運営会議
数多の星が浮かぶ空と、漆黒の闇に染まった海が特徴的な隠された都市ーー知識禁域。
混沌の世界にありながらも、通常の手段では決して辿り着けない。
ゆえに領域ではなく、禁域、と呼ばれている場所。
そんな神秘に包まれた大海に浮かぶ船の中で、多種多様なアバターに身を包んだ大人達が集い、会議の席に着いていた。
「SeLFの連携が予想以上だった!」
黒い樹人が声を荒らげて立ち上がる。幹に浮かび上がった顔には苛立ちが見て取れた。
「星狩りが、全体支援をするなんて思わなかった」
続けて、別の人物が吐き捨てるように言う。
「チート封印が想定していたよりも、猛威を振るわなかったね」
あるいは、深くため息を零しながら。
「意外と早く、決着したのもな」
誰の発言にも覇気がない。
「キャンサーをタイマンで倒すプレイヤーがいるなんて、想定外でした」
溢れ出す言葉の端々には、自分達の責任を回避しようという意図が見え隠れしていた。
これを果たして会議と呼んでいいのだろうか。
そんな思いを胸に、銀ーーこの場においては蟻神アルジェンタムは、末席で静かに様子を眺めていた。
議題は【猛毒龍ヒュドラが完全攻略された件】について。
本来なら、プレイヤー達にクリフォの主の恐ろしさを刻みつけるための、製品版における最初の試練。
だが、プレイヤー達も全滅覚悟で臨んだはずの偵察戦を除けば、
1度目の大規模攻略で、
隠し要素の星具を含め、
全体の犠牲が1%未満、
で、クリアされてしまったのだ。
言い訳の余地もない完全敗北である。
最初こそ、サーペントのステータスや行動アルゴリズム、追加のタイミングの是非について議論が続いていた。
しかし「U18トーナメントで星具の情報を出すべきではなかった!」という一言を境に、空気が変わる。
自分達がどうすれば良かったのか、から、プレイヤー側の何が原因で負けたのか、へと。
ーーそして、その言葉が放たれた。
「やはり、【F】ーー初見殺しも封印するべきだったんだ!」
アルジェンタムは、この会議で発言するつもりはなかった。けれど、その言葉は無視出来ない。
椅子から腰を浮かせかけた瞬間、肩に柔らかな感触が添えられる。
「それは、流石に飛躍が過ぎるでしょう。カーボン殿」
アルジェンタムを優しく座らせ、その女性が立ち上がった。
王冠を被った豹の獣人ーーサルファ。
自然と人を惹きつけるような動きは、普段からそういった事をしているかのように自然で、優雅だった。
「【F】の彼はSeLFでも、星狩りでもなければ、キャンサーを倒してもいないでしょう」
まるで舞台の主演女優のように、中央で視線を一手に受け、サルファが言う。
その指摘に、カーボンはわずかに唇を噛んで、押し黙った。
「わかっていただけたでしょうか?」
「……だ、だが、【F】は牡牛座と乙女座の攻略にも関わっている!」
「それは関係ないでしょう?」
「星具を持って、領域解放前に挑むプレイヤーが現れた! 関係大アリだ!」
燃えそうな程に熱く声を荒らげる樹人と、冷ややかな視線で応じる獣人。その緊張感が高まっていき、他の誰も発言出来ない。
「一理ありますね。ですが、その話をするなら、他にも触れておくべきプレイヤーが、2人、いるでしょう」
サルファは静かに周囲を見渡した。
「……牡牛座の情報をリークした【G】っすか」
答えたのは赤銅の全身鎧な少年。
「正解です。カッパー殿」
サルファは優しく拍手した。
「この空気感でも発言出来る胆力は、君の才能でしょうね。これからも、伸ばしてください」
「それ、褒めてんすか?」
「もちろんですよ」
笑顔で視線を巡らせるサルファ。その視線は、他の方々にも見習って欲しいと訴えているようだった。
そんな思いを汲み取ったのは、闇色のターバンを巻いた青年。
「もうひとりは、獅子座の攻略、及びキマイラ討伐の英雄となった【H】かな」
「正解です。プロトニウム殿」
サルファはカッパーの時と同じくように拍手をする。
「ユニークチート持ちの、F、G、H。
ちょうど3人ですし、VIPの御三方にお目付け役を頼んでは如何でしょうか?」
まるで獲物を罠に追い詰める猟師のような笑みを浮かべながら、サルファは続ける。
「シークレッツミッション。ゲーマーなら燃える展開でしょう」
堂々とした提案に、しばし沈黙が流れ、やがて何人かが小さく頷き始めた。
反論しそうなカーボンも黙っているし、これで決着だろう。
「少し待ってもらえるかな」
その時、場の空気を裂くように、ひとりの青年が手を叩いた。
闇色のターバンが特徴的な青年、プロトニウムだ。その顔には、先程と同じ柔らかな笑みが浮かんでいる。
「なんでしょうか。プロトニウム殿」
「キャンサーを倒した星狩りの蛇人も、注意するべきではないかな」
「ユニークチートは持っていないでしょう」
サルファが即座に返す。
「そう。確か、恋人だったんじゃないかな」
その言葉に小さなざわめきが起こった。
それもそうだろう。恋人は戦闘に関与しない、情報共有に特化したチートだ。
つまり蛇人はチートなしで星の守り神を討ち取った、ということになる。
「警戒は必要、でしょうね」
サルファが目を伏せて、呟いた。
けれど、次の瞬間には不敵な笑みへと変わる。
「では、よろしくお願いします。プロトニウム殿」
「おやおや。それは予想外かな」
言葉とは裏腹に驚いた様子のないプロトニウム。
「相手は蛇なので、蛇使いのあなたが適任かと」
「このプーンギーで操れる蛇は、ヒュドラとその眷属だけかな」
「その笛ではなく、あなた自身のスキルを買ってるのですよ」
軽口を叩きあいながら、2人は笑う。
「警戒というなら、SeLFも見張るべきだ! そもそも、あのギルドが大規模攻略作戦なんて立てなければ、こうはならなかった!」
その空気を壊したのは、置いてけぼりにされていたカーボン。
「そちらは既に手を打っていますよ。カーボン殿」
「なに?」
サルファは薄く笑い、指を立てる。
「相手が作戦を立てる前に、こちらから作戦を決めてしまえばよいだけのことでしょう」
「簡単に言ってくれる。SeLFを意識してると露骨にアピールするようなものではないか!」
カーボンの脇で頷く輩が数名。表立っての発言はしないが、同意を示すことで静かに圧を高める。
カーボンも仲間を得て、強気に笑みを浮かべた。
「手遅れだ!」
「いいえ。それを行うに相応しい人物の準備は出来ています」
「相応しい人物だと?」
重苦しい視線が再びサルファに集まる。
「それが誰かは、トォープシークレッツ!」
「貴様……!」
冗談めかした調子にカーボンが肩を鳴らして距離を詰めるが、その間にプロトニウムが割り込んだ。
「まあまあ。サルファには秘策があるようだし、任せようじゃないか」
優しげな笑みでカーボンを宥め、翻って不敵な笑みでサルファを見る。
「責任は全て、君が取るんだろう?」
「もちろんですよ」
そんな3人のやり取りで、今日の会議の結果はほぼ決まった。
「ただ、醜悪領域まで【F】に荒らされるのは面白くないから、そっちの対策はさせてもらおうかな」
プロトニウムの言葉に反対意見は出ない。
アルジェンタムとしては推しの活躍が減ってしまうのは残念だが、暴れ過ぎては他のプレイヤーの見せ場がなくなってしまうのも理解出来る。
各人の推しはありつつも、運営としては公平に。
そう自分に言い聞かせて納得しようとしていたアルジェンタムの肩に、そっと手が置かれる。
「というわけで、協力してくれるかな?」
「……へ?」
それが、この会議でアルジェンタムが発した最初で最後の言葉だった。




