闘技場にて
【王国領域・闘技場】
鍛治小人の言っていた場所は簡単に見つかった。というよりは、目に入ったと言うべきか。
否が応でも目に入るほど、圧倒的な存在感を放つ巨大な建造物がそこにはあった。
アーチ状の窓が空いた石造りの壁が横に無数に並び、縦に4層ほど積み重なっている。壁は緩やかな曲線をえがいているので、全体としては円形になっているのだろう。
――まあ、簡単に言うならコロッセオ風の建物だ。闘技場に相応しい見た目ということだろう。名前も似てるし。
目標通り【Lv.4】に達した俺は、その中へと足を踏み入れた。
同じ石造りの構造で、等間隔に並んだ松明が光源となって、部屋全体を明るく照らしている。
丸い盾や両刃で肉厚の剣を持った人々、手首や足首に鎖と鉄球をつけた人々、隻腕や隻眼の人々、など闘技場らしい人々が闊歩し、その喧噪がBGMとなっている。
どれもNPCのようだが、話している内容は不思議と聞き取れない。
情報を得るには、こちらから声をかけるしかなさそうだ。
「あの、ここは?」
「ここは闘技場。己の強さと誇りをかけ、争う戦場だ」と、戦士風の男性。
「ここは闘技場です。人々が強さを求め集まる場所ですよ」と、魔法使い風の女性。
「ここは闘技場! 我は前世の運命に従い、この場に馳せ参じた!」と包帯を手に巻いた少年が応える。
「え?」
戦士風の男性に声をかけたつもりだったのだが、2人ほど余分に反応した。3人はこちらの返事を待っているようだが、どうしたらいいのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
とりあえずお礼を言ってみたのだが、戦士風の男性は何も言わずに立ち去ってしまった。
「えぇ、どういたしまして」と妖艶な笑みを浮かべ、魔法使い風の女性も雑踏の中へと消えていく。
残ったのは、苦しそうに腕を押さえる少年だけだ。
「だ、大丈夫ですか?」
言葉に詰まってしまったのは、本気で心配だからではない。実際に苦しいのではなく、NPCとしてそういう役割を与えられているだけなのだろうし、どう見てもただの中二病だろう。
「に、逃げろ。我が命が果つる前に」
少年が苦しそうに手を伸ばしてくる。その横で、隻腕の侍が立ち止まった。
「この生活も長いものでな。すでに慣れたわ」
……また、余計な人まで反応しちゃったよ。
おそらくNPCによって反応する単語が決まっているのだろうが、少し反応しすぎじゃないか。聖徳太子じゃないんだし、1人ずつ話しをさせてくれ。
まあ、聖徳太子も同時に10人も聞いたわけじゃないとかいう説があるらしいけど。
閑話休題。
「闘技場で出来ることを教えてください」
誰でもいいから。
「…………」
とか言ってみると、今度は誰ひとりとして反応が返ってこない。
「新客かしら?」
いや、いた。
どこにいるのかと視線を巡らせていると、人混みの中から頭ひとつ抜けた――比喩ではなく物理的に――巨漢と目が合った。
「アラ、随分と可愛らしい剣闘士さんだこと」
人波を掻き分け目の前までやってきた厳つい顔の巨漢は、屈託のない笑顔で見下ろしてくる。身長は2メートルを超えているだろうか。筋肉質であり、肩周りが膨らんだ鎧をつけているのも、体が大きく見える要因だろう。
「アナタ、初心者でしょ?」
厳つい顔に反して、動きや言動は女性的だ。
このゲームに性別ごとの職業制限はなかったはずだが……。
「ワタクシが真の剣闘士の力を見せてあげるワ。ついてきなさい」
巨漢はパチリとウィンクする。そして、返事も聞かずに歩き出した。正面からでは体に隠れていたが、背中には両刃の大剣。あれが武器だろう。
他に行くあてもないので、巨漢の後に続く。
NPCの人混みをものともせずに進んでいき、辿り着いたのは控え室のような小部屋。物ひとつ置いてない殺風景な部屋の中では、巨大な鉄の柵だけが異様な存在感を放っている。
「はーい。また来たわヨ」
大男は柵を守るように仁王立ちしている兵士に声をかけた。だが、兵士は腕を組んだまま、微動だにしない。
「……つまらないわネ」
男は小さくため息を零した。
「ラヌートでお願いするワ」
「かしこまりました」
兵士がピシッと敬礼をする。その後ろで、鉄の柵が鈍い音を響かせながら、上がっていく。その先は戦場となっているのだろうが、光に包まれていて視認することは出来ない。
「見てなさい、ボーヤ」
男はひらひらと手を振りながら、光の中へと消えていった。見てなさいって言われても、どうしたらいいのかわからないのだが。
立ち尽くしていても進まないので、腕を組み直した兵士へと近づいてみる。
「ようこそ、闘技場へ」
宿屋のような選択肢は現れない。
同じとこに行けばいいのか。
「えーと、ラヌートにお願いします」
「かしこまりました」
兵士が敬礼し、重たいであろう鉄の柵が上がっていく。さっきはわからなかったが、近くにいると鎖を巻き上げるような効果音も聞こえてきた。細かいとこまで凝ってるなぁ。
光が溢れ出し、その先の景色がぼんやりと浮かび上がる。その中へと1歩踏みこむと、輝きが増した。
思わず立ち止まってしまうが、光は少しずつ弱まっていく。ゆっくりと目を開くと、目の前には円形の闘技場が広がっていた。
客席は大きく4段に分かれており、まばらに人が座っている。
闘技場の中心には大きな岩があり、巨大なモンスターが鎮座していた。一言で表すなら、黒いライオンだ。捻じれた角が生えていたり、鎧をつけていたりと、ツッコミどころがないわけではないが。
「グルァア!」
漆黒のライオンが吼える。真っ白なHPゲージが現れ、【キングレオ・ラヌート】という固有名が表示された。ラヌートってこれかよ……。
捻じれた角が鈍く光を放つ。
それに引き寄せられるかのように、小さなライオンが現れた。【ラヌート】を小さくして、角を取ったような見た目だ。小さくといっても、現実のライオンくらいの大きさはあるが。
固有名は【レオ・コルニス】。HPバーは通常の緑色。
「ガルゥ!」
姿勢を低くし、コルニスが唸る。
俺が剣を構えると、待っていたかのようにコルニスが飛び出した。唸り声を上げながら、鋭い爪を振り下ろす。
鋭い斬撃を剣で受け止めた。だが、勢いを殺しきることは出来ずに、じわじわと押されていく。キシキシと剣が軋むような音まで聞こえてきた。
まともに受けては武器が持たない。
「う、らぁっ!」
強引に爪をはねのけるが、体勢を崩してしまい追撃は狙えない。コルニスは一瞬だけ怯んだが、すぐに体勢を立て直し、再び飛び掛かってくる。
相打ち覚悟で剣を突き出した。
「ガゥッ……」
剣は胴体に深々と突き刺さったが、HPは1割も減っていない。対して、爪が掠っただけの俺のHPは4割近く削られていた。
「ガゥ!」
コルニスが再び爪を振るう。掠っただけでも、その一撃は俺のHPを大幅に削り取る。HPは半分を下回り、バーの色が緑から黄色に変わった。
次の一撃は耐えきれないか。
体ごと回転するようにして、コルニスを吹き飛ばす。今のうちに回復しとかないと。
【HP回復ポーション】を実体化させ、中の液体を口に流し込む。薄らと緑がかっていたが、味はついていなかった。
HPは9割程まで回復。
「ガルゥ!」
体勢を立て直したコルニスが飛び掛かってくる。
相打ち覚悟はさっきと同様。ただし狙うのは、顔面だ。
「くっ……」
「ギャゥッ」
被ダメージは約4割。与ダメージは1割弱、か。
コルニスを押し飛ばしてから、再び回復。HPはほぼ満タンまで回復した。
「ガゥ!」
三度立ち上がったコルニスは、学習していないのか、今まで同じように唸り声を上げながら、飛び掛かってくる。
これなら、勝てるか。
2分後。
「……グ、ルァ」
HPゲージが0になり、コルニスの体が砕け散った。俺のHPは半分ほど残っているが、それは回復を繰り返したからだ。被ダメージという意味では、俺の方が圧倒的に多かった。
その代わりに得られた経験値は40。幼虫型のモンスター達とは桁違いの数値だ。
さらに視界の端に【DROPPED ITEM】という文字が浮かび上がった。
岩の上に居座るラヌートは動く気配がない。
剣を鞘に戻し、アイテム欄を開いた。ドロップしたアイテムは【小さな王の首飾り】。装飾品だが、追加効果は特にないらしい。
試しに実体化させてみる。
金色のネックレスだ。至るところに金色の装飾に散りばめられ、大きな赤い石が中央に埋め込まれている。いかにも王の持ち物らしい華美なデザインだ。
ただ個人的にはイマイチなので、あとで売ってVRYに変えるとするか。
「グルゥフ」
うめき声とともに、新たなモンスターが現れた。見た目はコルニスとほぼ変わりないが、尾が異様に長い。体の2倍はあるだろうか。
首飾りを戻して、剣を引き抜く。
「ルフゥッ!」
固有名は【レオ・デネボラ】。それを認識した時にはすでに、モンスターが動いていた。長い尾を生かした遠距離からの薙ぎ払いだ。直後、背中に強い衝撃が走る。
――認識出来たのはそこまでだった。
「……どう、なったんだ?」
背中に硬い感触。ゆっくりと目を開けると、目の前に見えるのは天井だ。俺は寝ているのか。
力を込めて体を起こすと、目の前にいた女性と目が合った。NPCなのだろう【パナケイア】と名前が表示されている。
「目覚めたのですね」
パナケイアが優しげな笑顔を浮かべた。
「今回はデスペナルティが免除となります。ただし、1日に1度きりなので気をつけてください」
「は、はい」
事務的に要件だけを言って、パナケイアは部屋を出る。彼女を追うように部屋を出た。
だが、すでにその美しい姿はない。
行き交うのはむさ苦しい剣闘士だけだった。
「焦る必要はない。ゆっくりと話されよ」
「前世より我らが運命の決まっていたのだよ!」
「大丈夫か、小娘よ」
「え、あ、あの……」
3人から声をかけられ、戸惑う銀髪の少女。俺もついさっきあの状態だったな。となると、あの巨人剣闘士もここから出てきたときに俺を見つけたってことか。
なら、俺も。
「大丈夫かい?」
「何も問題はない。気にするでない」
「大丈夫かだと? そんなことはみればわかるだろう」
「…………」
反応したのは近くにいた2人のNPC。というか、人が多すぎて少女に声が届いてないな。ほどなくして、少女の姿も見えなくなってしまう。
まあ、いいや。
「気にするでない、ぞ?」
「あ、はい」
皆さん、こんにちは。
後書き係が板についてきた銀です。
今回のテーマは【闘技場】について。
NPCに圧倒され過ぎてライトは気がつかなかったようですが、闘技場はキングレオに挑む小部屋だけではなく、普通の受付も存在します。
そこでは色々なやり込み要素に挑戦出来たりするので、見つけていたら、もっと長く留まっていたかもしれませんね。
闘技場には、まだ解放されていない要素もたくさんあるので、やりこみたいプレイヤーは要チェックです。