダと言いましての、つまりわしが死ねばこのブレナを継ぐのはあの子しかおらんのじゃが、まあご覧の通り、この国は地味でそうそう異国からのお客さんなんてくるわけでもなし、あの子もあなた方が来てくれてはしゃいどるのでしょう。」
スリアミドラは、最初から気になっていたことを思い切って尋ねた。
「あの、ここは、本当に王城でお間違いないのですか?それとも、国王様の別荘かなにか……」




