4分の3
戻ってきたのは、基礎領域の広場にある噴水の前だ。倒したからといっていつもと違うところに出るわけではないらしい。
「次のレベルまで必要な経験値を教えてくれるかしら?」
解散かと思ったが、バニティが声をかけてきた。
「何のつもりだ?」
「ただのお礼よ」
訝しげな視線を向けるレフトに対し、バニティは快活な笑みを浮かべる。
「心配しなくても、ストックは充分にあるわ。さっきの天使達との戦いでも補充されたしね」
「先輩!? 何で、僕にはくれないのに!」
「黙りなさい」
「なっつ」
奇声を上げるマリウスをバニティが叩き飛ばした。
「気持ちだけもらっておくよ。お前らがいなかったら俺達も勝てなかっただろうからな」
「そうですよ! だから、ストックは僕にぅっ!」
立ち上がったマリウスをバニティが裏拳で殴り飛ばす。安全空間なので、ダメージはない。
「あなた達の気持ちは関係ないのよ。私が満足するために、経験値をもらってくれないかしら?」
マリウスには目もくれず、レフトを一瞥してから、バニティが詰め寄ってくる。俺なら丸め込めそうという判断か。
髪と同じ青い瞳に真っ直ぐ見つめられ、動けなくなる。
「ーーライト、今のレベルは?」
ガツンと、杖で頭を叩かれた。
「……何で叩かれたんだ?」
「気にするな。それよりレベルは?」
「……16、だな」
「なら、いいだろう」
納得したように頷くレフトだが、俺は納得していない。主に、なぜ、叩かれたのかについて。
「決まったのなら、必要な経験値を教えてくれるかしら?」
「……確認する」
メニューを開き、プロフィールを確認。レベルの下には、レベルアップに必要経験値が書かれている。
「391だな」
「俺は2099だ」
画面もみずにレフトが言った。
「お前のレベルいくつだよ……」
俺が17になるために必要な経験値は、元々1750だ。それを軽く上回る数値ということは、レベル差もそれくらいあるということだろう。
「なら……2人で、2490になるが、出せるのか?」
こっそり落胆する俺をよそに、レフトは話を進める。
「だ、出せるわよ。出してみせるわよ!」
「無理する必要はないぞ?」
「無理なんてしてないわよ!」
「自分の発言で自爆する先輩も可愛いです」
「うっさい!」
やけくそ気味に、バニティがメニューを操作する。
経験値の獲得を告げるメッセージが届き、レベルが上がったが、もらった経験値だと嬉しさも半減だ。
まあ、ゴッデスを倒したボーナスだと思えばいいか。
そう考えると、嬉しさ半減は半減した。嬉しさ4分の3である。……意味がわからないな。
「さ、やることもやったしーー」
「我は黒い格好をした魔法使いに確認する。汝がレフトか?」
怪しげなフードを被った人物が現れた。
声からすると女性か。だが、フードから覗く顔は人間ではなく蛇のそれ。種族としては蛇人か。
蜥蜴人という可能性もあるが、ゲームにおける彼らはガッツリとガタイのいい体型をしているのが一般的だ。一方で、こちらのフードは細身のスラッとした体型をしている。
「だとしたら、何か用か?」
レフトは楽しそうに答える。
出待ちされたのは初めてだが、動揺は見られない。
「我は周囲の様子を確認し、弱ったアンドロマリウスを見て呟く。情けない」
「……お前も神龍の嘆きのメンバーか」
「我はズバリと聞いてくるレフトの問いかけに頷き、答える。その通りだと」
「……なぁ、その喋り方じゃないと駄目なのか?」
さすがのレフトでも、話し方は無視出来なかったらしい。
「我は呆れたように尋ねてくるレフトに、自信を持って答える。駄目ではないが、見分けるためにキャラ立ては重要だと」
「いや、逆にウザイから」
「ガーン」
歯に衣着せぬレフトの言い分に、女蛇人は初めて短く答えた。効果音を自分で言ってるあたり、普通じゃないけど。
「だって、ボスはキャラ立ては重要だって。お前が考えたならいいだろうって、あたしにそう言ってくれたんだもん!」
「狂信者が」
マリウスがボソッと呟いた。
「黙りなさい! そこのアンドロマリウス」
「すみません。聞こえちゃいましたか」
「蛇人はこう見えても耳のいい種族なんです! ボスの悪口を言うなら……あなたの大切な先輩を辱めるわよ!」
「なんで私!?」
「くっ、なんて卑怯な。僕が負けた失態の分だけ先輩を公共の場で辱めるなんて」
「あたしそこまで言ってないんだけど!?」
「マリウス。あんまりふざけると、キルわよ?」
「もう斬ってます。先輩」
「あら、ごめんなさい。手が滑ったわ」
「大丈夫ですか、バニティ。仕事に関わるようなら、あたしがいい病院を紹介しますよ?」
「話を拗らせないでくれますか!?」
1人増えて夫婦漫才がパワーアップしている。
PVPやってるより、チームでコントでもやったほうが儲けられるのではないだろうか。四罪天改め、四笑点とか。残りのメンバーは知らないけど。
「なぁ、話を戻していいか?」
「そ、そうだったわね」
疲れたようなレフトの呟きで、蛇女が我に返った。咳払いをして、大きく息を吸って、胸を押さえて深く吐く。
「あた……我にとって、キャラ立てというのはーー」
一人称も我に返った。てか、話を戻すって、そこからよ。
「いや、もう充分キャラは立ったから、要件は?」
「あ、そっち」
レフトが深々とため息をこぼした。
「簡単な話よ。我はアンドロマリウスが依頼を失敗した時の二の矢、いや、三の矢? まあ、どっちでもいいか。我はアンドロマリウスの次なる刺客 【寄り添う蛇人】レヴィなり」
名乗りを上げ、レヴィはチロっと舌を見せて笑う。もちろん人の舌ではなく、先が二股に別れた、蛇っぽい舌だ。
本人は明言しなかったが、マリウスの次の刺客ということだし、彼女も四罪天のひとりなのだろう。
敵は四罪天が3人で、味方は俺とレフトの2人だけ。しかも、俺のチートはもうバニティとマリウスには通用しない。
「でも、気が変わっちゃった」
蛇の顔から毒気が抜けた。
「あなた、うちのギルドに入らない?」
続く発言に、場が静まり返る。
といっても、沈黙の理由は人それぞれだ。
レフトは続きを待つように耳を傾けているし、バニティは声を出さないだけで額を押えてため息をついていた。
マリウスは俺と同じで、突然の話に驚いて声が出ないだけだろう。
そもそも、俺はレフトの付き添いなだけで何かを言う理由がない。
「うちのギルドって、まともな男が居ないのよね。そこのアンドロマリウスは先輩大好きの変態マゾ野郎だし、他はナルシストが人の形を成している男とか、姉へのシスコン拗らせたアイドル気取りとかーー」
「あ、最後のは違うわよ」
ノリノリで愚痴るレヴィに、バニティが水を差す。
「え?」
「先輩ー。僕の部分の否定を忘れてますよー」
「あの子は私の弟じゃなくて妹だし、そもそも所属ギルドが違うもの。私がいるから入り浸ってるだけの部外者よ」
「えー、うそー」
「それに、アイドル気取りじゃくて、本物のアイドルよ。まだまだ無名だけど、ゲーマーとしても話題になったことあるから、名前で気づいてる子もいるわよ?」
「全く、気づかなかった……」
早くも設定したキャラがブレブレのレヴィだった。
「……なぁ。話を戻していいか?」
「そ、そうだったわね」
割り込んだレフトの声には疲労が滲み出ている。これが会話で疲れされる作戦だったのなら、レヴィは優秀な策士だと言えるだろう。
「四罪天とかその身内は置いといて。あとは、ゲームなのにDHA足りなくて常にイライラしてる男とかさーー」
「お前らの事情はどうでもいいんだよ!」
作戦だったのならば。
「ったく。要件がそれだけなら、帰るぞ」
「お好きにどうぞ」
レヴィはレフトを引き止めなかった。
「我はレフトと横にいる戦士、そして仲間の2人を見て、判断した。無駄死にはしたくないので、帰ると」
「やってみなきゃ、わからないだろ?」
引き上げようとするレヴィを、レフトが止める。
「安い挑発には乗りません。それに、ただ逃げるわけではありません。対策をして、次こそ殺しに来ます」
「上等だ。いつでも受けてやるよ」
「その首を狩る時が楽しみです」
レヴィは振り返らずに、けれども答えた。
「さあ、戻りますよ、2人とも。ボスの足を引っ張らないため、キマイラ攻略までに誰かさんのレベルを上げ直さなければなりませんからね」
「ビシバシ狩りに行くわよ、マリウス」
「ストックくれれば解決するんですけど」
「だーめ。そんな甘えは許しません」
談笑しながら去っていく3人の背中を、レフトは獲物を狩るような笑みで見送っていた。




