昼行灯
「おとめ座の迷宮に挑む黒の魔法使いこと、レフトを襲った2人組。
神龍の嘆きという、どこかで名前を聞いたことがあるのような名前のギルドから派遣されてきた2人は、何者かの依頼により、最強の魔法使いを殺すためにやってきたのだ。
だが、最強の魔法使いレフトは戦友のライトと共に2人を返り討ちにすると、帰り道がなくて困っている彼らを海よりも広い心で許して、聖母よりも深い慈悲で手を差し伸べたのだった。
だろ、ライト?」
「そうだな。間違ってない」
いささか誇張があるとは思うが、嘘は言ってない。まあ、誰に読んで聞かせる話でもないのだから、どうでもいいことだが。
そもそも、なぜレフトがこんな話を始めたのかと言えば、女神像が遅々として昇っていかないからだ。
戦士像を破壊し、女神像が動き出すまではいつも通りだった。だが、普段の倍の人数が掴まった女神像は、普段の半分以下の速度でしか浮かんでいかなかったのだ。
このゲームでたまにある、無駄にリアルに拘ってる部分である。
そのせいで試練の間の退屈な時間が長く、レフトは唐突に前話回想を始めて、暇を潰していた。
「足りないわよ」
「何が?」
「戦士像の破壊における、私の活躍よ」
同じく暇を持て余していたのか、バニティが話に加わってくる。盗人猛々しいというか、よくそんなに得意げに語れるものだ。
彼女の足元では、マリウスが激しく頷いていた。他人の念仏で極楽参りというか、よくそんなに誇らしげな顔を出来るものだ。
「ちょっ、太ももくすぐったい。踏むわよ」
「踏まれると落ちるんで、勘弁してください」
マリウスが、なぜそんなところにいるか。
女神像は構造上、前後左右に4人で掴まることが難しかったのだ。そこで3人が女神像に掴まって、1人は誰かにしがみつくことになった。
ある事情により、マリウスがその役に選ばれたため、彼はバニティの足にしがみついている。
「お前もそんなに活躍してないだろ」
「馴れの差よ。それがなければ私が勝っていたでしょうね」
得意げに笑うバニティの足元でマリウスは頷ーーこうとして、睨まれてやめた。夫婦漫才も時と場合は考えるらしい。
主に身の安全のために。
「残念ながら、その理屈は通らない」
「なんでよ」
「お前より慣れてるはずのライトの撃破数が、お前より少ないからだ」
おい、話の矛先をこっちに向けるな。
「それは彼が劣ってるというだけでしょう」
流れ弾で俺がディスられる。
「鈍足だが、お前に勝った男だぞ」
「ウサギとカメが喧嘩して、ウサギが勝てるわけないでしょ」
「ウサギとカメなら、競走でウサギが勝っても不思議じゃないな」
「……まあ、そういう事にしといてあげるわ」
レフトとバニティの言い争いなのに、1番ダメージを受けたのは俺だった。劣ってるとか、鈍足とか、カメとか、容赦ないなお前ら。
「……カメか。傑作だ」
巻き添えを食らった俺を、マリウスが笑う。
蹴り落としてやろうか。俺の位置的に、バニティの足にひっついたお前を蹴り落とすのは難しくないぞ。
「でも、ウサギとカメも力を合わせれば、あなたの記録に並ぶわよ」
「いやいや、ライトは俺の仲間だから。むしろ、俺達2人で、お前らの倍だよ」
「わざわざ、ら、をつける必要ないでしょ?」
「そうか。2対2なら公平だと思ったんだけどな」
「1でも2でも変わらないわよ!」
バニティが叫ぶ。マリウスは自分のことにも関わらず、カメカメ言いながら笑っていた。マジで落とそうか、この撃破数0男。
女神像から落ちたらどうなるかは試したことがないから、いい実験になるだろう。
ちなみに撃破数は、俺が2、バニティが3、レフトが5だ。
「気持ちはわかるが、落とすなよ?」
「分かってるよ」
考えが顔に出ていたのか、レフトにジト目を向けてくる。言われるまでもなく、本気で落とすつもりはなかったが。
……たぶん。おそらく……きっと。
「マリウスなら落としてもいいわよ」
「な、何言ってるんですか、先輩」
予想外のバニティの発言に、マリウスが慌てた。
「僕が居なくなったら、この野蛮な2人に何されるかわかったもんじゃないですよ。いくら慣れてる先輩と言えどーー」
「慣れてないわよ! てか、身の危険を1番感じるのはあなたよ!」
「僕はそんなことしません。この先輩の柔らかなふとーー」
「落とすわよ?」
「すみません、ふざけ過ぎました。だから、蹴らないでください。すみません」
「また、夫婦漫才か」
2人のじゃれ合いに、レフトがため息をこぼす。
そんな風に過ごしていると、ふいに世界は色を変えた。雲の洞窟へと移動したのだ。
この先に待つのは、戦乙女【ヴァルキュリア】と女神【バグルヴァーゴッデス】。本来なら、それだけのはずだった。
「待ってたぜ、ブタ野郎共」
鬼の形相で悪魔が笑う。固有名が表示されたりはしないが、俺が知っている悪魔のプレイヤーはひとりしかいない。
「グリード……」
「ご明察」
悪魔はだらりと腕を垂らした。その手先には、血に濡れたかのような輝きを放つ赤黒い爪。前回とは、武器が違うらしい。
「今日こそはテメェらを殺してやるよ」
グリードが1歩前に出た。
チートは発動しない。
俺とレフトのどっちを待っていたのかはわからないが、対策はしてきてるだろう。瞬殺したから元の実力も知らないし、チートなしで勝てるだろうか。
俺は常夜の斧を、レフトは月の乗った杖を構えた。
「僕がやろう」
その前に、マリウスが躍り出る。
「あぁ? 外野はどいてろよ」
「僕は外野じゃない。対人特化ギルド【神龍の嘆き】、四罪天がひとり、アンドーー」
「ごちゃごちゃうるせぇ! 黙って、失せろ!」
悪魔が激昂した。
「お前がな」
マリウスはそれを涼しい顔で受け止め、バニティは微笑ましげに眺めている。対人戦を得意とするが故の余裕なのだろうが、マリウスはレベルブレイカーとやらの影響で、レベルが下がっているはずだ。
「止めなくていいのか?」
俺の問いかけに、バニティはウインクを返してくる。
「大丈夫よ。相手は、悪魔だもの」
どういう意味だ。
「あぁ、なるほど」
バニティの向こうでレフトが笑った。もしかして、状況の理解が及んでないのは俺だけか。
「ウザイな、テメェ。仲間かなんか知らねぇが、まとめて殺してやろうか」
「やれるもんならやってみなよ、プチデビル」
「誰がプチデビルだァ!」
グリードが飛び出した。爆発的な加速で距離を詰め、凶爪を振り上げる。その体に、蛇が巻きついた。
「く、そガッ……」
悪魔を捉えたその蛇は、マリウスの鞭だ。
「破魔鞭」
「なっ」
鞭が赤く輝いた瞬間、悪魔が消えた。蘇生待ちの人魂にすらならず、跡形もなく、消えたとしか言いようがない。
「……悪魔の名を冠する祓魔師」
レフトがゲンナリと呟いた。
マリウスって悪魔の名前だったのか。祓魔師の仕事は悪魔祓いだから、対極の存在だな。
「ついでにチートは教皇、【教皇】よ」
どういう趣味してんだよ、あいつ。いや、チートは望んで選んだわけじゃないんだろうけど。
「…………」
「どうしたんだよ、レフト?」
「あ、いや。なんでもない」
マリウスのチートを聞いた途端に表情が曇ったように見えたが、なんでもないというなら深くは聞くまい。
「先輩、僕の活躍見てくれました?」
マリウスは、バニティに笑顔を向ける。俺達の代わりに戦ったことになるのだろうが、こちらは完全に視界から外れていた。
「見てたわよ」
「僕に惚れましたか?」
「そんなわけないでしょ」
「あふっ」
「ふざけてないで、進むわよ」
「せっかく頑張ったのに、ボディーブローって」
「あなたにとっては、ご褒美でしょ?」
「……ありがとうございます。その迷いのないSっぷりに惚れ直しちゃいそうです」
「な、何言ってるのよ」
頬を仄かに朱に染めて、バニティは雲の向こうへと走っていく。マリウスは締りのない笑みを浮かべて、彼女を追った。
俺も置いていかれないように、2人を追いかける。
レフトはーー動いていなかった。
「早くしないと置いてくぞ!」
「あ、あぁ、悪い。今行く」
頭を振って、レフトが走り出す。
その表情は優れない。マリウスのチートに何かあったのだろうか。
「教皇ねぇ」
凄そうな名前だが、おかしな点は感じられない。
まあ、レフトがなんか言ってくるようだったら、手を貸してやるだけだ。
そんなことを考えつつも、俺は真面目に走ってる。
「早くしないと、置いてくぞ」
それなのに、気がつけば俺はレフトの背中を追っていた。これも、鈍足戦士の運命か。
「頑張るから、先に始めるなよ!」
「わかってるよ!」
頷き、レフトはさらに加速した。まだ本気ではなかったらしい。
「あー……もうっ!」
結局、俺は何も考えずに、小さくなっていく3人の後ろ姿を追いかけることしか出来なかった。
どうも、引き続きの銅っす。
今回は【強制執行】こと、教皇について、本人の口から語られなかったんで解説っす。
チートの効果としては、2名以上の承認が必要な処理を1名だけで行える、ことっす。
マリウスもやってたように、対戦がわかりやすい例っすね。他には経験値の分配方法なんかも、ひとりで変えられるっす。
友達無くしそうなチートっすね。
対となる女教皇|《ESTESS》とかいうチートも存在してるとか。




