タヴの鐘の主
王国領域と基礎領域を繋ぐ街道の中間点。木々の生い茂る林道を進むと、開けた空間へと繋がる。
そこにあるのが、天高く聳える2本の柱とその中央に君臨する巨大な金の鐘。大柄なアーケインさえすっぽりと包んでしまえそうなその鐘こそが、タヴの鐘と呼ばれるものだろう。
ベータ時代から待ち合わせの定番らしく、鐘の周囲には色とりどりのベンチが置かれていた。
俺達3人は、そこで狩りをしていた。
バラバラに徘徊しながら、出てきたモンスターを片っ端から狩っていく。端的に言って怪しい集団だ。
狩場の占有でもある。
だが、フェザーソードでも一撃で仕留められるような経験値が低いモンスターしかいない為か、文句はつけられていない。
怪しい上にグレーで非効率な行為。
それでも、これがタヴの鐘の主【ギガアントライオン】を呼び出す最短の方法だった。
5分。10分。30分。1時間。
雑魚狩りが作業を超えて苦行となり始めた時に、それは起こった。
地面に小さな穴が空き、徐々に大きく、すり鉢状に削られていく。自分が捕まった時はわからなかったが、予兆はあったらしい。
「後ろだ、レフト!」
レフトが前に飛ぶ。
蟻地獄の中心では、獲物が逃げたことへの不満を示すように、2本の顎がカチカチと音を鳴らしていた。
地面がさらに削られ、穴が広がっていく。そのままどこまでも広がっていきそうだが、大きくなり過ぎては、今後の作戦に支障が出る。
「アーケイン!」
「わかっておる!」
レフトが離れるのと反対に、盾を持ったアーケインが蟻地獄の仲へ突っ込んだ。
その背には常夜の斧。たまたま同じものを持っていたのではなく、俺の物だ。
「正子の闇」
アーケインが柄に触れながら呟く。
昼過ぎの晴天が漆黒の夜に塗り替えられた。
常夜の斧の特殊効果によって、アーケインの物理防御力が上昇する。
レフトが渡した鉄の盾と合わせて、俺達が現状出せる最高硬度。
アーケインはゆっくりと蟻地獄の中を進む。
蟻地獄の主ーーギガアントライオンはカチカチと顎を鳴らした。
小領域の主としての性能は、物理攻撃力が2倍で、素早さが0。見た目からは信じ難いが、ニコラを一撃で倒したスカルサーペントの倍の攻撃力を誇るのだ。
「さあ、来い。虫ケラ!」
底までたどり着いた獲物を大顎が挟む。
アーケインは片方を盾で防ぎ、もう片方は手で受け止めた。地面の沈み込みが止まる。
そして、顎の下の頭が砂から飛び出した。
「飛べ、火球。ファイアボール!」
その頭部目掛けて、レフトが魔法を放つ。
俺はアーケインから借りた赤いハンマーーー如意練鎚を振り上げながら、蟻地獄へと飛び込んだ。
基本的に、斧スキルの技は斧でしか使えない。
名前からして当然だろう。
だが、この条件に引っ掛からない技もある。
そのひとつがーー
「兜割り!」
武器が違っても、共通して設定されているスキル技だ。
ちなみに兜割り自体は、本来、武器の名前らしい。
閑話休題。
ハンマーの一撃はギガアントライオンの防御力を低下させた。
「無事か。アーケイン」
「ぬは。心配は無用だ。ライト」
大顎に挟まれながらも、アーケインの顔には笑みが浮かんでいる。
「貴様は貴様の役目を果たせ」
「やってるだろ」
防御力を下げた後はひたすら攻撃を叩き込むだけだ。
時々飛んでくるレフトの火球に間違って当たらないようにだけ気をつけながら、機械的にハンマーを打ち下ろす。
素早さ0のギガアントライオンは逃げることが出来ず、ただ獲物が噛み殺されるのをじっと待っていた。
一方的な蹂躙に少し罪悪感が湧いてくるが、レフトによれば、捕らえた獲物のHPが0になった時点でギガアントライオンは地中に戻ってしまう。
戦闘はそこで終了し、次に現れるのはHP満タンの別個体だ。
そういう生態をしているので、一気に倒し切る必要がある。
「お前も、化け物じみてるな」
鉄と鉄が軋むような音を響かせながらも、アーケインはギガアントライオンの攻撃に耐えていた。
盾で受け止めている方はダメージがないとはいえ、顎がくい込んだ手には継続ダメージが入っているはずだ。
オマケに、頭から飛び出した針のような物が腹部に突き刺さっていた。
「ぬは。褒め言葉として受け取っておこう」
戦士とは違って、魔法防御力も高いはずだがレフトはどうやって倒したんだか。
「なあ、アーケイン」
「何度も話しかけるとは、随分と余裕があるのだな」
「作業ゲーだからな」
口を動かしながらも手は止めていない。
「お前も耐えてるだけだから、余裕はあるだろ?」
「確かにな」
アーケインはニヤリと笑う。
「という訳で質問だ」
「ムウシ。アイツの目的はなんだ?」
推測も含まれてはいるが、
アーケインと共にレフトを襲撃し、
オルバーに情報を与えて十二宮星具を獲得させ、
ジャスティスをねじ込んでクエストを妨害し、
シャドウの報復にも手を貸した。
マリウス達の依頼やタイミングが良すぎたイシュタル達の襲来に関わっている可能性もあるだろう。
「ふむ」
アーケインは目を閉じて考える。
答えが出るまで待つつもりだったが、すぐに目を開けた。
「我にはわからぬな」
「わからない?」
「初めて会った時、彼奴は我にこう問いかけた。最強のチートに興味は無いか、と」
最強のチート。以前言っていた厄災占王のことだろう。
「我が欲しいと答えると、彼奴はそこに至る条件と、複数のターゲットを示してきた」
レフトだけじゃなかったのか。
「なら、なんでレフトを選んだんだ」
「ベータの時に少し、な。それだけだ」
レフトもアーケインをぶっ飛んだやつと言っていたし、お互いに印象に残る何かがあったらしい。
「そして、我がレフトに敗れて以降、彼奴とは会っておらん」
「そう、か」
今の話が真実だとすれば、アーケインはただ利用されただけということか。
そして、狙うべきターゲットが複数いたということは、ハンター側も複数いてもおかしくはない。
ジャスティス、マリウス、イシュタル、シャドウはアルカナ系チートを持っているしな。
そうなると、アルカナ系チートに関係ないオルバーの件が異質だが、十二宮星具にも何か裏があるのか。
「では、我からも質問だ。彼奴ーーレフトとは付き合っておるのか?」
「はぁ!?」
素っ頓狂な問い変な声が出てしまった。
そして、同時に放った一撃により、ギガアントライオンが砕けて、ポリゴンの欠片となる。
3000という破格の経験値が表示されたが、それどころではない。
「ありえないだろ! どうしてそうなった!」
アーケインの持っている情報でどうやったらそんな推測が出てくるのか。
「先刻、【塔】というものが、レフトに対して『あの戦士とイチャつくなら』と言っていたのでな。少し気になっていた」
「名前は知らないけど、絶対、あの時の奴だよな、それ!」
99.9%、麗しの金星のゾンビ使いだろう。
変なところで話を広げない欲しい。
というか、無骨な機械人間なんだから、そんなことを気になるなよ。
「間違いなく、あの時のアイツだよ」
いつの間にか現れたレフトが反応する。
いや、違う。
ギガアントライオンが倒されたことで蟻地獄が元に戻り、俺達が上がってきただけだ。
「塔はチート名。本名は教えてくれなかった」
「ぬは。後ろめたいことをしている自覚はあったのだろうな」
「いや、名前分からなくても素性バレてるじゃん」
などと、いないプレイヤーの話をしても仕方ない。
「全部、倒したな」
別に質問に戻られたら困るから話題を変えたわけではない。決して。
「チート込みだけどな」
「公式チートなんだからいいだろ」
それに今回のギガアントライオン戦はチートなしの実力勝負だ。
俺にしか出来ないやり方で、誰も成し遂げたことのないーー少なくともネット上に情報はないーー小領域の主の完全制覇。
今だけは、レフトよりも主人公してる感がーー
「ベータの時には俺もやったけどな」
ニヤリと笑うレフト。
「おい」
今、俺の気持ちを読んだ上であえて言っただろ。
「我もベータ時代には達成したな」
「くっ」
便乗してきたアーケインに悪気はないのだろうが、やめて欲しい。
「クライヴやガイウス、グリズリー。あとはヒロやエンリルなんかも達成してるし、オルバーも達成したんだろうな」
「……ベータ時代の話はわかったから」
あと、知らないプレイヤーの名前を出さないでくれ。
前半のメンツと並んでることを考えると、大物なんだろうけど。
「てか、なんでオルバーだけ推測なんだよ?」
他のメンバー断定してるのに。
「それは答えろっていう、命令権か?」
レフトが意地の悪い笑みを浮かべた。
そう言えば使ってなかったな。悪い顔で誤魔化してはいるが、早く使って欲しいのだろう。
命令権がある優越感は捨てがたいが、その気持ちも分かる。
「あぁーー」
「ぬは。それくらい素直に教えてやれんのか」
俺の返事は、アーケインの笑い声にかき消されてしまった。
「オルバーが誰なのかは知らぬが、おそらく、D装備であろう?」
「その通りだ」
レフトは不満げに頷く。
「小領域の主を全て倒して、【殻の欠片】、【骨の欠片】、【夜の欠片】、【毒の獣皮】、【鬼の角片】を集めることで作れるD装備が、
【小領域の主を狩りし者】。オルバーのあの姿だ」
「なるほど」
「見た目がイマイチだから、使う奴はいなかったけどな」
自分が着た姿を想像してみたが、確かに、作りたいとは思わなかった。
ゴーン、と。
会話が落ち着くのを待っていたかのようなタイミングで鐘が鳴った。
音につられてそちらを向くと、
「なんだよ。アレ」
鐘の上に巨大なトンボが止まっていた。




