人外道場
「始まりは師範ーーグリズリーという名の小柄な熊の獣人でした。頑固一徹、禍重乎地ーー、あるいは国士無双。
生まれ持った才能と弛まぬ努力の果て、最強の名を冠して数多のゲームで伝説を打ち立ててきた彼ですが、このゲームにおいては、後継者を育成し永垂不朽の存在になることを決意しました。
けれど、その目標までの道のりは前途多難。
最初は、目についた才能がありそうなプレイヤーに声をかけていたものの、取り付く島もなくあしらわれしまったのです。
まあ、見ず知らずのプレイヤーから『我が生涯をかけて体得した技術を伝授したい』と言われて、即断即決でついていく人はいないでしょう」
「……実体験?」
「えぇ、よくわかりましたね」
思わず零した呟きに、ベールはニコリと笑顔で答える。
「あの頃は私もヤンチャだったもので」
「なるほど」
深窓の令嬢のような雰囲気をしているが、仮面の下には荒れていた頃の古傷がある設定だったりするのだろうか。
実際につけているとしたら、ヤンチャな時期は終わってないような気もするが。
「熱い視線を感じますね。もしかして、私自身に興味津々なんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
仮面の下がどうなってるのかは少し考えたが。
「人の出会いは一期一会。相手に興味を抱くことは悪いことではありません。
私も、四罪天の一角を倒した貴方にとっても興味津々です」
「……知ってるのか」
ヴォルフがレフトとマリウスの件を知ってる時点で予想はしていたが、向こうから切り出してくるとは。
「えぇ、ですから、質疑応答をしましょう!」
「人外道場は?」
「……気になりますか?」
ベールが首を傾げる。
「ここまで聞いたら」
「では、そちらを先に話しましょう」
◇
1日かけて色々なプレイヤーに声をかけた師範でしたが、誘いに乗る人は1人もいませんでした。
そこで翌日は対応方法を変えることにしたのです。
「腕に自信があるならば、勝負をしよう。負けたら何でも言うことを聞いてやる。それとも自信がないから逃げるのか?」
と、上から目線で喧嘩を吹っかけられれば、断るプレイヤーはほぼいません。
そして、返り討ちに出来たプレイヤーは皆無でした。
勝負の後、師範はニカッと笑って、こう言うのです。
「少し付き合ってもらうぞ。なに、負けた罰ゲームだ」
そんな辻腕試しを繰り返し、10人のプレイヤーを集めると、師範は技術の伝授を始めました。プレイヤー達がみな亜人種だったことから、ついたあだ名が【人外道場】。
でも、師範の見る目と技術は本物で、選ばれた人達はみるみる実力を上げていきました。そんな噂を聞きつけた他のプレイヤー達の入門希望も次々と。
そんなことを数日続けていると、プレイヤー同士の実力差が明確になっていきます。
とくに頭角を現してきたプレイヤーは、4人。
始まりの10人の1人で、誰よりも多く戦い、勝利してきた勇猛果敢な獣人戦士【猛虎】のゼロ。
誰も師範ですら扱えないと諦めた多腕族、6つの腕を変幻自在に操る武人【鬼蜘蛛】のクライヴ。
人外道場の門下生の中で唯一、師範と正々堂々戦い、勝利した天才エルフ【麒麟児】のエンリル。
そして、人の才能を見抜く力に優れ、率先垂範となって師範に並び立った蜥蜴人【神龍】のロン。
こうして、人外道場と四獣天と呼ばれるプレイヤーが生まれたのです。
しかし、その栄光は長くは続きませんでした。
【星の守り神シリーズ】
星具を手に入れられるという公式のイベントが始まり、クライヴを筆頭にあまり積極的ではなかったメンバーが来なくなりました。
師範を倒したエンリルも姿を見せなくなり、人数は徐々に減少。ベータテスト最終日に集まったのは8人だけでした。
師範はそこで自分の生い立ちと思いを語り、ロンを後継者に指名して、引退したのです。
こうして人外道場は幕を閉じ、その意志を引き継いだ対人特化ギルド【神龍の嘆き】が生まれました。
◇
「なるほど」
ベールが語った人外道場の流れについて、レフトから聞いたことはない。型破りとはいえ戦闘センスはあるし、喜んで参加しそうではあるが、知らなかったのだろうか。
300人中の10数人の出来事だと考えると、知らなくても不思議ではないが。
「では、質疑応答を始めましょう!」
ノリノリで話を切り替えるベール。
「どうやって、バニティを倒したのですか?」
「あぁ、それか」
思えば、彼女が質疑応答と言い出したのはバニティの話が出てからだった。
「ヴォルフほど大っぴらにではありませんが、私も四罪天を目指すひとりですから」
だが、そういうことなら答えは決まっている。
「チートありきだから、参考になる話は出来ないな」
「なるほど。ちなみにどのようなチートで?」
「それは戦いが終わらないと教えられない」
ロキの例もあるし、対策される可能性がある以上は不用意に話すことは出来ない。
「それもそうですね」
ベールも深堀するつもりはないようで、静かに腕を組みかえる。
「では、そちらの質問をどうぞ」
「……ちょくちょく四字熟語を使うのは癖なのか?」
無理やり使おうとして意味を間違っている時があるような気がするのだが。
「癖、ではありませんね。さる方からキャラ付けが大事だと伺いまして。知的なイメージがするでしょう?」
「いや、まぁ」
喋らない方が知的な感じがするとは言わない方がいいか。
さる方という存在は気になるが、レヴィも似たようなことを言っていたし、ボスとやらのことなのだろう。
「さて、お話も区切りが着きましたし、そろそろ始めましょうか」
「そうだな」
俺は斧を、ベールは剣を構える。
「ーー雷騰雲奔。もう出会うことはないでしょう」
ベールは構えた剣を指揮棒のように振った。
「グラビティ」
その宣言に合わせ、体が重みがかかる。魔法名から察するに、レフトがヴァルキュリアを落としたあの魔法だろう。
彼女のチートの効果なのか、HPが目に見えるくらい減少した。チートの影響で魔法防御力がカンストしていなければ、負けていただろう。
「……っ、どうして倒せないの!?」
「悪いな。俺のチートだ」
驚く令嬢に肉薄し、斧を振り下ろす。
決着は一瞬だった。
【 チームL VS 神龍の嘆き 】
【 ライト(Lv17)VS ベール(Lv18)】
【 WIN LOSE 】
◇
戦いが終わると、僅かな浮遊感を伴って視界が切り替わる。円形の闘技場から控え室へと。
そこには憮然とした表情で腕を組むレフトの姿があった。
「随分、遅かったな?」
俺のチートを知っていれば、その疑問は当然だ。
実際、やろうと思えば開幕すぐにとどめを刺すことは可能だった。
「人外道場の話を聞いていたんだ」
「人外道場? あぁ、アレか」
レフトは思い当たる節があったらしい。
「お前から聞いた事なかったから知らないかと思ったが、知ってたんだな」
「知ってるに決まってるだろ。言わなかったのは、参加しなかったからだ」
「参加しなかったってことは、グリズリーに認められなかったんだな」
「たまたま出会わなかっただけだ。300人全員に会って選別したわけじゃないだろ」
「2人ともストッープ!」
俺とレフトの間にロキが割って入る。
「イチャつくのはその辺にしてーー」
「「イチャついてない!」」
「息ぴったりじゃん……じゃなくて、バナジウムが困ってるから、静かにして」
ピシッとロキが指差した先には、直立不動で佇むバナジウムの姿があった。表情から困っているかを見分けることは出来ないが、こちらが落ち着くのを待っているのは間違いないだろう。
3人でその正面に並び直すと、バナジウムは深く頭を下げた。
「チームLの皆様。2回戦進出が決まりました。
対戦形式は2VS2のタッグバトルとなります」
新たな戦いの幕開けだ。
どうも、銀でっす。
うーん? 後輩くんの真似してみたんですけど、慣れないですね。
まあ、それは置いておいて。
今回はベールのチートについて説明させてもらいますね。
本人からの説明がなかったので分かりづらかったかと思いますが、【その場から動かずいた時間の分だけ、次の攻撃の威力が上昇する】チートを持っています。
話をして動かない状況を作ったり、重力魔法の詠唱「禍重乎地」を終わらせたり、戦い方も賢いですね。
まあ、今回は相手が悪かったですが。




