戦う僧侶
少人数でチーム数を多くした星狩りの剣に対し、SeLFのチーム分けは中近距離、遠距離、後方支援の3つだけだ。
中近距離チームを仕切るのは、エリス。
リーダーからの信頼も厚いと噂の女騎士だ。切り込み隊長を担うだけあって、その実力も折り紙つきである。
遠距離チームを仕切るのは、エターナル。
リーダーの名代として表舞台に立つことも多いが、謎も多いプレイヤーだ。性別不詳な上に、遠距離部隊に所属していながら職業すら明かされていない。
そして、リンクの所属する後方支援チームを仕切るのが、フィックス。
戦う僧侶というリンクのお株を奪いかねないプレイスタイルの少女だ。
鎌で攻撃力を底上げしてるリンクに対して、フィックスの武器はチートで手に入れたという星具の短刀なので、丸っきり被っているというわけではない。
そもそもリンクはソロプレイをするにあたって回復手段がないと困るとの判断で、回復技が豊富な僧侶を選んだのだ。
後方支援がしたくないどころか、前線に行きたいまである。
チーム分けの基準が基本的に職業なので、後方支援に所属しているだけ。
加えて、ヒーラーは掃いて捨てるほどいる上に、他2部隊の戦闘も安定しているため、仕事はほとんどない。
暇を待て余したリンクは、護衛の騎士に声をかけた。
「君は前線に行かなくて良かったのかい?」
「僕かい?」
騎士が振り返る。金髪緑眼の美青年だ。
騎士の象徴たる大盾は白銀。それだけではなく、装備品全てが白銀なのはD装備だからだろう。
さながら白銀の騎士と言った風体で、黒いローブを纏ったリンクやその探し人とは対極の配色だ。
「僕は、こっちの方が向いてるからね」
「後ろで楽するほうが?」
「攻めるより護るほうが、だよ」
リンクの冗談に苦笑を返し、騎士は手を差し出してきた。
「僕はハクア。よろしく」
「僕はリンク。こちらこそ、よろしく」
手を握り返しながら名乗り、リンクはニヤッと笑う。
「でも、後ろが楽なのは事実だよね」
「そんなことはーーあ、君はメンバーじゃなかったね」
「メンバー?」
「何でもな……くはないけど、忘れてくれていいよ」
「そう言われると、むしろ気になるんだけど」
「……だよね」
ハクアは諦めたように深く息を吐いた。
「実は、僕はヒュドラに挑むのが初めてじゃないんだ」
「初めてじゃない……?」
「ベータ版で、とかではないよ」
リンクの予想を先取りして、ハクアが否定する。
話し出しは渋っていた様子だったが吹っ切れたのか、騎士の顔には嬉々とした笑みが浮かんでいた。
「ポイントは、領域解放戦が解放されるタイミングさ」
「タイミング?」
「今、みんなで挑んでるのは、あくまで【SeLF】の出したクエストだよね?」
「それは、そうだけど」
「貪欲領域と色欲領域への侵入自体は、日付が変わったその瞬間に解放されたんだよ」
「……あ!」
目を見開いたリンクに、ハクアはハハッと笑って、頷いた。
「そう。僕らは日付が変わってすぐにヒュドラに挑んだんだ」
「そんなことが」
「他にも来てるプレイヤーはいたけど、今もヒュドラが存命ってことは誰も勝てはしなかったんだろうね。
僕らとしても死亡覚悟の偵察だったし」
軽く言っているが、リンクしてみれば大ニュースである。
「ガイウスがそんなことーー」
「彼じゃないよ」
「え?」
「この作戦を考えたのは、エターナルさ。エリスやフィックスも参加していたし、ガイウスも承知で黙認してるんだろうけど」
「……意外と食えない人達だね」
リンクはしみじみと呟いた。
「幻滅したかい?」
「まさか、その程度のことを気にしたりしないよ。僕はソロじゃキツイと思ったからギルドに入っただけだからね。それに」
「それに?」
ハクアが食いついたことを確認して、リンクはニヤリと笑う。
「そもそもSeLFに骨を埋める気はないからね」
「奇遇だね」
その言葉に、ハクアもニヤリと笑みを返してきた。
「もしかして、君も?」
「彼に身を捧げる気はないよ。いずれは独立して、自分のギルドを作るつもり」
「なら、ライバルだね」
「そうだね」
固く握手を交わし、2人は笑い合う。
自分のギルドを立ち上げようとする互いの健闘を讃えるように。
そしてそれまでは共に頑張っていこうと。
その夢の行方を2人はまだ知らない。
「さて、そろそろかな」
「何が始まるんだよ」
「眷属が減ってくると、追加で30体の眷属がーー」
「シャァァァァァァァァ!」
遥か彼方でヒュドラが吼える。
眼前で戦っている人達のように衝撃波を喰らうことはないけれど、巨躯の叫びは後方に陣する2人の元にも大音量で届いた。
「へぇ、おあつらえ向きだね」
「……こんな演出はなかったはずだけど」
リンクは嬉々として大鎌を、ハクアは戸惑いながらも大盾を構える。
「……君、本当に僧侶かい?」
ヒーラーには不釣り合いな武器を見てーーあるいは仕事をサボっていたことや後ろが楽という発言からーーハクアは疑惑の視線を向けてきた。
リンクは不敵に笑い返す。
「もちろん。僕は僧侶さ」
「な、なるほど……」
自信たっぷりなその答えに、ハクアが苦笑いを浮かべる。
そんな2人の近くで大地が割れ、巨大な蛇が飛び出した。
「シャァ!」
岩塊を内包した角を持つ大蛇の名は【ランド・サーペント】。
土の蛇の名を持つくらいだし、ヒュドラが穿った穴から離れた後方まで、地中を掘り進んで来たのだろうか。
威嚇とばかりに、サーペントは口に溜まった土塊を吐き出した。
不運にも近くにいたプレイヤー達が被弾し、陣形が乱れる。
「こっちだよ、サーペント」
大蛇を呼びながら、ハクアは小さな鐘を鳴らした。
サーペントがプレイヤー達から視線を外し、キョロキョロと視線を巡らせる。
「ハーメルン?」
「それは笛だし、操ったのは鼠だよ」
リンクの軽口に答えながら、ハクアがもう一度鐘を鳴らした。
サーペントがハクアを見据える。
「プーンギー?」
「それは知らないね」
「蛇使いの使う笛だよ」
「だから、笛じゃないって。これはヘイトベルと言ってーーとにかく蛇だけに効くものじゃないんだよ!」
早口に捲し立て、ハクアは盾を構えた。
そこへ吸い込まれるようにサーペントが突っ込んでくる。
盾と大蛇がぶつかり合い、大蛇が怯んだ。
「せいっ!」
その隙を見逃さず、リンクは大蛇の角に大鎌を叩き込み、破壊する。
サーペントは僅かにたじろぎ、一瞬でHPがゼロになって、四散した。
「弱点部位を一撃で破壊するなんて……」
「あー、違う違う」
ハクアの呟きをリンクは即座に否定する。
確かに、ボス級モンスターを一撃で倒すのは弱点部位を破壊したと考えるのが自然だが、今回は勘違いだ。
なぜならーー
「今のはチートが発動しただけだよ」
大鎌を構えながら、リンクは得意げに笑う。
「僕のチートは【死神】。全ての攻撃が極低確率で即死攻撃になるだけだよ」
「……恐ろしいチートだね」
リンクにとっては不本意な感想だが、誤解は解けた。
本来なら特殊なスキルや武器でしか起こりえない【即死】を、全ての攻撃で起こせるというのだから、恐ろしいと言う感想は間違っていない。
耐久も何もかもを無視して敵を死に至らしめる効果は、恐怖を抱かせるには充分だ。
だからこそ極低確率なのだろうし、リンク自身初めて発動したその効果の強さに驚いている。
「シャァ!」
その余韻を遮るように、新たなサーペントが地面を砕いて現れた。鐘を鳴らして、ハクアがその注意を引きつける。
「チートに頼る訳じゃないけど、力を貸してくれるかい?」
「ハクアが守ってくれるならね」
「それは大丈夫だよ。元々、護りながら戦う予定だったからね」
「どういうーー」
「それじゃぁ、サーペントの処理はぁ、おふたりにお任せしますねぇ」
リンクの疑問に答えたのは、どこからともなく現れた浴衣姿の小柄な少女ーーフィックスだ。
フワフワとしているが、彼女は戦う僧侶。
つまり、そういうことだろう。
ただ、リンクにはそれを尋ねるよりも、気になることがあった。
「……一体いつから、居たんですか?」
「『君は前線に行かなくて良かったのかい?』の辺りからですかねぇ」
「最初から!?」
「嘘ですよっ」
可愛らしくウィンクを残し、フィックスは走っていく。
部隊長の役を担っているからずっと離れていたということはないだろうが、リンクの真似をしたと思われる台詞は間違ってない。
「サボりはバレてるみたいだね」
ハクアのもっともな指摘に、リンクは肩を落とした。
そんなことをしているうちに、鐘の音を聞きつけたサーペントが2人の眼前に鎌首をもたげる。
「今から活躍して、汚名を返上することにするよ」
その頭に向かって、リンクは大鎌を振り上げた。




