秘書たるもの
ライトが偽物のゼクレテーアとオルバーの2人と激戦を繰り広げていた頃、同じ森の別の場所でもゼクレテーアとオルバーが対峙していた。
ただし、2人ではない。ゼクレテーアの少し後ろにはライダーが静かに控えている。
3人の間には、立て札がひとつ。
【集いし3人の中から偽物を見破れ。偽物を倒せば、道は開かれる。選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる】
その文言を見た瞬間、ゼクレテーアは己の勝利を確信した。
「大人しく死んでもらえますか?」
透明化のチートを解除して、己の得物ーー偃月刀を構える。その鋭い刃先がオルバーを真っ直ぐに捉えた。
「悪いが、そうはいかないな」
「なぜ?」
「そりゃ決まってるだろ。俺が"本物"だからだ」
1歩でも踏み込めば届く位置に武器を構えられながらも、オルバーは飄々とした態度を崩さない。
「それはありえませんわ」
ゼクレテーアは冷たく吐き捨てる。
「わたくしたちは、第2の試練で"本物"だと確定していますの。ならば、偽物はあなたしかありえませんわ」
「ずいぶん、強引だな。入れ替わった可能性もあるんじゃないのか?」
「あなたこそ、本物だと証明する手立てはないのでしょう。大人しく認めなさい」
平行線な口論が進む中、オルバーの視線が後方へと向けられる。
「ライダーからは何かあるか?」
ゼクレテーアも、構えは解かずに、視線だけを後ろに向けた。
2人の視線を受け、ライダーは頷く。
「ふむ。テーアの語った通りだ。我々の試練は"偽物を見つける"のではなく、偽物が"いないことを見抜く"試練であり、どちらも"本物"だった」
「なら、今回も全員が本物って可能性もーー」
「ありえませんわ」
この状況で全員が本物と主張するメリットがあるのは、正体を隠したい偽物だけ。
「全員が本物など、ありえませんわ」
「いや、ありえなくはないだろう」
ライダーの発言に、ゼクレテーアの瞳が一瞬揺らぐ。
「……我が主がそういうのならば、その可能性もあるのでしょう」
冷静に考えれば、頭から可能性を否定するのはよくない。本物しかいない状況で偽物がいると表示して、疑心暗鬼にさせることが狙いの可能性だってあるのだ。
「では、3人とも本物だとしてーー」
「参考までに聞くが、お前らの第2の試練はどうやってクリアしたんだ?」
話を遮るオルバーの態度へ苛立ちを覚えながらも、ゼクレテーアは努めて冷静に言い返す。
「……あの時は主が"立て札"を倒してーーえぇ、そうでしたわ。あなたが本物だと主張するのならば、立て札を倒せばよいのですわ」
ゼクレテーアは勝利の手筋を見出すように、ゆっくりと頷いた。微かな違和感はある。だが、間違ってはいないはずだ。
「それでも扉が現れなければ、あなたが"偽物"だと確定しますもの」
「いや、3人の中に"偽物"がいるのが、確定情報だろ?」
「同じことですわ」
ゼクレテーアは偃月刀を手元に引き戻し、地面に突き立てる。
「さあ、本物であると証明するために立て札を倒しなさいな」
「……悪いが、そのリスクは負えないな」
オルバーは弓も矢も構えない。
「俺はお前らのどっちかが、偽物だと思ってる」
「しつこいですわね。わたくしは、本物ですわ!」
その瞬間、ゼクレテーアは偃月刀を振るって立て札を切り倒す。
だが、扉は現れなかった。
「ふっ。偽物は確定しましたわね」
偃月刀を構え直し、冷たく告げる。
「強情だな」
オルバーは弓を構えた。だが、矢は番えない。
「ライダー、お前は誰が偽物だと思うんだ」
「それはもちろん、君だよ」
ゼクレテーアの後ろに立つライダーは、構えは取らずに仁王立ちしていた。威風堂々とした姿は本物としか思えない。
「えぇ、その通りです。ですが、我が主が出るまでもありません」
冷静な殺意を乗せて、彼女は言い放つ。
「露払いはわたくしが努めさせていただきますわ!」
振り下ろし、薙ぎ払い、突き。
苛烈に責め立てるが、のらりくらりと回避するオルバーには届かない。職業は同じ魔法使いだが、レベルはオルバーが3つ上。
一撃でも当たりさえすれば倒せる自信はあるが、その一撃があまりも遠かった。
「逃げてばかりですわね。反撃なさったらどうですの」
「する余裕も、理由もないだけだ」
「偽物風情では、弓など使えませんか」
「それなら、素手のヤツが1番怪しいんじゃないか?」
「そうやってわたくし達を仲違いさせようと言葉を弄する!」
偃月刀を振り上げながら、ゼクレテーアは吼える。
「それこそが、あなたが偽物であるという証左ですわ!」
「めんどくせぇ女だな! そういうのは嫌いじゃないが、師匠で足りてるんだよ」
「また、訳のわからないことを!」
怒りに任せた大振りな一撃を、オルバーは避けなかった。
「なぜ……」
「決まってるだろ」
オルバーが弓を持ち上げる。そこには既に黄色く光る矢が番えられていた。それを理解するよりも早く、最大限に引き絞られた矢が放たれる。
「しまっーー」
「麻痺矢」
反撃してこないという思い込みから、弓が視界に入っていなかった。僅かなダメージと共に麻痺の状態異常が付与される。
「さて、このままだとお仲間が死ぬが、お前はそれでもいいのか?」
動きを封じられたゼクレテーアから離れ、ライダーに矢を向けるオルバー。
「テーアは本物だ。見捨てるわけにはいかないな」
ライダーが腰を落として、構える。
一触即発の空気の中、オルバーが1歩下がった。
矢と魔法では、途中で減速して落下するという性質を持つ矢に比べて、飛び続ける魔法の方が射程の面では勝っている。
それでも、弓使いはまた1歩後ろへ下がった。
その距離を詰めるようにライダーが前に進むと、オルバーは同じだけ後ろに下がる。
「飛べ、火球。ファイアボール」
大きく踏み込むと同時に、小声で詠唱して魔法を放つライダー。
オルバーは大きく後ろに飛び、火球腕を広げて火球を受け止めた。避ける気のない行動だ。
「ふむ。勝ち目はないと諦めたのかね?」
拳を構えながら、ライダーがゼクレテーアの前に出る。
「いや、勝つ必要がなくなっただけだ」
「おかしなことをーー」
その大きな体を槍が貫いた。
麻痺から回復したゼクレテーアである。
「テーア……?」
「その名で呼ぶな。下郎」
偃月刀で斬り捨てる。
魔法使いゆえに見た目とは反比例して物理防御力の低いライダーは、その一振で崩れ落ちた。大きな体は小さな蟻ーーリアルの蟻と比べれば大きいーーへと代わり、砕け散る。
偽物の敗北を受けて、広場の奥に扉が出現した。
「俺の言った通りだっただろ?」
「……えぇ。認めざるを得ませんね」
笑みを浮かべるオルバーと苦虫を噛み潰したようなゼクレテーア。対照的な表情を浮かべながら、2人は扉の前に立つ。
「先にどうぞ。テーアさん?」
「その名で呼ぶな。下郎」
「え。俺、蟻と同じレベル?」
小言は無視して、扉に手を触れる。
が、何も起こらない。
「あー……やっぱりか」
「何かしましたの?」
訳知り風に呟くオルバーへ視線を向ける。
「俺は、何もしてねぇよ」
そう言いながら彼が指さしたのは、倒れた立て札。
【選択を誤れば、道は永遠に閉ざされる】
確か、そう書かれていたはずだ。
偽物がいなかった第2の試練では、立て札を倒すことが正解だった。だが、今回の正解は偽物を倒すこと。
つまり、立て札を倒したというゼクレテーアの選択は間違いだ。その行動に秘められた意志など森には関係ない。
「仕方ありませんわね」
ゼクレテーアは近くにあった木に寄りかかり、静かに腰を下ろした。
「意外と素直に認めるんだな」
「えぇ。そもそも、主の真贋を見抜けなかったのです。死して償うべきことでしょう」
「忠臣ーーいや、ここは義臣というべきか?」
オルバーは楽しそうに笑う。
「いき過ぎてはいたが、お前の忠義は悪くなかった」
「褒めても何も出ませんわよ。それよりも【死亡】が来る前にいきなさい」
「そうはならないとしたら?」
「は?」
「俺のチートを使えば、お前は立て札を倒さなかった。そういう風に書き換えられる」
オルバーの言葉に、ゼクレテーアは小さく目を見開いた。
「不忠は罰ではなく、忠義で贖うべきだろう」
数分前まで激しく口論していたとは思えないほど、穏やかな雰囲気だ。いや、結果だけ見れば、ゼクレテーアが思い込みで暴走していただけか。
「なまいきですわね」
ゼクレテーアは小さく笑って手を伸ばす。
そんな2人の横に、鈍色の光を放つ球体が出現した。
「どうやら、手遅れみたいですわね」
ゼクレテーアは偃月刀を構えて、立ち上がる。
「行きなさい、オルバー。巻き添えを食らっても知りませんわよ」
「あぁ、死ぬなよ」
短く言い残し、オルバーが扉に触れ、消えた。
気配がなくなったことを確認して、ゼクレテーアは小さく息を吐く。
「無茶をいいますわね」
「アレが相手では、死ぬしかないでしょうに」
どうも、銅っす。
ギシンの森の攻略も、いよいよ大詰めみたいっすね。
最後の解説はゼクレテーアの【隠者】について。
基本的な使い方は、本人からも話があったように武器やアバターの透明化っすね。効果時間については、対象が大きいほど短くなったり、ダメージで解除されることもあるみたいっす。
あと、基本的には混沌の世界でしか使えないチートみたいっすね。




