いざ、基礎領域《イェソド》探索
「あぁ、タヴなら王国領域手前のやつだな。お前さんも待ち合わせか?」
近くにいた鍛治小人と思われる男性――頭の上に青いカーソルがあったのでプレイヤーだ――に声をかけると、【タヴの鐘】の位置は簡単に判明した。
どうやら待ち合わせにはメジャーな場所らしい。
にしても、また知らない名前が出てきたな。
「あの、マルクトと言うのは……」
男性は驚いたように目を見開き、体を大きく揺らしての豪快に笑った。白髪をぽんぽんと叩き、メニューを開く。
「悪い悪い、初めての人だったんだな」
何度が操作して開いたのは、地図だ。指を使って2箇所に目印をつけると、ゆっくりと押し出した。
「これならわかるか?」
スライドしてきた地図は見やすい位置で止まった。
1つ目の目印は画面中央のロータリーのような場所。【基礎領域 中央広場】と表示されているが、これは現在地か。
もう1つの目印は、ロータリーから伸びる道の1本を進んだ先。その道端に星型の目印が施されていた。おそらくこれが、タヴの鐘のある場所なのだろう。
「はい。ありがとうございます」
男性はニカッと笑い、背を向けた。
「王国領域には闘技場があるから、時間があったら行ってみると良いぞ」
すぐに向かっても、あいつは来ていない。
そう判断し、少し広場の中を見てから出発することにした。準備が出来次第と書いてあったしな。
呼び出しよりも、未知の世界の冒険へ惹かれたわけではない。決して。
「よし」
まずは広場の中で1番大きな建物から。
【宿屋】という看板を掲げているのだから、その目的は考えるまでもない。ゲームにおいてこの手の施設は、体力などの回復が目的だ。
重厚な扉をゆっくりと押し開ける。
「おぉ!」
外の広場もそうだが、建物の中の完成度も驚く程に高い。
床に広がる絨毯は触れずとも毛並みを感じられ、大理石のような壁は、天井から吊るされたシャルデリラの光を浴び、艷めく輝きを放っている。木製のカウンターからは、木のぬくもりが感じられるようだ。
現実よりもリアルなその光景に、感嘆の言葉しか出てこない。
「いらっしゃいませ」
そんな俺を現実に引き戻したのは、カウンターに佇む女性の声だ。にっこりと微笑む彼女は、フロント係といったところか。
「いらっしゃいませ」
ゆっくりと近づくと、女性は深々と頭を下げた。頭の上に浮かぶカーソルは白――NPCだ。
「本日はどうなさいますか?」
【夜まで休む】【朝まで泊まる】【やめる】
女性の声に合わせて、3つの選択肢が現れる。
「朝まで泊まるといくらなんですか?」
もちろん泊まる気はない。というか、所持金がないから泊まりたくても泊まれない。
「はい。1名様でのご利用でしたら、1泊1000VRYとなります」
【泊まる】【泊まらない】
せ、1000か……。ゲーム内通貨――VRYの相場はわからないが、なかなか高そうな気がするな。
万が一にも間違わないように、慎重に、【泊まらない】のボタンを押す。
「かしこまりました。他に用事はございますか?」
【夜まで休む】【朝まで泊まる】【やめる】
女性の声に合わせて、再び同じ選択肢が表示された。この辺りはいかにもゲームって感じだな。
「夜まで休むのはいくらなんですか?」
「はい。1名様でのご利用でしたら、500VRYとなります」
【休む】【休まない】
宿泊の半額か。覚えておこう。
当然、休まない方を選択。NPCのフロント係は一言一句違わない発言で再度の選択肢を突きつけてくる。
「かしこまりました。他に用事はございますか?」
【夜まで休む】【朝まで泊まる】【やめる】
「やめておきます」
「かしこまりました。またのご利用をお待ちしております」
女性は深々と頭を下げた。
……やってることが完全にひやかしだったな。相手はNPCだから気になどしないのだろうが、少しだけ申し訳なく思った。
武器屋や防具屋、道具屋。
どの店も商品を一通り見せてもらうだけで一切買い物をしなかったが、NPCの店員達は嫌な顔ひとつ浮かべなかった。
ゲームらしいといえばゲームらしいのだが、再現度が高いおかげで違和感が半端ない。
リアル過ぎるアバターのデメリットの1つだな。まあ、カーソルのおかげでNPCとプレイヤーを間違えることはないが。
「へい、らっしゃい」
最後の店――【素材屋】の店主も気前のいい笑顔を浮かべて、出迎えてくれた。
だが、買い物のウィンドウが現れない。
「ここは何を売ってるんですか?」
「ん? そらぁ見てのとおりでさあ」
店主が両手を広げる。
「野菜に果物、肉に魚、調味料まで、なんでもござれとやっとりますわ」
たしかに、見てのとおり、だ。
店主の周りには野菜や果物が無造作に置かれている。現実なら八百屋に近いイメージだろうか。ただし、切り身の肉や生魚など、八百屋にはないようなものも並んでいるが。
「そいつぁ、5VRYだな」
林檎と思われるものを掴むと、店主は顎に手を当てながら、そう言った。
試しに、別の林檎を取ってみる。
「そいつぁダメだな。2VRYでどうでい?」
同じ商品でも品質によって値段が違うのか。
2つの林檎を元の位置に戻した。
「おいおい、買いやしねぇのかい」
店主が残念そうな声を上げる。あまりにも人間らしい反応だが、カーソルの色は白。考えるまでもなくNPCだ。
「稼いだら買いに来ますよ」
ただ、また来てみたいとは思える店だった。
「おう、そうかい。なら、上物用意して待っとるよ」
「楽しみにしてます」
笑顔の店主に見送られながら、広場をあとにした。
皆さん、こんにちは。
後書き係に就任しました銀です。
その記念すべき第1回のテーマは【VRY】について。
今回出番の多かったアットホーム・オンラインにおけるゲーム内通貨ですね。名前の由来はVRと円の頭文字のYから来ています。
そちらの世界の通貨コードにおける日本円がJPY、ということからヒントを得て作られたそうですよ?
ちなみにJPY→VRYの両替は出来ますが、VRY→JPYの両替は不可能ですから、注意してくださいね。