蛇人の試練
「アルデバラン!」
大地をのたうち回るフレア・サーペントに、オルバーは隠し持っていた牡牛座の星具で追撃を放った。
HPが2割ほどまで減る。
さすがに角を破壊した時ほどダメージは出ないが、破格の攻撃力だ。
「なに?」
困惑した声に、爪を構えたまま振り返る。
「え?」
そこに、オルバーはいなかった。
だが、視界の端には緑一色のHPがある。
「は? おいーー」
が、突如としてHPが0になり、本当の意味でオルバーが消滅した。
「何があったのかわかるか。ククル」
「いえ、何も」
盾を構え、周囲を警戒するガラード。
ククルも攻撃は諦め、何が起きても対処出来るように神経を研ぎ澄ませる。
フレア・サーペントに変わった様子はない。
ククルを不意打ちした時とは違い、尾は地面の上だ。
同時に現れた他の大蛇達も他のプレイヤーと交戦中で、オルバーに何かをしたとは思えない。
それでも、オルバーは倒された。
「まずいですね」
魔法使いほどではないが、蛇人も物理防御力は高くない。
魔法防御力は高めだが、魔法使いには劣っている。
一撃で死ぬ可能性が頭を掠め、唾を飲み込んだ。
「敵は、バニシュデスというバグがモチーフの可能性があると、オルバーが!」
セプトが叫ぶ。
おそらく、ゲームオーバーになったオルバーが、リアルから連絡してきたのだろう。
その声を聞いて、2人はセプトに駆け寄った。
「すまない。護衛が離れたのは迂闊だった」
セプトを背に庇い、ガラードが謝罪する。
愚直なほどの誠実さはーー星狩りの剣には似つかわしくないーー彼の美点だ。
「大丈夫ですよ。それより、今は敵に集中してください」
「あぁ、そうしよう」
「それで、オルバーはなんて?」
2人の会話が一区切りしたところで、ククルが本題を切り出す。
彼女は、ガラードのようにセプトを護るためではなく、言葉の意味を訊くために来たのだ。
「あ、はい」
セプトが手元に視線を落とす。
「えーと、敵の力はバニシュデス、【透明化】からの【即死】であると。敵自体も透明化していて、正面からの攻撃なのに姿が見えなかった、とのことです」
「曲解が過ぎるな」
経験豊富な騎士ガラードは心当たりがあるらしく、小さく肩を揺らした。
「だが、私でも危険ということはわかった」
それからすぐに表情を引き締め、盾を構え直す。
彼が守りに徹するのなら、ククルは攻めだ。
「サーペントにトドメを刺してきます」
今は苦痛に悶えているが、サーペントはいつまた攻撃を仕掛けてくるかわからない。
未知の敵は、即死攻撃の前に透明化があるのがわかっていれば、対応出来る。
「焦るな、ククル。サーペントも弱くはない」
「わかってますよ。でも、同じ蛇として遅れはとる気はありません」
黒光りする爪を構え、ククルが飛び出した。
「シャァ……シャァ……シャァ」
「こうなると、無様ですね」
「シャァ!」
痛みに悶えながらも、大蛇は蛇人を睨みつける。
「楽にしてあげますよ! クラッチネイル」
懐に飛び込み、赤く輝く爪を立てた。
のたうち回る大蛇の体は、それ自体がある種の武器だ。
一撃離脱で直撃を避け、今度は尾を切り裂いた。
「シャァ!」
「甘い!」
素早く離脱して反撃を回避し、距離を詰めては攻撃を繰り返す。
見た目は似ていても、鈍足の蜥蜴人には出来ない芸当だ。
小さな蛇人が、巨大な大蛇を翻弄する。
「シャァ……」
無数の傷跡を刻まれ、大蛇が倒れた。
「……さて、次は」
勝利の余韻に浸る間もなく、ククルは戦場へと視線を向ける。
オルバーの犠牲やガラードの献身があって、彼女達はサーペントを1体倒した。
戦場では、それと同じ、あるいは類似したサーペントがプレイヤー達を相手にまだ暴れて続けている。
その数は、30体を優に超えていた。
「これは……」
「敵の増援だ。30体のサーペントが追加された」
「混戦ですわね」
倍増したサーペント達は、プレイヤー陣営の深くまで潜り込んでいる。星狩りの剣も例外ではない。
メンバーが減っているのか、隊列も崩れ気味だ。
「私が前線に行って、陣形を立て直します。ガラードは護衛、セプトは防御優先で支援に徹してください。
こうなった以上、ギルドは問いません」
「承った!」
「わかりました!」
2人の返事を聞き、ククルは満足気に頷く。
「四の五の言わずに総力戦よ!」
戦場へククルが駆け出した。
「シャァ!」
そこへ新たなフレア・サーペントが襲いかかる。
「ひとりで相手をする気はないわよ!」
飛び上がって結晶を切りつけ、ククルはサーペントの頭上を通り抜けた。
「シャァ」
一撃では砕けなかったが、サーペントは痛がり、追ってこない。
それでも、ククルだけで勝てるかと言えば別問題だ。
振り返らずに戦場を駆け抜ける。
その耳が、足音を捉えた。
「……何かいる」
立ち止まり、振り返る。
サーペントは追ってきておらず、プレイヤーの姿はない。
それでも、何かが立ち止まる音が聞こえた。
蛇は全身で音を感じるため、聴覚が優れているという説がある。それを反映してか、蛇人の聴覚は敏感だ。
アバターの外見に耳なんて見当たらないが、ククルの耳は敏感に足音を察知した。
「あなたが、オルバーを倒した透明人間ね」
姿は見えないが、音の聞こえた方向に向かってククルは声をかける。
見えない何かが、応えるように動いた。
音から場所を予測し、ククルは爪を突き出す。
手応えあり。何かにヒットした。
「キシュ……」
何かは、距離をとり、背後に回って、飛びかかる。
音だけでその動きを読み取り、ククルは爪を突き出した。
再びヒット。
「これなら、行ける」
逃げた何かに駆け寄り、ククルは爪を振り上げた。
その一撃で、透明化が剥がれる。
「キシュ……」
現れたのは人の顔くらいの大きさの蟹だった。
固有名は【バグルアサルトキャンサー】。
「随分と可愛くなっちゃって」
ベータ時代とは違う、巨蟹宮の名に反したサイズ感に笑みが零れた。
「星具が手に入るイベントがあるって情報は貰ってたし、ヒュドラだからあるかもとは思ってたけど、最高の展開ね」
「キシュゥ!」
どこから出てるのかよく分からない掛け声とともに、キャンサーが駆ける。
だが、見えない時ですら音を頼りに迎え撃てたククルだ。見えるようになったキャンサーに遅れをとる理由はない。
キャンサーのHPはみるみる減って行き、1本目のバーが消滅。
その瞬間、荒涼した世界は色を変えた。
「星天宮……」
プラネタリウムを彷彿させる星空に満ちた世界。
乙女座のバグルヴァーゴッデスが待ち構えている空間を、星狩りの剣の面々はそう呼んでいた。
それが、今。ククルの眼前に広がっている。
「ここからが本番ってわけね」
「左様」
武器を構え直したククルの呟きに、答える声がひとつ。
他のプレイヤーが入り込んだのかと考えるが、それらしい姿はない。
「我に挑むがいい」
声の主は、UFOのように空中に浮かぶ化け蟹だった。
「我の名はーー」
化け蟹の体から影が溢れ出す。
中身というには多過ぎる量の影は地面に山を作り、ついには影を出し続ける本体をも飲み込んだ。
それから、山が人の形へと収束する。
現れたのは外套を着た大男。顔には化け蟹が仮面のように張り付いている。
そして、その手には手甲の指の部分に蟹の爪を並べたような形の武器が握られていた。
「ハサン・ザキャンサー也」
「これは、戻れなさそうね」
ため息を零しつつも、ニヤけた顔で、ククルも爪を構える。
ヒュドラ討伐戦の裏で、蟹座を巡る戦いの幕が密かに上がった。




