初戦闘
基礎領域の中央広場を後にして、タイルの敷きつめられた道を道なりに進み、目的地へと向かう林道へ足を踏み入れる。途中にもいくつか脇道があったが、そこはスルー。
木々の隙間から木漏れ日の差す広めの林道を突き進んでいると、突然、地面が盛り上がった。
「フシャー」
地面の中から現れたのは芋虫、より正確に表現するなら甲虫の幼虫だ。ただし、その大きさは本物とは比較にならない。直立すれば大人くらいのサイズはあるだろう。
「フシャー」
再び鳴いた幼虫の上で、三角形のカーソルが踊った。真っ赤に光るそのカーソルは、幼虫が敵――モンスターあることを示すものだ。
腰の鞘から剣を引き抜いた。正面に構え、幼虫の動きをうかがう。
「フシャー」
幼虫は真っ直ぐに前進。見た目からイメージしていたよりは素早いが、見切れないほどじゃない。横に体を反らして躱し、剣を振り下ろす。
「フシャ!」
幼虫は痛がるように体を捻った。
剣を引き抜き、鋒を頭へと向ける。
ちょこっと豆知識によると、攻撃を当てた場所によってダメージが変わることは基本的にないが、1部のモンスターに設定されている弱点部位だけは、ダメージが大きくなるらしい。
シンプルな造形の幼虫型のモンスターにおいて、可能性が高いのは頭だろう。
ドスドスと方向を変えようとする幼虫の頭部めがけて、剣を振り下ろす。
「ギッ!」
幼虫は短い悲鳴をあげ、動きを止め、ポリゴンの欠片となって消滅した。3という数字が空中に現れ、消える。経験値の表示だろうか。
剣を構えたまま周囲を見渡すが、新たな敵が出てくる様子はない。
「……終わりか」
剣を鞘へと戻し、1歩踏み出す。
「フシャー」
「はえーよ!」
歩き出した瞬間に新たな幼虫が姿を現した。
次は剣を収める前に少し歩こう。そんなことを考えながら、戻したばかりの剣を引き抜いた。
狙うのはもちろん、頭。弱点部位かどうかを確かめる絶好の機会だ。
「来いよ」
「フシャー」
俺の挑発に応えるように、幼虫は突進してくる。
その姿を正面に見据えながら、ゆっくりと剣を振り上げる。大事なのはタイミングだ。リズムゲームで鍛えられたリズム魂を見せてやる。
「フッ」
「ん?」
幼虫が突然、立ち止まった。
「シャー!」
口から糸を吐き出す。
「な!?」
いやいや、ちょっと待て。甲虫の幼虫は糸吐かないだろ。
幸いというべきか、糸は体に絡みついて僅かな不快感を与えると、すぐに消えた。その代わりとでも言わんばかりに【素早さ低下】のデバフアイコンが現れる。
まあ、糸がずっと絡みついてるよりはマシか。
「フシャー」
チャンスとばかりに幼虫が進む。相手の動きを封じてから攻撃する。実に理にかなった判断だがーー
「悪いな」
ーーあいにく、素早さが下がろうが関係ない。
「ギッ!」
頭を一刀両断すると、幼虫は一撃でポリゴンの欠片となった。一部のモンスターは弱点を破壊すると一撃で倒せるらしいが、単純にダメージ量で倒せた可能性もある。
そんなことを考えていると、視界の端に【LEVEL UP】という文字が現れた。細かい内容が出てこないのは、敵が残っている時にレベルが上がった場合のためだろう。
レベルアップ時にはHPとMPが満タンに回復する仕様もあるが、ダメージを受けていないので関係ない。
「行くか」
不定期に現れる幼虫――固有名【ラビーヴァ】――を倒しながら、林道を進んで行った。
「あれだな」
視界が開け、広場が現れる。
中心には巨大な鐘。あれがタヴの鐘だろう。鐘の周りには色違いのベンチがいくつも置いてある。
ただし、今は誰もいない。
もう少し最初の広場で時間を潰していても良かったか。とはいっても、いまから戻るのは手間だ。
ベンチに座り、到着した旨をメッセージアプリで伝えるが、メッセージを見る気配はない。
「コロシアムにでも行ってみるか」
待つのを諦め、動き出した俺の前で地面がボコッと隆起した。
「シュゥ」
中から飛び出してきたのは甲虫の幼虫――ではない。
形は幼虫だが、ラビーヴァより角張っており、色も白ではなく緑色。あえて例えるなら、蝶の幼虫――青虫だ。
「シュゥ」
青虫はゆっくりと上体を起こし、糸を吐き出す。ラビーヴァの時とは違い、見た目通りの攻撃だ。
俺は微動だにせずに、糸を浴びた。程なくして糸は消え、【素早さ低下】のアイコンが現れる。あとは、突っ込んで来たところを迎え撃てば……
「ん?」
「シュゥ」
青虫は再び糸を吐き出した。
それも、俺に向かってではなく真上に向かって。空中で勢いをなくした糸は、重力に引かれるように落下し、青虫自身の体に絡みついた。
「何がしたいんだ?」
「シュゥ」
俺の問いに応えるかのように、青虫は糸を吐き出し、体に糸を絡める。
「シュゥ」
攻撃を仕掛けて来る気配はない。
青虫はひたすらに糸を吐き、体を白く染めていく。白く?
俺の体についた糸はすぐに消えた。だが、青虫に絡みついた糸は消えていない。糸を体に巻き付ける。その行為こそが、目的だとすれば……。
「繭か」
「シュゥ」
予想を肯定するように、青虫が纏う糸が艶を帯びていく。半分だけではあるが、それは紛うことなき繭であった。
待っていれば蝶になると思われるが、強くなり過ぎては困る。変化がゆっくりであることも含めて、早めに倒すのがよいのだろう。
半分白くなりつつある青虫の頭を目掛けて、剣を振り下ろす。
「シュッ!」
青虫は奇声を上げながら、糸を吐く。
2度3度と攻撃を繰り返し、4度目の斬撃にて青虫を葬り去った。それだけ苦労したにも関わらず、表示された経験値は3。一撃で倒せるようになったラビーヴァと同じ数値だ。
ついで現れる【LEVEL UP】の文字。
序盤だからか、レベルアップのペースが早い。コロシアムに行く前にもうひとつレベルを上げておくか。
皆さん、こんにちは。
後書き係の銀です。
第2回のテーマは【カーソル】について。
カーソルとは、アットホーム・オンラインの世界の住人の頭上に浮かんでいる三角形のことです。
色は青、赤、白の3色があり、プレイヤー、モンスター、NPCの3種族に対応しています。基本は全ての人に表示されていますが、個別に非表示設定も選べるので、没入感を大事にする人は非表示にしているそうです。
ちなみに、私はただの音声ガイドなのでカーソルは存在しません。
それでは、また次回お会いしましょう。