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公式チート・オンライン  作者: 紫 魔夜
第2章 チート解放編

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ギシンの森 終幕

「なあ、レフト」

「なんだライト」

「あれは、なんだ」

 ジャスティスを倒したのもつかの間。いつの間にか現れていた扉を塞ぐように、鈍色の光を放つ丸い球体が出現した。それは、空中に停止したまま、微動だにしない。


「シーボーギウムだな。ほら、そうだ」


 レフトの回答に僅かに遅れて、球体の上に【シーボーギウム】という固有名が表示された。

 7文字だからプレイヤーではないとして、モンスターだろうと、NPCだろうとあるはずカーソルがないのはどういうことだ。

「名前以外の情報は?」

「ベータの時は、【死亡】って呼ばれてたよ」

「死亡?」


「そ。何せあいつは【システム(SYSTEM)ガーディアン( GUARDIAN)】。ルールを破ったやつを殺しにくる最強のNPCだ」


 シャキッと、球体から6本の腕が飛び出した。

 1本は素手で、残りの5本には杖、斧、槍、弓、剣がそれぞれ握られている。深く考えるまでもなく、ギシンの森に挑んでいる6人の武器だ。

「敵なのか?」

「敵だな」

 その割には、チートは発動していない。

「ただ、勝ち目はゼロだ」


 レフトにしては珍しい弱気発言だな。どんな状況でも勝利をもぎ取るのが、お前だろうに。

「チート封じに、全能力カンスト、全属性の強耐性で、攻撃は全属性乗せの耐久無視だ」

「あー……」

 確かに、勝ち目はなさそうだ。


「ベータ時代に呼び出しては挑む馬鹿がいたが、1度も勝てなかったなぁ……あ、俺じゃないぞ?」

「つまり、逃げるしかないと?」

 勝てないことは充分わかった。

 今よりも強いはずのレフトが挑んでも無理だったんだから、今の俺達に勝てるはずもない。

「素早さがカンストしてるやつから、逃げられるならな」

 あ、無理ですね。

「ほら、来るぞ」

 レフトがそう言った瞬間にはもう、眼前にシーボーギウムが目の前にいた。最高速度になるまでの加速が一瞬、攻撃に移る前に立ち止まることもなく、振り下ろしに至るまでがひと動作だ。

 6本の腕がレフトへ襲いかかり、そのHPを全損させた。


「無理だろ、これ」

 攻めても抵抗に斧を向ける。

 だが、シーボーギウムは俺が目に入っていないかのように僅かに移動すると、6本の腕を引っ込めて、球体へと戻った。

 そのまま小さくなっていくと、消滅する。


 本物(プレイヤー)であるジャスティスを倒したレフトが目標であり、トドメを刺さなかった俺は関係ないらしい。

 向こうから襲ってきたようだし、正当防衛のような気もするが、システム相手にそんなことを言っても仕方ない。

 システムは融通も応用も利かないので、情状酌量の余地はないのだ。

 静寂を取り戻した大広間には、俺と扉だけが残されていた。


 扉に触れると、カチリと音がして、視界が切り替わる。

 巨大な蟻がいた。

 荒々しくも玉座のように削り取られた岩山に、真っ白な蟻が寝そべるように座っている。大きく膨らんだ下腹部を4本の脚で撫でる姿はまるで妊婦のよう。

 いや、その足元を多くの蟻人間が忙しなく動いているから、蟻の女王だろうか。


「あれは【鬼蟻母神(きぎぼしん)】。今のあなたが戦うべき相手ではありませんよ」


 そう声をかけてきたのは、銀色の蟻人間。だが、道中で見てきた蟻が人間のようになっていたモンスター達と違い、人間が蟻のパーツを纏ったような造形だ。

 その頭上にはカーソルが浮かんでいない。

 シーボーギウムと同じような存在なのだろうか。

 だが、チートは発動している。

「戦うつもりはないので、武器を下ろしていただけますか?」

 どこかスタイリッシュさを感じさせる蟻人間は、にっこりと笑う。声からすると女か。

 聞き覚えはある(・・・・・・・)が、NPCの声など気にしていてはキリがない。


「私は【蟻神(ANT-GOD)】のアルジェンタム。このギシンの森の企画者です」


 だが、その自己紹介は気にせずにはいられなかった。

「……NPCじゃないのか?」

「あなたと同じ人間ですよ」

 ドレスの裾を持ち上げるような仕草で、丁寧にお辞儀をするアルジェンタム。そこにドレスはないし、優雅な立ち振る舞いだけで人間である根拠にはならないだろう。

「普段はガイドの仕事をしていますが、記念すべき最初のクリア者であるあなたとお話をするため、こちらに参りました」

「ガイド、ねぇ……」

 小さな違和感も、積もり積もれば疑念に変わる。

 ある意味、ギシンの森の最後に相応しい試練だ。


「この森の試練はどうでした?」


「面白くなかったーーわけじゃないけど、あまり気分がいいものじゃないな」

「ふふ、率直な感想をありがとうございます。企画の時にも言われましたけどね。……小領域からも外されましたし」

 アルジェンタムは小声で呟いた後、仕切り直すようにこほんと咳払いをした。


「改めて、クリアの報酬の【アンゴット】です」


 そう言ってアルジェンタムが差し出してきたのは、銀の延べ棒。その表面には蟻のイラストと謎の文字が書かれていた。

「それがあれば、ウォーロックの試練はクリア。ついでに【蟻神(ANT-GOD)】への転生資格を得ることが出来ますよ」

 渡された延べ棒は1つだけ。

「他のみんなは生きてるのか?」

「気になりますか?」

 アルジェンタムはにっこりと笑う。知らないとは言わないんだな。

「教えてくれ」

「……ライダーとオルバーが最終試練に挑戦中ですね。もうすぐクリアして、ここに来ることでしょう」

 ゼクレテーアはどこかで負けたのか。1人だけということはレフトとジャスティスとは違う。最初の試練か、偽物に負けたのか。

 いや、考えても仕方ない。

「もうすぐ来るなら、これは揃ってからでも良かったんじゃないか?」

「もちろん、2人にも渡しますよ」

 クリア自体は誰か1人でいいが、転生資格(アンゴット)は辿り着いたプレイヤーだけがもらえるということか。


┏━━ 魔法使い(MAGE)(あかし) クエスト4━━┓

┃                 ┃

┃ 【アイテム】を使用することなく ┃

┃  様々な【試練】を乗り越えて、 ┃

┃ 【ギシンの森】の深奥に住まう  ┃

┃ 【蟻神】のもとへと辿り着け!  ┃

┃                 ┃

┃ 尚、このクエストでは、個人の生 ┃

┃ き残り状況に関わらず、討伐成功 ┃

┃ で、パーティ全員がクリアとなる ┃

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


 最初から辿り着くこと自体が目的だったな。

 ボス戦がないのなら、レフトが生き残るべきだったか。


「ーーそんなことはないと思いますよ?」


 心を読んだかのように、アルジェンタムはにこりと笑う。敵意のない笑みなのだが、どこか不気味さを感じる笑みだ。

「あなたの事は前から見ていましたから、考えそうなことはわかりますよ」

「前、だと?」

「えぇ、あなたがゲームを始めたその日から」

 そんなことは、ありえない。

 それと同時に彼女が運営側の人間だと言うなら、出来ないこともないのじゃないかと感じてしまう。だとしても、そんなことをする意味はなんだ?

 まさか、リアルでの知り合いなのか?


「冗談ですよ」


 アルジェンタムが笑う。さっきと全く同じ笑みを浮かべて。

「そんな本気で受け止めないでください。あなたの考えは、直前の戦いを見ていれば誰でも予想がつきますよ」


 ーー絶対クリアしろよ、ライト。


 レフトの最後の言葉が脳裏をよぎる。

 あのやり取りを見られていたのか。

「でも、あなたに注目しているのは本当ですよ」


「あなたは選ばれし(・・・・)プレイヤー(・・・・・)の1人なのですから」


「選ばれしプレイヤー? 何の話だ?」

 アルジェンタムは静かに目を伏せる。

「それは教えられません。勘の鋭い方は気がついているかもしれませんが、私たちからは伝えられないのです」

 教えられないが、プレイヤー自身が気がつけること。

「それはチートが関係しーー」

「どうやら、あちらの2人もクリアしたようですね」

 アルジェンタムは被せるように言って、歩き出した。

 ヒントも与えてくれるつもりはないらしい。


「選ばれしプレイヤー、ね」


 不穏な情報が残されつつも、ギシンの森の攻略は完了した。


 皆さん、お久しぶりの銀です。

 蟻神アルジェンタ。ミステリアスでカッコよかったですね。もっと活躍の機会を与えて欲しいものです。働き蟻達を連れて侵攻するようなクエストでも作成しましょうか。

 ……こほん。


 はい。これにて、第2章【チート解放編】閉幕。

 次回より、第3章【U18トーナメント編】開幕です。

 トーナメントでは、プレイヤー同士のチートを活かした激闘が繰り広げられることでしょう。

 それでは、新たな局面を迎える物語を、心行くまで存分にご堪能ください。

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