急造パーティーVS天使達
レフトから遅れること、数十秒。
俺は3人が待つ星空の前にたどり着いた。
「気を引き締めてけよ、ライト」
「あぁ、言われるまでもない」
俺はレフト達に習って、斧を構える。
「あれ見てから言えよ」
そう言って、レフトは杖をかかげた。その先には、星空に浮かぶ機械天使がーー8体。
「どゆこと?」
「おそらく参加人数で変わるんだろうな。盲点だった。まあ、辞めるなんて選択肢はないけどな」
楽しそうに笑いながら、レフトが飛び出した。
「殲滅――セヨ」
無機質な宣言を伴い天使が迎撃に動き出す。
その数、5体。両手から放たれる光線も、10本だ。それでも当たらないのだから、威嚇射撃ということで間違いないのだろう。
「どうせすぐに全部が動き出す! 1人につき2体は相手するつもりで行けよ!」
先陣を切って、レフトがヴァルキュリア達に向かっていった。これだけの数がいると、重力の魔法を使う暇はないだろう。
つまり、自由自在に動き回る天使相手に、1対2の不利な戦いを挑まなければいけないということだ。
「無茶言ってくれるわね」
「大丈夫ですよ、先輩は僕が守ります」
「はいはい。頼りにしてるわよ」
軽口を叩きあいながら、バニティとマリウスも動き出す。2人とも俺よりは速いだろうが、ヴァルキュリアと戦うのは初めてだ。軽く情報交換はしたとはいえ、倍の数を相手にするのは難しいだろう。
「正子の闇」
出し惜しみはしない。
「やれるだけやってやるよ!」
向かってくるヴァルキュリアにカウンターを叩き込むために、俺は斧を手先でくるっと回した。
ーーそれから、3分、くらいは経っただろうか。
状況は芳しくない。
縦横無尽に宙を駆け巡るヴァルキュリアの数は、7体。各個撃破だとか、担当だとかいう考え方がないヴァルキュリア達は、目の前の敵にこだわらずに飛び回る。
それぞれのダメージが蓄積して1体だけは倒せたが、それだけだ。
対して、俺達のHPは全員が半分を切っている。1番の原因はヒーラーがいないことか。戦士はもちろん、魔法使いや祓魔師にも回復魔法はない。バニティも使う様子がないから、そういう職業ではないだろう。
隙を見ては、自分のHPを道具で回復するのが関の山だ。
集まっていては囲まれてしまい、身動きがとりづらくなってしまうので、俺達4人は離れて戦っていた。
画面の端で、バニティのHPが赤く染まる。
体勢も崩れているようだが、助ける余裕はない。だが、1人でも減れば、戦線は間違いなく崩壊する。
「先輩!」
「マリウス! あなただけでもーー」
「そのお願いは聞けません!」
マリウスが鞭を伸ばして振るった。バニティにトドメを刺さんとしていたヴァルキュリアが飛び退く。
「くっ、このっ……先輩!」
が、2体のヴァルキュリアに邪魔されてマリウスは近づことが出来ない。
バニティは回復を始めたようだが、攻撃を耐えられるかどうかは微妙なところか。
俺とレフトも2体ずつのヴァルキュリアと交戦中で、支援は不可能。ーーいや、ひとつだけ手があるか。
「仕方ない」
斧を肩に担ぎ、赤く光らせる。狙うのは俺に向かってくる2体ではなく、バニティを狙うヴァルキュリアだ。
「トマホーク!」
「ファイアボール!」
漆黒の斧と紅蓮の球がヴァルキュリアに直撃。HPがなくなったらしく、天使はポリゴン欠片となって四散した。
その報復とばかりに2体のヴァルキュリアからの、光拳制裁。俺のHPが1割を切った。
「くっ」
斧はまだ戻ってきていない。
武器がなくては、カウンタースキルも役に立たずだ。フットスタンプのような武器に頼らないスキル技を、まだ俺は持っていない。
まあ、天使達は浮いてるからあっても無駄だっただろうけど。
「マリウス!」
「燃費悪いし、見た目があれなんで使いたくないんですが、先輩の頼みとあっちゃ断れませんね!」
やけくそ気味に叫ぶマリウス。
次に聞こえてきたのは、魔法の詠唱だった。
「未練を残した亡者達よ。救いを求めて立ち上がれ」
だが、唱えたのは魔法使いじゃない。ーー祓魔師だ。
「怨念兵団」
大地を砕き、アンデッドの兵団が現れた。
マリウスに召喚された亡者達は、大地を黒く染め、闇の中から這いずり現れる。衣装に多少の差異はあるが、ジャスティスが使っていた技と同じだろう。
敵の時はレフトのおかげで怖くなったし、味方になっても見た目的に頼もしくもない。それでも、肉壁くらいにはなってくれそうか。
「やれ、亡者共!」
マリウスの指示に従い、亡者の群れが圧倒的な物量でヴァルキュリア達を呑み込んだ。フレンドリーファイアは無効になっているのか、俺はぶつかられてもダメージはない。
ヴァルキュリアの1体が死体を巻き上げて、飛び上がった。
「スキありよ!」
バニティがその上を取り、蹴り落とす。
別の場所では、飛び上がろうとしたヴァルキュリアが鞭に捕まり、亡者に殴られながら悶えていた。
バニティは空中を駆け巡り、空に浮かぶヴァルキュリアを蹴り落とす。その背後を捉えたヴァルキュリアは、火球を食らって怯まされ、振り返ったバニティに蹴り落とされた。
それでも懲りずに、ヴァルキュリアは死体に絡まれながら飛び上がろうとする。亡者も天使も無言だが、その光景は言葉を持っていても表現し難い。
とりあえず、積極的に観ていたい絵面ではなかった。
俺は、戻ってきた斧を流れるように担ぎ、第2投を放つ。
普段なら避けられてしまうだろうが、動きが緩慢になっているヴァルキュリアは避けられない。天使は飛散し、亡者の山が崩れ落ちる。
「それより、回復しろ!」
レフトの罵声が飛んできた。
「わかってるよ!」
聞こえるように叫び返し、ポーションを飲んで回復。
戻ってきた斧をキャッチし、3投目を放った。
回転する斧は味方?である亡者達の身体を切り裂き、もがき続ける天使を砕く。プレイヤーにはぶつかってもダメージ与えられないのに、プレイヤーからのダメージは受ける亡者達はちょっと可哀想だな。
空中で向きを変えたトマホークが再び天使にヒット、亡者の群れの膨らみが消えた。
レフトは、真っ赤に燃える半月で天使を叩き斬る。
マリウスは、亡者の群れを指揮し、鞭を振るって逃げる天使を捕らえた。そのまま地面に叩きつけ、亡者達がトドメを刺す。
バニティは、自由自在に宙を駆け巡り、天使の逃亡を許さない。空中は完全に彼女の独壇場だ。
気がつけば、残るヴァルキュリアは1、2体か。
「――断罪の礫」
ではなく、すでに全滅していたらしい。って、悠長に考えてる場合じゃないな。
花火のように降り注ぐ光の粒から逃げるため、俺は脇目も振らずに壁に向かって走る。亡者達は敵に向かっていく習性らしく、愚かにも中央へと向かっていた。
他の3人のHPは減っていないから、そちらは逃げられたのだろう。
落ち着いたところで振り返ると、女神が御光臨されていた。
機械仕掛けのすらっとした巨大な女神だ。顔だけは人のそれで、聖母のように柔らかな笑みを浮かべ、うねるような金髪は全身に絡みついている。
「殲滅モード」
女神の背から3対6枚の純白の翼が飛び出した。
ある意味では、ここからが本番だ。
後光に当てられ、亡者の群れは跡形もなく消し飛んでいた。再び召喚することも不可能ではないのだろうが、ヴァルキュリアの時とは違い肉壁にすらなりはしないだろう。
結局、最初に決めた作戦通りにやるしかない。
バグルヴァーゴッデスの頭上に10という数字が現れた。対戦開始のカウントダウンだ。
バグルヴァーゴッデスVS俺達4人の、変則的なフルライフ決戦だ。
たとえ負けても、対戦が終わるだけの、いわば練習試合。
アイテムだけは使うと消費してしまうが、MPはいくら使っても終われば開始前の状態に戻るし、死んでも生き返る。仮に勝ったとしても、クリアにはならないが、勝てたなら対戦をやめて、本番にすればいい。
マリウスのチートがあって初めてなせる荒業だ。
「1回戦、まずはこいつでやってやるよ」
カウントダウンの1を待って、斧を肩に乗せる。スキルが発動するのは、開幕のブザービートよりも後だ。
「トマホーク!」
猛烈な縦回転を伴う一撃は、女神の身体を透過した。外したのではない。しっかりと胴体を捉えたにも関わらず、すり抜けられた。
「厄介だな」
女神を倒すには、あのバグの正体を見極めなければならない。果たして、この急造パーティーでどこまでやれるのか。




